【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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⭐︎第三十五話⭐︎ そして、愛が消えた ③

「初めまして元カノさん——。あと……元・天才子役さん?」

 

「私の扱い雑だな、おい」

 

 

 

 神秘的な少女——アクアとルビーからは『疫病神』と呼ばれる存在は、突如として黒川あかねと有馬かなの前に現れた。

 苺プロダクションを置く事務所のベランダ。窓ガラス越しに少女はあかねと有馬を値踏みでもするかのように見定めており、数回瞬きをすると少し不満混じりに笑みを溢した。

 

 

 

「あな、た……は?」

 

「いいじゃん、別に。私のことはどうでもいいでしょ」

 

 

 

「よいしょ」と少女は椅子代わりにしていたベランダの手摺りから飛び降り『施錠された窓ガラスを擦り抜け』ながら、あかねと有馬の前にまで足を運んできた。

 

 一連の登場と挙動で二人はすぐさま理解した。

 信じられないことではあるが、今目の前にいる少女は少なくとも『人間の形をしている何か』であるということを。

 

 

 

「大事なのはお兄ちゃんのことでしょ? あっ、これは妹さんだけが口にしていい呼び方かな?」

 

「……私、このガキ気に食わないんだけど」

 

「珍しく気が合うね、かなちゃん」

 

「こわーい。大女優お二人様なんだから、子供相手でも愛想振り撒いて欲しいなー」

 

 

 

 なんて抑揚のない棒読み。『今日あま』の大根どもの方が100倍マシに聞こえるほどだと有馬は内心思ってしまうほどに、少女には感心が恐ろしく向けていかない。

 

 

 

「お兄ちゃんも妹さんも役割をこなしきれなくて残念って感じ。せっかく生まれ変わったんだから、もっと上手く魅せてくれると思ってたんだけど」

 

「生まれ変わった? 何言ってんの、このガキ」

 

 

 

 有馬の呆れ顔とは対照的にあかねは表情が固まる。少女の言葉に、瞬きさえ忘れるほどの衝撃が迸ったからだ。

 間違いなく『生まれ変わった』と断言した。どんなに推測を重ねても現実離れした世迷言である以上は、確信がない限りは『転生』なんてものは空想の妄想の絵空事。ファンタジーでしかありえない。

 

 なのに少女はさも当然のように口にした。事情を知ってるどころか関係者であると言いたげなほど澱みなく自然に。『私が転生させた』とでも告げるように。

 

 

 

「……アナタは何者なの?」

 

「そんなに知りたい? 知ったところでどうも変わらないのに?」

 

「知りたいよ。だってアナタが——」

 

 

 

 アクアくんを、君の『復讐』を駆り立てた元凶なのかもしれないんだから——。

 

 

 

 そう思うだけで腑が煮え繰り返るのがあかねは実感する。衝動だけで体が突き動かれそうな感覚なんて『今ガチ』での自殺未遂以来であり、しかもその時とは湧き出る感情の意味合いが違う。

 

 今まで知ることもなかった憎悪と怨讐——。

 体の内側から逆らいようのない衝動が滲み出てくる。だけどこの感覚は身に覚えはなくても感じ取ったことはある。

 

 

 

 ——これは君が後戻りできない『復讐』の道へと連れ戻した時に見た後ろ姿から感じた憎しみと同じ物だ。定めるべき敵が分かり、どうすべきか体と脳が進み続けようとする。「嫌だ」と拒否する心のことなんてお構いなしに。

 

 

 

 あかねの黒く濁ろうとしている思考を察したのだろう。

 少女はクスリと妖艶に微笑むと「しょうがないな」と慈しむように、けれども貶めるような不敵に口を開いた。

 

 

 

「じゃあ教えてあげる。私は『天照大神(あまてらすおおみかみ)』——。俗世的には『アマテラス』って呼ばれる存在ではあるよ」

 

 

 

天照大神(あまてらすおおみかみ)』——。

 あかねも有馬も知っている神様の名前だ。それどころか星野アクアの転生前である雨宮五郎が住んでいた宮崎県高千穂において、観光名所となる『天岩戸』に閉じこもっていたのがその神様の名前だ。

 

 神社的なご利益としては『所願成熟』など言い回しはあるが、要は『あらゆる望みの総てを叶えてくれる』という存在ではある。

 

 神話的に見れば天皇の祖とされる『皇祖神』や、太陽の象徴として『太陽神』と崇め祀られており、『八百万の神』という名目で数多く神様が存在している日本神話でも『最高神』と扱われる存在。日本神話では『一番星を超える』といっても過言ではない。

 

 とはいっても、実際に日本神話で知られてる姿は兄弟関係によるいざこざで怒り散らした天照大神(あまてらすおおみかみ)が、『岩戸隠れ』と称して『天岩戸』に閉じこもり、世界に太陽が昇らせない闇へと陥れたという傍迷惑な所業が一番有名な話でもあるのが困り所。

 

 現代的に解釈すれば、元祖引き籠り系神様——。それに伴って周囲に災厄という名の迷惑を振りまいた最高神でありながら疫病神——。それが『天照大神(あまてらすおおみかみ)』という存在だ。

 

 本当に少女が天照大神(あまてらすおおみかみ)というのなら、決してこの悪辣な雰囲気をその神様は持ってはいない。神様の名前を騙る背信者だと、少女の戯言を簡単に吐き捨てることができる。

 

 だけどあかねの直感か、もしくは培ったプロファイリング技術の賜物か。何にせよ、少女の言葉に『嘘はない』という確信はあった。そして人間ではあり得ない『窓ガラスをすり抜ける』も目にした。

 

 

 

 だったら否定する要素はない。ならば認めるしかない。

 少なくとも少女は天照大神(あまてらすおおみかみ)のように、神様の値する超常的な存在であることを。

 

 

 

「アナタの目的は何? アクアくんとルビーちゃんを利用するほどのことでしょ? 私達には知る権利がある」

 

「私には知らせる義理がないよ。でも可哀想だからヒントはあげる」

 

 

 

 少女は口に人差し指を添える。

 そして内緒話でもするように艶やかな声で囁いた。

 

 

 

「この世界は『嘘』で満ちているのは知ってるよね? 政治家の汚職も、大企業の不正も、芸能界の枕営業も——。目を覆いたくなるような醜い嘘もあれば、サンタクロースや人狼ゲームみたいな楽しくて優しい嘘もある」

 

「そりゃ……身を持って知るところだったから多少は」

 

「え? かなちゃん枕しようとしてたの?」

 

「未遂よっ!? 未遂だからねっ!?」

 

「この業界はそういうのあるから多少の理解は示すけど……共感も肯定もできないなぁ」

 

「未遂だって言ってるでしょうが!」

 

「話を戻すよ。下々の願いを聞く耳は持つけど、無駄話には興味ないから」

 

「……ごめん、話を進めて。かなちゃんも静かにしてね」

 

「あんたが穿り返すからこうなってるんでしょうが……っ!」

 

 有馬が枕営業をしようとしていた事実にあかねは内心ショックを受けてはいるし、「かなちゃんはそんなことしない」という解釈不一致に激怒しそうな気持ちはあるが、一先ずはそれらすべてを押し殺してあかねは少女の話に耳を傾けた。

 

「じゃあヒント。実は『かぐや姫は実在していた』——って言ったらどうする?」

 

「あの『竹取物語』の……?」

 

「うん、そうだよ♪ 無理難題を押し付けてお月様に帰った皆が知ってるかぐや姫。あれは実在した話なんだよ」

 

 

 

 何ともまあ学会が揺れるような歴史的な証言だ。

 そんなのが実在した話だというのなら、じゃあ『かぐや姫』自体は一般的な認識としては宇宙人だと認めてるような物であり、UFOとかUMAとかが大好きなオカルト雑誌が一転して一流メディア媒体に早変わりだ。

 

 例え『アマテラス』を名乗る少女がそう口にしてるとしても、易々と認めることはできない——。

 

 そう思った瞬間、あかねの中にいる『黒川茜』が冷たく淡々と告げる。

 

 

 

 ——《そうやって認めないから、絵空事の『転生』にも気づけなかったんだよ》

 

 

 

 今のあかねに転生、神様と言った絵空事を否定する権利はない。

 倫理や常識という考えは一度棚上げをして、黙って全部受け止めて思考に費やすしかなかった。

 

 

 

 

天照大神(あまてらすおおみかみ)が出てくる日本神話、あれも当然実在した話。だけど、その中には一つだけ『決定的な嘘』がある」

 

「『決定的な嘘』?」

 

「そこまでは教えないけどね。けどその嘘があるから、私はお兄ちゃんと妹さんに期待してたんだけど」

 

 

 

 期待していた? いったい何に? しかも天照大神(あまてらすおおみかみ)が書かれている日本神話の『一つだけある嘘』に関連づいて。いったい『天照大神(あまてらすおおみかみ)』の話と、あの兄妹にどんな関係性が持てる?

 

 

 

 天照大神(あまてらすおおみかみ)は確かに兄弟関係自体はある。

 夜を統べる神である『月読命(つくよみのみこと)』と、三種の神機の一つである『草薙剣』の担い手である『須佐能乎命(すさのおのみこと)』と自身を合わせて合計三人兄弟の関係性。だけど、それがアクアとルビーにいったいどんな関係を及ぼすというのか。

 

 だとすれば兄弟関係ではなく親子関係か。

 天照大神(あまてらすおおみかみ)とその兄弟には親として、父であり万物を生み出す神である『伊邪那岐命(いざなぎのみこと)』と、母であり黄泉の主宰神である『伊邪那美命(いざなみのみこと)』もいる。

 

 もしかしたら天照大神(あまてらすおおみかみ)自身に関係している『天岩戸』関連のすべてか

 なら関わってくるのは芸能の神様である『天鈿女命(あめのうずめのみこと)』や、三種の神器である『八咫鏡』の『八尺瓊勾玉』を制作した『伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)』や『玉祖命(たまのおやのみこと)』などがいる。

 

 

 

 考えれば考えるほど、どこにでも嘘くさい話ばかりで疑える場所は大いにある。

 だったら根底である『日本神話そのものが嘘』だと考えたいところだか、少女は『日本神話は実在した』と断言している以上は、そういう頓智を利かせたようなことはあり得ない。

 

 

 

 たった一つだけ。この中に『決定的な嘘』が一つだけある——。

 それがアクアくんとルビーちゃんを利用しようと思わせるような——。

 

 

 

「勿体ぶってんじゃないわよっ!! 漫画やアニメじゃないんだし、こちとらミステリー大好きなホームズでもないのよっ!! 吐けるもんは全部吐きなさいっ!!」

 

「きゃー、児童暴行罪ー♪ 性的趣旨を聞くだけでセクハラ認定されるように、子供の胸倉掴むだけでも暴行罪は成立するって知らないの?」

 

 

 

 有馬の恫喝に、少女は涼しい顔で受け流す。暴力なども振るっても無駄というより、『どうでもいい』と言いたげに無関心に。

 

 しかも不思議なことに有馬は確かに少女の服を掴んでいる。さっきは窓ガラスを通過したというのに。

 あかねの中で少女の謎は深まるばかりだ。聡明で理知的な彼女でも、少女の謎が更なる謎を呼ぶ在り方に、全貌を掴めないまま紡がれ続ける話を整理することしかできないほどに。

 

 

 

「あのお兄ちゃんは私の事情なんて気にしてなかったよ? ちょっと同情しちゃうくらいには一心不乱に母親の仇を追いかけてさ」

 

「同情するくらいなら止めてよ。『復讐』を望んでなかったことくらい、所願成就の神様なら分かるでしょ?」

 

「うん、分かってたよ。でも神様は願いを聞くだけだから。神社の本質的な意味を理解してない人って多いよね」

 

「……私あんまり好き嫌いしないタイプだけど、貴方だけは心底嫌い。大嫌い。かなちゃんが可愛く見えるくらいに」

 

 間違いなく、心の底から黒川あかねは思う。少女の事が嫌いであると。

 神様という偉大な存在だろうと、少女というか弱い存在だろうと、どちらにしても嫌いという感情が溢れ出てくる。

 

「それに妹さんもそうだったよ。恩師と母親の仇が一緒だって知ると、途端にあの手この手で接触しようと片道切符の特急券で芸能界を駆け上がってさぁ。私の事なんて見向きもしない」

 

「……あの子がいきなり売れるの意識して、私達のB小町に亀裂を入れたのはアンタだったわけね」

 

「切っ掛けを与えただけだよ。私自身は何のアドバイスもしてないし、メンバー間で人気に差があったのは個人のキャラクター性の問題。それを私のせいにして、元・天才子役さんが伸びなかったことを八つ当たりされたら困っちゃうな~~」

 

「我が身可愛さに言い訳? 自分勝手で反吐が出るわね」

 

 

 

 そこで少女の余裕を帯びた笑みという名の仮面が剥がれた。逆鱗に触れたようで、少しずつ顔色が険しく冷たい視線へと変遷していく。

 有馬からすれば知ってやったりと得意気に笑みを浮かべる。逆にあかねは表情の裏にある機微を『感じ取れない』という異質さを感じ取った。

 

 

 

 ——少女の顔色の変化は感情によるものじゃない。その『感情がなくなった』ことによる変質であると。

 

 

 

「自分勝手なのはそっちにも言えることだよね」

 

 今までと違う声色。無感情ながらも確かな意思を込められた息苦しさを感じるほどの一言。

 例えるならば『システムメッセージ』のような無機質で不気味な警告。人の不安を的確に刺激するように淡々と告げる。

 

 それは有馬にとって幼少期に視たアクアの演技を思い出させる。

 五反田監督が制作した『それが始まり』の映画。アクアと初共演し、たったワンシーンの演技で格の違いを叩きつけられた一幕。あの時を上回る衝撃と気味の悪さに、有馬は思わず手を離して足を一歩引いた。

 

「君達だって神頼みするでしょ。年末年始にお参りしてさ。でも君達は何に祈ってるの?」

 

「何にって……ご利益でしょ。そんなことも分からないの?」

 

「そっちがそんなことしか分かってないんだよ。貴方達が祈ってるのご利益。金運、恋愛運、仕事運……そういうのにあやかってるだけで、ほとんどの人は『神様』に祈ってないんだよ。神頼みとか言っておきながら、神に頼ってもなければ願ってもいない。神様なんて『役割』のための皮としか思ってないんだよ、人間は」

 

 少女の威圧感に有馬はたじろぐしかない。言い返すことができないからだ。

 言われてみれば、信心深く祈ったことなんて有馬は一回たりともない。何故なら子役時代から大人の事情や社会の後ろ暗さを見てきたのだから純心でいられるわけがない。

 サンタクロースなんて最初からいないと知っていたし、参拝だって形式的な所作だけは覚えてるだけで信じていないし、親戚から貰うような御守だって付けないと申し訳ないから付けるようなもので効力そのものは頼りにしていない。その程度の信心深さしか有馬にはない。

 

 故に神様に対する思いの浅さそのものが、そのまま言葉の鋭さと重さになる。

 でも少女に言い負かされるのは、それはそれとして単純なプライドとして有馬は許せない。

 

 

「はっ! 神様の癖にみみっちいわねぇ〜〜! 神様は形なんてないんだから役割だけを崇められてナンボ。そのご利益という役割に全うしてれば十分じゃない!」

 

 

 

 せめてもの口撃の返しに虚勢を張ることしかできない。

 その虚勢そのものが、更に傷口を深く抉ることになるなんて思いもせずに。

 

 

 

「そうだね。役割を果たそうとしたから、偶像崇拝を全うしようとしたから、最終的に『星野アイは殺された』んだよねぇ」

 

 

 

 失言であることを有馬はそこで悟る。考えなしに出した言葉は、いつも誰かにとっての触れてほしくない何かを悪戯に刺激してしまう。そんな自分の配慮のなさに反吐が出そうになる。

 同時に安堵を覚えてもいた。今ここにアクアがいなくて本当に良かったと。『星野アイが殺された原因』の一つには、その偶像崇拝による妄信的なファンが狂ったことによる側面もあるのだから。

 

 

 

 だが黒川あかねは背筋が凍る感覚を覚えていた——。

 少女の言葉に違和感を覚えたからだ。何の違和感までは分からない。突如として浮かんできたものなのだから。

 

 だけど今のあかねの見て見ぬふりはできない。

 形容のできない違和感は脳裏を貫き、無理矢理に理解という行動を引き起こす。その正体を探ろうと、勝手に思考が躍起になっていく。

 

 

 

 …………

 ……

 

『お兄ちゃんも妹さんも役割をこなしきれなくて残念って感じ。せっかく生まれ変わったんだから、もっと上手く魅せてくれると思ってたんだけど』

 

『自分勝手なのはそっちにも言えることだよね』

 

『神様なんて『役割』のための皮としか思ってないんだよ、人間は』

 

 ……

 …………

 

 

 

 そこで気づいてしまった。今まで何とも思ってなかったことだが、この少女は今の今まで一度たりとも『名前』を呼んでいない。星野アイ以外の名前を一度だって呼んでいない。

 

 

 

 アクアの事は『お兄ちゃん』——。

 ルビーの事は『妹さん』——。

 

 あかねの事は『元カノさん』——。

 有馬の事は『元・天才子役』——。

 

 

 

「……ねぇ、改めて聞かせて」

 

「ん? 何をかな?」

 

 

 

 そこで少女は親しみを帯びた笑みを見せる。どうやら有馬のことは気にくわないようだが、あかねに対してはお気に召している様子だ。

 だけど、それは素直に喜べる状態じゃない。相手は神様のような存在である以上は、そのお気に召すというのは友好的な物とは限らない。子供が無邪気に残酷に、蟻やセミの手足を一つずつ捥いでいき、胴体を引き千切るような戯れを込めた笑みかもしれないのだから。

 

 

 

「貴方にとって『星野アクア』は『どんな存在』だったの?」

 

「誰の事? 役割を与えてない存在なんて知らないよ?」

 

 

 

 その言い分はあかねに戦慄を覚えさせた。そして違和感は確信へと昇華される。

 少女にとってアクアもルビーも、あかねや有馬も一時の戯れによる玩具にも等しい存在でしかないと。愛着のある玩具を気に入ればあだ名を付けるし慈しみもするけど、壊れたり汚れたりすれば即ゴミ箱に廃棄する無情さを兼ね備えてもいる。

 

 つまり『代替品の利く愛』という悍ましい在り方——。

 ある意味では神様らしい割り切りともいえる。人間からすれば虫なんて踏みつぶしても罪悪感なんて湧かないように、神様も同様に人間なんて使い潰しても気にもしない矮小な存在でしかないのだろう。

 

 

 

 

「ならなんで——『星野アイ』の名前は覚えてるの?」

 

 

 

 だからこそ戦慄は更なる恐怖を落とし込む旋律となる。少女は基本的に名前を覚えようとしない。それこそ才能ある人物以外はロクに名前を覚えられない星野アイのように。

 欲しているのは『役割』だけで、その役割に順じた演者となることで、ようやく少女は『名前』を覚えようとしてくれるのだろう。『役割』を果たせるだけの才覚があるということでもあるのだから。

 

 だけど『死人に口なし』という言葉がある通り、死んでしまえば『役割』のために演じることはできない。

 だから死んだり壊れたりすれば、少女は名前を忘れてしまう。今のようにアクアの名前を意図も容易く無情に忘れてしまう。そういう在り方なのだから。

 

 

 

 なのに——死者である『星野アイは覚えている』——。

 

 

 

「まだ役割を終えてないからだよ。アイの役割は終わっていない」

 

 

 

 アイの役割は終わっていない——。

 アクアとルビーの役割は終えているから名前を憶えていないというのに。

 

 だとしたら少女にとって『星野アイ』の役割は何なのか。

 今でも覚えてないといけないほどに重要な役割があるのか。もしくは『その役割を続けないといけない問題が残っている』のか。

 

 

 

「何で私が元カノさんに話しかけたと思う? いや——『黒川あかね』さん?」

 

 

 

 そしてその役割は黒川あかねに関わっている——。

 アイと黒川あかねが繋がるような役割なんて、そこに元々はアクアとルビーが関わっているような役割なんて、思い浮かぶのは一つしかない。

 

 

 

 ——だけど、だとしたら、それは余りにも残酷なことだ。

 ——君の『復讐』が『無意味』だったと告げるようなものだから。

 

 ——しかし口にしないと、その無意味という『価値』さえ『無価値』になってしまう。

 

 

 

「まさか……」

 

「察しが早くて助かるね。君の想像通りだよ」

 

 

 

 ——『カミキヒカル』は生まれ変わっている。

 ——『転生』という絵空事のおかげで。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

《良かったね。今度こそアナタが始められるよ》

 

 

 

 違う、違う、違う——。

 生まれ変わったなら『カミキヒカル』は別人だ。アクアくんが殺した時期を逆算すれば、最高で10歳。中学生にさえ上がってないどこかの知らない子供でしかない。

 

 そんな無力な子供に殺意を向ける——?

 転生後の『カミキヒカル』と前の『カミキヒカル』は戸籍上では別人なのに? 誰かの罪のために今の『カミキヒカル』へと、アクアくんが果たしたはずの『復讐』を今度は私が達成させる?

 

 

 

 できるわけがない——。倫理的にしちゃいけない——。

 生まれ変わったなら『別人』だ。やり直したのなら『別人』だ。誰がどう言っても、今のカミキヒカルに罪はない。与えるべき罰もない。転生なんてしても関係性は連なってはいけない。

 

 だからカミキヒカルを黒川あかねがどうにかする必要がない——。

 今のカミキヒカルは別人であり、他人であり、全くもって無関係な人物なのだから。

 

 

 

 でも、それは『星野アクア』と『雨宮吾郎』の関係性も否定することになる。

 彼が溢した思いを、私は真正面から全てを否定してしまう。「転生なんてありえないんだよ」って突きつけるような物だ。彼の感謝を蔑ろにしてしまう行為である。

 

 

 

 ——だったらやるしかないの? 

 ——『嘘』みたいな全ての絵空事が『本当』だとしたら。

 

 

 

「あるはず……どこかに……」

 

 

 

 やらなくていい理由が——。やってはいけない理由が——。

 そうだ。カミキヒカルが転生したんだから顔も声も全部違う。世界のどこにいるかも分からない子供を見つけて『復讐』するなんて土台無理な話だ。

 

 そう。見つけるなんて無理なんだ。時間の無駄なんだから、やるだけ無意味。そう受け入れて納得しよう。

 

 自分にもそう言い聞かせようとした時——。

 私の目の前には『黒川茜』が殺意を秘めた眼で幻出していた——。

 

 

 

《アクアくんも納得しようとしてたんだよ。復讐なんか忘れていいのかって。アナタに委ねたんだよ》

 

「そ、れは……」

 

《それをアナタが取り上げた。だからアクアくんは復讐を完遂した。だったらアナタもやり遂げなきゃ》

 

「そう、だけど……」

 

《復讐と向き合わなきゃ。カミキヒカルは生まれ変わったんだよ。否定する材料はないでしょ。神様から転生への証言があって、証言を確定させる実証がある。アクアくんっていう雨宮吾郎の生まれ変わりが》

 

「それには決定的な見落としがあるよ……そんなことも分からないの?」

 

《ないよ。賢いアナタなら分かるでしょ》

 

「あるはずなの! どこかにっ!!」

 

 

 

 こんな事をしてはいけない理由があるはず。『復讐』なんて続けたら、どうなるかなんてそれこそ分かりきっている。

 繰り返すことになる。私がカミキを殺したとしても、カミキが生まれ変わらない保証はない。また生まれ変わってるかもしれなくて、またアクアくんの『復讐』を駆り立てるかもしれない。その連続を続けていく。いつ終わるかも、そもそも終わるかさえ怪しい『転生』という最凶最悪のピースがあるせいで。

 

 

 

 だからどこかで納得しないといけない。妥協しないといけない。

 でも否定することはできない。君の『復讐』は無駄だという否定を肯定しないといけない。

 

 

 

 そうじゃなきゃ……誰も、何も……救われない……。

 

 

 

《ダメだよ。『復讐』なんて蔑ろにしたら。今度こそアクアくんの全部を否定するよ》

 

 

 

『黒川茜』の言葉は、私の心を少しずつ戻らない亀裂となって深く差し込まれていく。

 

 ここで無理矢理納得して諦めることは簡単だ。むしろそっちのほうがずっと望ましいに違いない。

 生まれ変わってしまったんだから、もう知らない他人だ。どこかの誰かだ。そう納得すれば楽になれる。

 

 

 

《それもダメだよ。生まれ変わったら他人だなんて『雨宮吾郎』を否定することになるよ?》

 

 

 

 逃げ道がない。行く先がない。黒川あかねに選択肢はない。誰がどう言っても、誰がどう止めても『復讐』を果たさないといけない。

 君が記憶を思い出し、知ってしまう前に。今度こそ君の命と心が守って支えるために、私自身のすべてを捧げてでも、君とカミキヒカルが接触する前に絶対に私だけがどうにかしないといけない。

 

 

 

《憎しみに駆られるだけでいいんだよ。アクアくんの復讐と安息を無為にした私とカミキはノウノウと生きてちゃいけない》

 

「……復讐は終わったんだよ。こんなことを続ける必要なんて……」

 

《何一つ終わってない。それどころか始まってもいない。今度こそアクアくんの全てを受け入れるために、アナタが『復讐』を果たさないといけない》

 

 

 

 だけど、どうやって果たせばいいの——。

 手がかりなんてない。どこにいるのかも、どんな顔をしているかも全く知らない。情報なんて何一つない中、どうやって『転生したカミキヒカル』を探し出せばいいの。

 

 

 

《アナタなら分かるでしょ? アナタしかできないんだよ》

 

 

 

『黒川茜』が私の首を捻り切るように、無理矢理に闇へと向けさせる。

 そこに静かに佇むのは私が再現したアイさんだ。アイさんの意識を使えば、生まれ変わった『カミキヒカル』に近しい雰囲気を機敏に感じ取ってくれて、何も知らない状態より遥かに探しやすいだろう。

 

 でも無理に決まっている。どうやって見つければいい。

 アクアくんの時と違って、アイさんの活動歴やDNA関係などから足取りを追うこともできない。完全に一から探す必要があって、そんなのは砂漠の中から針を探すほど不可能にも近い。

 

 それこそ何らかの偶然か、運命のように目撃しない限り——。

 

 

 

ーーーーー

『次のニュースです。児童虐待による報復か。杉並区在中の夫婦が死亡しました。犯人である夫婦の息子は『勉強しろと体を殴られた。ベランダで夜を過ごした』と涙ながらに訴えております。この件に関して近隣住人は児童相談所にも何回か問い合わせがあり、この事態を教育委員会や自治体は……』

ーーーーー

 

 

 

 私の中のアイがざわめいていた。あれが、あの息子が『カミキヒカル』だと。

 ニュース番組で『児童虐待』の被害者でありながら加害者という形で報道されているが、僅かに映った表情と浮世離れした雰囲気から『カミキヒカル』だと確信した。

 

 でもニュース番組を見る限り、今のカミキヒカルは被害者としての側面が大きい。

 だったら生まれ変わって、今度は真面目に生きていこうとしてるのかもしれない。今回の殺害だって正当防衛と考えられ、情状酌量の余地ありと処理されることになるだろう。

 

 なら『復讐』をする理由がない。

 彼はしっかりと罪を精算したから生まれ変わったんだ。だったら与えるべき罰なんてあるはずがない。

 

 

 

《気づかないフリしちゃダメだよ。よくニュースを見て》

 

 

 

 割り切ろうとしたけど、それを『黒川茜』が許しはしない。目を逸らしていた部分へと意識を向けさせられる。

 

 

 

 テレビに映った僅かな横顔は『笑っていた』——。

 自分が『被害者』であるという立場にほくそ笑んでいた——。

 

 それはカミキの殺害が計画的であることを意味している——。

 だったら計画的な殺戮は、また次の死体を積もうとするだろう——。

 自分の罪を有耶無耶にしながら、周囲を血を染めていくだろう——。

 

 

 

 あいつは放っておいてはいけない——。

 またカミキは殺しに来る。大切な存在をこの手で殺めるために——。

 

 許しちゃいけない。報いを与えないといけない。

 恨みを、憎しみを、全部ぶつけないと、君は報われない。

 

 

 

 

 

 ドクン、と心臓の脈打つ鼓動が逆流しそうな苦しさを覚えた。

 ドクン、と巡る血脈が『憎しみ』が込められて身体を巡る。

 ドクン、と少しずつ『黒川茜』の影が変わっていく。

 

 

 

 

 

 ——オレにとって、演じることは『復讐』だ。

 

 

 

 

 

 その影は確かに『星野アクア』の形となり、あかねは影に吞み込まれた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 最後に彼女は、星に願いをかける。

 

 

 

 あらゆる望みの総てを叶えたら、果たせたら——。

 

 

 

『■■■■■■■■』——。

 

 

 

 でも、どうやら総ては叶わない。

 私はどうなろうと構わないのに。

 

 

 

 叶わないならば——。

 

 

 

『■■■■■■■■』——。

 

 

 

 

 

 

 星は砕け光る。

 

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