【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
ルビーの死体発見から1週間。葬式を終え、各々一言だけ保護者である斎藤ミヤコにお悔みの言葉を残しながら去っていく。
その言葉は、彼女にとって残酷を突きつける優しさでしかない。
手元に広がるたった一枚の紙は、優しさと比例するようにミヤコの心を深く鋭く抉り出していく。
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ごめんなさい。疲れてごめんなさい。また誰かに頼ってごめんなさい。
アクア■■■■ミヤコさん、あかねちゃん、先輩、
有馬かなさん、黒川あか、黒川茜さん、斎藤ミヤコさんに、大好きな星野愛久愛海のことを、大好きなお兄ちゃんのことを任せます。
星野 瑠美衣
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『遺言状』——。
まだ人としては短い命でしかない星野ルビーに、こんな物を残させてしまうほどに疲れ果ていたことに気づけなかった——。
誰かに確実に託したいほどに、ルビーは心労が溜まっていた。
こうしてフルネームにして、アクアとあかねに至っては『芸名』ではなく『本名』で書き直しするほどに。
いや、気づいてはいたけど踏み込もうとしなかった。
社長業の多忙さや、母親であるアイの死亡後も立ち直ったルビーだから乗り越えられると妄信していた。だから見逃してしまった。こんな簡単な心の悲鳴と軋みを。
——違う。どんなに取り繕っても言い訳だ。自分に対する言い訳にしかならない。
——気づいていたのに。手を差し伸ばそうと思えば差し伸ばせたのに。
「本当……母親として失格だわ」
葬式を終えた後も残り続ける黒川あかねでは、ミヤコに何も言うことはできない。気づけなかったのは、気づこうとしなかったのは自分も同じだったのだから。
むしろ自分の方が罪深いことをしていると自罰的ですらあった。
星野アクアを、雨宮吾郎を思っていただけのここ数年。そんな彼の心を守ろうと頑張ってくれたのは他ならぬルビーだ。その努力と献身は並大抵のものではない。
普段適当で楽観的なルビーからは想像できないほどの努力をしてきたのが、彼女がつけていた家計簿から見て取れる。
月毎の食費・生活費・雑費などすべてを事細かく記載し、レシートなども保存している。
もちろんスマホやパソコンの履歴などからも、工事関係業者を選定して相見積もりを取ろうとしたのかも理解できる。
それほどにまでに徹底している。ルビーの介護生活は。
何故ならアクアとルビーが宮崎に引っ越してから数年間『症状が出なかった』ことは経過観察での通院でも確認が取れている。病院では症状を一切見せず、回復傾向にあると診断されるほどに。
「ルビー……僕のせいで……僕が最初から……」
「アクアくん……」
「アイ……また僕は……っ!」
だが、それは『症状が改善された』というわけではない。ある意味では『依存症』にも近い関係として、精神のバランスを強引に変えていただけ。あかねの声なんて、今のアクアには何も届かないほどに。
ルビーの自死はアクアにとって精神的なダメージが多大にあった。
無理もない。彼が潜在的に記憶を封じていた『星野アイ』と『カミキヒカル』に密接的に関わっているのは、他ならぬ血縁者であるアクアとルビーしかいない。
そのルビーが死んでしまい、雨に濡れて一層冷え切った『物』に触れてしまってはアイとカミキヒカルの死体の冷たさを思い出すなという方が難しいことである。
つまり——アクアは断片的ではあるが、アイとカミキヒカルのことを思い出してしまっている。
より正確な記憶の範囲を告げるならば『復讐』という部分だけが丸々と抜けただけの状態で記憶が復元されているのだ。
アイが母親であることを。カミキヒカルが父親であることを。
アイもカミキヒカルも、自分の手でその死体の冷たさを感じ取っている事を。他にも色々と思い出してしまっている。
思い出せないのは『なぜ殺された』のか『誰が殺したのか』という部分といった『復讐』に密接に関わるものと、自分の前世が雨宮吾郎だということだけ——。
「あかね……僕はどうしたら……」
それは、あかねにとって二度目の問答となる。
あの日、アクアが復讐への道を再度歩むことになってしまった運命の分かれ道。
嘘つきなアクアが溢したいくつもの『本音』に、あかねは確かにこう応えた。
…………
……
『駄目だよアクアくん。自分のことは自分で決めないと』
『アクアくんは私の物じゃないし、私もアクアくんの物じゃない。自立した人間二人が寄り添う事に意味があるの』
『そうじゃない関係は、ただの依存だから』
……
…………
依存関係はよくない。良くないって分かってる——。
自立した人間同士が支えあってこそ意味があるのもわかってる——。
でないと『もしもの未来』の時に不幸になるのは、その『未来そのもの』だから——。
だけど、私はあの時の選択は正しかったのだろうか——。
…………
……
『アクアくんは道を間違えた』
『分かってる』
……
…………
いや、きっと間違えていた。間違えていたから完遂してしまった。間違っていたから復讐を成し遂げてしまった。『君』のことを分かっていなかったのに、私は知った風な口で道を間違えたと口にしていた。
…………
……
『決めてくれ、あかね』
『俺はこのまま何もかも忘れて、幸せを目指していいのか。それとも……』
『あかね……俺はどうしたら——』
……
…………
だけど『道を間違えさせた』のは私だったんじゃないか。
私があの日、あの時返した言葉が少しでも違えば、君は復讐なんて忘れて生きていられたんじゃないのかな。
一緒にパフェを食べたり、舞台を見に行ったり、旅行に行ったり、クリスマスを過ごしたり、ハロウィンを楽しんだり、夏の魅惑で誘惑したり、桜の中を歩んだり、何でもない毎日を交わすだけの平凡で退屈な日常を生きて、復讐なんか忘れることができたんじゃないかって。
——でもカミキヒカルの殺人癖は狂気の領域だ。
——放っておけば、芸能界の陰で死体の山が積み重なっていた。
だったら結果的には復讐は正しかったことになる。
誰かがカミキヒカルを止めないと、アイさんやゆらさんのように犠牲者が生まれ続ける。その中には私やルビーやかなちゃんも入ってることは十二分にありうる。
間違えた道が間違えていなかったとすれば、どうすれば君は救われたんだろう。
復讐をしてもしなくても救われないのなら、君は最初からどうしようもなかったのかな。こんな結末しか用意されていなかったのかな。
…………
……
『付いてきてって言ってくれてたら、地獄にだって一緒に行くのに』
『そんな所にあかねを連れて行く気なんて毛頭ない。俺は一人で行く』
……
…………
だったら是が非でも私も一緒に地獄に行こうとすれば良かったのかな。
あの時、私が選択を間違えなかったら君は壊れずに済んだのかな。傷だらけの身体と心で生き続けてしまったのかな。
どんなに自責や罪悪感で潰れようとしても、その罪ごと背負って支えて地獄の底にまで一緒に沈んでいけば、君の心を離さずに済んだのかな。
——そうすれば、ルビーちゃんも無事に生きていたのかな。
…………
……
『俺は敵じゃない——。頼むから落ち着いてくれ』
……
…………
そうだ。例え傷ついても、君なら救えたはずなのに——。
あの日の私を助けたみたいに、ルビーちゃんを助けられただろうに——。
絶対に、必ず、確実に——。
例えその行為がどんなに自分にとって都合が悪いと自覚していても、自分にとって悪手だと分かっていても、助けようとしたはずだろうに——。
君は何の打算もなく、私のことを助けてくれたんだから——。
君が君のままでいられたら、こんなことは起きなかった。
だったら私は一緒に地獄へと落ちる覚悟を決めれば良かった。それで例え君に嫌われても、拒まれても、愛されなくなったとしても。
そうだ——。どうであれ私は君にとって都合の良い言葉しか吐いてなかった。君を救いたい一心で、君を支えたい一心で。
それは君を愛し、君に愛されたいから出た一面。黒川あかねが持つ執着心。吐き気も覚えるような嫉妬深さとかそういうのではなく、誰もが持つちょっとした独占欲。
身勝手で醜い気持ちがあったから、君にとって聴こえの良い言葉を口にしていた。
君が私を都合の良い人として扱うように、私も君にとって都合の良い人になろうとしていた。
…………
……
『俺はお前と出会ってから、ずっと救われていた』
『こんな俺の事を肯定してくれて、寄り添ってくれて』
『駄目な事は駄目と言ってくれて、少しずつ救われていた』
『お前が側に居てくれる日々を、手放したくないって思った』
……
…………
だから君を救いきれなかった。支えきれなかった。愛して、愛されて、その優しい温もりの日々を君は知ってしまった。
その日々を守りたくて、穢したくなくて、君は幸福で平和な日々を自分から手放した。私を巻き込まないために。
——こんな私を、君に愛してもらえる資格なんてない。
——そんな君を、私が愛したいなんて思っちゃいけない。
最初から、君に『愛』を持ってしまったのが間違いだった。
君に救われた恩に報いるなら、愛なんて知らずに道具として徹していれば良かった。
私との日々を大切にしないで、ゴミクズのように扱ってくれれば良かったのに。そしたら君は私を地獄に突き落としてくれただろうに。
それで、私も一緒に地獄に連れて行ってくれただろうに——。
「辛いことは 一緒に抱えてあげるからね」
当然、今の君にとってこの言葉は初めて聴く言葉だ。当時の私は君に助けられた恩に報いるために「一緒に殺してあげる」と断言できるほどに君の復讐に付き添っていた。
故にあの時の黒川あかねは君にとっては復讐の手駒。道具にしようと、利用しようとしていた時期。
だからこそ今度は友人として——。
君の復讐としてではなく、日常として黒川あかねは改めて支えないといけない。遺言を残したルビーちゃんに贖うためにも。
そのはずだったのに——。
「……あかねは、何があっても僕の味方なんだな」
その宣告は、何よりも残酷なものであった。
何故なら君が告げたのは『辛いことは一緒に支えてあげる』と私が口にする前に紡いだ言葉を沿ったもの。『私は何があってもアクアくんの味方だよ』に対する。
私は君の『復讐』に関わっていたのに、密接に復讐のことを手助けしていたのに——。
——君は黒川あかねを思い出してしまっている。
それはつまり、君にとって黒川あかねとは『復讐』ではなく『日常』側の人間だと素直に告げているのも同然だった。
だったら、君はどこからどこまで『黒川あかねを復讐の道具』として見ていたの——?
何も覚えていない、何もかも忘れてしまった君では応えてくれない。
破局した時から? 恋人になった時から? もしかして最初から?
だとしたら——私は『どこまで君の味方でいられたんだろう』?
《——そんなアクアくんを、アナタは守れなかったんだね》
その日から、私の心には『罪悪感』の象徴として『黒川茜』が姿を見せるようになった。
かつての頃と同様、君と出会う前の——『
…………
……
夢を見るようになった。目を瞑れば、君のことが何度も繰り返し再生される。繰り返すたびに鮮明になっていく彼との記憶が、暗闇の夢の中で映し出されて行く。
何気ない出来事でも輝かしく、眩しく、闇の中で届き続ける。
大切にしていたかった戻れない日々へと私は手を差し伸ばし続ける。
また君と一緒にご飯を食べたい——。
また君と一緒に演技をしたい——。
また君と一緒にデートがしたい——。
《君が私を助けてくれたみたいに、私も君を支えたい——って思ってたのにね》
だけど、その手を他ならぬ『黒川茜』が繋ぎ止める。
万力にでも掛けられたかのように、腕と心が捻り潰すような夥しい自己嫌悪が私の手を光から遠ざけて行く。
《…………》
そして振り返った闇の先には『星野アイ』もいる——。
再現したアイの感情が静かに、黙って、こちらのことを見続けている。
怖い。今のアイさんは怖い——。
自分の中で再現した星野アイなのにも関わらず——。
ただ何も言わずに無表情に私を見定めている。
自信に満ちたアイドルとしての顔も、アクアくんとルビーちゃんを育てる母親としての顔でもない。誰も知らない星野アイが黒川あかねをただ見つめ続ける。
目を逸らしたい——。逸らすこと自体は簡単だ。
闇に目を向けなければ、光が前に出る。だけど、その光を求めてしまえば『黒川茜』が私自身を殺すように、何もできなかった私自身にでも『復讐』でもするかのように、自傷行為を促そうと刺激してくる。
だから光へと目を向けることはできない。
だけどそうなれば闇が姿を見せる。闇の奥底には『星野アイ』がいる。最愛の息子であるアクアくんを見放し、最愛の娘であるルビーちゃんを見殺しにした罪を測るように、ただ静かに星の瞳を合わせてくる。
じゃあ逃げる? 何もかも忘れるように逃げる——?
《ダメだよ。アクアくんは復讐を遂げたんだから、アナタも最後まで罪悪に押し潰されないと》
けれど、それを『黒川茜』が許すことをしない。そして『黒川あかね』自身が許しはしない。
そもそも黒川あかねが生きていられるのは、君が私を救ってくれたからだ。あの雨の中、あの炎上騒ぎの中、君は私を救い出してくれた。命を繋いでくれた。
《だったら返さなきゃ。捧げなきゃ。一つずつ。これは私がアクアくんのことを、雨宮吾郎のことを知らなかったことの罰なんだから》
——そうだ。私は苦しまないといけない。
——アクアくんを見放した私が、ルビーちゃんを見殺しにした私が。
——のうのうと生きてて良いはずがない。
《忘れちゃダメだよ? 黒川あかねは賢いんだから、簡単に答えなんて導き出せるよね?》
その言葉を皮切りに何度も記憶が繰り返される。
何を求められ、何をすべきで、何が不足しているのかを。それを満たすには黒川あかねが何をすればいいのかも。
分かってる——。もう分かってる——。
これからは私が『代わり』になることくらい分かってる——。
アクアくんを支えていたルビーちゃんの『代わり』に——。
アクアくんを愛していたアイさんの『代わり』に——。
私が命を賭けるから、あげるから——。
《あの温もりを、優しさを奪ったのはアナタ。取り上げたのはワタシ。無力で無意味で無価値な黒川あかねが招いたことだよ?》
分かってる——。言われなくても分かってる——。
だけど、それは君が望んでいないのも分かりきっている——。
君は損得なんか何も考えていない。ただ助けたいから私を助けてくれた。そこに打算なんてない。
だからこれは私の『義務感』で駆られてるだけで、言い換えれば私の『我儘』に押されようとしているだけで、君自身はこんなのを望んでいないこと分かっている。
分かっているはずなのに——。
でもそれを否定してしまったら、私の義務感で救われていたはずの『君の日常』を否定しまうことになる——。
だから君が守りたかった『日常』を思うなら、身勝手に我儘に、義務感に駆られないといけない——。
どこに行こうとも八方塞がりの矛盾だらけ。
どんなに思考を巡らせても出口がない。なんでかって言われたら決まっている。そもそも『最初から間違っていた』ということ。
君の復讐を手伝おうとしたこと——?
君の日常を支えようとしたこと——?
どれも違う。あの日、あの時、素直に死んでいれば——。
君の復讐はもっとシンプルに、日常の優しさなんて知ることもなく、私に救われることもなく、穏やかに『復讐相手が死んだと錯覚した』まま君に戻れたはずなのに——。
そんな『逃げ道』さえも、私が潰してしまった——。
だったら私も『逃げ道』なんて潰さないといけない——。
《忘れちゃダメだよ。貴方は救えなかったの、アクアくんを。黒川あかねは——》
「うるさいっ!!」
あかねが悪夢から覚めると、そこは苺プロダクションの一室だった。どうしてここで寝ていたのか、あかねはすぐに思い返した。
ルビーが死んでも、日常は死を覆い隠すように無情に流れ続ける。
今は葬儀を終えてから1ヶ月が経過しており、アクアの様子を見に来て無事を確認したら、仕事の疲れを少しでも取るために仮眠したことを思い出す。
時間にしては僅か20分——。
だというのに、これだけの悪夢を見てしまう。不安に駆られて気分が常に落ち着かない。自身の内で罪悪感の象徴である『黒川茜』が吠え続けている。
——報いを。
——償いを。
——贖いを。
自分ではどうにもならない自罰を訴える罪悪感。心の闇に引き摺り落とそうと憎悪にも近い思いが常に纏わりついている。
そんなどうしようもない闇に引き摺り込まれようとする中——『太陽』みたいな温かさを帯びた手が、あかねの手に重なった。
「……そっか。アクアもこんな風に思い詰めてたのね」
——その手の主人は、有馬かなであった。
添えられる手の温もりは、久方ぶりに感じた人としての温かさであり、あかねは思わず涙を落としてしまいそうになる。
雨の日。ルビーの死体は芯まで冷え切っていて、完全に物であると脳が理解してしまうほどに冷たく固かった。マネキンよりも無表情な瞳は、一度見たら忘れることは永久にできないだろう。
そんな冷たさがずっと脳内にあったが、良くも悪くも遠慮も配慮もない有馬の手の重なりに、あかねは人の温かさを改めて思い出し——後悔を馳せてしまう。
——こんな温もりをずっと感じることもなく、心が廃れて、擦り切れて、最後に自殺を選んでしまったルビーの孤独な最後に。
「……私って馬鹿だったんだなって、つくづく思う」
有馬は涙を流すことも、嗚咽で言葉が詰まることもなく、淡々と言葉を紡いだ。
どうしようもない事実であると受け入れるように、機械的で抑揚のない声色のまま。
「そして冷たい女だってのも——」
「かなちゃん……?」
「私ね、アクアも壊れて、ルビーも自殺しちゃって……すごいショックではあるんだけどね。アンタみたいに思い詰めることができないのよ」
その言い分は決して間違ってはいない。
誰だって親しい存在を一つや二つ失うことは必ずある。それは叔父や叔母かもしれないし、あるいは大事にしてたペットかもしれないし、何かしらの事故で早死にした友人かもしれない。
「……本当、私って自分のことしか考えてない」
実際のところ『死』なんて物はあり触れている——。
一々感傷的になってたら身も心も保たない。だからこそ『葬儀』という形式を行なって区切りをつける。
そうでもしないと人は死に囚われ、死に従い、死に翻弄されてしまう。亡霊が常に付き纏う人生を背負うことになる。自己を蝕む劇薬になってしまう。
それこそ星野アイの殺人を引き摺り続けたアクアのように——。
「……それでいいんだよ。私みたいに思い詰めたら、ルビーちゃんの二の舞になっちゃうから」
「それで二の舞になってないから、アンタは強いのよ」
だから有馬かなは正しい。いつだって有馬かなは正しかった。
アクアを裏方志望から連れ戻したのも、アクアの感情演技を引き出したのも彼女だ。
だから黒川あかねは間違えている。いつだって黒川あかねは間違えてきた。
炎上騒ぎも、我儘に東京ブレイドの舞台で周りを食べる演技をしたのも、カミキヒカルに話し合いに行くのも。
いつまでもルビーの死を引き摺り、アクアのことを思い詰めて芋蔓式で地獄に落ちていくのは誰がどう見ても狂っている。
そんなのはとっくのとうに『理解』してる——。
どれが一番合理的で正しい『正解』なのも——。
だとしても誰も彼も絶対に『納得』なんて——。
「——できないよね。できたら最初から『復讐』なんかしなきゃいいだけだもん」
それは突然『カラスの鳴き声』と共に現れた。
夕焼け小焼け。雨雲が晴れたベランダの手摺り。そこにポツンと、最初からあった置物のように忽然と『少女』が姿を見せた。
喪服なのかと思うほどに漆黒の装束——。
神秘的な煌めく髪は、逆光もあって白なのか金なのか判別が付かず——。
それでもその表情だけは『人間』ではないと確信できるほどに妖艶で、蠱惑的で、視界に入るもの全てを平等という名の無価値を突きつけるように情がなかった——。
「初めまして元カノさん——」
それは星野アクアと星野ルビーが『疫病神』と呼ぶ少女だった。