【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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【観客席インタビュー】②

「MEMちょです! というわけで今度はメルトくんの演技を鍛え上げたマリンちゃんに取材したいと思います! ちなみにこの動画は『講演後』のコメントなので、ネタバレ配慮で一部音声に加工が入ります!」

「やっぱキザミとしての■■を表現する時の■と■■が良かったよな。■■■■■■■■■■で……」

「わざとでしょ? わざと編集の私に苦労させようとしてるでしょ?」

「バレたか。まあ続きは君の目で見てくれ! ということで」

「プロモーション上手だねぇ〜〜♪」


★第二十九話★ 《溶解》

 鳴嶋メルトが練り上げた曲芸に、観客は度肝を抜かれて歓声が湧き上がる。

 もちろんそれは原作者のアビ子先生も同様ではあるのだが、原作者を除く関係者各位の驚き自体はそこまで大きくはない。

 

 

 

「(さあ、君はここからどう魅せてくれる——?)」

 

 

 

 鏑木プロデューサーの心は冷静に見定める。何故ならここまでは『予定調和』だからだ。

 意外な展開でも何でもない。既にゲネプロでも行っていて、メルトがこれを可能にする体力と技術があることは周知されており、匁として対峙している鴨志田だって、驚愕の表情と動きは予定通りの演出に合わせて行っている。

 

 むしろぶっつけ本番に曲芸を行うなんて自殺行為もいいとこだ。舞台は誰か一人が予定外なところをした時点で破綻してしまう連帯感が重要なもの。

 

 もしも曲芸を失敗したら、どうフォローするのかも段取りは決めてある。その程度の台本の軌道修正くらいは全員が認知している。

 

 

 

 ——それが舞台というもの。作劇においてどういう形であれ『感動』を与えるのは『予定通り』でしかない。

 

 

 

 だけど、もしも予定外が起こるとすればこの先——。

 メルトが爪痕を残すなら、ここから求められる感情演技であろう——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 ——本当大した大道芸を見せてくれる。

 

 

 

 あらゆる期待と不安を背負い切ったまま、本番で成功させたメルトの胆力に改めて鴨志田は感心を抱いてしまう。

 

 こいつの努力は又聞きとはいえ姫川も有馬も自慢していた。

 何度も何度も殺陣用の木刀を投げては失敗して、失敗して、失敗して。その度に何度も何度も繰り返して。それでも失敗して泥臭く、血生臭く成功するまでやり直して。その果てに、本番では見惚れるような高い精度で実行してみせた。

 

 若さなのか、心構えなのか、あるいは単に馬鹿なのか。

 メルトは本当に底知らずの体力でこの1ヶ月間、無我夢中で稽古に時間を当てていた。恐らくプライベートなんて時間はほとんどないほどに濃密に。

 

 

 

 ——本当羨ましい。そんな無茶無理無謀ができる若さが。

 ——でも、この『期待』にお前は応えきれるか?

 

 

 

 鴨志田は視線を僅かに観客席へと向ける。

 力押しが際立つキザミの猛攻と、それを技術でいなす匁の剣戟。見せ場の連続で観客の熱気は最高潮を迎えており、キザミのクライマックスまでへの期待が倍々方式で高まっていく。

 

 ここまで盛り上がるのはメルトの努力もあるが、そのメルトの感情演技をより引き立たせるために鴨志田が『対比演技』をしたのも理由の一因でもある。

 感情と力を爆発させて、とにかく押し切ろうとするキザミが炎だとするなら、匁の演技は常に感情と力を押さえて受け流そうとする水のような演技。

 

 言うなれば剛と柔の関係性——。

 キザミが燃え滾れば滾るほど、匁は冷静に落ち着かせていく。

 匁が冷え切るほど感情を殺せば、キザミは燃え尽くすほどに昂らせる。

 

 それが役者の小技。対比構造をすることで、お互いの演技と演技の比べ合いを避けて相乗効果で演出を深める舞台の魅せ方の一つ。

 

 けれどボルテージを上げきるにはまだ早すぎる。

 キザミの最大の見せ場は、この後に続く『根性だけで匁に立ち向かうシーン』だ。ここまで熱量をぶつけたら、観客も当然『それ以上の熱』を求めるのが性というもの。

 観客というのは無辜にして残酷な裁定者。期待を押し付けるだけ押し付けて、期待外れとなればすぐに見限り、低評価や駄作の烙印を捺して立ち去る正直者で薄情者な評論家。

 

 故に落とし所を見せるのも一つの演出であり、作品としての処世術の一つ。物語の緩急というものが必要になる。

 

 けれどもメルトは出し惜しみなどする気はない。

 この熱気に包まれ、その身を燃やし尽くして灰になっても構わないという意気込みで踏み込み続ける。

 上限知らずに雄叫びを上げ、筋肉が硬直するほどに刀を握り込む。退路なんて自ら断ち切っていき、自身の影さえも切り捨てるかのように、ただひたすらに。

 

 

 

 ——まさに根性だけで立ち向かうキザミが重なる。

 

 ——けど根性論だけで何とかなるなら、誰だって苦労はしない。

 

 

 

 鴨志田だって何も10年近く流されるまま芸能界で生きてきたわけじゃない。

 演技をするのが大好きで、頑張る姿が認められるのが誇らしくて、そんな期待に応え続けようと今のメルトみたいに青臭く頑張り続けた時期だって当然ある。むしろそれは『芸能界を夢見た人』なら誰だって思う『特別でも何でもない』ごく普通の気持ちだ。

 

 だけど『芸能界に夢を見る』ことは難しいことだ。

 ここはビジネスの場。観客と制作陣の需要が一致しないと、次の仕事に繋がらない弱肉強食の生存競争が常に巻き起こる終わりがない戦場。

 

 鴨志田より演技が上手い役者なんて沢山いた。

 鴨志田より顔が良い役者なんて膨大にいた。

 鴨志田より性格が良い役者なんて無尽蔵にいた。

 

 けれどそれだけで芸能界を生きていくのは難しい。

 演技が上手くても、残酷なことに美醜に問題がある奴だっている。

 顔が良くても、性格が悪くて芸能界に馴染めない奴だっている。

 性格が良くても、芸能界の闇に心を病んだ奴だっている。

 

 みんながみんな、鳴嶋メルトみたいに『真っ直ぐな演技』ができるわけじゃない。

 お前はまだ『芸能界の輝き』にいるから分かってないだけで、何年もいれば『芸能界の闇』に否が応でも触れて、この世界に夢見ていた輝きなんてない現実を知る。

 

 鴨志田がそんな芸能界に生き残れたのは、確かな実力と同時に処世術を身につけていたからだ。

 出来すぎた真似はしない。型に嵌った演技で完全に原作を模倣して再現する。そこに個人の感情を介入することはあってはいけない。

 

 演者はあくまで糸で吊された操り人形のように寡黙でなければならない。演者は役を降霊させる器に徹しないといけない。

 

 舞台上で引き篭もるのが精一杯な、バラエティにも呼ばれない演技しか取り柄のない役者——。

 それだけで芸能界に10年もしがみついてきたのが——鴨志田朔夜という役者の人生だ。

 

 

 

 少し豪華な飯を食らい、少し絢爛な衣装に身を包み、少し上質な酒を飲み、少し上等な女と交わる——。

 

 

 

 そんな金メッキでできた華やかさと見栄が鴨志田朔夜が——。

 いや、この芸能界で花開く『才能がない者』が手に入れる報酬だ。鴨志田朔夜みたいな役者は探せばどこにでもいるように、こんな華やかさは芸能界ならどこにでもある。

 

 鴨志田朔夜はどこにでもいる『量産型の個性』という『無個性』を被った役者でしかないことを、この10年で心身に刻まれるほどに自覚している。

 

 

 

 ——うぜぇ。鏑木Pのお気に入りで、顔だけ仕事が回されるお前が。

 ——くせぇ。その青臭さで芸能界にやっていけると思ってるのが。

 

 

 

 ここで初めて匁は感情を表に出す。これは『アドリブ』だ。メルトの演技に触発された鴨志田が、対比だけでは追いつかないと判断して実行した小さなアドリブ。

 僅かばかりの嫉妬を表に出し、殺気と怒りを刀に乗せる。その感情が意思でも持ってかれるように、刀同士が拮抗する耳障りの悪い摩擦音がより大きくなる。

 

 

 

 こっちだって負けられない理由があるんだよ——。

 匁として、鴨志田朔夜として——負けたくない理由が。

 

 

 

「《う゛ぉぉ゛おおおおおっ!!》」

 

「《はぁああああっ!!》」

 

 

 

 互いの信念と思いを押し付け合うように、意地と見栄を張り合うように、キザミと匁の鍔迫り合いが拮抗する。

 キザミの雄叫びは猛獣にも等しい。喉仏を使い潰してでも、アキレス腱が切れようとも力強く、暑苦しく、泥臭く、演技へと昇華していく。これで終わってもいいと覚悟でもしてるかのように。

 

 鍔迫り合いによって発生する小道具の摩耗が激しい。

 少しずつ銀紙の加工が剥がれていき、その摩擦音がピンマイクに僅かに入って雑音が混入し、それはハウリングとなって観客席と場違いのように響いてしまった。

 

 

 

 ——金属同士が共鳴するかの甲高い音が響くアクシデント。

 

 

 

 だけど、このアクシデントは好機となる。役者の尻拭いをせずに何が演出家か。何が音響スタッフか。

 

 彼らだってクリエイターを志した一つの原石だ——。

 舞台の上で華やかに演じる役者だけに、全てを任せるなんてことはあってはならない。

 

 即座にスタッフはこのトラブルを利用できると考え、より一層金属音をSEを強く重く轟かせる。今からクライマックスだと期待を煽るように。

 

 役者同士は動きだけで分かり合えるというが、演出家の意図も動作一つ合図一つで瞬時に理解できる。

 

 

 

 ここからが正念場だと鳴嶋メルトは息を入れ直す。

 自分の中にある最後まで温めておいた最後の燃料を投下するために。

 

 

 

 ——追憶する。考察する。夢想する。

 

 

 

 キザミの演技に対する方向性を固めるために、擦り切れるほどに読み込んだ『東京ブレイド』の漫画を脳裏に焼き直す。

 

 ここは『東京ブレイド』における名シーンの一つ。

 初めて出会った強敵に敗北した(キザミ)が、根性だけで立ち向かうシーン。

 

 

 

 この舞台における(キザミ)の一番の見せ場——。

 

 

 

 この1ヶ月間、家に帰ってイメトレをする時はずっと『東京ブレイド』の漫画を読んでいた。本も買ったし、隙間時間に見るために電子書籍も買った。

 それでも分からないから動画配信サイトでアニメ化された『東京ブレイド』のシーンを何度も見て、担当してる声優さんの演技とか注意して聞いてきた。登校中も仕事の待機中も寝る前も何度も聞いた。動画配信サイトのコメント欄も見て、視聴者の意見もいくつか参考にもした。

 もちろんアニメ・漫画などを取り扱う雑誌のアーカイブも入手して、キザミ役の声優さんのインタビューも目にしてきた。プロ意識なんて遥か高みにあって、俺一人じゃ気づけない意見や見方があって『キザミというキャラ』に対しての『正解』があったら、これなんだろうって納得してしまうほどに。

 

 

 

 それでも理解しきれなかった。

 どうしても原作に映るキザミと、台本に書かれるキザミと、メルトが思い浮かべるキザミのどれもが求めるべき演技の終着点から掠めてしまう感覚が常に付き纏っていた。

 

 それはメルト本人が本能的に気づいていた齟齬。

 キャスト陣がメルトを当てたのは『メルトが演じるキザミ』という特色を十分に活かして欲しいという希望があったからだ。

 周囲の期待や夢に応えたいと、そのために一矢報いたいと常に感受性を広げていたメルトだからこそ道を踏み間違える一歩手前でずっと苦悩し続けた。

 

 擦り切れるほどに何度読んでも分からない。

 スマホのバッテリーが熱膨張するほど読んでも分からない。

 動画配信サイトの視聴履歴が1ヶ月すべてが『東京ブレイド』が埋め尽くされても分からない。

 

 

 

 ——なんで俺みたいに、しみったれた顔してるんだよ。

 

 

 

 それを考えた時、キザミと俺の心が共鳴した。

 欠けたピースとピースの形が綺麗にハマり込んだように、絵空事の世界が鮮明に没入できるようになって、黒川や有馬が口にする『考察』の世界を少しだけ見ることができた。

 

 

 

 ——そりゃ、しみったれた顔するに決まってるよな。

 

 

 

 ——情けないから? そうだろうな。

 ——みっともないから? そうだろうな。

 ——悔しいから? そうだろうな。

 

 

 

 でもそれだけじゃないんだろう、キザミ()

 もっと、胸に秘める不甲斐なさがあるだろう、(キザミ)

 

 

 

 だって負けたのは初めてじゃないだろう。

 猿山の大将を気取ってた頃。ブレイドとつるぎに、叩きのめされた時も同じように悔しくて、情けなくて、みっともなかっただろう?

 

 

 

 …………

 ……

 

《なぁ、俺も仲間にしてくれよ! お前が王様になった時、俺のポジションは将軍な!》

 

 ……

 …………

 

 

 

 でもお前、あん時『笑ってた』だろう。負けたのに。

 何で笑っていられるんだ。初めて自分より強いやつと対峙して、自分にはない『盟刀』を持っていて、俺と同じようにブレイドとキザミでは『才能』みたいなのがあることを肌身で知って。

 

 でもお前は笑っていた——。

 なんで笑っていた? お前は俺と同じなんだ。同じように自分より強い奴がいて、情けなくてみっともなくて悔しくて——。

 

 でも俺は——初めて有馬かなの演技を見た時——。

 

 

 

 …………

 ……

 

「《それでも光はあるから——》」

 

 ……

 …………

 

 

 

 そうだよな——。

 お前が悔しいのは、匁に負けそうだからじゃないんだよな——。

 

 そんな『どうでもいい』ことで悔しいなんて思うわけないよな。

 お前が今戦っているのは『自分自身』なんだって分かるよ。

 

 お前はブレイド達に憧れを見たんだよな。『國の王』という果てしない野望を真っ直ぐに見続けるブレイド達に。

 嫉妬混じりで挑んだら見事に返り討ちにされて、新宿の中のさらに小さな一画で堕落しきっていた自分の浅ましさと狡賢さとは違うブレイドの尊大さに笑っちゃうくらいの『夢を見た』んだよな。

 暴れん坊将軍だったキザミから『仲間にしてくれ』と頼み込むほどに、主人公達に惚れ込んだんだよな。

 

 そんな身勝手な頼みを、ブレイド達は受け入れてくれた。

 ごく普通に、当たり前に「おう。いいぜ」と二つ返事で受け入れたくれた。力を振るうことでしか、己の存在価値を示せなかったキザミに、己の身と刀を持って尽くしたいと、捧げたいと思えるような仲間に出会えたんだよな。

 

 

 

 そんな仲間に報いれないのが悔しいんだよな——。

 一番槍として渋谷クラスタに挑んだのに、返り討ちにされて仲間に何も残せず、託せず、無力なのが嫌で情けなく感じたんだよな——。

 

 

 俺もまだ有馬に輝きに、何も返せてない——。

 何も返せてない自分が、心底情けなくてみっともなくて——。

 

 そんな『自分の影』を振り切るために、決別するために——。

 あの『星』へと、あの『光』へと、あの『太陽』みたいに輝いてる『夢』へと手を伸ばしたいんだ——。

 

 

 

 

 

 ——それなら、すげーよく分かるよ。

 

 

 

 

 

「おぅれは!! 誰にも負けねぇぇええええ!!」

 

 

 

 ありのままの本心を爆発させる『カッコつけない』言葉で、裸の心を剥き出しにしてメルトは魂から吼える。

 

 だから『負けたくない』んだ——。

 勝ちたいんじゃなく『負けたくない』んだ——。

 

 彼女の演技にあまりにも眩しくて、綺麗で、力強くて、逞しくて、憧れさえも程遠いほどに輝いていて——。

 

 

 

 そんな彼女に一緒に絵空事の『夢を見せられて』——。

 そんな彼女を一緒の景色の『夢を追いかけて』——。

 そんな彼女と一緒に裏方の『夢を背負って』——。

 そんな彼女と一緒に観客に『夢を見せられる』——。

 

 

 

 稽古期間のほとんどをずっとそれだけを思い続け、思い焦がれてきた。

 この1ヶ月を、この1分の為だけに捧げようとすべてを注いできた。

 

 そっちが何十年、何百年——。

 そっちが中堅から大御所までの誰だろうが知ったことじゃねぇ——。

 

 

 

 

 ——この1分だけはっ! 誰にも負けねぇぞ!!

 

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 鴨志田朔夜もまた追憶する。熱に当てられた心が、炙り出しの紙みたいに擦り切れた記憶の断片を浮かばせる。

 

 誰だって子供の頃は夢見た絵空事の世界。その世界が現実にあったら、どれだけ楽しいのだろうと夢想して、真っ白な心のキャンパスに何度も何度も夢を描いてきた。

 

 

 

 空飛ぶ車。角を携えた馬。心を持つ鉄騎——。

 選定の剣。時を渡る翼。勇者と魔王——。

 神話の再現。転生もの。真実の愛——。

 

 

 

 そんな絵空事の世界に触れたいから『芸能界』って世界で、わざわざ日の目が当たりにくい『2.5次元の舞台』っていう世界に踏み込んだんだったっけ——。

 

 眩しいなぁ。泥臭いなぁ。青臭いなぁ。

 見てるだけでも鳥肌が立ちそうなくらいに恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 

 

 ——でもそんな世界が見たいから、そんな『芸能界の光』に目指したくて、そんな光を手にしたくて足を踏み入れたんだよな。

 

 ——くだらない理由かもしれないけど、それは童心だった頃の俺にはどんな宝石よりも大切で、大事なものだったんだよな。

 

 

 

 その日、彼の止まっていた時間は動き出した。

 凍てついた時間は溶け始めた。一生懸命なメルトの熱気に当てられて、この嫌なことも素敵なことも常識から外れた芸能界の世界に色彩を見せてくれる。

 

 今のメルトは、鴨志田が無くしてしまいそうな夢を見せてくれる。

 そんなメルトが、鴨志田にとってどんな『星』や『宝石』よりも尊くて、大事にしたくて、輝いて見える原石に見えた。

 

 

 

 ——それこそ子供の頃に手に取った、川沿いの石みたいに。

 

 

 

「《がっ——》」

 

 

 

 シナリオが変わることはない。運命は最初から最後まで定められていて、キザミの意地と匁の見栄は、見事に匁の勝利となってクラスタ抗争の初戦は新宿の黒星となる。

 

 それでも足掻くことはできる。それまでの道筋を決めるのは自分自身なのだから。

 また何年後か、何十年後かに燻って、不貞腐れて、この世界の闇に呑み込まれて迷う時も、立ち止まる時も、溺れる時もきっとあるだろう。

 

 

 

 暗闇の世界に、足が竦む時はきっとまたやってくる。

 嵐の視界に、足が踏み出せない時はきっとまたやってくる。

 心の悲鳴に、足が追いつかない時はきっとまたやってくる。

 

 

 

 ——それでも。

 ——子供の頃に夢見た『星』を道標に、彼はきっとまた足を動かせるだろう。

 

 

 

 ——それを鳴嶋メルトが思い出させてくれた。

 

 

 

 

 

「よくやったわ——」

 

 

 

 

 

 誰かの心を動かすメルトの演技に、有馬もまた『カッコつけない』本心を口にする。

 台本上でのセリフでしかない。予定調和の言葉。なのに今のメルトには、そのセリフが『つるぎ』としてでなく『有馬かな』の言葉だと理解できる。受け入れられる。

 

 

 

 それは鳴嶋メルトが『役者』として成長できた証。

 役者同士なら動きや表情だけで、その心と言葉を汲み取ることができる。

 

 

 

 報われた——。俺の演技を有馬が認めてくれた——。

 

 

 

「《後は私達に任せなさい!!》」

 

 

 

 クライマックスを超えても閉幕にはまだ早すぎる。これは第二幕の序章。

 物語の続きは紡いでいく。まだまだ続いていく。[30分ほどの休憩時間]を挟み、舞台の話は次なる戦いへと移ろいでいく。




【舞台裏コメント】②

「んだよ。本番だとあんな演技できんのかよ」

「おかげで喉枯れかけてるけどな。次の公演でできる気がしない」

「じゃあその頑張りと英気を養うために今度一緒に飯食いに行こうぜ。俺の奢りでな」

「えっ、怖っ。鴨志田って女としか遊び行かないって聞いたけど? まさか……」

「ねぇよ!? 俺にそんな趣味ねぇよ!?」
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