【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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あー! 最新話の展開、困らないけど困りますわー!! 疫病神、有馬達と面識ありそうだったんですのー! というより、求めるパーツの半分と駄々被りですわー! 早く第四十話まで投稿して後書きで「後付けじゃない!」って言い訳がしたいですわー!

あと疫病神ちゃん「芸能は私の司るところじゃない」(ウズメじゃない)と「月の光と〜〜」からして、前回出したアマテラス(ツクヨミ)要素が多くてゲラゲラ笑ってたり。


★第三十六話★ 《夢幻泡影》

 舞台全体が鳴くような歪みが刀鬼を中心に共鳴する。

 抗うために踏み出した鉄錆のように重く儚い一歩は、たったそれだけで砕けて消えてしまいそうなほどに危うい。

 

 

 

 違う——砕けて消えてしまいそう、じゃない。と有馬はすぐに直感し、その在り方について悍ましく正しい表現をすぐに見つけ出す。

 

 

 

 ——『砕けた瞬間に無理矢理紡いでいる』ということを。

 

 

 

「【退けブレイド。姫のことをこれ以上口にするな】」

 

 

 

 見上げる瞳に、その場にいる誰もが目を奪われた。

 

 漆黒の星——。あえて別の言い方をするならば『黒い光』だ。

 光の定義から逸脱した失意と絶望と狂気を孕んだ瞳の輝きに、会場全てを呑み込むほどの異様な雰囲気を纏っている。

 重力のように否応なしに漆黒に引き摺り込まれ、舞台も、観客も、シナリオも全ても『刀鬼』という役柄を通して放出される『影』に呑み込まれていく。

 

 深海に溺れるような息苦しさと闇が一点の希望も許しはしない。

 漆黒の星は、永久に広がる星海のように少しずつ『影』が侵食してくる。

 

 異質、異常、異変——。どんな言葉でも陳腐にしかならない。

 それほどまでに今の『■■■■■(星野アクア)』は常軌を逸した状態になっている。

 演技でもなんでもない。その心の中で宿し、育み、芽生えた『星野アクア』が『■■■■■(星野アクア)』の人格を侵している。悍ましく、恐ろしく、忌々しい自分自身を捧げるために。

 

 

 

「ブレイド! 今すぐ下がりなさい!」

 

 

 

 カッコつけた言葉なんて口にしてられない。ゲネプロの段階で予定していたセリフなんてありはしない。ここからは台本崩壊のアドリブで対応するしかなく、頭を冷やすために有馬は退路を選んだ。

 

 

 

 ——だから言ったのよ、あかね。

 

 ——「アクアとは付き合わないほうが身のため」って。

 ——「あんたのことは異性じゃなくて今も昔も『黒川あかね』として見てる」って。

 ——「もっと自分を出して演技してくれないかしら」って。

 

 

 

『今ガチ』で共演した時からずっと懸念していた。

 あかねがアクアのことを思い出してしまったら、前の世界で『あのガキ』に唆されて生み出した『■■■■■(星野アクア)』が出てくるんじゃないかって。

 

 だから可能な限り、あかねにはアクアのことで思い詰めないように何度か口にしてきた。遠回しに「あかねの演技は間違ってる」と。

 

 

 

 …………

 ……

 

『だってそこまでしないとキャラの内面分からなくない? そういう性格になったのだと家庭的な問題とか、周囲に合わせようとした分厚い仮面みたいな……』

 

『いやいや!? そこまで普通はしないわよっ!?』

 

 ……

 ……

 

『ともかくキャラの深掘りなんて程々が一番よ。根掘り葉掘りやるやつなんて熱狂的な狂信者か、考察と妄想を履き違えたピーターパンか。どちらにせよヤバいやつよ』

 

 ……

 ……

 

『……とりあえずそんなところよ。もっと自分を見返しなさい』

 

 ……

 ……

 

『そうそう。そうやって自己を貫きなさいな。じゃないと、せっかくの『真っ向勝負』の意味がないもの』

 

 ……

 …………

 

 

 

 デート中も稽古の最中も舞台裏でも大真面目だったのよ、こっちは。

 楽しむ余裕も煽る余裕も全然なくて、アンタがいつ何かのキッカケで暴走するんじゃないかって気が気じゃなかった。遠回しでも忠告を何度もしてあげて、アンタの意識がアクアに染まらないように注意してきたのよ。

 

 

 

 ………

 ……

 

『だから忠告。くれぐれも『星野アクア』として『黒川あかね』に接触しないようにね』

 

『…………なにそれ』

 

 ……

 …………

 

 

 

 ルビーにだって忠告するほどにね——。

 まあ二人は宮崎の一件で解消されたようだから、少なくともルビーについて心配する必要は多分ないと思うけど。

 

 だけど、その努力と献身は無駄に終わったみたい。あるいはどこかで間違えたか。

 何にせよ私は向こう見ずで、配慮が足りないから見落としがあったかもしれない。失言でも口にしていた可能性だって十分にある。

 

 

 

 …………

 ……

 

『アクアくん。もしお母さんが死んじゃったらどうする?』

 

 ……

 …………

 

 

 

 それこそ前の世界でアクアに口にした禁句のように——。

 本当私は自己嫌悪したくなるほど周りが見えてない。鳥頭じゃないんだから何度繰り返せば気が済むっての話。

 

 でも、元々アクアがやっていた『刀鬼』役を抜擢された時点でこうなる運命だったのかもしれない。

 もちろんその可能性については考慮はしていた。だから無理して渋谷クラスタの居残り稽古を影で見守っていた。

 

 だけど今世の私は新人だ。元とはいえ天才子役という立場がないから、お上様に対して口うるさく言う事はできないし、聞き入れてくれない。キャスティングの段階で何とかあかねを刀鬼から離すことができればこんな事は起きなかっただろうに。

 

 

 

 ——本当私はダメだ。いつも遅い。遅すぎる。

 ——アクアの復讐に気づくのは終わってから。

 ——私の心ない発言でアクアのトラウマを、アイの死を刺激してたのだって気付いてないんだもん。

 

 ——本当あかねはムカつく。いつも気づくんだから。

 ——アクアの復讐に気づいて支えてあげて。

 ——私の心ない発言でアクアのトラウマを、アイの死に寄り添って受け止めて守ってくれてた。

 

 

 

 有馬かなはいつも遅い。黒川あかねはいつも気づいていた。

 ムカつく。イラつく。妬ましくて羨ましい。あかねに対しても自分自身に対しても。

 

 そうやって私が欲しかった物を全部先取りしていく。

 天才役者としての名声も。アクアとの恋路も。アクアの悩みとかも全部全部あかねが先に手にしていく。

 

 羨ましい。本当に羨ましい。

 アクアとのデートはどうだったの。パフェとか食べたり、スイーツビュッフェに行ったり、ペアルックとかもしたり、果てには家に何度か上がってご飯もご馳走したそうじゃない。

 

 その後は一晩お楽しみだったのかしら? 

 知ったことじゃないけど、そうだとしたらズルい。ズルくて涙が出てきそう。

 

 

 

 ——本当私って自分勝手。吐き気がするほど自分が可愛いのか。

 ——そうよ。だから私だけ置いていかれた。

 

 ——ルビーもあかねもアクアのためを思って壊れてしまった。なんて献身的で人情が溢れているんだろう。

 

 ——私だけ、アクアのために壊れることができなかった薄情者。

 

 

 

 本当は私だって、死にたい思いを何度だって抱え込んだわよ。

 何度自分の首を吊ろうと、何度東京湾に身を投げ出そうと、何度自分の手首を切ろうと、何度薬を過剰摂取しようと、色々考えまくったわよ。

 

 でも考えるだけで怖かった。理由なんて些細なことで、死ぬことが単純に怖かった。

 ルビーの冷たさを感じ、私も死んだら『ただの物』になると理解してしまったら、死ぬことは怖くて馬鹿馬鹿しいことだって思ってしまったんだもの。正直ルビーの死なんて悲しいことではあるけど、心の奥深くでは「馬鹿なことしてんじゃないわよ」と悪態をつく残酷に見放してしまう薄情者な私がいる。

 

 なんでアンタ達はそんな思い詰めて命を投げ出すことができるの。まるで私のアクアに対する思いが『嘘』みたいだと扱われてるみたいでムカつく。ムカつくしかない自分自身にイラつく。

 

 

 

 だから羨ましくて妬ましい。

 アンタ達二人は死を持ってアクアへの想いを証明して見せたんだから。

 

 私はどうやってもアクアに対して返すことも、償うこともできない——。

 だって私は何も知らなかったんだから、今更どの面下げて歩み寄ろうって話よ。私は本当にアクアのことなんて何一つ知らなかったんだから。ルビーのことだって一欠片ぐらいしか知らないんだから。

 

 それこそ、ルビーとあかねしか知らない『アクアの前世』だって、前世があるのを知ってるだけで『どこの誰か』までは未だに知らないくらいに。

 

 

 

「《……最後の意地ってやつだろ。受けて立ってやる》」

 

「はぁ!? 何やってんの、このアホブレイド!」

 

 

 

 なんて思考が有馬の中を巡る最中、姫川大輝はブレイドとして立ち向かうことを選択した。

 

 刀鬼の激昂と慟哭に真っ向から向き合う事を選び、その刀と刀を重ね合わせ、あかねの暴走を『東京ブレイド』の舞台における『最後の戦い』へと昇華させることを選択した。

 

 役者同士、言葉なんかなくても動きだけで何を思い、何を考え、何を伝えたいのかなんて演技を通すだけで相互理解できる。特に欠けてる物を補おうとする姫川なら尚更だ。

 

 今のあかねは泣いている。鍔迫り合う刀の響音が、癇癪を起こした子供のように泣き喚く痛々しさがある。

 失意と怒りと絶望を放つ眼光は、ぶつけどころのない心の膿を噴き出すように視点が定まらずに周囲に当たり散らす。

 

 

 

 だけどそれ以上は分からない。演技を通すことで言いたい事を理解できる姫川であっても、今のあかねは何を言いたいのかが分からない。何重にも揺らぐ異質な『影』が、あかねの心の造形を歪にさせていく。

 

 だというのに『演技だけは崩してない』というのに、姫川は驚きを隠せない。

 感情演技の振れ幅も台詞も予定とは明らかに違うが、台本が求める『ストーリーの軸』からは逸脱しない程度には忠実。骨の髄にまで染み込んだ役者としての意地と仕事人っぷりが滲み出ている。

 

 だとすればそこが狙い所であり、同時に時間制限でもある。

 台本を意識できるくらいには、心のどこかで僅かに『黒川あかね』としての意識が残っている。その足掻きを強引に『刀鬼』という演技に重なることで『影』が覆い隠しているとすれば『舞台が終わるまでは黒川あかねの意識は無事である』ということを意味してもいる。

 

 ならば不思議なことがある。『影』は『自身の形を映す』ものだ。しかし『影』の形は黒川あかねではない。だとすれば『他の誰か』を映した『影』ということになる。

 だが刀鬼は所詮は『東京ブレイド』という作品の登場人物。『(フィクション)』でしかない以上は『影の主』になることはできない。

 

 あの『影』は怨嗟の塊だ。慟哭の象徴だ。

 自分自身を絞め殺す毒であり、あの『影』を何としてでも引き剥がさないとあかねはきっと戻ってはこれない。

 

 

 

 そこで姫川は推測し、瞬時に感じ取る。

 黒川が演じる『影』は刀鬼という役を軸に幻出されている『誰かの影』ということになり、その『影』の正体はきっと——。

 

 

 

 思考が重なる中「それでもおかしいな」と姫川は疑問に思う。

 想像する通りに『影』の正体が『星野マリン』だとしても、姫川が思い浮かべるマリンと『影』は似てはいるが完全に一致はしない。半分ほど重ならず、さらに不思議なことに足りないもう半分は『星野ルビー』を思い浮かべれば満たすことができる。

 

 

 

 ——どういうことだ。フィクションなら『一心同体』とか『融合』みたいな単語であれば解決できるが、生憎とここは現実。不可思議は本やテレビや、それこそ姫川達が今いる舞台の上にしかない。

 

 そんな不思議で素敵で不敵で不可思議なことは、自由で気楽で苦楽で不自由な世界には存在しない。

 

 

 

「【貴様如きにオレの気持ちが分かるか】」

 

「《分からねぇな。何も言ってないんだから》」

 

 

 

 姫川だって、ただ胡座をかいて劇団に居座っていたわけではない。何度もララライの稽古をこなす事で、マリンもあかねの人柄は手に取るように分かる。付き合いでルビーのことだって知っている。

 

 全員揃って役者特有の負けず嫌い。柔軟な考えを持ってるようで、実は意固地な部分もある子供達。

 

 マリンは最初はやさぐれ気味に悪態をついて、少しでも精神を逆撫でするようなことがあれば喧嘩常套、ノックアウトするまで口論を始める負けず嫌い。

 

 ルビーは直情的なのに寛容的。多少馬鹿にされた程度なら「辛辣ぅ~~」とかで受け流すが、度を越えたら思ったことはすぐに言葉にして喚く。

 

 黒川なんて怒り方自体を知らないから、いつも頬を膨らませて視線だけ抗議してくる口下手でもある。

 

 高校生とはいえ、この歳になってまでそんなことするか? と思うほどに気が抜けない連中だ。

 三人とも秀でた才能を持つ化け物であることを除けば、どこにでも普通の高校生だと笑ってしまうくらいに。

 

 

 

 ——そんな連中くらいだと思ってたんだけどな。どうやら一癖や二癖程度じゃ可愛く見えるくらい曲者揃いだったらしい。

 

 

 

「《なら語ろうぜ。今度は刃じゃなくて口でな》」

 

「【姫を殺めたお前たちに語ることは……ないっ!】」

 

 

 

 絶望と怒りと癇癪の一閃がブレイドの刀を押し込む。

 だが既に満身創痍の現状では、刀鬼の足掻きは成長したブレイドに及ぶわけもなく贋作の刀は弾き飛ばされる。

 

 元々このシーンは原作でも『戦闘』ではない。死に場所を求めて刀鬼の懺悔と航海を巻き散らすだけの傷を抉ることしかできない痛々しい場面だ。

 鞘姫の死に、刀鬼は少しでも報いろうと戦いにしがみつき、食らいつき、這ってでも己の無力から目を逸らそうとする。絶望から振り切るように、現実から逃げ出すように心の弱さを露呈させていく。

 

 

 

 ——いわば『生き恥』というやつだ。

 

 無様に滑稽に、みっともなく戦場で暴れるしかない子供の我儘。

 自分でも理解できず、激情を振り撒くしかない児童の癇癪。

 

 

 

 普通ならそこまで狂う必要はない。忠義に全うするなら鞘姫の願いを受け入れればいい。クラスタ抗争を終息させ、統合されたクラスタにおいて反発する渋谷クラスタを収める一員として。

 

 何故それができない。刀鬼だってそれが一番正しいことだと、それが一番合理的だと頭では理解できている。

 

 でも納得なんかできない。遺言に殉じて生き続けるのは刀鬼にとっては拷問にも等しい。

 鞘姫がいない世界なんて死に続けるだけの日々でしかない。目覚めは残酷な現実を突きつけ、眠りは戻れない日々へと想いを馳せるしかない。

 

 

 

 鞘は刀があるからこそ満たし——。

 刀は鞘があるからこそ還れる——。

 

 

 

 二人にとって、満たし還れる場所とは何処か。

 答えはない。正確に言うならば『必要ない』といったほうがいい。

 

 見上げれば迷い人を指し示す北極星のように、二人が寄り添える場所そのものが、二人にとっての還る場所。満たされる場所。

 

 

 

 地獄の奥底だとしても——。

 荒野の最果てだとしても——。

 宇宙の終点だとしても——。

 

 

 

 二人でいられるなら、喜んで手を取り合って死に果てることも厭わないのに——。

 

 

 

 人はそれを『愛』と呼ぶ——。

 同じ時間、同じ飯、同じ景色を共有できる者同士。

 

 

 

 故に『平穏』を望んでいた。それが二人にあった思いの根底。

 いつまでも二人で一緒に、愛を繋いで行ける時間が欲しかった。

 

 エゴだろう。エゴイズムの象徴だろう。

 その『我儘』のために、刀鬼は感情を剥き出しにする。

 

 

 

 その刀鬼の気持ちと『影』の気持ちは重なっている——。

 それが慟哭となり、怨讐となり、別人格(オルター・エゴ)として確立された『影』——。

 

 

 

「《こんなもんか。お前のアイツに対する思いは》」

 

「【お前が……鞘姫を語るなっ!】」

 

 

 

 まあでも大事な『弟分(マリン)』と『妹分(黒川)』のためだ——。

 兄貴分として人肌脱いで頑張ってやるとするか——。

 

 頭を一つ撫でてからデコピンでもして説教してやろう。打ち合わせのしてないアドリブなんてやるんじゃねぇ、って。そうして黒川は「姫川さんにだけは言われたくない」って不貞腐れてくれるだろう。

 

 そして土下座でもさせて、高い焼肉を要求してやろう。ララライ全員分を奢らせて素寒貧になった財布を見て寂しそうに「ギャラがもっとあれば」と文句を垂れる黒川を見て笑ってやろう。

 

 それで全部『水』にして流してやるからよ——。

 

 

 

(《さあ——。もっと語ろうぜ——》)

 

 

 

 姫川はブレイドの演技に乗せて伝えようとする。

 彼にとって、演技は『会話』なのだから。演技を持って黒川あかねと向かい合うことしかできない。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「ねぇアクア……あれって……」

 

「ああ……間違いなく『俺』だ」

 

 側から見たら、自分が『他人を演じる』ということの恐怖を私はその身で感じ取った。

 表情も瞳も仮面でも付けてるかのように不気味だ。顔は本人そのものなのに、そこから発せられる感情の唸りや流れが全て淀んでいる。それが歪となり、歪さはより一層仮面を厚くして淀みをより深く、より黒く、より強く広がっていく。

 

 あれが私がなろうとしていた『星野アクア』の模倣——。

 いや、あかねさんのことだから再現や降臨とか、もっと完成度が高いものに違いない。

 

 片鱗でも、断片でも、その心にアクアを抱え込もうとした私だからこそ分かる。

 あかねさんは吐きそうになっている。泣きたくて仕方ないし、壊れたくて仕方ない。それを『復讐』なんていう義務感で紡いで生み出し続けている。膿みたいに気持ち悪く。

 

 

 

「すごい……あかねくんの演技……!」

 

「原作でもここまで深堀りされてないのに……」

 

「でもなんか痛々しくない……? あの演技……」

 

 

 

 あまりの異質さに、一般客の声も聞こえてしまうほどに騒めいてる。

 私が遠目から見ても『黒川あかねが、刀鬼を通して、星野アクアを演じる』という何重にも重なった深淵の底を感じ取れるんだ。

 観客ならその上辺だけでも感じ取れてしまっても無理はない。というか、それを『理解させられる』という事が強制できるほどに、あかねさんの演技力は異質なんだ。

 

 でもあの演技を続けたらまずいことも分かってる。

 だって、私はもっと雑な出来で壊れそうになっていたんだ。あかねさんだから何とか保っているだけで、今この瞬間にでも心が壊れてもおかしくはない。

 

 

 

 何とかしたい。助けてあげたい。でも何もできない。

 

 だって私達は舞台の上にいない。ただの『観客』だ。無責任で無遠慮な観客でしかなく、紡がれ続ける話の傍観者にしかなれない。例えそれが『星野アクア』であったお姉ちゃんでも例外じゃない。

 

 

 

 ——お願い、姫川さん。

 ——お願い、ロリ先輩。

 

 

 

 どうか、あかねさんを助けてあげてください。

 私みたいに本当になれないなら、嘘にもなれないように『代わり』なんていう自己犠牲と我儘を貫くことの無意味さを知らせたくないんです。

 

 

 

 ——今一度だけ、星に祈ります。

 ——姫川さん。有馬(・・)先輩。どうか、あかねさんを助けてあげてください。

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 

 何故か、私に祈りの声が届いた気がする。

 少しだけ視線を観客席に送る。もっと言うなら関係者が座る席へと。

 

 そこには不安げな顔で舞台を眺めるアクアとルビーがいた。

 

 てか、遠目から見ると見た目だけならクールなアクアの顔で祈るから、ギャップ萌え感覚でルビーが可愛く見えちゃうじゃない。

 

 そしてアクアも鳩が豆鉄砲を食ったように驚いてるし。アイツがあんな何も考えられないと言わんばかりにマヌケ面を見せるなんて珍しいわね。

 

 

 

 ……それだけ不安ってことなんでしょう、アクア。

 そんな顔されたら、どうにかしないと思っちゃうじゃない。

 

 

 

 ——安心しなさい。今のあかねは私の『彼氏』よ。

 ——例えビジネスカップルでも、アンタの元カノを放っておくわけないでしょ。

 

 ——彼氏彼女なんだから、見殺しにするわけないでしょうが。

 

 

 

「《ブレイド——。私も力を貸すわよ》」

 

「《男同士の意地だ。手を出すな》」

 

「《意地ならこっちにだってあるわよ》」

 

 

 

 覚悟を決めなさい、有馬かな——。

 今の私は傍観者じゃない。何も知らない共演者じゃない。

 

 あかねの影は『消すことはできない』ものは分かってる。

 残酷なことに『太陽』は照らすだけで『影』は消せない。強く輝けば輝くほど、影はより濃く、より強く、より悍ましく晒されるだけなのだから。

 

 そもそも『影』は消えることはない。影とは常に寄り添うもの。地を見て俯くときに、映し出す自分自身の弱さの証明。

 

 だけど、顔を上げれば影は簡単に振り払えるでしょ。なら簡単な話じゃない。

 だったら見たくなるほどの輝きで、影を照らしてやろうじゃない。アンタの影を「だからどうした」って感じで偉そうに、女王様のつもりで踏み潰してやろうじゃない。

 

 

 

 それでアンタに私を見させてやる——。

 影なんか見てる余裕なんてないほどに——。

 

 

 

 難しいことは分かってる。困難であるのは大前提。

 けれど、そういうデカい目標がないとモチベが上がらないのよ。『役者』っていう厄介な生き物は。

 

 

 

 ——だって私は『天才役者』よ。自惚れや自称かもしれないけれど。

 ——付き合ってあげるわ。一応彼女なわけなんだし。

 

 

 

 ここからが刀つるに設けられた『20秒』——。

 この時間にすべてを込める。すべてを出し尽くす。すべてを見せてやる。

 

 

 

 吠えてやるわよ。太陽みたいに我儘に。

 叫んでやるわよ。太陽みたいに身勝手に。

 

 

 

 だから見ろ——。

 もっと、私を見ろ——。

 

 

 

 

 

 

「私にも、一発ぐらいやり返したいって意地がっっ!!」

 

 

 

 

 

 私を見ろ、黒川あかね————!!

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