【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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※第四章は原作【推しの子】の百二十六話が公開される前までに『第三十九話』までは既に完成したものとなります。そのため、毎週公開による原作との描写の齟齬や矛盾に対してはご了承くださいませ。
 また演出の都合上、この章では三人称視点と途中から『前書き』と『後書き』を使った描写もありますので、本文以外にも目を通すようにより一層楽しめると思います※


〜第4章〜 【東京ブレイド】
★第二十二話★ Tear Sad Fantasy


 成すべき二つ目の罪に向き合う時。

 

 演目は『真実』のお話。救えたはずの者を救えなかった贖い。

 彼女は未だ演じ続ける。人形としての役割に気付かぬまま。

 

 彼女の内で星と海は深まる。彼女の記憶を呑み込む。

 彼女の内で星と夢は照らす。彼女の心身を吊し操る。

 彼女の内で星と愛は満たす。彼女の全てを覆い隠す。

 

 

 

 星に願いをかける。彼女は何をかけていく。

 

 

 

 星に願いを賭ける。彼女は命を賭けていく。

 星に願いを懸ける。彼女は夢を懸けていく。

 星に願いを駆ける。彼女は心を駆けていく。

 

 

 

 星に願いを欠ける。彼女の心が欠けていく。

 星に願いを欠ける。彼女の夢が欠けていく。

 星に願いを欠ける。彼女の命が欠けていく。

 

 

 

 ——「辛いことは 一緒に抱えてあげるからね」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 話は遡る。星の子達が『陽東高校』に入学する前まで巻き戻る。

 

 それは『今日あま』のドラマ打ち上げの日。一人きりで戦い抜いた有馬かなのちょっとしたお話。

 燦燦とした打ち上げ現場。なにせ最初は失敗確実の棒演技だったにも関わらず、主演女優である有馬が鳴嶋メルトを筆頭に叩き直した影響で、下手くそから学芸会のお手本程度の演技には昇華できたのだ。

 プロとしては落第点は依然変わりないが、それを補うのが制作陣というもの。なんとか音響やカメラワークで演出を駆使することで、より見れる作品にしたから批判の声は少ない。絶賛の声も少ないのだが、元々この作品は若手タレントを売り出す宣伝用としての側面が大きいのだから、この程度でも十分役割を果たしたと言えるだろう。

 

「吉祥寺先生。わざわざ来ていただいてありがとうございます」

 

「こちらこそお疲れ様です、有馬さん」

 

 有馬かなの眼前で、一人の女性が頭を深々と下げる。

 彼女の名前は『吉祥寺頼子』であり、この『今日あま』の原作を手掛けた漫画家だ。

 

「有馬さんの色々と助けられました。『今日あま』ほど売れてはいませんが、他にも私が手掛けた少女漫画は何作かあるので、機会があればよろしくお願いしますね」

 

「少女漫画って意外と実写化多いですもんね。それこそ一世を風靡した『花より○子』とか『ちは○ふる』もそうですし」

 

「原作がケータイ小説ではありますけど『恋○』とかもですね」

 

 さらに元を言うと『ソー〇アート・オン〇イン』みたいなのもネット発祥の小説ではあるのだが、そこは二人とも大きく言及したりはしない。話の主題は『成功した実写化』という部分が大事なのだから。

 

 吉祥寺は唇を嚙みしめる。喜びと嬉しさと悔しさを呑み込んだ表情。

 一応は成功に収めたとはいえ、これらと比べたらあまりにも杜撰な出来栄え。赤字精算が精々の宣伝的にはよくても商業的には失敗だった断言できる実写化。何かを思わないわけがないのだ。

 

「私、実写化って不安で仕方なかったんです……。先輩達からも過度な期待はするなと言われていて……」

 

「実写化は色々と繊細な部分ありますからね。映画みたいな予算ガッポガポでもチープなCGとかで学芸会的なノリになる作品も少なからずありますから」

 

「実際、第一話の撮影現場は酷かったです。主演の鳴嶋メルトくんはまだマシな棒演技で、他のイケメン俳優は挙って声どころか表情さえも気持ちが入ってなくて……」

 

「でも」と吉祥寺先生は有馬と目を合わせ、再び頭を深々と下げた。

 

「本当に感謝しています。有馬さんのおかげで『今日あま』の実写化は成功したといっても過言じゃありません」

 

「……そんなことないです。誰だって『自分のダメさ』を受け入れるのは難しいこと。成功したのはメルトを筆頭に『みんなが自分のダメさ』を受け入れたから」

 

 それは有馬の偽りなき本心だ。『今日あま』が成功したのは有馬が座長として動き回ってくれたのもあるが、同様に有馬の意見を素直に受け取って改善してくれた新人役者の心意気にも起因している。

 もちろん最初はみんな歯向かった。なんで大して年齢の変わらない童顔ちんちくりんの意見を聞かなきゃいけないのか、という空気が主演男優陣にはあった。もちろんそれは『鳴嶋メルト』もそうだった。

 

 聞かない。有馬の意見なんて誰も聞かない。

 効かない。有馬の演技なんて誰も効かない。

 利かない。有馬の言葉なんて誰も利かない。

 

 

 

 ——それこそ有馬かなが、初めて星野アクアに出会った時みたいな衝撃でも受けない限り。

 

 

 

 だから滅茶苦茶にしてやった。久しぶりに焼き付けてやった。ありのままの自分を。

 アクアが気味が悪いというのなら、有馬は自己中心的な『太陽』の輝きを纏った演技を。その片鱗を見せてやった。

 

 あまりにも桁外れな演技力。動作一つに意味があるなんてものじゃない。

 表情なんていらない。指先一つで語り尽くす。有馬が演じるキャラは、缶詰しか食べられないことが分かる躊躇いを指の動きだけで語る。

 だがこの大根共を分からせるにはまだ足りない。干物になるまで焼き焦がさないと本能で理解してくれないだろう。

 さらに追い打ちをかける。サプリメントを飲み込むことすら億劫な心境。世界のすべてが敵であり、生きることは拷問だと言わんばかりの荒んだ心。それらすべてを悟らせる表情を有馬は見せた。

 

 

 

 ——さっきとは打って変わって『落陽』の演技を見せつけてやった。

 

 

 

 圧倒的な演技力にスタッフと役者はただ黙って見守るしかなかった。

 最終的にはNGとはなったが、有馬かなは暴れに暴れて大根共の杜撰さを肌身で教えてやった。

 

 ある者は自分に実力がないと感じ取って『今日あま』を最後に芸能界から去ったものもいた。

 ある者は有馬に心を焼き焦がされて、少しでも近づこうと烏滸がましく求めて燃え果てた。

 ある者は焦燥を覚え、このままではいけないという漠然とした不安に駆られて我武者羅になった。

 

 だが鳴嶋メルトは泣いた。その演技を見て、瞳が焼き切れたかのように泣くしかなった。

 元々『今日あま』は泣ける少女漫画として一世を風靡した名作中の名作。一般認知度も高いから話題作りのためにメルトだって何回か漫画を見たことはある。

 その一回ですら涙を流さずにいられない。心に訴えかけてくるお涙頂戴のシーンは、分かっていても泣いてしまうほどに印象的な作品だ。フィクションでしかない『今日あま』の主人公が、今そこにいるという事実がメルトにとっての『演技』に対する価値観を一気に塗り替えた。

 

 

 

 ——俺とは違う。流されるまま芸能界に入った俺とは違う。

 

 

 

 有馬かなは自ら芸能界に飛び込んだ。

 このドス黒い世界の中で、彼女だけはただ吠え続けた。『私を見ろ』と。焼き溶かすように強烈で鮮烈な演技を轟かせた。

 

 

 

 ——「それでも光はあるから」という最終回を締める主人公のセリフが、メルトからすれば有馬かなの姿と重なって見えた。

 

 

 

 こんな右も左も分からない世界で、彼女だけが眩しく輝いて見えた。

 芸能界でどうしたいのかさえ決まってもなければ、このまま楽に稼げるとバイト感覚で打ち込んでいたメルトには眩しく尊いと感じた。

 恋でも愛でもなんでもない。純粋な『憧れ』を持って、メルトは太陽に手を伸ばした。生涯を捧げても永劫に掴めないものだと分かっていながら。

 

 その後のメルトは心機一転して演技に時間と情熱を注ぎこんだ。有馬の動きを目で追い、吸収できるものは強欲に貪欲に焼き付けた。太陽に照らされる『影』のように。結果としてメルトは『今日あま』の第一話から第六話までの期間をすべて有馬かなを追うことで、目覚ましい成長を遂げることができた。

 

 

 

 それが『今日あま』が成功した本当の理由。

 有馬かながやったことは切っ掛けでしかない。それに対して皆が何かを感じ取ってくれて、それに応えるために一心不乱に頑張ることで、ようやく『今日あま』の実写化は成功に収まった。

 

 

 

 

 ——それに『自分のダメさ』を受け入れないといけないのは私自身もそうだし。

 ——みんな素直に受け止めきれたのはすごいことなのよ。私だったら納得できず、意固地に張り合ってた。

 

 ——最低限のプライド以外はさっさと捨てたほうが絶対いい。もう少し素直になったら、結果は違ってたはずだろうから。

 

 

 

「だから私からは一つだけ伝えておきます。『駄作を作りたい』と思ってるクリエイターは誰一人いない。漫画家も、脚本家も、カメラマンも、役者も、みんなその場にある全部を使って自分なりの全力で挑んでます」

 

 それは既に永遠に手遅れになった話。前の世界の話であり、どんなに思いを馳せても今更覆ることはない。

 だから繰り返さない。私と同じ思いを、似た後悔をさせないために、有馬は太陽みたいにすべてを焼き焦がすような思いの丈を吐き出した。

 

「作品を汚したい、貶めたいと思ってる人はいません。もしもそんなことを思うことがあったら『素直になって歩み寄る』ことを覚えてください」

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 なんて話を言われてたな——。

 

 星空と街のイルミネーションが夜を彩る刻の中。車のフロントライトが喧騒とした街中を横切っていく。

 そんな中、二人の女性が劇場から姿を見せた。片方は吉祥寺頼子。女友達と遊びに来たと分かるほど、色気もなければ洒落っ気もないシンプルながらも機能的な服装に身を包んでおり、まだまだ夜の街を遊ぼうとする気概が感じ取れる。

 

「どうだった。GOAさんが脚本を務めた舞台は」

 

「……大分好きでした」

 

 そしてもう一人はファッションセンス皆無。適当にタンスから引っ張り出して見繕いましたよ、と言わんばかりの上下ともに黒色の服装に身を包んでおり、いかにも人見知りで常に俯きがちになって夜道を歩いている。

 髪は整えておらず全体的にボサボサ。見た目からして「女子力ないです。社交性最低レベルです」と自己紹介してるようにも見える彼女だが、その瞳だけは先ほど目に焼き付けた舞台作品を何度何度もリプレイするほどに芸術肌な一面を宿していた。

 

 彼女の名は『鮫島アビ子』——。

 累計5000万部を売り上げ、今度舞台化される超人気漫画『東京ブレイド』を手掛けた天才漫画家だ。

 

「でしょ。舞台の最先端は『ステージ・アラウンド』なのよ」

 

「でも取り壊す予定なんですよね。こんな豪華なのに勿体無い……」

 

「まあ元々去年壊す予定だったんだけどね。人気につき延長したって経緯があって、その一因としてGOAさんも関わってる」

 

「……GOAさんはそんな影響力を持っていたんですね」

 

 アビ子が噛みしめるように、刻み付けるように脚本家である『GOA』の名前を口にする。それはアビ子にとって『親の仇』同然の悪印象な人物の名前でもある。

 舞台化しようとしている『東京ブレイド』は何も順調に話が進んでるわけじゃない。むしろ公演中止となりかけないほどに、制作陣側ではトラブル続きの連続だった。

 

 なにせアビ子とGOAとでキャラの解釈がまるで一致しない。何度リテイクしても自分の希望に沿った台本に修正してくれない。控えめに言って「脚本家の人はセンスない」と思うぐらいには嫌悪感が凄まじかった。

 

 このままじゃあ私の作品はダメになってしまう——。

 その焦燥感を抱えたアビ子は、同じように漫画が『実写化されて成功させた』漫画家であり、古い付き合いでもある吉祥寺先生に相談することにした。

 

 

 

 …………

 ……

 

『先生に聞きたいんです。先生はどうやって『今日あま』の実写化を成功させたんですか』

 

『……私は特に何もしてないわよ』

 

『じゃあ、運が悪かったことですか……? 私の作品が失敗するのは、私の子供達が馬鹿にされるのは、全部制作陣側の都合でしかないってことですか……?』

 

 吉祥寺は返す言葉もない。だって本当に自分は特に何もしていない。ただ許諾を受け渡し、制作陣と役者がどのように表現するのか見守っていただけ。

 本人は頑なに否定していたが、偏に言って『今日あま』のドラマが成功したのは有馬かなが率先してくれたところのほうが大きい。だけどそんな彼女でさえも自分自身の力だけでは不可能だと口にしていた。

 

 そうだ。作品というのは一人じゃ描ききれない。

 漫画家がいて、編集者がいて、出版社がいて、色々な手続きを踏んで世界に産まれる。だけどこれで『作品』が産まれるわけじゃない。

 作品には『見てくれる人』が必要だ。見てくれて、認めてくれて、受け入れられて初めて作品は『作品』として昇華される。

 

 人と人との繋がりがないと、創作というのはどんなに頑張っても花開くことなんてないのだ。

 みんながみんな、自分の中の一生懸命をぶつけて世界に産まれようとしている。そんな一生懸命の報酬が駄作だなんて烙印を押されるのが誰が喜び、求めるものか。

 

『……アビ子先生の作品を汚したい、貶めたいなんて舞台の関係者は誰も思ってないわよ』

 

『じゃあどうして! 私の子はこんなアホな台本になってるんですか!!』

 

 まるで予知でもしてたかのように、有馬の言葉を吉祥寺は思い出した。

 今のアビ子先生は吉祥寺と同じだ。ただ実写化が成功したか、これから失敗するかの違いでしかない漫画家であれば思う癇癪。その癇癪の正体は『不理解』であることも、吉祥寺はすでに理解していた。

 

 今起きてるのは『今日あま』の再演。ありえたかもしれない再演。失敗作で終えたかもしれない実写の分岐点。

 だからこそ吉祥寺は見逃すはずがない。有馬が成功に導いたように、今度は自分でアビ子の作品を成功への手助けをしよう。

 

『一度素直になって歩み寄ろう。舞台のことなんて何にも知らないんだから』

 

『……そりゃ知らないですけど。何にも知らないのは脚本家もですよ!』

 

『何にも知らないのはアビ子先生もでしょ。脚本家の何を知っているの?』

 

『……それはその』

 

『なのに自分のことは理解してほしい。そんな道理が通るわけないよね?』

 

『……まあ』

 

『じゃあ今からデートしましょう、アビ子先生。文句や不満は実際の舞台を見てから考えよう』

 

 ……

 …………

 

 

 

「……役者は動きや演技だけで言葉がなくても分かり合えると聞いてます」

 

 舞台を見終わった熱が引いたところで、アビ子は自分の中に渦巻く感情の整理を淡々と始めた。

 

「私も漫画家。クリエイターの一員として言葉がなくても舞台で見せたいものが、脚本家のGOAさんがどういう人間なのか、何となく分かりました」

 

 実際に舞台を見てアビ子は違和感を覚えた。

 脚本家のGOAさんが務めた作品は舞台の演出を最大限利用した一流の出来であり、元となる作品にも愛と信念を感じる傑作だったと理解した。

 

 理解したからこそアビ子は違和感しかなかった。

 どうして私の『東京ブレイド』はあんな杜撰な出来になったのだろうか。今回の脚本家は原作を蔑ろにすることなんてありえない。

 そりゃ確かに舞台のために描写を絞って、一部のキャラは舞台装置として成り下がる部分もあったのは認めるけど、そんなのは作品における取捨選択の結果にすぎないことくらいアビ子だって分かっている。

 だって二次創作みたいに趣味で悠長に書き続けることはできない。商業である以上は『売れる漫画』を描き続ける必要があって、そのために本筋と関係ない話は推敲しないといけない。

 

 そういう地獄のリライティングを続ける覚悟がなければ——編集者も脚本家も最初からいらない。

 何か事情があってこんな出来になった。伝達が上手くいってないとか、脚本家に届くまでに何かしらの情報の齟齬が発生したかのような、人間社会である以上当然発生しうるコミュニケーション不足の弊害が。

 

「先生、私は一度GOAさんと会ってきます——。あの人は、私の子供達を貶めるような人じゃないって信じたいので」

 

 その日、漫画家と脚本家で発生する伝言ゲームの齟齬は解消された。

 これは本格的な舞台稽古が始まる前の出来事。まだキャスト陣が正式発表されていない頃の話である——。

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 

 そして、その日はやってくる——。

 2.5次元の舞台として正式発表された『東京ブレイド』——。

 

 

 

 ーーーーーーー

 ブレイド役 姫川大輝——。

 つるぎ役 有馬かな——。

 キザミ役 鳴嶋メルト——。

 

 刀鬼役 黒川あかね——。

 鞘姫役 不知火フリル——。

 匁役 鴨志田朔夜——。

 ーーーーーーー

 

 

 

 ——そこに僕の名前は無かった。星野マリンとしての名前はなかった。

 

 

 

「まっ。分かりきってたことだけど」

 

 

 

 だって今は男性じゃないんだから『刀鬼』は無理だ。だからといって女性の役やれるかと言われたら、そうもいかない。

 何故なら『鞘姫』は割と『高身長』な女性だ。前の世界でも今の世界でもそうだが、あかねの身長は163cmであり、同様に鞘姫もそれぐらいはあるということになる。

 

 だというのに僕の身長は151cmと小柄だ。こんな図体では鞘姫を演じれるわけがない。根本的なキャラビジュアルが合致していないのだから。

 できる役があるとすれば『つるぎ』役ぐらいであるが、これには対抗馬に有馬がいる。有馬と僕を実力を比べたらどっちのほうが優れているのかは分かりきっている。僕が入れる余地なんて最初からどこにもないんだ。

 

 悔しくなんてない。だって私はまだ女の子として未熟なんだから。

 悔しくなんてない。だって俺は男じゃないんだから刀鬼になれない。

 悔しくなんてない。だって僕は『贖罪』を果たさないといけない。

 

 仕方ない。仕方ない。仕方ないんだ。

 

 

 

「畜生……っ!」

 

 

 

 悔しくなんてない、わけがない——。

 仕方ない、なんて納得できるわけがない——。

 

 だって今の私は『演技を楽しめる』んだ。

 だって今の俺は『演技を喜べる』んだ。

 だって今の僕は『演技を愛していい』んだ。

 

 なのにできない。自分がかつて立てた——『演技を復讐』としていた自分が立てた舞台に足を踏み入れることさえできない。

 

 これが悔しくないわけがないだろう。役者たる者、もしもの連続を考える。

 もしも未熟な時に参加した作品。自分のせいで駄作としてしまった作品、消化不良で終えた作品をもう一度やれる機会があったら、挽回したいと誰だって思うだろう。

 

 今度こそ演技を楽しんで舞台に望めたはずなのに——。

 今度こそみんなと同じ目線で舞台に挑めたかもしれないのに——。

 

 僕にとっての演技とは、アクアの復讐よりも強く輝かしいものだと証明できるはずだったのに——。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 ただただ悔しさから溢れる嗚咽を殺すしかない——。

 そんな女々しい私が、本当不甲斐なくてみっともなくて——。

 

 でも「それでいい」と諭す俺がいて心底ムカついた。

 お前は一体僕にどんな『贖罪』を求めてるんだよ——。

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