【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
「最後のインタビューは……当然このお方達!」
「ブレイド役の姫川大輝。よろ」
「鞘姫役の不知火フリルです。よろしく」
「こうしてみると似た者同士だね~~。両方ともマイペースだ。結構気が合う感じだったりするわけ?」
「まあな。稽古の終わり際は話すことも多かったぞ。同じ月9俳優なのもあって話も合いやすくてな」
「うん。クラスタが別だから、あまり演技の話はしなかったけどね」
「なるほどねぇ。続きましてはケンカップルで有名な刀鬼役のあかねと、つるぎ役の有馬ちゃんがご入場!」
「はいはい、有馬よ~~。ところでMEM、2時間ぶっ通して録画してるけどバッテリー大丈夫なの?」
「あっ、そういえばバッテリーがキレ——」
刀鬼とつるぎが一幕を盛り上げる中、クラスタ抗争における首領同士であるブレイドと鞘姫の戦いは繰り広げられることになる。
「《盟刀・風丸 四の型——『
「《盟刀・天帝 弍ノ型——『刀狩』》」
刺突となるブレイドの剣技に、皮肉にも鞘姫は風にでも攫うかのように『盟刀・風丸』を弾き飛ばして戦場の彼方へと消し去った。
鞘姫の争いをしたくない思いが発現した剣技。相手の武器を失わせることで闘争本能と攻撃手段を削ぐという不殺のために育まれたもの。
だが生憎と人間というのは徒手空拳でも戦える生き物だ。武器がなければ腕を。腕がなければ足を。足がなければ歯を。歯がなければ呪いを。執念深く戦い続けようとする諦めの悪さがある。
「《盟刀・天帝 参ノ型——『都落』》」
ならば削ぐ。その戦意さえも保たせないほど徹底的に。
武器を弾かれ、心身共に隙を見せたブレイドに鞘姫は柄でその頭部を叩きつけて、大地にその四肢を平伏させた。
「《聞かせなさい。貴方はどうして戦うの?》」
「《くっ……戦いの中で質問とは悠長だな。よっぽど箱入り育ちに見える》」
「《貴方にとって『國の王』って何ですか?》」
鞘姫の元より戦いなど好まない。戦いを手段とし、目的である『國の王』を志すブレイドの在り方は根底からして相容れない存在である。
故に気持ち悪い。腹が立つ。鞘姫にとってブレイドとはそういう存在だ。クラスタ抗争を引き起こした張本人。であるのならば理解や共感などはしなくても『納得できる理由』が欲しいのだ。いったいどんな大義があって抗争を引き起こせたのか。
「《圧政を強いる暴君? 平等を敷く名君? 侵略を志す覇王?》」
鞘姫の問いにブレイドは返すべき応えがない。
元々ブレイド自身が戦う理由なんて明確じゃない。無秩序こそが秩序となる世界で、退屈で鬱屈で窮屈な毎日を過ごしていた日々。そんな中偶々『盟刀』を手にし、その秘めた力を知った事で初めて『國の王』という『馬鹿げた夢』を成してみたいと考えついたのだ。
だから改めて問われるとブレイドは迷ってしまう。俺が求めるべき『國の王』とは何なのかと。
これは原作『東京ブレイド』における名シーンの一つであり、同時にブレイドの転換期となる問答。
「《そんな貴方に——私は負けるわけにはいかないっ!!》」
今のブレイドに返答に値するものはない。つまり彼にとって『國の王』とはその程度の存在で目標。子供染みた夢想で無謀で無計画な夢物語。
それだけしかないのに——お前はクラスタ抗争を引き起こしたというのか。だというのにお前は数多くの命を、同胞を、仲間を血に染めたというのか。
応えろ、答えろ——。
お前にはいったい、どんな大義があって——。
「《盟刀・天帝 零ノ型——『天叢雲剣』!!》」
どんな酔狂な志があって、人の命を殺めようとしていたのか——。
快刀乱麻を断つ鞘姫の絶技。
全身全霊、怒りと悲しみを込めた渾身の一撃は、一瞬で渋谷の土地を奇妙な現象を発生させた。
元より『盟刀』とは持ち主の在り方によって変革する逸物。
鞘姫の静かに荒れ狂う心を表現するように、面妖で奇怪な風景へとモニターに映る街並みは様変わりしていく。
瓦礫は空を踊り、空は割れて泣くように世界を狂騒で包む。
大地は震えて、視界を吹き抜ける砂塵が世界を覆い隠す。
嵐の壁は、二人の間にある拒絶と不理解の象徴でもあった。
——嫌い。大嫌い。
——私は新宿が嫌い。お前たちみたいなのが嫌い。
——人の命を、血を、容易く浪費するお前たちが嫌い。
「本当にそれだけ?」と自問自答する自分から目を逸らしながら、鞘姫は抜き身の刀をブレイドの首筋に添えた。
「《俺にとって……『國の王』とは何か……》」
絶体絶命の主人公ブレイド。
盟刀は彼方へ。大義は此方へ。戦う理由も、戦う術も身に持たない裸同然のまま鞘姫を前に倒れるしかない。
鞘姫に言ってることは間違ってない。
力だけが統治を良しとする世界。今のブレイドは敗者で、鞘姫は勝者。彼女の言い分に逆らうことは恥知らずの負け惜しみにしかならない。
——でも何か足りない。
——恐らく、きっと、鞘姫が考える『國の王』は正しくない。
——本能がその警鐘を鳴らしていた。
「《……偉そうに聞いたんだ。こっちも逆に聞かせてもらおうか》」
「《辞世の句として聞いてあげましょう》」
「《なら問おう。お前にとって『國の王』ってどうあるべきだと思う》」
その問いに鞘姫はすぐに返すことができる。
自分の気持ちを素直に打ち明けるだけでいい。今まで覆い隠していた渋谷への思いを口にするだけなのだから。
それで戦を引いてくれるのなら——。
これ以上、無駄に血を流さなくて済むのなら——。
鞘姫は自分の気持ちを嘘偽りなく告げることに躊躇いなどない。
「《決まっています。飢える事なく、争う事なく、平穏に過ごす國を創る者。それこそが私が目指すべき『國の王』だと答えます》」
「《……それがお前が目指す國か》」
「《ええ。不遜でもありますか?》」
あるわけがない。実際に渋谷クラスタの在り方をブレイドは見て、聞いて、知っている。
皆が皆、鞘姫に尽くすために戦い抜いてきた。鞘姫の統治は正しいと信じて命を捧げた。鞘姫の思想は素晴らしいと願って命を奉じた。
——民を思う信念そのものが、民の命を捧げたという矛盾を除けば。
——最も奉仕すべき『國の王』そのものが偶像として祀られるだけの存在という欠陥を除けば。
「《そりゃ確かに理想の王様だ。民を思い、民を敬い、民を支える。鞘姫の名の通り、お前は全ての民を國という鞘に納め、一生を抜き身にすることなく過ごすんだろうな》」
「《ええ。ですから私は貴方には負けるわけにはいかない。この渋谷を……私の國を守るために》」
「《でもそんな國、楽しくもなければ面白くもない國だな》」
間違っているとは言わない。けれどそんな國で過ごしたいかとブレイドが夢想した時、答えは「断じて否」と明確な拒絶が返ってきた。
「《鞘に納めたままの刀など腐って錆びて綻ぶのが
「《力なき者が何を言おうとしても戯言です》」
「《その戯言を生む『力なき者』を作ろうとしてるのがお前が求める國だ》」
「《……っ》」
「《お前が口にする國は『死者の國』だ。家畜のように生きる様は平穏快適で静かに死んでいく國に違いない。何も争わず、何も奪う事なく、何も成さない國は、死んでないだけで生きていない》」
ただ生きるだけの人生に何の意味がある。そんなのは死ぬためだけに存在してる命にしかならない。だったら『今死んでも、後で死んでも』同じ価値にしかならない。
そんな生き方なんて御免被る——。
それがブレイドの素直な心情だ。そんな生き方は今までと一緒だ。『盟刀』を手にして夢を見る前のならず者時代と一緒だ。
生きることさえ精一杯な弱肉強食の世界。
弱者は地べたを這いつくばり、泥水を啜り、塵を口にするしかない惨めさ。地の底の底にまで落ちていくしかない残酷な世界。
そんな生き方しかできない——。
そんな死に方しかできない——。
星を見上げることさえ贅沢になるような世界——。
ならばそんな國は、最初からいらない——。
だったら作るしかないだろう。そんな國に夢は見れないのだから。
そのためには、なるしかないだろう。『國の王』に——。
「《共に夢と理想を歩んで生きていく——。その生き様そのものが俺が目指すべき『國の王』だ!!》」
鞘姫との問答で、ブレイドは自身が目指すべき『國の王』について明確な形が浮かんだ。
だったら負けるわけにはいかない。
絶体絶命がなんのその。万策が尽きたのなら、一万と一つ目の策を見出せばいいだけのこと。
身体は動かない。だけど心は止まらない。
だったら立ち止まる理由にはならない。
動けないなら動かせばいい。自分ではなく周りを。
風のように気ままに掴みどころのない自分ではなく——。
「《盟刀・
王になるのなら、自分から武器を求めるより『武器の方から主人を求めてこい』——。
「《『盟刀』を手にしてない状態で何……を!?》」
風を超え、嵐が吹き荒れる——。
幾千の雨粒は鞘姫の慟哭。轟く雷はブレイドの決意。
嵐を突き破り、一筋の閃光がブレイドの手に握られる。
その正体は『盟刀』だ——。ただその形状は今まで振るっていた『盟刀・風丸』ではない。
乱気流のように入り乱れた世界から戻ってきたからこそ、その刃は風に研ぎ澄まされてより鋭利に。より爛々に。
元より『盟刀』とは持ち主と共に変革する刀——。
ブレイドが成長するのならば、合わせて『風丸』も進化して『嵐丸』へと成長し続けるのも必然なのだ。
「《『
鞘姫の『天叢雲剣』によって生み出された拒絶と不理解の嵐は、一転して快晴の空へと変革させた。
荒廃した大地。無風と化した空。下品で下劣な東京のネオンさえも消え去り、何も阻むことない視界は煌びやかに輝く星々が迷い人に指し示す。同じ空の下、同じ星の上で見上げた先にそれぞれが夢見る『一番星』があることを。
——ただ渋谷の籠るだけでは見上げることができなかった光景に、思わず鞘姫は目を奪われた。そして心が揺れ動いた。
——鳥籠の平穏では決して生まれない心。健全に腐って死んでいくだけの毎日。それを敷いていたのが他ならぬ鞘姫だと理解してしまった。
——間違ってはいなかった。けれど私の統治は正しくはなかったのでしょう。
——民に夢を見せない、成さない、果たさない王など、変革する時代の流れに置き去りにされて、緩やかに死に絶えるしかない仮初の平和でしかないのでしょう。
——こんな囁やかな星空さえも知らないほどに。
「《ブレイド! そっちに刀鬼がっ!》」
「《分かってる! お前とはここで決着をつけてやるっ!!》」
「《お前如きが、姫の崇高な理念を阻むな——》」
でしたら託しましょう——。
元より私は勝つ気などない。クラスタ抗争に終止符を打つのが目的。我が身を犠牲にする覚悟で最前線に来たのだから。
盟刀・天帝 壱ノ型『大政奉還』——。
置き土産に、この戦場に残る痛みと苦しみを担いで逝きましょう。
天帝は別名『傷移しの鞘』と呼ばれる盟刀。自身の傷を他者に移すことができるのならば、逆に他者の傷を自身の傷として引き受けることもできる。
それで他の皆が命を繋げていけるのなら——。
喜んで、鞘に収まったままの私の命を捧げましょう——。
「《鞘姫っ!》」
刀鬼はその身を盾に鞘姫を守ろうと走り抜け、それを迎撃するために振るわれたブレイドの一閃。
互いの刀が交差する直前——
「《刀鬼、ブレイド……ごめんなさい》」
これにてクラスタ抗争は終幕となる——。
見上げる星空に、数多の夢と願いをかけて鞘姫が眠りにつくことで。
…………
……
そこでようやく『不知火フリル』は演技を止めた——。
ここで鞘姫の出番は終わり。後はエピローグに向けて進むのみ。
「(……何だろう。あの感覚)」
だが余りの没入感で息が詰まりそうなことにフリルは恐ろしさを感じてもいた。
メソッド演技とは即ち演じるべき対象と『一心同体』となる諸刃。近づけば近づくほど、自身とキャラの境界線が曖昧になっていく危険極まる技法。というのが世間一般的な認識だ。
もちろんその認識は間違いではない。だけど実際は簡単に自身を見失うほど劇物でもない。
『一心同体』になるということは、自身とキャラを同一にするということではあるのだが、そもそも『一心同体になろう』と思う時点でメソッド演技として落第点なのだ。
そう簡単にキャラが現実に叩き落とされることはない。
だからこそ人々は限りなく『鞘姫』に近い演技をする、演技を寄り添おうとする『不知火フリルが演じる鞘姫』を求める。
だけど——今の演技は違った。少しずつ、確かに『東京ブレイド』という世界観に意識が引き摺り込まれていた。
なんで? と聞かれたら答えに困るしかない。恐らく明確な原因はない。
主役陣の色々な要因が『星座』のように紡がれることで、この舞台は異質な没入感を演出させているのだろうと推測するぐらいしか。
始まりはメルトの熱演から。鴨志田はそれに呼応して初心を思い出し、互いにとって実りある演技となった。
そこから観客はさらなる期待を込めて舞台へと熱中した。舞台上での話でしかないはずの御伽噺が、今ここで起こっていることだと錯覚させるほどに。
呼応してフリルも鞘姫の演技に没頭した。
途中から自我が曖昧になっていく感覚があったのも分かっている。頭では客観視できてはいても、身体が糸にでも吊るされたように『鞘姫』というキャラに引っ張られていた。
それ自体は特に問題視していない。舞台に夢中になってクオリティが上がるのなら当然良いことだ。誰も批判することはない。役者としては誇らしいことだ。
問題は『制御不能』に陥りそうになったこと——。
フリルの不完全なメソッド演技でさえも、この舞台の熱気に当てられて否応なしに引き摺り込まれた。
そこでフリルは追憶する。渋谷クラスタが集まっていた時、黒川あかねが演じたクライマックスシーンでの刀鬼の演技を。
あの段階ですら一次元違う脅威の演技力を見せつけた。
感情を乗せて振るう剣技と太刀筋は、世界が泣いているかのように深く刻み込んだ。
無念と無力から来る絶望は、世界の独りぼっちになったかのように湧き喚く赤子のように、弱々しさと荒々しさを両立していた。
あそこまでなら『ただのメソッド演技』で止まる——。
だけど今の重力のように引き摺り込もうとする舞台の熱気に当てられたとしたら——。
より完成度の高いメソッド演技を誇る『黒川あかね』は——。
本当に何の問題もなく、この舞台に影響されることなく演技ができるのだろうか——。
…………
……
倒れ伏す鞘姫の前で、刀鬼は己が無力と絶望に打ちのめされて膝をつく。
掌から伝わる鞘姫の鼓動は少しずつ弱まっていく。風が吹くだけで消えてしまいそうな命の残火に最後まで寄り添うため、刀鬼は鞘姫の身体を強く抱き寄せて自らの心境を溢した。
「《俺は『
ここから先は刀鬼の感情を主体に演じる必要がある。閉演へと続くクライマックスのために。
だけど演技と心が一致しない。いや、むしろ重なりすぎていることをあかねは静かに感じ取った。口で紡ぐ『鞘姫』の名前に『他の誰か』が重なってしまい『刀鬼としての演技』が霞んでいってしまう。
——なんでどうして? と疑問に思うが、舞台が止まることはない。浮かんでは沈む疑問を他所に、あかねは演技の台詞を繋げた。
「《『
二度紡いでも一緒だ。何故か言葉と心が一致しない。
あかねのメソッド演技が歪んでいく。演技は確かに刀鬼に寄り添っているはずなのに、少しずつ刀鬼の先にある『影』に向かって、あかねの心が誘われていく。
なに、あの『影』は——。
でも、あの『影』を知っている——。
だけど『影』は『自分を映す』ものでしかないはず——。
だとしたら、あの『影』は私じゃない——。
だって、あの『影』を私が見間違えるはずがない——。
「《……それだけか? あるんじゃねぇのか?》」
階段を一つずつ踏み締めて降りていくように、黒川あかねの記憶と心は『影』へと近づいていく。
『影』とは近づけば遠のき、遠のけば近づいてくる。常に足元に付き従う自分自身の写し身。ある意味では『もう一人の自分自身』ともいえる。
そんなわけがない。あの『影』が私のはずがない——。
あの『影』は間違いなく——『■■■■■』の影なんだから。
けれど影を通して伝わってくる。感情と記憶が、黒川あかねの内側が溢れ出てくる。
傷ごと抉り出すように、無理矢理に、歯止めも効かずに、二度と忘れてはならないと『恨み』と『怒り』と『悲しみ』を込めて——。
体を伝う冷たさは初めてじゃない。いったいどこで体験したこと?
心を貫く悲しみは初めてじゃない。いったいどこで体験したこと?
魂を震わせる涙は初めてじゃない。いったいどこで体験したこと?
——それは『雨』と共に流れた記憶。
——これは『雨』と共に運んだ過去。
——あれは『雨』と共に消えた世界。
「《お前の中にも——》」
心臓の鼓動が止まるような息苦しさを覚えた。脳神経が千切れるような、耳鳴りでも鳴るような、視界が歪むような、現実から隔絶される感覚。
現実と空想の境目が溶け合う中——。
黒川あかねの『影』が、自身の心と身体を塗り潰すように告げる。
——