【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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★第十九話★ ラブレター

 ……なんて、昔のことを思い出す。

 最後に『アクアの代わりになりたい』と思って死んだはずなのに、次に意識を覚めたら赤子時代にタイムスリップしていてママの姿が眼前にあったんだから驚くしかない。

 

 今世ならママを助けることも、アクアの復讐も肩代わりすることもできるかもしれない——。

 いや、助けるし肩代わりもする。そう決意したんだ。

 

 その思いを胸にママに抱っこされるアクアを見てみたら——。

 

 

 

 …………

 ……

 

「バ、バブー……」

 

「ウチの兄が、バブみを感じてオギャってる……」

 

 ……

 …………

 

 

 

 アレである。大事なことだから2回言うけどアレである。

 流石にアレはちょっと真面目に引いたけど『私』も客観的に見れば「ああだったんだろうなぁ」って思って納得するしかなかった。

 

 アレは酷い絵面だった。倫理的にまずいというのがヒシヒシと伝わってきた。

 犯罪臭がすごいというか、色々省くと『未成年の経産婦に授乳を受ける赤子』というのは中々に背徳的でヤバイ。ここに『赤子の中身は累計年齢アラフォー』とか付いたら、ヤバイとか酷いとか犯罪とかいう類ではない。そりゃ頑なに拒否したくもなる。

 

 あと時間が経って性別が逆転していることにも驚いた。

 私としては尚更『アクアの代わりになれてる』ってことでもあるから嬉しくはあるんだけど、年齢を重ねるごとにマリンとして色々なことを学ばなきゃいけないことが多くなって頭を抱えるアクアには若干嗜虐心をくすぐられたけど、そこはグッと堪えておいた。

 

 

 

 それに久々に知ってるアクアが見れて嬉しかったのも事実だ——。

 ママが殺される前の口喧嘩上等で、オタク活動にも寛容的な明るくて元気なお兄ちゃん。復讐に駆られていた時とはまるで違う陽気で冗談も好きなお兄ちゃん。

 

 

 

 …………

 ……

 

「お前料理できたっけ」

 

「できないよ」

 

「じゃあ何ができんだよ」

 

「試食」

 

「帰れ」

 

 ……

 ……

 

「というか話を脱線させるな。結局あかねはどっちにするんだ?」

 

「結構気にするんだね。アクア君、私にヤキモチ妬いてる?」

 

「妬いてねぇし。興味ねぇし。人の恋愛事情にとやかく言う気ねぇし」

 

「強がらなくていいんだよ。アクア君が素直じゃないのは分かってるんだから」

 

「意味わかんね。あかねがどうしようが俺には関係ないだろ? 元カノを縛るような重い男じゃねぇんだよ」

 

「でも気になるんでしょ? 元カレとして、元カノがどういう女の子とどういう関係になるのか?」

 

「よーし、キレた。あかねだろうと分からせてやる必要あるな。俺がどうも思ってないことを知らしめてやるから座れよ」

 

「分かるよ〜〜。私とかなちゃんがケンカップルしてから、自分もそうしたい願望あるんでしょ〜〜。私たち基本的にそういうことなかったからね〜〜」

 

「思ってねぇよ。本当に思ってねぇよ」

 

「思ってそうなところが本当可愛いなぁ」

 

 ……

 ……

 

「やっぱおにぎりは……ツナマヨだよな」

 

「——は? 普通おかかでしょ?」

 

「ちょっとそれはママでも聞き逃せない話かな〜〜? 明太子が一番だよ?」

 

「ツナマヨだって! コンビニおにぎりで一番売れてるってこと一番美味しいってこと! つまり不動のセンター! おにぎり界の一番星だっ!」

 

「はぁ〜〜!? ただ一番売れてるだけでしょっ!? ミーハー!? アクアってミーハー!? 味の美味しさならおかかでしょ!?」

 

「明太子! 誰がなんと言っても明太子!! こう……すごく美味しくて美味しい!」

 

 ……

 …………

 

 

 

 誰に対しても素直というか遠慮しないというか、とにかく『嘘』をつかないようになれるアクアになっていたのに。

 前の世界なら先輩以外にはあんまり見せなかった一面が晒せるようになっていたのに。

 

 

 

 ——そんなアクアでずっといてほしかったのに。

 

 

 

「お姉ちゃんに弱み見せるつもりなかったのに」

 

 ここまで何もかも上手くいってたんだけどなぁ。

 やっぱり私(さりな)関連になるとボロが出ちゃうのかな。私からすれば、もう前世のことなんて30年近く前のことだし、何ならルビーとして生きてる時間の方が遥かに長い。

 自分のパーソナリティは既に『星野ルビー』だと認識してるし、前の世界でお母さん関連のゴタゴタは全部整理はついていたから、正直お母さんのことなんて半分ぐらいは他人事だと考えていたのに。

 

 こうやって墓参りすれば前世のことなんてミミズやムカデのように這い出てくる。

 さりなとしての憂いや、せんせの気持ちなんて前の世界で全部精算したと思っていたのに。

 

 

 

 ——本当いつまで抱え込んでるだろうね、私は。

 

 ——忘れた方が楽になるのは、私も一緒なのに。

 

 

 

 行く宛もなく宮崎を彷徨い歩く。休まる場所なんて知らないから。

 それぐらい私には自分で積み上げた物が少ない。唯一あるとすれば『病院』と『あそこ』くらいだ。

 

 

 

「ただいま……なのかな」

 

 休息を求めて雨宮邸にお邪魔する。合鍵の隠し場所は予め知ってるから入るのに苦労することはない。

 清掃業者を手配してないからすごく埃っぽいし、夏の暑さで熱気も籠ってる。おまけに雑貨とかも残ってるから多少カビ臭さとかもする。

 窓ガラスを開けて空気を入れ替えれば多少マシになったが、同時に日光も差し込むから視覚的に余計暑さを感じてしまう。

 

 だけど日光は私に退屈凌ぎでも提供するように指し示してくれた。

 光によって視覚化された舞った埃や塵がある部屋に誘われる。私はそれに導かれ、一つの部屋の扉を開ける。

 

 そこには本の壁というべきか、本の山というか——。

 とにかく壁から床まで本だらけだ。勉強机と寝床以外は本しかない。これこそが生涯で積み上げた物だと主張でもしているようだ。

 

 自分を締め付けるかのような、脅迫するかのような一種の狂気を孕んだ部屋だった——。

 

「せんせ、ガリ勉だね……」

 

 古くなって擦れたノートの文字から部屋の主を特定する。どうやら大学時代に取っていたレポートの写しらしく、内容は私にはチンプンカンプン。

『アクセスフリー』とか『拘縮』とかは自分にも関わりがあるから分かるけど『パルスオキシメーター』とか『プリセプター制度』とか何言ってるのって感じ。それに英語論文の写しもあって、見てるだけで頭痛を起こしてしまいそうだ。

 

 それに読み漁っていて気づいてしまった。

 本に娯楽関係はほとんどない。参考書や医学書や自己啓発と息が詰まるものばかり。

 数少なくあるのは週刊誌ぐらいであり、発行年や内容からして『星野アイを知るために購読してる』のと『女性関係の付き合いのために購読してる』のが見て取れるほどであり、逆に言えばそれ以前の物は『勉学に全部費やした』とでも言った方がいい。

 

 

 

 ——意外とせんせのこと知らなかったんだ。

 ——ママの時もそうだけど、私はせんせにもママにも『役目』を押し付けている。

 

 ——アイには『ママ』を。せんせには『理解者』を。

 ——こうして深掘りするまで、私自身がせんせはどういう生き方をしてたのか知らなかった。

 

 ——『嘘』は嫌だ、とか私は言っていたのに。

 ——私自身が『本当』のことを知ろうとしてなかったんだ。

 

 ——だからアクアは『復讐』を完遂させてしまった。

 ——ママの『本当の願い』を叶えるために。

 

 

 

 本当に無知で馬鹿で無遠慮だと自分で思ってしまう。

 少しでも嘘に敏感になるより、本当を知ろうとする意志さえあれば、アクアの復讐だって少しは変わったかもしれないのに。

 

 

 

ーーーーー

『拝啓 さりなちゃんへ。

 君が生きていれば今日で16歳になるね。僕はいまだに独身。しかもアラサーだ。そろそろ本格的に結婚について真面目に考えないといけない時期だ。

 君のことだから「私と結婚するって言ったじゃん! 騙されないから!」とか何とか言うと思うけど……まあ我慢してくれ。愛を込めたプレゼントを君に贈るから、それまで保留にしてくれ』

ーーーーー

 

 

 

 ——だから、こんなページを見て泣きたくなる。

 ——こんな優しいせんせが復讐に奔らせ、それに気づくのが遅すぎた自分の不甲斐なさに。

 

 

 

 本の山を漁ってて見つけてしまった『さりなへ』と記されたノートの中にあるメッセージの一つ。

 時間が経って擦れ落ちた文字を見ながら私はせんせの優しさを感じ取る。私との約束をずっと忘れないでくれていた。

 

 ページを遡れば私(さりな)について色々と知ろうと、助かる手段がないかと苦悩の日々が綴られる。

 特に『退形成性星細胞腫』についてはマーカーも多ければ、読み込んだ回数も多くて頁の端と開き部分に癖が付いてるほどだ。一部には怒りでもぶつけるようにグシャグシャになっていて「これは治すのが極めて難しいものだ」と悔しさの涙を溢したのが、滲んだ文字から伝わってくる。

 

「せんせ……こんなにも私のこと思ってくれてたんだね」

 

 これ以上思い出に縋るのは、私自身の決心が鈍りそうになる。

 私のままでいいと弱さを受け入れてしまう。今の私(ルビー)はボク(アクア)だ。ボクとして壊れるほどに心を強く押し込めないと。ボクがボクでいられるように。

 

「本とか紙とかなら、こんな素直な気持ちを色々と書き連ねるんだね……」

 

 なんか『ラブレター』とか、今時の子は『LINEで告白する』っていう気持ちは少しは理解できちゃうかも。

 紙とかメッセージなら存外素直に思いの丈というのが吐き出せるのかな。だったら私も一筆だけ入れようかな。せんせの日記に。

 

 ずっと考えてたこと。

 どうか聞いて欲しくて、伝えたいこと。

 

 ちょっと照れくさいけれど。

 ずっとずっと想っていたことを。

 

 

 

『愛してる。 さりなより』

 

 

 

 ——ああ、やっと言えた。

 ——こんな形でもせんせに告白できた。

 

 

 

 気恥ずかしさもあって、誰にも見つからないように慌ててノートを奥へと押し隠す。

 おかげで冊子が一つ落ちてきた。本棚の上に積まれた有象無象の一冊。埃まみれなのに、形自体は綺麗で色も日光で色褪せてない。きっとポストとかに投函されていて、そのままどこかに置いておいて忘れ去られたしょうもない物なのだろう。

 

 

 

「『神話の源流 日本神話の里 宮崎』ねぇ……」

 

 

 

 暇つぶしと気分転換には丁度いいかもしれない。

 今はこんなつまらない雑誌のコラムでも見て気分を紛らわせたい。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「やっほいほーい。お待た……あれ、ルビーは?」

 

「……気分が優れないからどこかで休んでくるって」

 

「そっかー。お墓参り失敗だったかなぁ」

 

「そんなことない。ちょっと僕が踏み込みすぎただけだから」

 

「……じゃあ遅くきた反抗期ってことで今は納得しとこうかな」

 

 アイはそれ以上は何も聞かずに樹木に祈りを捧げると、そのまま帰り支度を済ませて足早に霊園の外に向かった。

 

「さて、この後どうする? ルビー探しに行く?」

 

「明日までには帰ってくるって言ってたから、そこまで遠くに行くことはないと思う。今は待つしか……」

 

 本当は待ち続けるのは不安でしょうがない。でも今の私には答えがない。僕として打ち明けられるものがないから、足が竦んでルビーのところへ行くことができないんだ。

 

「そうか、なら待とう。焦ったって仕方ないんだし、パーっと宮崎牛でも焼いてね。お肉の匂い誘われて戻ってくるかもよ?」

 

「ウチの弟を肉食動物扱いか」

 

「こういう時は果報は寝て待て、ていうでしょ?」

 

「悠長なことするな……」

 

「待つのは慣れてるからね。約10ヶ月、君達が産まれるのを楽しみにしてたんだから」

 

 母親としての意見が眩しすぎる。人生経験の差がこれでもかと出てる。これがアイだとでもいうのか。

 

「それを思えば一日くらいは大丈夫。軽い家出だって考えようよ」

 

「そういうものかね……」

 

 家出と考えるには些か深刻な話であるのだが……思えば僕達は『本当の家族』という形を取ったことを一度でもあったのだろうか。

 

 僕とルビーは根本的に『転生』した者同士。最終的に前世は互いに知ることになって絆や信頼として強固なものではあったが『兄妹』という関係としてはどうだったんだろうか。

 

 分からない。正しい家族の形を僕達は誰も分からない。

 だからこれが重い物なのか、軽い物なのか判断ができない。

 

 僕は母を亡くし、父に疎まれ、祖母の家で育てられた。流されっぱなしの人生で夢さえも曲げてしまった。

 さりなちゃんは母からも父も半ば見捨てられた。小さな白い箱部屋の中で生涯を終えてしまった。

 アイは施設育ちだ。噂では母親には虐待されていたとかいう話もある。詳しいことについて本人は頑なに話さないけど。

 

 誰も『親子』とか『兄妹』とかの正しい姿を知らない。

 絵空事の世界に想いを馳せて、欠けた部分を補おうと『こうなろう、こうあろう』と常に演技という仮面を被り続けている。

 

 だからすれ違いも起きてるのだろうか。仮面を外した素の思いを吐き出そうとしないから。

 

 僕の思いや贖罪なんかを伝えるよりも——もっと『根本的に向き合わない』といけないんじゃないか。

 

 

 

 ——愛してる。ああ、やっと言えた。

 ——この言葉は絶対 嘘じゃない。

 

 

 

 それこそ——あの時のアイみたいに。

 今度こそ全てが永遠に手遅れになる前に、もっと真っ直ぐに綺麗に『嘘』なんてない『本当』を晒して話し合わないといけない。

 

「そうだ。これパンフレットね。この霊園について載ってるよ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 渡された手前、適当に捨てるわけにもいかない。

 流し読み感覚でパンフレットを読み、天童寺がどれだけさりなちゃんのことを蔑ろにしたのか受け入れようとした。

 

 

 

 そう——受け入れようとしていた。

 どんなにボロクソに、どんなに蔑ろにされ、どんなに最初からいなかった扱いをされたかを受け入れようとした。

 

 だけどパンフレットの説明を見て全神経に熱が灯る。短くて簡易的な説明なはずなのに、そこに込められた意味が脳裏に焼きついてくる。

 

 この霊園はこういう役割があると。

 木の品種はこれであると。この木の樹齢はこれであると。

 ここで取り扱ってる埋葬方法はこの種類であると。

 選べる墓石の素材やデザインはこれであると。

 

 そんなのしか書かれてないが——それだけあれば十分に理解した。

 

 

 

「…………そういう、ことかよ」

 

 納得した。これなら納得するしかない。文字だけで……いや、存外文字だからこそ人の心は意外と本心が出るのかもしれない。

 どうして天童寺家はさりなちゃんだけ墓から離し『樹木葬』を選んだのかをハッキリと心で理解した。

 

 

 

 ——これはある意味では『ラブレター』だ。さりなちゃんに向けた。

 

 

 

 なら伝えるしかない。ルビーにこの事を偽りなく。

 僕達の話は絵空事じゃないんだから、カッコ悪くても、情けなくても、出たとこ勝負の一発勝負で挑むしかない。

 

 帰ってくるなら待つだけだ。待ち続けてやる。

 待って待って待ち続けて——全部をルビーに伝えてやる。

 

 

 

 全部だ。本当の本当に全部。

 嘘偽りない裸の本心を全部伝えてやる。

 

 僕の本当も——『天童寺』の『本当』も全部ぶつけてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——それでもなお カラスの鳴き声は聞こえない。

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