【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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⭐︎第十八話⭐︎ その日、星が落ちる ②

 後日、私は芸能界からの電撃引退を表明した。

 自分がアイドル活動にかまけて『お母さん』と同じように家族を蔑ろにしてしまった事実に気づいてしまったから。

 

 以降、私は毎日のように病院に通った。

 貯金はアイドル激務のおかげで8桁はある。それに先輩に頼み込んで資産運用の方法とか伝授してもらったから、固定収入を手に入る算段も固めた。大きな出費をしない限りはこれだけあれば老後生活にも困らない……はず。税金とか面倒なのが絡まなければ。

 

 けれども、そんな私の動きをマスコミが見逃すはずがない。

 なんで理由は詳しく述べずに電撃引退したのか追及が止まらない。「アクアを介護するため」と言ったところで、それだけじゃないと根掘り葉掘り聞いてくる。

 

 

 

 うざい。うるさい。キモい。こっち来るな。

 ダルい。メンドイ。相手したくない。

 興味ない。小蝿のように纏わりつくな。

 

 

 

 私の中で淀みが深くなっていく。都会の喧騒が嫌になっていく。

 だから私は東京から離れることにした。アクアと一緒に片田舎で療養しようと考えた。

 

 ミヤコさん、あかねちゃん、有馬先輩とか関係者には行き先だけ伝えておいて私はお兄ちゃんと一緒に都内から離れていく。

 

 

 

 こういう時、私が行く場所は一つしかない——。

 私の中にあるのは、ルビーのことを除けば『天童寺さりな』のことしかない。さりなにはせんせとアイの事しか残っていない。

 

 アイのことは世間に晒されている。喧騒から離れることはできない。だったら残るは一つしかない。

 

 

 

「お邪魔します。ほらアクアも言うことあるでしょ」

 

「……お邪魔します?」

 

「うーん……アクアの場合は一応『ただいま』じゃないかな?」

 

 

 

 そこは『雨宮邸』だ。あかねちゃんから住所は聞いていて、ネットで調べたら『空き家バンク』というインターネットサービスに登録されてることがわかった。

 このサービスは使われない古民家を月一万円とか二万とかそれくらいの格安の家賃で借りることができるものだ。代わりに掃除とか諸々込みの管理費とかは取らないから、その辺は自分で何とかするしかないのだが。

 

 とりあえず先日に清掃業者を手配しておいたから、家には埃臭さとか汚れや異臭騒ぎはない。

 収納系は最低限揃ってる。水道、電気、ガスは問題なく通る。古いタイプだからコンロとかお風呂は一部使いにくくはあるけど、生活インフラとしては機能してるんだから文句は言えない。

 

 となれば残るは食器類だ。今のアクアは偶に錯乱して、周りのものに当たる傾向がある。

 だったらガラスとか陶器類はNG。怪我したら危ないから日用品は可能な限り木製かプラスチック用品を心がけないといけない。

 

「家計簿つけないとなぁ。長い目で見ないといけないんだから」

 

 私とアクアの二人暮らし。二人ぼっちの隠居生活。

 ひどくぶっちゃけると『介護』なんだけど、私は別にそれでも構わない。

 

 だってさりなの時に、せんせは毎回私のとこに来て相手をしてくれていた。アクアになっても私のことを見捨てないで見守ってくれていた。復讐も全部自分で担いで終わらせた。

 

 だったら今度は私の番だ——。

 私がお兄ちゃんを支えないといけない。私の全部をかけて、お兄ちゃんの全部を受け止めないと。

 

 

 

 ——なんて綺麗事が続くと思っていた私に嫌気が差す。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 私は資産運用をしつつも内職を始めた。今ならインターネットを使えばいくらでも自宅で働ける時代。ニックネームで職務ができるから身分を隠したいのもあって在宅でできるデータ入力を行うことにした。

 給料面としては最低賃金ではあるが、元々貯蓄があるから生活費を賄う程度ものだし、アクアを第一に考えれば責任も薄くて都合がいい。

 

 そのアクアは定期的に病院に通って経過観察をする時以外は、ほとんど一緒にいることにした。

 長い間病院で過ごしていたから筋力が弱まっているらしく、長時間歩くことはできない。それでも運動しないよりかはマシだから、アクアの病状が良い時は私は外に一緒に出て散歩する。それでも時間としては夜とかになるんだけど。

 

「今日はどこ行こうか、お兄ちゃん。コンビニとか公園とかどこでもいいよ」

 

「任せるよ。ルビーといられるなら」

 

 本当に今のアクアは無気力だ。どこに行くにもあてがない。目的がない月明かりの散歩。ロマンティックなんてウルトラない。

 

 だとしたらフラフラと放浪するしかない。無意識に動けば、文明の光を求めて街に出る。となれば向かう先は文明の最先端。常に流行と共にある24時間営業のコンビニしかない。

 

 とはいっても入店したところで買いたい物なんてあるわけないんだけど。適当に軽食と飲み物をセルフレジで買っておいて私たちの散歩は続く。

 

「……ごめん。僕のせいでみんなに迷惑をかけてる。早く元の僕に戻ろうとするから」

 

「焦らなくていいよ。ゆっくり、アクアに合わせてゆっくりと探そう。私はずっと側にいるから」

 

「……ありがとう」

 

 せんせだって、ずっとずっと待ってくれたんだよね。いつ死ぬか分からない私の約束を待ってくれてたもんね。

 だから私も待つよ。アクアがアクアとしての記憶と心を取り戻すまで待ち続けるのが、私の役目と義務だ。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。アクアの側にずっといるから」

 

 優しくアクアに頭撫でて諭す。これじゃあ、どっちが兄か姉なのか分かりやしない。

 でもこんな時くらいお姉ちゃんぶってもいいだろう。元々私たちは双子なんだから。

 

 抱きしめる。温もりを刻みつけるように強く抱きしめる。

 不安になっているアクアの心にまで熱を届けるように深く抱きしめる。慈愛を持って抱きしめ続ける。

 

 

 

「——アイ」

 

 

 

 そんな私の思いに応えるように、アクアはママの名前を呟いた。

 記憶を断片的でも思い出してくれた。だったら、このまま私達の思い出してくれるんじゃないかという淡い願いを持ってしまう。期待が膨らんでしまう。

 

 

 

「そう! アイはみんなのアイドル……私達のママだよっ!」

 

「アイ……アイ……っ」

 

 

 

 だけどアクアの反応は私が思っていたのと違った——。

 言葉を一つ紡ぐたびに、顔色が悪くなり汗が吹き出している。声が断続的に紡がれて目の焦点が泳ぎ続ける。過呼吸になり、指先の震えが止まらず、焦燥がこれでもかと溢れ出てきていた。

 

 

 

「アイ……っ!! あっ、ああっ……!!」

 

「落ち着いてアクアっ! 落ち着いてよ、せんせっ!!」

 

「やめてくれっ!! 俺は……アイに優しくされる権利なんてないっ!!」

 

 

 

 触れようとした手を拒まれる。掛ける言葉は届かない。

 アクアは自傷行為でもするように、呻き声を上げながら周りの物に力任せに当たる。

 ガードレール、電柱、道路標識。頭を打ちつけて、鞭のように振るうだけの拳なんて怪我するしかない。皮膚は捲れて血が滲み出てくる。金属を叩いた時の甲高い響音が夜の景色に木霊する。

 

 やがて痛みと失血による意識の低迷で落ち着いたのだろう。膝から崩れ落ち、今度は子供のようにアクアは泣き始めた。

 

 

 

「ごめんアイ……っ! 俺はカミキを殺して……っ! 君の願いを叶えるだけで良かったのに……っ!! 俺は……俺は……つ!」

 

 

 

 こんな弱気なアクアは私は知らなかった。

 今までこんな罪悪感を背負っていたなんて私は知らなかった。

 そこまでママのことを思っていたなんて知らなかった。

 

 

 

 …………

 ……

 

『嘘吐き嘘吐き嘘吐き。みーんな嘘吐き』

 

『私はもう、アクアのこと家族だなんて思わないから』

 

『さよならお兄ちゃん』

 

 ……

 …………

 

 

 

 だというのに私はあの日、酷いことを言ってしまった。

 誰よりもママのことを思っていたのに、私はそんなアクアを察することもできなかった。

 誰よりもママを『星野アイ』を思っていたのに。私みたいに『B小町のアイ』だけを盲目的に見てたわけじゃない『本当』のママを見ていたのに、最低な言葉を吐いてしまった。

 

 

 

 そういえば、まだ謝ってなかった——。

 アクアに『家族だなんて思わない』って心にもない酷い言葉を謝れてなかった。

 

 

 

 

 

「アイ……っ。アイ……っ。ぁぁ……」

 

 

 

 懺悔でもするように泣き叫び彼に、私は何を言えばいい。

 慟哭を続ける咎人となった彼に、私は何を言えるだろう。

 

 

 

 ——アクアには笑って欲しいだけなのに。

 

 

 

 泣くことは許されない。

 謝ることは遅すぎる。

 

 何もかも気づくのが、動くのが私は遅すぎる。嘘みたいに遅すぎる。

 

 それだけが本当のことで、心底私に嫌気が差してくる。

 

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 あの日以降、私は何度か触れ合うことでようやく私はアクアが『心が不安定になる』キッカケを知ることができた。

 

 アクアの心の不安定になるキッカケは二つ——。

 その二つは私達の父母である『星野アイ』と『カミキヒカル』が脳裏に過ぎる事に他ならない——。

 

 アクアは鏡で自分を見たら、父を思い出して心が乱れる。

 私がアクアに優しくすれば、母を思い出して心が崩れる。

 

 あまりにも行き止まりな関係性が私達だった。

 忙しくて半年間も見舞いに行かなかったのは、むしろアクアにとってはありがたいことだった。

 

 なんで——なんで——。なんで私の周りにはいつも不幸になっちゃうの。

 お母さんも壊れちゃって、せんせもママも殺されて、今度はアクアも壊れてしまっている。

 

 本当なんで私は周囲に迷惑しか掛けられないの。

 良かれと思った行動が完全に裏目になった。誰かに弱音を吐いて楽になりたい。

 

『そっちは上手く行ってる? 介護しながらの生活なんて大変でしょ』

 

「……大丈夫。お兄ちゃんと一緒に元気にしてるよ」

 

『……辛かったらいつでも戻ってきなさい。二人の部屋はいつでも空けてるから』

 

 だけど私は吐き出すことができなかった。

 だって完全に自業自得の自己中で蒔いた種が芽を出しただけ。それで弱音を吐いて楽になろうだなんて都合がいいにも程がある。

 

 確かにミヤコさんの言葉は縋りつきたくなる。今すぐにでも戻ったほうがいいのだろうってのもわかる。

 

 だけどアクアが壊れる原因が分かったら尚更東京に戻るわけにはいかない。

 あそこは情報が常に飛び交う。視界の片隅では常に危険因子が付き纏うし、アパレルショップに通りがかるだけでもガラスが反射して自分の姿を映し出す。アクアが休まる場所は病院みたいな隔離された場所しか無理なんだ。

 

「平気。本当に平気で大丈夫だから」

 

『……分かったわ』

 

 それ以上ミヤコさんは聞かないようにしてくれた。踏み込まないようにしてくれた。去り際『今度遊びに行くわね』という言葉だけを残して電話を切ってくれた。

 

 まだだ。まだ踏ん張りどころ。

 私にやれることはまだある。なんとかできるはず。

 

 何とかするために私はとりあえず大きく髪型と髪色を変えることにした。

 私の顔は『星野アイ』によく似ている。否が応でもママを思い出してしまう。だって娘なんだからしょうがないじゃん。

 

 本当は丸坊主が一番良いんだろうけど、流石にそれは外出する時に変な注目を集めてしまうから無個性的な髪型に。黒髪だとママを連想しちゃう可能性があるから、茶髪とかに適当に染めておいておく。

 

 あと家中の鏡を撤去した。ついでに反射してしまう物は極力排除するようにした。

 もちろんキッチンシンクだって業者に頼んで変えてもらった。ステンレス製から人口大理石に。流し台は反射が悪い物を作ってアクアが自分の顔を見ないように——『カミキヒカル』を思い出さないようにしてあげた。

 

 夜になる前には窓ガラスにカーテンを引いた。夜という下地に映る自分の姿を見させないために。

 

 テレビやパソコンは極力つけっぱなしにした。黒い液晶に囚われる自分の姿を知らせないために。

 

 極力アクアと目を合わせないようにした。宝石のような瞳孔に映る自分の姿に燻ませないために。

 

 

 

 ——そんな生活がどれだけ続いたんだろう。十年かな。二十年かな。もっと長いかもしれないし、もっと短いかもしれない。もしかしたら一年も経っていないのかも。

 

 ——分かるのは一つだけ。数えるのが億劫なほどに疲れ果てた、ということだけ。

 

 

 

 排除、除去、撤去、削除、消去——。

 駆除、駆逐、抹殺、根絶、滅殺——。

 

 徹底的に無くしていく。ずっとずっと繰り返す。

 潔癖症のように徹底的に。アクアが自分の姿を見ないようにするために。

 

 

 

 ——やがて私自身が『水』に写る鏡像にさえ恐怖を覚えるほどに潔癖になった。

 

 

 

 ——そしてある日、星が見えなくなった。空を覆う『雨雲』が私達の世界を覆ったから。

 

 

 

 雨は嫌いだ。洗濯物は乾かないし、外に行けずに家の中でアクアと静かに暮らす。喧騒を求めてテレビをつけっぱなしにするしかなくて、死ぬほど見慣れてしまったローカル放送を繰り返し見直す。

 

 雨は嫌いだ。空気が湿って頭が重く感じ、心が憂鬱になる。溜息をこぼす度に何に対して吐いてるのか考えてしまう。卑屈で鬱屈になってる私に目を背けたくなる。

 

 雨は嫌いだ。水溜まりが反射して嫌でも歪んだ自分を映し出す。これが今のお前だと突きつけてくる。私だって好きでこんな風になりたかったわけじゃない。なりたいわけがない。

 

 

 

 ——私は『雨』と『水』が嫌いになりそうだった。

 

 ——大好きなお兄ちゃんとせんせの名前が入った『雨』と『水』が嫌いになりそうだった。

 

 ——何よりも嫌いになりそうな自分が嫌だった。

 

 ——少しずつ『愛せなくなる』自分がいることが本当に嫌だった。

 

 ——『愛してる』という『本当』が『嘘』になるのが怖かった。

 

 

 

「嫌だ——。嫌だよ——」

 

 

 

 私の『愛に疑惑』を持ちたくなかった。もう考えたくない。

 

 ただ求める欲求は一つだけ『愛していたい』から——『愛せなくなる』のが怖いから、これ以上の変化を感じたくなくて足が勝手にある場所に向かった。

 

 そこは『雨宮吾郎の殺人現場』だ。ここであのストーカー野郎に突き落とされて、せんせは殺された。

 

 

 

「疲れた」

 

 

 

 崖の上から見渡す街の風景はとても綺麗だった。

 夜間を渡る車の光が炎みたいに揺らぎ、雨に溶けて幻想的だった。

 耳を澄ませば、木々と風が雨音が環境音を奏でてくれた。

 

 

 

 そう、全部『過去形』——。

 客観的な事実しかなくて、私の心を揺れ動かすものなんてない。

 

 

 

「皆と同じところに私も行きたい——」

 

 

 

 もしも奇跡が起こるなら——。

 そんなもしもがあるなら——。

 

 

 

 

 

 ——私が『アクアの代わりになりたい』なぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——『本日、元・人気アイドル『星野ルビー』の自殺が報告されました。山奥で『転落死』を測ったと状況から推測されており、事件性は皆無であると警察関係者は公表しております』——。

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