【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
これは『前の世界』の話——。
復讐を終えた後の有り得たかもしれない残酷なエピローグ。
二つ目の罪。黒川あかねの罪——。
真実を導こうとした罪の代償——。
…………
……
「取材ありがとうございました、黒川さん」
「こちらこそありがとうございます。絶対良い記事にしてくださいね」
アクアの記憶喪失から判明から約2ヶ月。
復讐とアイの願いが込められた『15年の嘘』に対する世論の反応に対して取材を終えた黒川あかねは、足早にタクシーを捕まえて病院へと向かう。
あかねはルビーと比較して暇が多い。天才役者として売れっ子といっても、彼女の売り出し文句は『超実力派』という側面の方が大きい。『今日あま』のような安くて宣伝目的なドラマみたいなのにはお呼ばれすることはまずない。
来るとしたら、それはよっぽどの礼儀知らずか世間知らずかのプロデューサーとして落第点の人種だ。そういうのは大抵台本や撮影環境が杜撰で破綻してるから、そういう環境下では『メソッド演技』が特徴であるあかねの実力は輝かないので、何にせよ本人が拒否する。
故に彼女がテレビ出演するのは予算も時間も豊富なドラマか映画か、ご長寿となってる大河ドラマくらいなものだ。
しかも彼女は別に金銭的に困ってもなければ、名声が欲しくて演技をやってるわけではない。もちろん役者である以上は客観的な評価として人並み以上に承認欲求はあるが、それ以上に『演技を楽しみたい』というのがあかねの演技に対するスタンスだ。
心惹かれる撮影現場がなければ出演をキャンセルできる——。
今の黒川あかねは、出演番組を『選べる側』になれるほどに役者として大勢していた——。
「アクアくん。元気にしてる?」
「ああ。あかねも元気そうだね」
「仕事少ないからね。あと病院生活の退屈しのぎにお土産持ってきたよ〜〜」
「どんな土産?」
「じゃーん! これ『東京ブレイド』の最新刊! なんと久しぶりの『刀鞘』が推される神回なんだ!」
「おー、楽しみにしてたよ。あかねが全巻持ってきて読んだけど『刀つる』との関係が良くてな。夢中になって読み進めたよ」
「解釈不一致にキレそうなんですケド」
「もちろん『刀鞘』も好きだよ。可愛い子が頑張る姿は良いからな」
「そうだよねぇ。んふふ。んふふんふふ……いや、よく考えたら浮気性なだけじゃない?」
「そうだけど。でもみんな『俺の嫁』とかなんか言ってるくせに、割とノラリクラリと変えるだろ? それぐらいの感覚と一緒」
「元カレが畜生なこと言ってる……」
雑談混じりにあかねはアクアと話を紡いで精神的な負担を忘れさせようと努める。
本当は「アビ子先生のサイン付き」も言いたかったけど、そこはあかねはあえて口にしないでおく。
何故なら今のアクアは何をキッカケに混乱するのか分からない。
何度か通えば嫌でも知ってしまう。アクアが星野アイとカミキヒカルを思い出すと錯乱してしまうことを。
故にあかねはアイとカミキヒカルを連想させるような物は極力見せないようにしている。
アイの関連といえばB小町のアイドル活動があるが、そのB小町の代表曲が『サインはB』だ。
もしかしたら「サイン」という単語で連想ゲームが始まる可能性を考えたら、その単語を出すわけにはいかない。意識して口にしないでおく。
「あとお医者さんから許可もらったからリンゴあげるね。あーん」
「あー……」
「美味しい?」
「……美味い」
元恋人同士のリンゴを食べさせる微笑ましいワンシーン。だが、あかねからすればこれさえも気遣いの連続だ。
あかねが手渡したリンゴは予め自宅でカットしたのをタッパーに入れて持参してきた物だ。今のアクアは、アイを殺した凶器である『包丁』を見るだけでも錯乱する可能性もある以上、果物ナイフの持ち込みなんて危険なんて物じゃない。
いや、もしかしたらそれ以上に『黒川あかねが刃物を持つ』ということから連想して『カミキヒカルに会いに行こうとした』という部分を思い出す可能性も十二分にある。
……まあ、東京ブレイドを渡しても感情演技で『星野アイを重ねた』ことを思い出さない時点で杞憂なのかもしれないけど。
それでも可能な限りあかねは配慮をしていく。
元々その手の類は得意分野というか性根に合っている。誰かや何かに尽くすことにあかねは苦を感じたこともなく、むしろその直向きさ、献身さ、一途さが彼女の『メソッド演技』をより完成度が高い物へと昇華させている側面もあるほどに。
そうやって彼女は細心の注意を払いながら会話を続けていく。
アクアのフォローと同時に、彼の深層心理に眠る黒川あかねでさえ見通せてない『嘘』を見定めてるために。
——そもそも『本当』のアクアくんってなんなんだろうと。
——それが彼の記憶を取り戻すための、キッカケになることを願いながら。
…………
……
彼女は暇を見つけては『ある調査』を続けていた。
それは『星野アクアの過去』について調べること。彼の記憶を取り戻すために日夜奔走してきていた。
生涯として辿った道筋は全て分かった。
里親である斎藤ミヤコ、星野アイの父親代わりである斎藤壱護、芸能界で生きる基礎と技術を教え込んだ五反田監督など、多くの関係者から幼少期のことを聞き出せたのだから。
けど——致命的におかしいところがあったのもすぐに理解した。
黒川あかねは追憶する。
星野アクアと星野ルビーが紡いだ言葉を。
…………
……
『わざわざ足を運ぶ位なんだから大事な人なんだよね? どんな人だったの?』
『……雨宮吾郎。そいつには母親がいなかった』
……
……
『丘の上の病院で産まれたんでしょ? アクアくんの思い入れがある場所なんだって』
『へぇ……。あの場所は私にとっても大事な場所だよ……』
……
…………
あの二人はいったいどこで『雨宮吾郎』と関わったのか——。
アイに妊娠や出産時には立ち会っていた壱護にあかねは根掘り葉掘り問いたが、返答そのものにあかねが求めていた物はなく、むしろ謎ばかりが深まっていく。
いや、そもそも時系列的な矛盾が生まれている。
雨宮吾郎が姿を見せなくなったのはアイの出産当日。そして16年と長い時間の末に白骨体として発見された雨宮吾郎。
単純に考えれば『アイの出産当日に雨宮吾郎は殺害された』と考えるのが自然だ。
けど、そんな単純に考えただけではあり得ない矛盾が起きる。
アクアとルビーは『いったい、いつどこで雨宮吾郎と知り合った』のか、という単純ゆえに致命的な矛盾が。
本人達に聞こうにもアクアは記憶喪失。
ルビーは全国ツアーでMEMちょと共々に長期不在。
同様に社長兼マネージャー業も熟してるミヤコも忙殺される日々で改めて聞き出せない。
となれば問い質せるのは一人しかない。
2人との付き合いはそこそこ長くて『元・B小町』としてお暇をしている有馬かなだけである。
「かなちゃんはアクアくんとルビーちゃんについて何か知ってたりする?」
「どうしたの急に。んなこと聞くほど仲良くないでしょうが」
「アクアくんの記憶を取り戻すには過去のこと知った方がいいかなって。かなちゃんはアクアくん達と『幼馴染』なんだし、それくらい知ってるでしょ?」
「ふ〜〜ん!? そう言われたらしょうがないわね〜〜!!」
アクアくんが偶に心配になるくらい調子乗りやすいっていう意味に共感しちゃうなぁ、とか思いながらあかねは有馬の話を聞いていく。
幼少期で共演した映画の時の印象とか。それがどれだけ脳裏に焼きついていたのか長々と。関係ない話にも興味あるフリをして、大事な部分を聞き逃さないように注意しながら。
そして——思いがけない情報をあかねに耳にすることになった。
ルビーがアイドルになった理由。憧れであり、初恋の人がアイドルになったら推してやると言われたから。
そしてルビーが元々『外に出れない生活をしてた』ことを。有馬はそれを「引きこもり」だと解釈していたが、あかねはそうだとは思えなかった。
だって——ルビーの『恋』の話は宮崎の時に聞いている。
…………
……
『私がずーっと1人だった時に、側にいてくれて、いつも励ましてくれて……』
『せんせが居なかったら、頑張って生きようだなんて思わなかった』
『アイドルになろうなんて思わなかった』
『生きる意味をくれた人——』
……
…………
その後——その恩師は死体で見つかることになる。
せんせとは『雨宮吾郎』であり、ルビーにとって初恋で、アイドルになった理由で、彼がいなければ生きようとも思わなかった。
そう。表現の違いと解釈すれば、星野ルビーが有馬かなと黒川あかねに語った人は『同一人物』だということは理解できる。
問題はそこじゃない。いったいいつどこで『外に出れない生活をしていた』というのか。
ルビーの過去についてはミヤコからすでに聞き及んでいる。
基本的に天真爛漫なアホでバカ。けれども時々アクアと同様に聡明さを見せる、今時で言うなら『ギフテッド』と呼ぶべき才能を見せる早熟児だったと。
アイの死後はアクアと似たように暗く落ち込んだところもあったが、年月が経てば立ち直っていき、小学校に上がる頃には完全に前を向いていたとも口にしていた。
アイ殺人のメンタルカウンセリングも長期化しておらず、そういう生活をしていないのはとっくに裏取りできている。
——じゃあ、いつ『外に出れない環境』で『雨宮吾郎と知り合う』ことがあったというのか。
いや。あるにはある。雨宮吾郎は医者だ。
医者と紐づく『外に出れない環境』なんて『入院患者』ぐらいしかありえない。
だったらルビーは『入院していた』?
違う。それは絶対違う。星野ルビーは入院していた事実はない——。
…………
……
『医者になった後も無力で……』
『病気で弱っていくあの子を看てることしかできなくて……』
『あいつはずっと救えなかった患者のことを思ってた……』
……
…………
「……まさかね」
あり得ない。そんなことはあり得ない。雨宮吾郎が看ていて死んだ患者の1人が『星野ルビーになる誰か』だったなんていうことはあり得ない。
そんな夢物語があるわけがない。
それを受け入れたらルビーが復讐心に駆られる必要がない。だって希望が生まれてしまうのだから。
——星野アイが『生まれ変わる』可能性を考えないわけがない。
でも、そんなことはあり得ないからルビーは復讐に駆られた。
それが叶わない願いだと知っているから、あらゆる手段を使って芸能界に上り詰めようと躍起になっていた。納得できるし、十分転生を否定できる理由だ。
——『転生』なんていう絵空事はあり得ない。
——そんな優しすぎる空想は考えちゃいけない。
——なら、なんで『否定する理由』を探してるの?
——それは『否定できない』からだ。転生という世迷言を。
でも、だったら、だとしたら、どうして、なぜ——。
星野アクアは雨宮吾郎の『過去』を知っている——?
アクアとルビーが生まれる頃には本人は既に死んでいる。
母は産科危機的出血で、祖父母も老衰で、父は不明で音信不通と天涯孤独だった。
そんな彼の過去を、アクアはどこで知ったというのか。
——そんな血縁関係者よりも『近しい関係』を星野アクアと雨宮吾郎は持っている理由なんて『同一人物』なんてことくらいしか。
考えられない結論にあかねは戦慄を抱く。
でも、それが事実なら納得するしかない。たった一つの疑問さえ除けば。
——だったら兄妹はアイの『転生』をなぜ信じなかった?
——そんな泡沫の夢を抱けば、復讐なんかよりも再会を望むはずなのに。
——アクアくんは「復讐なんてしたくない」って心の底では思っていたはずなのに。
——そんな絵空事を願うより、犯人は死んだと勘違いすることの方が彼にとって『都合のいい真実』だったとでもいうの?
…………
……
そして——偶然とは思えない出来事が起きた。
ルビーがアクアを連れて東京から離れ、宮崎に引っ越したのだ。あの雨宮吾郎の故郷へと。そして雨宮吾郎が住んでいた家へと身を潜めた。
当然、黒川あかねは疑問に思う。
なんでわざわざその家を選んだの? と。
『空き家バンク』に登録されてるのは雨宮邸以外にもあるのに? と。
交通や医療といった環境が充実して、電気代とかの諸経費が総合的に安いのも他にあるのに? と。
——わざわざそんな物好きな環境を選ぶ必要はない。
疑問は少しずつ確信へと変わっていく。
だけどそれを信じてしまったら、色々な物が根底から覆ってしまう。
そして気づけなかった自分自身に不甲斐なさを感じてしまう。
アクアが——雨宮吾郎が——。いや、この際どっちでもいいだろう。どっちであろうとも、黒川あかねにとって『君』は大切な存在なのだから。
そんな君の心の叫びに——私は気づいてあげることができなかった。
…………
……
『でも期待してた。あかねなら、あの死体を見つけてくれるんじゃないかって』
『あかね……見つけてくれてありがとう』
……
…………
私は、ちゃんと『君』と向き合えていたのかな?
アクアくんの全部を受け止めようと思っていた。
アクアくんの復讐も受け止めてあげようとしてた。そのためなら地獄にも一緒に行くし、一緒に殺してあげようとも今でも本気で思っている。
アクアくんがしたいことを受け止めてあげようとしてた。彼が安らぎを求めるなら寄り添ってあげようと。傷だらけで、壊れそうなアクアくんの心を支えてあげようと。その罪悪感ごと背負いたいって誓っていた。
でも、雨宮吾郎としてはどうだったの?
私は一度でもアクアくんと雨宮吾郎を重ねて『君』を見ようと、知ろうとしていたのかな?
…………ほら、思ったことがない。
思ったことがないから、こんなにも『思えることが少ない』んだ。
——だから私は君を救えなかったのかな?
私はずっと君に守られてきたのに。
私はずっと君に助けられてきたのに。
私はずっと君に救われてきたのに。
なのに私はまだ何も君に返せていないんだね。
だったら、いつか返さないといけないのに——。
そう思っても、もう遅い。
これは永遠に手遅れになった物語。掴もうにも掴めない悲しい『光』の話。
星が輝く時、既にそれは『過去』のものだから——。
…………
……
後悔を馳せてから幾星霜。
黒川あかねが成人を迎えてからどれほどの年月を超えたか。
何度君の心を思って、夢を見てきたのだろう。
何度君の愛を思って、夜を超えてきただろう。
何度君の瞳を思って、星を眺めていただろう。
君の瞳は、私に取ってどんな星よりも輝いていて、今でも瞼に焼きついている。『太陽』よりもずっとずっと強く。
今日は7月7日。俗にいう『七夕』と呼ぶべき日だ。
会いたい——。会いたい——。
あなたに、君に、会いたい——。
明日が雨なのは分かってる。大雨警報が出ていて、交通機関が麻痺する可能性もあるのも分かってる。
それこそ織姫と彦星のように、雨の日は出会わないほうがいいのに。
——だけど雨如きで、衝動は止められない。
——七夕に降る雨は『催涙雨』と呼ぶが、これには諸説がある。
——降る雨粒は、二人の涙であると。再会による喜びの涙であると。
だから足が動いた。
ただひたすらに会いたいと思ったから。
踊り出すまま夜空を駆けた。
汗を拭う事もなく、涙を流しながら駆け続ける。
「アクアくんっ!」
そして黒川あかねは長い時間を掛けて、雨宮邸へとたどり着いた。
ここに来たのはこれで3回目。1回目はアクアが雨宮吾郎を打ち明けた時。2回目はミヤコに誘われて、ルビーの様子を見にきた時。その時は「アイドルのルビーとして目立つの嫌だから」といって色々見た目がイメチェンしてたルビーが明るく出迎えてくれた。
「あかねっ!」
そして今日で3回目——。
あかねの声に気づいたアクアが、正面扉を開けて迎え入れてくれた。
出会い頭に二人は身体を抱きしめ合う。温もりを求めるように強く、深く。命と心を感じたくて。改めて重なる体温との向き合い方を知りたくて。
やっぱり、私は『君』のことが大好きなんだ。
ちょっと意地悪なところもあるところも、本当は優しいところも、天然で女垂らしなところも、一途に尽くそうとしてくれるところも、良い所も悪い所も、知ってる所も知らない所も、全部が『あの日』からずっとずっと愛して止まないんだ。全部が全部愛しい。
君がどこの誰とか関係ない。星野アクアでも、雨宮五郎でも、君が君でいられるなら私はそれでいい。
今度こそ受け入れてあげようと、支えてあげようと。いつかきっと全部思い出して、君は罪悪感に再び駆られるだろうけど、それごと全部背負うことを今度こそ誓おう。
けれど——アクアの表情は焦りと満ちていた。誰かに触れあっていないと不安が溢れてしまいそうだと言わんばかりに、口早くあかねに告げる。
「ルビーがいないんだっ! いつも僕の側にいてくれるルビーが……何も言わずにどこかに……っ!」
アクアの言葉に、あかねは周囲の観察をする。
家の中は不気味なほどに綺麗だ。生活してる痕跡はあるのに『生活感』がない。広い家のはずなのに、ミニマリストみたいに家具が少なく殺風景。そして家具のデザインに個性を感じない。無機質で普遍的で、家具としての役割を求めるだけの機械的な構造。
前に来た時はここまで病的な家ではなかったはず。
ルビーの趣味嗜好は聞いている。金銭的にお得だということもあるが、ルビーはアクアと小物から部屋着までペアルックにする癖があって、色合いも二人に合わせて暖色系と寒色系を好んでいたのに、今は一律で白と気味が悪い。こうでもしないと『潔癖』を証明できないと脅迫でもされてるかのように。
どこか欠落を感じて仕方がない——。
今すぐ探し出さないと、決定的で致命的な破滅が訪れそうな予感が感じ取れるほどに——。
「私はすぐにルビーちゃんを探してくる! 警察に連絡とかは?」
「もうしてるっ! 30分くらい前に!」
「分かった。じゃあアクアくんは待ってて。ルビーちゃんが戻ってきた時に、アクアくんが家にいないと不安だろうから」
すぐさまあかねは夜と雨が彩る山奥へと走っていった。
最低限の防雨対策に雨合羽だけ身につけ、ルビー用の折り畳み傘を手にしながら。
——黒川あかねにとって『雨』とは変化の兆しだ。
正式な交際をした時、雨の中アクアはあかねを迎えにきてくれた。
嘘吐きなアクアが、あかねに嘘を吐かないよう向き合うために。同時に有馬かなに対する気持ちへと折り合いをつけるプロセスの一つという変化を形にした日のこと。
「……ルビーちゃん、無事ならいいんだけど」
そして、もう一つある——。
黒川あかねにとっての『雨』とは——。
ーーーーー
ねぇ。どこかの誰かさん達。『私』の声が聞こえてるかな?
ここで一つ思い出してほしいことがあるんだ。
ルビーのエピローグ。君らは一つの微かな疑問を抱けたはず。
宮崎の片田舎。その山奥にある忘れられた古民家に程近い崖。
そこで身投げした星野ルビー。本来なら人知れず死に果てる、どこにでもある量産的でつまらない死に様の一つ。
だというのに——。
どうして『ルビーはすぐに見つかった』んだろうね?
ーーーーー
雨音と泥濘んだ土を踏む足音だけが世界を奏でてくれる。
逆に言えばそれ以外は何も聞こえない静寂。少しでも足を止めてしまえば心音が聞こえ、嫌でも不安を駆り立てて鼓動を早めていく。それが時限爆弾かと錯覚でもさせるかのように。
嫌な予感がする。こんな雨の日は、良い思い出はない。
黒川あかねにとって『雨』とは、嫌でも『あの日』を思い出してしまう。
どうか、そうなりませんように——。そう願い続けながら山奥を走り続ける。
途中で小枝に引っかかって足を軽く擦り抜いたりしたが、そんな痛みなんか気にしていられないほどに、あかねの焦燥は募りに募る。
やがて探していた後ろ姿を見つけた。星野ルビーの背中を。
だけどその背を見た瞬間、背筋が凍り、血が逆流しそうなほどの悪寒をあかねは感じ取った。
何故なら今にも消えてしまいそうな、生気を感じないルビーの姿が——。
…………
……
『——疲れた』
『もういいや。考えるの、疲れた』
『何も考えたくない——』
……
…………
その後ろ姿が『今ガチ』の批判コメントで焦燥した私と重なって見えて——。
イヤなことに、その日と同じ『雨』の日で——。
「ルビーちゃんっ!!」
あかねの声が届く前に、ルビーはその身を崖下に投げた。
少し遅れて『骨が折れる音』が木霊する。当然、何が起きたかなんて想像するまでもない。
恐る恐るあかねは崖下を覗き込む。
せめてもの希望が繋がりますようにと。神様に願うように、縋るように。
——でもねぇ。神様は優しいんだよ。
——だからねぇ。神様は君の願いを聞いてあげたよ。
——まあ。
祈りが届くなら、最初から星野アクアは復讐を完遂しない。
望みが届くなら、幼く純粋な星野ルビーの愛は成熟してる。
願いが届くなら、そもそも星野アイが死ぬはずなんてない。
残酷な現実というのは容易く人の夢を砕けさせる。故に『儚い』のだ。
人という命は。
人という心は。
人という魂は。
——首の骨が曲がってはいけないところにまで折れ、関節部から砕けた骨が露出する少女だった『物』があった。
「…………で、んわ、しない……と」
星の瞳は黒く澱む。天の川を茜色に染めながら。
催涙雨は止むことなく、世界は泣き続ける。