【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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【観客席インタビュー】③

「不知火フリル! 一推しの不知火フリル! すごかったね!」

「ルビーくんはフリル推し? 男子って正直だね〜〜」

「いやー、普通に顔の良い人を推さない人っていないと思う。男女関わらず」

「分かるぞ。男でも男性アイドルグループが好きな奴はいるし、女でも女性アイドルグループが好きな奴はいる」

「姉弟揃ってルッキズムの権化だった……」

「ところで次のコメント拾わなくていいのか? 見た感じ、あの元アイドルいなくなってるぞ?」

「元アイドルを呼んだ? アイだけに」

「元は元でも現・ママドルじゃねぇよ。現・バラドルのほうだよ」

「……あれ、本当だ!? この後インタビュー予定だった『フリルの姉』がいなくなってるっ!?」


★第三十話★ 《竜灯》

 キザミの好戦で新宿クラスタの強さだけは目を見張るものがあると感じ取った匁は、立ちはだかったつるぎの相手をそこそこに済ませて戦いから身を引いて姿を眩ませた。

 

 向かう先は渋谷クラスタの本丸。鞘姫・刀鬼が拠点としている『金王八幡宮』という神社。

 

 

 

 またの名を『渋谷城』——。その跡地——。

 

 

 

 鳥居を超え、御扉を開けた先の先。

 神秘的で厳格なのに、どこか退廃的な本殿にて二人の男女が匁の帰還を待ち侘びていた。

 

 

 

「《新宿クラスタ。厄介な奴等みたいだな》」

 

「《何も考えてないバカの集まりですよ。全員倒せばそれで良いと思ってる》」

 

 

 

 本番でも稽古通りに二人の演技は紡がれていく。

 元よりあかねと鴨志田の演技力は高水準。完成され尽くした演技であり、大きな変化もなく安定した会話を交わしてく。

 

 

 

「《鞘姫……決断を》」

 

 

 

 けれども変化を求めたものが一人いた。

 それは鞘姫を演じる『不知火フリル』に他ならない——。

 

 

 

「《刀を抜けば……血が流れる》」

 

 

 

 彼女は何度重ねても納得のいく演技が見つかることはなかった。それはゲネプロを迎え、舞台当日になっても変わることはない。現実はゲームや漫画みたいに妙案が突如として思いついて、急激に成長や変化を迎えるなんてことはない。

 

 今ある物を最高限に活かして不知火フリルは鞘姫を演じるしかない——。

 

 だからフリルは原作を見直した。鞘姫としてではなく『一人の読者』として客観的かつ残酷な視点で。

 

 ハッキリ言って、人気が出ないのは当然と言えるキャラ設定だった。

 ビジュアルだけなら一級品。原作だと刀鬼が従者としての側面を強めるためか、どこか弱々しい雰囲気があって初登場時は庇護欲を駆られるような一面が推されていた。

 

 だが実際に戦場に出てみれば、か弱さとは無縁の武芸の達人。

 かの有名な『清少納言』や『紫式部』が羽織る重厚な和服である『十二単』を身につけても品と花を損なわない動き、それどころか鞘に収めたままの『盟刀』でつるぎを退けるのだから、彼女も剣豪の一人であると突きつけられる。

 女傑と呼ぶに相応しい活躍は『春日局』や『巴御前』のようであるが、当初のイメージとはかけ離れてしまい彼女のキャラ造形は既に滅茶苦茶。

 これでビジュアルが古き良き日本文化の『大和撫子』ならまだいいのだが、キャラの差別化のためかカラー絵になるとイメージカラーが『白』ってなってしまい、今度は見た目だけ見ると『雪女』と徹頭徹尾キャラが迷子なのである。

 

 なんというか『チグハグ』という印象が本当に強い。それをフリルは改めて感じ取った。

 これではクラスタ抗争の最終面である『鞘姫を犠牲に抗争を収める』という本来の思惑が明かされるシーンが『読者受けやヘイトコントロールで急遽追加された設定』という側面も感じ取れなくもなくて、没入感を得られないまま幕を閉じるという何とも言えない形で読み終えてしまうほどに。

 

 もちろん後追いや単行本として一気見すれば鞘姫の心情は分かってくるし、想像もしやすいし、納得できるものはある。

 けれども『東京ブレイド』は週刊連載であり、また『クラスタ抗争』は様々な部分に視点が当たり、群像劇として描くシーンが多くて鞘姫として登場するシーンがまだらな上に、抗争の序盤から中盤では2ヶ月に1回の頻度で10コマにも満たない出番しかないとなれば、読者からの印象はそれはもう薄くて薄くて仕方がないのである。味のしないガムを噛み続けるほどつまらなくて不快な物はない。その先入観もあって、鞘姫の人気は伸び悩んでしまったのだ。

 

 これは当初『東京ブレイド』という作品が連載初期段階であり、アビ子先生の画力不足や描写の取捨選択が極まっていなかったという事情もある。

 

 連載初期で売れ始めた頃。読者層にテコ入れという名の媚び売りをしたい時期であり、そのために『キャラを大量に出す』のと『展開を長丁場にして終わらせない』という出版社の意思介入があって、渋谷クラスタは当初予定していた規模よりも遥かに大きく壮大な戦いと展開を膨らませることになった。

 

 これ自体は英断ではあった。おかげで『東京ブレイド』は売れる漫画としての土台が固まった上に、人気サブキャラとなった刀鬼を生み出し、普通のカップリングにしろボーイズラブにしろ今でも続くカップリング論争の中心になるほどに反響があったのだから。

 

 けれどもその英断が必ずしも良い影響を与えたわけではない。

 センス任せのアビ子先生が論理詰めで受け入れやすいキャラを何度も描いて、編集者とも話し合って没案となって、それでも何度も描き直して寝る間も惜しんで血肉の果てに生まれた傑作キャラが鞘姫、刀鬼、匁の『渋谷クラスタ』——。

 

 だが理詰めすることで、本来口下手なアビ子先生が無理矢理『言語化できない感情』をキャラに投影してしまったせいで、渋谷クラスタにはある共通点が全員持ってしまった。

 

 それは全員『自分の本心を打ち明かさない』という、グループ組む上でかなり致命的なディスコミュニケーションが発生しかねない共通点が。

 しかしそこはアビ子先生のシナリオ構成力の見せ所。言葉にしない信頼関係を見事に描写しきることで、渋谷クラスタは『本当は戦いたくない』という葛藤を持っていたことを表現して見せたのだ。

 

 おかげで刀鬼と匁のミステリアスさと本心を口にしないクールさと、その心に抱える弱さは、女性読者層に大いに刺さってくれた。

 だが鞘姫だけは違った。女性にとって受けがいい女性キャラとはミステリアスから来るギャップではない。女性受けしやすい女性キャラというのは『ヒーロー系』が一番なのだ。

 

 鞘姫にはそれがなく、また男性読者層は受けやすい『つるぎ』のキャラが刺さってしまい、見事に鞘姫だけは人気キャラから一線を引く場所で静観することになってしまった。

 

 

 

 

 ——鮫島アビ子が内包的に持つ他者と解り合いたいが、それを上手くできずに苦しんでるという部分。

 ——その『マイナス部分を濃縮』して生まれてしまったのが鞘姫という世の印象なのである。

 

 

 

 

 とはいってもコアな人気は男女問わずあるらしく、ファンサイトでは一定の供給はある。

 だが喜ぶべきか悲しいべきか。そのほとんどは年齢制限必須のアレなのが多くてそういう扱いを受けてるものも数多く占めていた。

 

 これは東京ブレイドという作品そのものがメインに男性キャラが多く、女性メインキャラは『つるぎ』と『鞘姫』しかおらず、しかもつるぎは天真爛漫で貧相体型と、そういう需要が一点集中してしまった側面も大いにあるのだが。

 

 何にせよ、これが鞘姫のこの段階での描写としての総決算である。

 これではつるぎに人気が集中しやすいのも当然と言える。読者は良くも悪くもミーハーであり、分かりやすい属性やキャラクター像のほうが大衆には認知されやすいのだから。

 

 

 

 ——それこそお飾りみたいに持て囃される不知火フリルが、マルチタレントとして活躍してるだけで盲目的に『推される』ように。

 

 ——チート転生に異世界転生。あるいはパロディやオマージュ。もしくは学パロとかコメディみたいな平和な世界観が創作で受けやすいように。

 

 

 

 ——観客、読者、視聴者。どれにしろ『作品を受け取る』側は独善的で自分勝手な批評だけで判断する。そうやって評論家ぶって、自己中に解釈して期待外れならレッテルだけ貼り付けてさようなら。随分といい加減で、責任感もなくて、顔も名前も見せないくせに一方的な批評である。創作者からすれば堪ったものじゃない。

 

 

 

 ——けど、そうやって文句を言うのもまた『作品を作る』側の独善的で自分勝手な意見だ。世界が自分を中心に回っているなんてことはありはしない。『その作品を作った』のは作者であろうが、『その作品の中心にいる』のは登場人物なのだから。作者の都合や自分勝手で、操り人形や着せ替え人形みたいな人形遊びで振り回されるなんて登場人物からすれば堪ったものじゃない。

 

 

 

 それは当初の台本でもそうだった。売れっ子脚本家のGOAであろうと、一回はそういう都合のいい登場人物として扱うほどに鞘姫というのがキャラ性が薄い。

 

 

 

 元々の台本だと、鞘姫に求められていたのは『舞台装置』としての側面。クラスタ抗争を起こした張本人だというほどに——。

 

 

 

 舞台なんて公式監修とはいえ、原作者からすれば『二次創作』といっていい。それは舞台に限らず、ドラマも小説もスピンオフ作品全般に言えることだろう。

 それを都合の良いキャラ構成で再編成するなんて、普通ならば侮辱なんて言葉では生温いほどの屈辱だ。それは『心の殺人』といっていいほどに残酷なことである。

 

 

 

 ——キャラには礼節と尊敬を持って演じなければならない。

 ——しかし、それがエンターテイメントとして正しいかは話として少し違う。

 

 

 

 この舞台は『不知火フリル』という広告塔を使ったプロモーションを行なってもいる。舞台を見に来てるのは『原作を知らない客層』だって大いにいる。

 

 だから原作を読んだ前提での演技は当然違う。脚本もそれを望んでいないから、アビ子とGOAは何度も話し合って折衷案を模索して今の台本が完成した。

 それが重厚な動きと表情だけで鞘姫の葛藤を表現するという注文。演じる上での最低限のライン。崩してはいけないキャラの根底。

 

 故にフリルは『分かりやすい感情演技』をすることが許されない。

 

 むしろそれを前面に押し出したらアビ子先生が激怒する。

 絶対にあの人なら「私の子供達は、こんな構ってちゃんみたいなこと言わない!!」と解釈違いに憤怒することだろう。

 

 

 

「《ですが、戦わなければ守れないものもあるのでしょう》」

 

 

 

 観客に鞘姫の真意が悟られるようなことは決してあってならない。

 鞘姫が『自らを犠牲にクラスタ闘争を収める』という考えが根っこにあり、それを悟っていながら、受け入れて無力と諦めを抱いていた刀鬼の痛々しさがラストの『感情演技』を引き立たせるのだから。

 

 

 

 ——けれどフリルの中の鞘姫がザワめく。

 

 

 

 ——そんな観客の都合で、演者の都合で、脚本の都合で、私の気持ちを勝手に解釈をするなと。

 

 ——使い捨てられる物語の気持ちを考えたことがあるのかと。

 

 ——都合のいい物語を選択し、その断片だけを斬って繋いで作られる都合のいい舞台装置。

 

 ——誰も彼も 鞘姫のことを 考えてない。

 

 ——偉そうに 私を語るな 鮫島アビ子。

 

 

 

 怒りで熱を持つような。あるいは失望で冷めるような。

 掴みどころもなければ、行き場もない鬱憤と鬱屈がフリルの中で揺らめき続ける。

 

 それこそ『不知火』のようにユラユラと。

 蜃気楼のごとく、鞘姫のキャラの輪郭そのものを曖昧にしていく。息を一つ溢すだけで、周囲の空気を変質していく。

 

 それは彼女が空気を変えているわけではない。空気が自ら変質しているのだ。

 女王の顔色を伺う臣下のように、空気が彼女の威圧感にひれ伏している。

 

 極めればそれもまた一つの芸術。稽古中に掘り下げ、黒川あかねから直伝された不完全な『メソッド演技』と、鴨志田朔夜から伝授された『原作再現』の融合。

 そこに不知火フリルの『掴みどころのない雰囲気』が入り混じり、空気は侵食していく。

 

 伝染する。鞘姫の葛藤が空気を通して少しずつ緊張を帯び、指先から刀へ。刀から顔へ。顔から周囲へ。周囲から舞台へ。

 

 

 

 ——やがて舞台を超えて、観客席にまで。

 

 

 

「《ならば刀を抜きましょう——。合戦です》」

 

 

 

 その表情は『無表情』——。能面が張り付いたような不気味な顔。

 葛藤も優しさも誰も傷つけたくない本心も押し殺したが故の固まりきった表情を浮かべるのが、フリルがたどり着いた演技の極地。

 

 

 

「(あの人……すごい)」

 

 

 

 アビ子は素直に称賛するしかなかった。

 鞘姫の葛藤を表情と動きで表現するなんて無理難題もいいところだったというのに。

 

 それを見事にエンターテイメント性を宿しながら鞘姫を降臨させている。

 むしろそれ以上と言っていい。観客諸共に、この舞台を行う建物そのものが戦場だと錯覚させるほどの殺気が充満しているのだから。

 一挙一動に目が離せず、舞台では注目を浴びにくいはずの表情まで食いついてしまう。目を離せば一瞬で首を断たれるような緊張感が迸っている。

 

 それは不知火フリルが元々持っていた知名度による影響が大きい。

 例えるならばGカップの巨乳がいたら胸に視線が釘付けにされるように。見慣れない髪色が見えたら視線が追うように。泣き喚く子供がいたら視線が泳ぐように。

 

 どんな形であれ目立つ人間というのは、そこにいるだけで視線を吸い寄せられてしまうものなのだ。

 

 

 

 ——良い意味で異物感が極まっている。周囲の視線が吸い寄せられる。輝きとしてではなく、重力のように否応なしに。

 

 

 

 鞘姫の宣戦布告は人によってはどうとでも解釈できるほどに抑揚を押し殺した慎ましくも決意に満ちた言葉。

 

 

 

 それは戦いを躊躇うようにも聞こえ——。

 あるいは不要な戦いに煩わしさを覚え——。

 もしくは久方ぶりの闘争に心を震わせるような——。

 

 

 

 予測不可能、正体不明の首領。

 掴もうにも掴めない霧のような虚ろさを魅せる外連味。それこそが『不知火フリルが演じる鞘姫』がたどり着いた一つの演出——。

 

 今まさに、観客は鞘姫こそがこの舞台における『ラスボス』だと誤認させるほどに、彼女の存在は言葉にできない威厳に満ちていた——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 シーンは移り変わり、クラスタ抗争のハイライト。

 皆が主役となる乱戦。各々が対峙した敵を斬っては次に、斬っては次にと辻斬り紛いが絶え間なく行われる混沌とした戦場。流血でしか彩ることができない凄惨な風景。

 

 観客はそれを楽しみ続ける。

 観客はそれを愉しみ続ける。

 観客はそれを娯しみ続ける。

 

 だってそういう舞台と設定なのだから仕方がない。絵空事の世界なのだからそれが正しい。それが自然。それが普通。

 現実と区別して、空想だと理解しているからこそエンターテイメントとして『殺人』や『闘争』という非人道的行為を受け入れられている。

 

 

 

 だからこそ鞘姫は嘆く。

 鞘姫にとっての絵空事は現実であり、現実こそが絵空事。この抗争はお遊びじゃない。今確かにある殺戮なのだ。

 

 

 

 ——何がそんなに楽しいの。

 

 ——仲間が、敵が斬り斬られるしかない不毛な戦いの何が楽しいの。

 

 ——私達の戦いは、見せ物なんかじゃない。

 

 

 

「《刀を抜きなさいっ》」

 

 

 

 

 葛藤、後悔、失望、懺悔、慟哭——。

 

 戦場に蔓延する数多の血と死の向こう側を踏みつけ、その少女は首領の首を狩ろうと鞘姫の前に対峙する。

 

 その少女の名は有馬かなが演じる『つるぎ』——。

 新宿クラスタを率いるブレイドの右腕ともいうべき存在。この戦いを機に長い付き合いが始まる因縁の相手にして恋敵。

 

 

 

「《貴方には……これで十分です》」

 

「《舐めて……くれて!!》」

 

 

 

 ——あっ、私この子嫌いだ。

 

 

 

 フリルは客観的に鞘姫の心情に寄り添うことで、つるぎの第一印象がそういうものだと理解した。

 

 それは原作後期に移るたびに、許嫁の刀鬼と親睦を深めるつるぎに嫉妬している——というわけではない。

 そんな感情は、今この場の鞘姫には存在していない。

 

 では何に持って嫌いと思うのか。それは単純なことだった。

 

 

 

 ——楽しそう。戦うことが楽しそう。

 ——人を斬り殺すことが、何が楽しいの。

 

 ——こんな地獄を招いたというのに。

 

 

 

 挙動の一つを見れば分かる。剣戟を重ね、響き、奏で合うことで、より一層理解できる。つるぎは心の底から戦いを楽しんでいる。

 

 根っからの戦闘狂。戦うことが己の存在を証明する手段にして目的。

 

 何よりもその目。戦いをしたくて堪らないという充実感に溢れた瞳。人を切ることで、自分にとって足りないものを満たしたという満足感。

 

 その在り方は、この無法の世界である『東京ブレイド』では正しい。

 この世界においての絶対的な秩序は、鞘姫のように『盟刀』を手にした選ばれし者だけなのだから。

 

 

 

 だけど誰だって好き好んで戦ってるわけじゃない。その秩序のせいで戦わなければ今日さえも生きれない人がいるほどに心が貧しくなってる者は数多くいる。

 

 鞘姫は戦いなんか望んでない。それは刀鬼も同じであり、親から刀を渡された匁だって一緒だ。流すべきじゃない血や代償は流すべきじゃない。

 

 だからそういう同胞を集めて渋谷に篭っていた。

 渋谷は比較的インフラも整っていて、慎ましく暮らせば自給自足が可能なくらいに栽培技術や環境などが現存されている。

 そこで緩やかに戦いが終わるまで——いつか来る『盟刀』を集めた君主に捧げるまで、刀や血とは無縁の優しい世界を積み上げてればそれで充分だったのに。

 

 なのに——なのに——。

 そんな小さな箱庭の平和を、お前たち新宿クラスタは土足で踏み荒らした。

 

 何が王様だ。何が『國の王』だ——。

 臣下の、民草の、嘆きにも悲しみにも苦しみにも耳を貸さず——。

 

 ただ争うことでしか、王にしかなれないくせに——。

 死者を大地にして建てた國に、王に——。

 

 

 

 いったい どれほどの価値があるというの——。

 

 

 

 ——嫌い。嫌い。大嫌い。

 ——私は、ブレイドもつるぎも、大っ嫌い。

 

 

 

「《この……っ! 一度引くわよ、ブレイド!》」

 

「《おうっ!》」

 

 

 

 激情をすべて刀に乗せ、鞘姫はつるぎを退ける。

 合戦のシーンも潮時。数多の役者は倒れ伏す中、ブレイドとつるぎだけが体制を立て直すために舞台裏へと戻っていく。

 

 ここからは小さな独白のシーン。

 舞台を見に来た観客に向けた鞘姫と刀鬼の信頼性を言葉と演技だけで表現する場面。流し見してしまうような小さくも細やかな、後の感情演技に繋がる大事な足掛かり。

 

 

 

「《刀鬼。戦いが終えたら、お願いしますね》」

 

「《ああ。鞘姫の御言葉通りに使命を果たす》」

 

 

 

 最後の戦いへと移る僅かな幕間。裏方の皆が舞台の転換を行うために奔走する。

 その尺合わせのため、舞台の一つで鞘姫は刀鬼と共に決意を再度口にする。僅かな言葉だけを交わすだけだが、それだけで二人にとっては肌を重ね、唇を触れ合うよりも強い熱が伝わる。

 

 

 

 ——望みであると同時に遺言。

 ——願いであると同時に呪い。

 

 

 

 それを聞いて、刀鬼の胸中には何が渦巻くのか。

 

 それは彼を演じる黒川あかねか、もしくはここにはいない星野アクアにしか分からないことだろう。

 

 

 

 演技が世界を飲み込んでいく——。

 空想が世界を蝕んでいく——。

 幻想が世界を膨らませていく——。

 

 

 

 今ここはまさに戦場である。

『東京ブレイド』の世界であり、そこに『役者』という個人の意思が[一分]も介入する余地はないクライマックスへと移り変わる。




【舞台裏コメント】③

「一先ず端役俺達はお疲れ、って感じかな」

「そうね。合戦も終えたから後は主役陣だけに任せて幕引きまで待機」

「しかし主役陣の演技力はすげぇよな。本当にそこにいるみたいじゃなくて、本当にそこにいるって感じの演技は」

「役者として目指さないといけないものではあります。ララライである僕達も負けてはいられませんな」

「でも……なんかおかしくない? この舞台……いや戦場には違和感がある」

「ああ。『亡霊』とか『幻』が取り憑いてるような……背筋は凍る気配がある」
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