【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
振り返るまでもなく、あかねは触れた温かい手の正体を知っている。
あかねの中で再現されたアイ。闇の奥底でずっと佇み、あかねをずっと見定めるように待っていてくれた。何を問うわけでも、何を戒めるわけでもなく、ただ迷っていたあかねが答えを出すまで静かに待ち続けていてくれた。泣きわめく子供を見守り続ける母親のように。
「……なんで私を突き詰めなかったんですか? アクアくんを助けられなくて、ルビーちゃんも守れなくて……」
『私さ、年頃の子の悩みって全然分からなくてね。ほら、私ってあかねちゃんが言う通りのアレじゃん?』
自分の中で再現されているから、やはりある程度のパーソナリティは共有はされている。
だからアイが口にしているのは、プロファイリング中に言った「発達障害の傾向」とか「教育レベルは低め」とか、まあ客観的に見なくても暴言に等しいことを言及している。
そこを突かれたら例え自分で再現したアイであろうと反論の余地がでない。あかねだって決して根が全部善良というわけではない。
人並みには嫌味なところが見え隠れがする時もあるし、人並みには暴言や失言を溢すこともある。
それこそ等身大のアイが実は清純でもなければ、ずるくて汚くて、人を愛することも分からない廃れた女の子だったように。人は誰しも純粋で綺麗に動けるわけじゃないのだ。
「……ごめんなさい。あれは私なりの整理方法というか……」
『いいよ、事実なんだから。実際高校にはロクに行けてない身だったし』
アイは16歳で妊娠、出産を経験している。妊娠期間は教育機関に通えず、出産後も子供の面倒と芸能活動を第一にするという生活をしていたから高校は中退せざるを得なかった。そのことはあかねはプロファイリングなどといった専門的な知識を通さずとも十二分に把握できた。
表層面だけでさえそれくらい分かりきっている。あかねがプロファイリングしたのは、その継ぎ接ぎだらけの『アイドルのアイ』としての感情の結びつきを補完するためのパーツだけ。つまりは『アイには隠し子がいる』という嘘つきのアイが、最後まで隠し通そうとした本当のこと。
そういう掴みどころのない非常識さ、非凡さが、分かりやすくアイを『アイドル』とたらしめたからこそ、あかねはここまでの完成度を誇る人格を再現することができた。
——それだけアイの外面は『嘘』まみれだった。
——何が本当で、何が嘘かも分からない、世間が崇拝した『
——そんな『嘘』まみれの外側でも、内面に眠る叫びや願いさえも理解できてしまうほどに、彼女は『
『今の私もね。当然『前の世界のアイ』にしか過ぎない。今を生きている『星野アイ』とは当然別人。アクアとマリンと同じで、近しいようで最も遠い別人』
だから、その言葉はあかねの中で再現された紛れもない『アイドルのアイ』として本音である。
あかねにとっての都合のいいアイではない。あかねの中で燻る自己を殺しかけない罪悪感を知らぬ存ぜぬをしているアイではない。全部受け止めたうえで『偶像』という役割を持ったままの『
『私はさ。今の私みたいに『子供が大人になる』ことを知らないんだ。アクアがルビーがどんな大人になるのか見届けることができなかった、どこまでいっても『アイドル』止まりの母親になりきれないアイが私なんだ』
当然だ。アイが死んだの二十歳になるライブ当日だ。
その時はまだアクアもルビーも3~4歳ほどだ。事情を知っている今の星野アイとは違い、アイドルのアイはただ聡いだけの赤子だと思っていた我が子。どんな大人になるのか夢想していた時期。
それは例え事実確認をしていても、あかねの中で生み出された『アイは子持ちである』という部分の根幹は『設定』にしか過ぎない。
だから、あかねの中にいるアイは母親ではない。母親になり切れない。どこまでも行っても世間一般的に認知された『
『だからそういう意味では……羨ましいし、妬ましいよ。『アイドルのアイ』は『星野アイ』に嫉妬している』
口に出さずとも『なんであそこにいるのが私じゃないんだろう』という気持ちがアイから滲み出るのを、あかねは感じ取ることができる。
自分の中で再現したのだから当然だ。その感情がどれほど強く妬ましく、羨ましく、哀しそうなのか直に知ってしまう。
その妬みは正当性がある。その哀しみは正当性がある。その望みは正当性がある。
彼女は声高らかに叫んでいい。泣き喚いていい。嘆いていい。彼女にはその正当な権利がある。
それでも——彼女はどこまで行っても漏らすことはしない。本音だけは漏らそうとしない。
どこまで行っても『
『でもね。あかねちゃんのおかげで、そんな未練なんてもうないんだ』
この人は器用なくせに不器用な嘘をつく。今紡ぐ言葉は紛れもなく嘘だ。純度100%の嘘だ。
あかねとアイの間に本当も嘘も存在しない。口で紡ぎ、心に浮かんだ瞬間には通じ合える特殊な関係。再現された存在なのだから、主人であるあかねが測ることなど知ろうと思えば造作もない。
未練なんてあるに決まっている。むしろ未練しかない——。
『君が小さい頃からアクアとルビーに会ってくれて、ヒカルくんの殺人計画の阻止も手伝ってくれたおかげで、私はあかねちゃんの中で大きくなる二人を
今にも泣きそうな言葉で彼女は語る。口から出任せと書いて、アイは『
あかねの中にいるアイはどこまで行っても『
本当は口にしたいことがある。綺麗事を並べただけの夢だけじゃなく、もっとあかねに言いたいことがある。
『ランドセルも入学式も見れた。授業参観は映像だけど見せてもらえた。「ルビーのママ若すぎない!?」って驚かれてる『星野アイ』が自分事みたいに嬉しかった……まあ自分なんだけど』
笑ってる。悲しそうに笑っている。それはそれで本音だということを分かってる。
でも、その奥底にある未練を彼女は口に出そうとしない。言葉にしようとしない。
『それにアクアがピーマンや春菊が嫌いだったのがビックリ! 私もかなり偏食家だから好き嫌いはどうも言えないけど、あんなに子供っぽいアクアとかお腹痛くなるくらい笑っちゃう!』
「……それで終わりじゃない。まだアイさんは思い残したことがある」
『うん、あるよ。星野アイは欲張りだから。そりゃ色々と夢に見てたよ。アクアはどんな役者になるんだろうって。ルビーはアイドルになるのかもって。まあ今の世界じゃ、どうも二人とも目指すべき先が決まりきってないみたいだけど』
それが貴方の願いなのは分かってる。分かりきっている。聞きたいことはそんなことじゃない。
『もう、それで十分だよ。これだけあるなら十分。アイはあかねちゃんを許します』
だってさっきから『アイ自身の願い』を口にしていない——。
欲張りだのなんだの口にしておきながら『アクアとルビー』のことばかりで、アイとしての願いやエゴを一向に口にしない。
今なら口にしていいんだよ。思っていいんだよ。『
弱いところも、知られたくないことも、醜いところも、汚いところも、全部曝け出していいんだよ。私はそれを知ってるよ、受け入れるよ。
——だって、それが『星野アイ』が望んでいたことなんだから。
『口にしないよ。私は嘘つきだもん。何が本当で、何が嘘か分からないのが『愛を知らない
「……愛し方ですよね。嘘はとびきりの愛だから」
『うん。流石はあかねちゃん♪』
そうだった。この人は綺麗な嘘をつく。つけてしまう生粋の嘘つきだ。
考えるよりも先に、その場に沿った事を言う。何が本心で、何が嘘かも自分でも分からないまま。
——根本的に彼女は不信感を持っている。他人に、自分に、世界に。
——それでも心の奥底では『愛したい』という純粋な気持ちを抱いている。
やり方がわからないだけで。その対象が見つからないだけで。
誰かを愛したくて、愛したい対象を見つけたくて、アイは『
——カミキと肉体関係を持っても、愛なんか分からなくて。
——それでも母親になれば子供を愛せると思って。
…………でもアイは死の間際で、ようやく『母親』になれたのだから。
死ぬことで初めて母親になり、ようやく『星野アイ』となれたのだとしたら——。
再現された『
——だから彼女は『愛』を知ることはできない。知った時点でそれは根底の設定から破綻してしまう。再現されたアイの設定が。
——だから彼女はあえて口にしない。『愛』を知っていることを、知ったことを口にしてしまえば『アイドルのアイ』が消えてしまうから。
『アクアの復讐はマリンが贖うよ。でも、そもそもアクアの復讐が始まったのはどこから?』
そんなのは決まっている。前の世界でアイが死亡したからだ。
カミキヒカルを殺そうとしたのも、そのために自分の全てを削り落として間違った道を走り続けたのも、全てはアイさんが死亡したからだ。アイさんの望みも叶えようと、走りきって、燃え尽きて、その果てにアクアくんは『復讐』を終えた。
そんな『復讐』へと贖うために、君は今は悩み戸惑っている。
どこに行くべきかも分からず、どこに踏み込むべきかも分からない。何が間違っていて、何が正しいかさえも分からない幾多にも続く道の始まりで立ち止まって、踏みとどまって、今度こそ間違えじゃない道を歩むために頑張っている。
『アクアの考えそうなことはあかねちゃんなら分かるんでしょ? だったら私にも分かる。アクアが……マリンが最終的にどんな『贖罪』を選択するのかを』
「それは……」
分かってる。そういう結論にいずれ辿り着くだろうと、あかねは既に気づいている。
だけどその答えは口にすることはない。言ってしまえば、それは自分で考えて導いたことではない。だとしたら、それはもう『マリンがアクアに捧げる贖罪』にはならない。
だから今まであかねはマリンの『贖罪』を見守る選択しかできなかった。
だから今まで自分の記憶を取り戻すことを最優先していた。マリンの『贖罪』にとって、何かしら欠けてる物が発生することを薄々と勘付いていたから。
『一緒に地獄に落ちてでもアクアの復讐を見届けるなら、決して私のことを忘れないで。『アイドルのアイ』を『アイの死』を忘れないであげて。それだけでいいんだよ』
そうだ——。君の『贖罪』はきっと——。
アクアの『復讐』を曝け出すことだ——。
不器用で優しくてカッコつけな君。嘘を吐いて内面を見せようとしない君。そんな君が復讐に贖うためにが、奇しくもアイさんと同様の全てを曝け出す結論に至るのは分かっている。
でも、それだけじゃ『贖罪』にならないんだよ。
アクアの『復讐』に対して『贖罪』を果たすなら——。
アクアの『復讐』だけじゃなくて——。
君の『全て』を曝け出さないといけないんだよ——。
私の思考はそのままアイさんに伝わる。
アイさんはそれを理解すると、満足そうに微笑んで聖母のような愛しみを帯びた声色で告げた。
『お願いね。私が
——そして、アイが消えた。
——もう『アイドルのアイ』はどこにもいない。
…………
……
意識が覚醒した時、私は舞台の端で膝をついていた。
伊達に何度も舞台を経験してるわけじゃない。セリフなんかなくても、目が入る情報がなくても、周囲の雰囲気だけで『東京ブレイド』の舞台において今がどういう場面かを瞬時に把握することができる。
死に場所を求めて自棄になって絶望と慟哭を振り舞いていた刀鬼が、ブレイドとつるぎによって打ち倒された場面。
結局自分は何もできず、何も成せず、何も報いることなく、ただ気持ちを沈ませるだけのシーン。
今の私に表情を見せることは許されない。観客に今の刀鬼の心境を顔に出すことはあってはならない。それはクライマックスに対する冒涜になってしまうから。
それでも——役者でも何でもない『私』としての気持ちを素直に打ち解けないといけない。
迷惑をかけてしまったのだから、謝罪の意思だけは確かに伝えないといけない。他の誰にも気づかれなくてもいい。私の小さなエゴを。
——「ごめんね」と、私は一瞥だけ皆に向ける。気づかれないようにほんの一瞬だけ。
——だけどかなちゃんは気づいてくれた。「本当世話が焼けるわ」と呆れと安心感に満ちた表情を見せてくれた。
「《この子の『剣』は傷移しの鞘。自分が負った傷を配下に移し替えることのできる支配者の力》」
あまりこういうのは好きじゃないし、私が言う義理はないけど——。『終わり良ければすべて良し』の気持ちで今だけは切り替えないといけない。
今は舞台上。即ちビジネスの場である以上は私情は最低限にして演技を続けないといけない。今だけはもう一度、もう一度だけあの『影』に頼らないと私は『刀鬼』としてすぐに演じることはできない。
《——私とまた向き合うの?》
大丈夫。自分の傷口の一つや二つ、乗りこなすくらいじゃないとこの芸能界はやっていけないんだから。『黒川茜』だって私の一部だし、自分の罪ぐらい背負えなければ君の罪悪感に寄り添う資格なんてない。
今一度、心の中にある私の罪と向き合う。私が持つ罪悪感と決着をつけるために。
何もできずに君の復讐を完遂させてしまった無力な黒川あかね。それは今の刀鬼の心境と重なってもいる。
当たり散らして、泣き喚いて。悔しくて、悲しくて、情けなくて、ただ現実を受け入れたくない一心で壊れる選択肢しか残されず、それに甘えて何も考えずに道を踏み外した。
だけど奇跡が起きて、やり直しの機会をくれた。
どういう理由も理屈も分からないままだけど、ラストチャンスと言わんばかりに確かに時間が巻き戻った。
そしてその奇跡を確かに君は紡いで、繋いで、導いた。
客席に見える君の隣にいる『星野アイ』がその証明だ。それで君の復讐はなかったことになった。
それでお終いでも良かったのに。「めでたしめでたし」で本を閉じて、何食わぬ顔で平穏に生きても良かったのに、君は『復讐』を忘れずに贖罪の道を歩むことを選択した。君が抱える悍ましさを、虚しさを、苦しみも、狂気も、痛みも全部背負い込んで歩もうと強く意志で踏み出した。
——だったら私も戦わないといけない。自分の無力さに。
今度こそ『黒川あかね』として『私』のまま、アクアくんの復讐を、君の贖罪を手伝うために。支えるために——。
——私の中の罪悪感を、使いこなさないといけない。
「《この鞘の本来の使い方は——》」
使いこなさないと——。
使い、こなさないと……。
「《——こういう事だろう!!》」
…………無理だよ。
こんな痛々しい思いを、叶うはずがなかった願いを抱いて演技をするなんて。
強く、強く、切望と後悔を抱きしめて『刀鬼』としての感情を爆発させる。目覚めた鞘姫に対して、涙を溢して赤子が母を求めるように這いつくばりながらも近づいていく。
だけど、そこには私としての涙はどこにもない。私はどこまで行っても、骨の髄まで役者だからこんな器用な割り切り方ができる。
…………
……
『アクア凄かったね! 天才天才!』
『すごく気持ち悪くて良い演技だったよ!』
『子供に言う感想か?』
『本当に凄いよ! アクアならきっと——』
……
…………
瞬間、頭の中でアイさんの残滓が重なった。その残滓が現実か妄想か——。それは誰にも分からない。
これはいつかどこかあったことかもしれない。
もしかしたら生み出された妄想かもしれない。
けど、これが『本当』か『嘘』かはどうでもいい。そんなことは重要じゃない。
「《鞘姫……っ! 鞘姫っ!!》」
私にはこんな感情を乗りこなすなんて無理だよ。
こんな後悔を抱きながら、ずっと泣きたい気持ちを抑えながら、ずっと叶わない望みも夢想しながら、罪悪感で吐きそうになりながら、君はこの世界に飛び込んだというの?
そんなの——まるで『楽しくない』話だ。
分かってはいた。どんな気持ちで星野アクアが芸能界にしがみついていたのかなんて分かってはいた。『復讐』のために芸能界に居続け、500万という大金をドブに捨てるも同然にヤケクソにDNA検査を惰性でやり続け、本当はやりたくもない復讐に一度終わりがあると知った時には心底胸の錘を下ろしたに違いない。
だけど実際に追体験をして、同じ状況が重なってしまえば「分かるよ」の一言で容易く抱きしめることなんてできない。辛くて苦しくて、楽しいなんて一度も思ったことがないって知ってしまう。
だけど——それでも——。
私はこの痛みごと、罪悪感ごと、今度こそ君と添い遂げたい。
君が倒れそうになった時、君が挫けそうになった時、ただ側にいて手を差し伸べられるように。
——君が、あの日歩道橋から飛び降りようとした私を抱きしめたように。
…………
……
『いやぁ! 放して!』
『落ち着け! 俺は敵じゃない——。頼むから落ち着いてくれ』
……
…………
——今度こそ、どんなことがあっても私が君の味方であり続ける。今度こそ私は君のことを離さない。
——だから忘れない。私はもう忘れない。
——君の復讐を痛々しさを。君のアイさんに対する思いを。
——君の復讐が、どれほど常人には堪え難い道だったかを。
君はアイさんの言う通り『誰よりも凄い役者』だって、私は誰よりも知ったよ——。
——こうして『東京ブレイド』の舞台は幕を下ろすことになった。
「う〜〜ん! なんか色々すごかったね! あかねちゃんの演技なんか……すごい気持ち悪かったよ!」
「それが名優に対する感想か?」
「なんでだろう。名優って聞くと、あかねちゃんよりゆきちゃんの方が思い浮かぶのは……」
「私っ!? 私なんか女優から縁遠い存在だよっ!?」
まあ、兎にも角にも舞台が無事に終わってよかった。
良い意味でも悪い意味でドキドキしっぱなしで、心臓がバクバクと鼓動がうるさい。
だけどこの心臓は熱気と不安から入り混じった物ではない。本能的な期待による高揚感だ。
少し手を伸ばせば掴める。自分が求めていた物がすぐ側にあり、それに気づけと本能が叫んでいる。
「すごかったなぁ。東京ブレイドの舞台化」
「うんうん! メルトきゅんの演技もカッコよくて〜〜!!」
「でも私的にはちょっとなぁ。もちろん面白かったんだけど……なんかこう違和感なかった?」
「それちょっと分かる〜〜。姫川様と黒川様の戦いとか激ヤバだったけど、黒川様の演技が……なんていうか……もっと別のどこかにある」
「考えすぎだろ。エンタメはエンタメ。そういう表現だって理解してれば十分だろ。別に時事ネタとかで不謹慎なことをしてるわけじゃないんだし」
「そうだよねぇ。評論家気取りで作品の良し悪しを決めるファンとか、ただ作品に夢中な自分が好きなだけの自己陶酔家だもんね」
満足そうに去る観客たち。その顔には各々色々な気持ちが詰め込まれている。喜びも楽しみも嬉しさも込められた行進。一種凱旋にも近い一体感を纏った高揚感で観客たちは舞台を去っていく。
「いやぁー、あかねちゃんの演技はすごかったねぇ。鏑木ちゃんの推しに間違いなしってわけか」
「ええ、私も大満足です。主演陣だけじゃなく助演も作品を乱さず、高クオリティな演技をしてくれて……」
「原作者に褒められて一安心ですよ。ステージアラウンドを活かしながらも、あの濃密な『東京ブレイド』のクラスタ抗争を2時間30分の作品として起承転結をしっかりとしないといけなくて……」
「実写化作品もこれくらいのクオリティをやってくれたら文句ないんですけどね。思い返せば『今日あま』だって粗がなかったわけではないですし」
「それは難しいことだね……。こういう系統の実写化はノウハウもそうだけど、平坦で淡白で自然体の演技が求められるドラマとかで表現技法が異なるし……」
そんな観客の様子を雷太さんは見送っていく。もちろんその後ろからはアビ子先生やGOAさんもいて、自分たちが伝えたかったこと、表現したかったことを、見事に舞台というエンタメに昇華しきれてことに達成感を持っている。
「そうか——。これだ——」
皆が帰る顔や『読了感』にも近い『満足感』を肌身で共有して俺は初めて自分のすべきことを理解した。
これは観客席にいたからこそ気づけたこと。
むしろ、このことを知らせるために誰かしらの手でこの場に立たされたのではないかと疑ってしまうほどに、綺麗に自分の中でパーツが埋まっていく。
——これこそがアクアに捧げる『贖罪』になることに、僕はやっと気づけた。