【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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★第四十四話★ 深夜特番は膨らませたい

「何回でもシコシコしてよくて?」

 

「でも一回はシコッとしないといけなくて?」

 

「限界まで達した人が負けっていうゲーム?」

 

「つまり風船割りゲームじゃない」

 

 

 

 収録二つ目。深夜番組のよくある低予算バラエティ企画だ。

 今売り出し中のタレントをテレビ局側に認知してもらう的な側面が大きい。深夜番組を見る視聴者なんか少ないし、今は深夜アニメのクオリティも高くてこういうのは日の目が浴びにくい。

 故に業界内での影響度は低いと言える。だけど蔑ろにするのは今の俺にはよろしくない。こういうのに出演してでも鏑木P以外に顔を売れた方が都合がいいのだ。俺の目的に達成するために。

 

 

 

 ——少しでも、映画に必要な人脈へと繋げるために。

 

 

 

「……ははっ。こうして考えると笑えるな」

 

 

 

 いま芸能界にいる意味が、前の意味とはまるで真逆なんだから。

 所在不明の父親——カミキヒカルを殺すために、俺は芸能界で過ごしてきた。夢を見ることもなく、ただ復讐するために枯れ果てた心に無理矢理燃料を捻じ込んででも動いていたというのに。

 

 今は楽しくて仕方ない。

 膨れ上がった器という心に、どんなに燃料を入れても満足することがない。もっと上へ、もっと高みへ、もっともっと先へ。

 

 

 

 ——そうすることで私は、俺に対して贖うことができ、僕になることができる。

 

 

 

「お〜ね〜ちゃ〜〜ん?」

 

「なんだルビー。そんなニマニマした顔をして」

 

「アクアがすごい良い顔してるなって。私と……さりなと一緒にアイのこと語ってる時みたいに自然に笑えてる」

 

「そうか?」

 

 そこまで顔が綻んでるとは思っていなかった。

 逆に言えばそれだけ切羽詰まってたのだろう。見えなかった贖罪の道に対する焦りと不安が。最近は睡眠の質も良くなってきて肌艶もいいしな。成長時期は過ぎてるから目覚ましい変化は一切ないが、その点に関してはどうでもいい。

 思えばこれはさりなちゃんとアイについて語ってる時の充実感と似ている。同時に同僚から冷たい目線を浴びていたのを思い出したが、上司や先輩、それに看護師達は元気にやっているだろうか。宮崎旅行の時に人目見ておけば良かったと今更ながらに思う。

 

 それはそれとして企画にちょっと下品さがある。高校時代の空気を引きずり過ぎてるというかなんというか、そういう節操のなさを感じるほどに。

 

 いや、まあ意外と成人になってもそういうネタが大好きな人って意外といるけど。性的や下ネタ的な意味じゃなく、単純に物珍しさや肉体的•健康的な意味でおっぱいやウンコを熱く語る女性がいるくらいには。

 特にウンコとかは、胃カメラを通さずに腸内環境の現状を把握しやすい要素の一つだから、俺も雨宮吾郎として生きていた時は感染症とか流行病にいち早く気づくために尿の色やウンコの状態を把握するくらいには大事な要素だ。大人達が下世話な話で盛り上がるのはそういう側面もあるのだ。

 

 ……なんかこんな風に内心で語るあたり俺もそういう類かもしれない。これじゃああかねに「キスもHもしない交際とか意味ないって思ってるんでしょ!」とか言われても仕方ねぇな。

 

「ルビーとあかねはまあ今世が今世だから気の毒だけど、有馬はこういうのに嫌悪感とかないのか?」

 

「私は純情まっしぐらできるほど中身が若くはないの。というか元々それ以上にエグい発言を普通にしてる時点で今更」

 

「中身若くないのみんなに言えるけどね……」

 

「あんまり考えたくないよね……年甲斐もなくはしゃいでるみたいで……」

 

「しかし珍しいよね、あかねさんがこういう企画出るの。自分の得意分野である演技以外はてんでダメって言ってたのに」

 

「年末年始は生放送には出れないし、顔出せるうちに出しておかないと。バラエティ希望の視聴者の声もあるから答えときたいし」

 

「あーね」

 

 そんなこんなで仲間内でワイワイしながらも、クソみたいな安上がりなセットで撮影を開始される。

 

 スタジオのセットは非常に簡素だ。空気を入れる前の萎んだ白い風船が一つ。そして百均あたりでも売ってても違和感がない原始的な手押しポンプが一つ。あとは座椅子ぐらいと、まるで学生が考えたかのような杜撰さも感じてしまうほどに必要最低限しかない。

 まあこれは風船が爆発した際の罰ゲームとして小麦粉が入っているから極力汚れを増やしたくないという側面もあるとは思うが。厳重体制なのは明白で、隔離でもするかのように敷き詰められたアクリル板越しにカメラがこちらを捉えている。

 

 

 

 ……いや、いくら何でも過剰じゃない? 

 

 

 

「たかが風船に入った小麦粉ぐらいでこんな厳重にする必要あるか?」(シュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「話しながら押してるから思いっきりマイクに入ってるわよ。スタッフに睨まれない?」(シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「いいっぽいよ。スタッフさんとにかく気にしてる様子ないし」(シュコシュコシュコ)

 

「いい加減だね。というか、かなちゃん最初から攻めすぎじゃない?」(シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「そう言いながらあかねもかなり押し込んでるけどな」

 

「意外と楽しくて。自転車の空気入れてるみたいで」

 

「あー、そういえば俺たちってもう高校生だから、自転車じゃなくてバイクも乗れるんだよな。俺とルビーは一応身分証明も兼ねて免許だけは取ったけど二人はどうなんだ?」(シュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「ペーパードライバーだけど一応は持ってるわよ。電車とかバスで交通面が豊富なのもあるけど、都内だと電動キックボードやシェアサイクルで意外と間に合うのよね〜〜。タクシーもすぐに見つかるし、わざわざ自動車税と駐車場契約結んで無駄金払う必要ある?」(シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「自転車もサブスクになって時代だよね〜〜。こういう時は都内在住だとサービスの発展力に感謝感激って感じ」(シュコシュコシュコ)

 

「アクアくんとルビーちゃん、宮崎県に縁深いもんね。都内から離れた場所だとマストで移動手段が欲しくなるのが現実だから。ちなみに私はお父さんからのお下がりもあって免許もバイクも持ってるよ」(シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「あかね? さっきから私と張り合ってない? なんで無駄に多く入れてるの?」

 

「張ってるのは風船だけですケド? 負けたくないとか思ってないんですケド」

 

 順繰りにポンプを押しては回してを繰り返す。当然風船は膨れ上がる。最低限一回は押さないといけないけど、上限はないから皆が好き勝手に押し込んで着実に膨れ続ける。

 

 みんな好き勝手に呑気に喋りながら。いつか爆発するとは思っていながらも危機感なんてまるで持たずに順繰りに。

 

「あかねと宮崎旅行した時とか電動キックボードあって驚き通り越して感動したもんな」(シュコシュコシュコ)

 

「あんたらこっちが色々としてる中で裏で何やってんの……」(シュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「宮崎旅行なら今年星野家で行ったけど、そん時も色々楽しんだよねー」(シュコシュコシュコ)

 

「あー、そういえばアクアくん達親子水入らずで夏に旅行行ったんだっけ。SNSで見たよ」(シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「色々とあったけどな。特にルビー関連で」(シュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「うんうん。生まれて初めて……ってわけじゃないけど、姉弟喧嘩してね」

 

「アンタらの喧嘩って怖いのよ。マジ感あるから」(シュコシュコシュコシュコシュコ)

 

「アクアくんもルビーちゃんも拗らせてからね。ブラコンとシスコンとして」(シュコシュコシュコ)

 

「拗らせてる件は反転アンチの厄介オタクに言われたくねぇ」(シュコシュコシュコ)

 

「はー? 誰が誰の厄介オタクなんですかぁー? そうやって人の事を分かった風に言うの、どこかの誰かさんの悪いところだと思いますぅー。これはやっていいことじゃないですぅー」

 

「は? どこの誰が分かった風な口を聞いてるって? あかねの方こそ自分の方が相手を理解してますよ〜〜、と言わんばかりな態度やめた方がいいぞ。お前の普通は普通じゃないんだからな」

 

「こうして見ると二人とも喧嘩売られた時は饒舌になるの似てるね……」

 

「それだけいつも通りってこと受け止めなさい。変にトラブルやゴタゴタ抱えるよりかは」(シュコシュコシュコ)

 

 

 

 ——そんな繰り返しが二十回ほど超えたあたりで異変に気づいた。

 

 風船の臨界点が見えない。風船はまだまだ膨らむ余地が残しつつ、既に直径1m以上に到達していた。

 

 

 

「……なあ、これどこまで膨らむんだ?」(シュコシュコ)

 

「……そろそろじゃない?」(シュ……コ……シュ……コ)

 

「……そうだよね? そのはずだよね?」(シュコシュコシュコ)

 

「……でもポンプの感じからしてまだ膨らむ余地あるよ?」(シュコシュコ…………シュコ)

 

 

 

 一転して皆の腰が引けてきた上限なしなはずなのに、全員が2〜3回押しただけで次と回し、今まで紡いでいた会話も徐々になくなっていく。

 緊張感と不安が渦巻く繰り返し。ミキサーに掻き混ぜられた出来上がるスムージーのように心がドロドロになっていく。

 

 

 

 そして——風船は直径2mに達した。

 

 

 

「まずいまずいまずい! これデカくなりすぎじゃないか!?」(シュ〜〜……コッ)

 

「大きな声出すんじゃないわよ!」(シュコ)

 

「おお〜〜。デカいね、すごいデカい」(シュコシュコシュコ)

 

「ルビーちゃん肝が据わってるね……。そこで三回も躊躇なく押し込むなんて男らしくてカッコいいね」(シュコシュコ)

 

「逆! 冷静になるために同じ動作を繰り返して安心するしかないの!!」

 

「急に女々しい事言うな」(…………シュコ)

 

「あかね! 役者の基本は我慢と忍耐! 次のアンタの番で破裂させなさいっ!!」

 

「今の私はバラエティ芸人の卵ッス! かなちゃん先輩が見本を出してほしいっス!」

 

「そんなことでメソッド演技の要領で現実逃避してんじゃないわよ! 絶交よ絶交!!」(シュコ)

 

 

 

 もはや恐怖のせいでキャラが定まらなくなってきた。何故なら風船の直径はついに3m超えに。セットの照明に触れたら、その熱量で破裂するんじゃないかと疑うほどの大きさになっている。

 

 わかるか? 3mだぞ? 今の俺が151cmだかほぼ二倍。

 とにかく見上げる時の圧迫感と威圧感が半端じゃない。ここまで来ると首が上がりきっていて見上げるのにも限界が出るほどだ。

 

 だというのにまだ膨らむ余地があると? この恐怖がまだ膨れ続けるとでもいうのか? この可視化された絶対的な脅威が。

 

 

 

「そいやっ!(シュコ) 次あかねさんっ!」

 

「ていっ!(シュコ) ネクスト、アクアくん!」

 

 

 

 ならば手段は一つのみ——。

 今だけは色々捨てる覚悟でやってやろうじゃないか。テレビ受けも狙えるという理由もあるしな。大事なことだから二度言うが、テレビ的に美味しいからな。

 

 

 

「え〜〜♡ マリン怖〜〜いっ♡ お兄ちゃん代わって♡」

 

「プッ‼︎」

 

「キモっ! マジでキモっ!! お姉ちゃん怖がりすぎてキャラも変わりすぎてる!?」

 

 ははは、今の俺にプライドなんてあるわけないだろう。

 こんなデケェ風船が目の前で破裂してみろ。腰抜かすとかいう話じゃすまねぇよ? 失禁して漏らす自信がある。それは断じてNO。最後のプライドでNO。でなければ元男性というプライドを一時的にかなぐり捨てた私の覚悟が馬鹿みたいだから。いやまあ十分馬鹿な企画なんだけど。

 

「ルビーちゃん。アクアくん……マリンちゃんの捨て身の一撃なんだから頼みを聞いてあげよう」

 

「本当マジでお願いします……」

 

「〜〜っ! 分かった! アクアには色々助けられてたから、この一回だけ変わってあげる!」

 

 助かります。非常に助かります。

 その思いさえも投げ捨てるかのように、俺はさっさとポンプをルビーに投げ渡して風船から逃亡を図った。

 

「頑張れルビーちゃん! 先っちょを入れるだけだから!」

 

「そうだよ、お兄ちゃん! ちょっと押し込むだけ! 怖いのは最初だけだから!」

 

「シコシコっと! 男だからいけるっ! 根性見せなさいっ!!」

 

「深夜番組だからって発言に品がないよねっ!? 求められてると分かってはいても、ちょっとギア上げすぎじゃない!?」

 

「「「下ネタが合法的に言っていい環境が嫌いな人間っていないと思う」」」

 

「個人差と偏見が過ぎる! 少なくともボクはちょっと引くよ!?」

 

 テレビ用の一人称とはいえルビーが『ボク』っていうと、宮崎のことが再来するんじゃないかって身構えちゃうな、とか呑気に考えるくらいには今の私はルビーを見放している。頼むからこのまま破裂してくれ。

 

「~~~~っ!」(シュコ~~)

 

 おおよそタレントがしちゃいけない顔つきでルビーは一押しする。結果は割れない。割れろよ。金輪際のお願いだから割れてくれ。

 

「セーフ! セーフです! 次あかねさんっ!!」

 

「いやだーっ! なんでこんなことしないといけないのー!?」

 

 誰だってこんなことしたくないから。頑張ってくれ。あともう順番メチャクチャになっている。このドサクサに紛れて俺に来ないようにしてくれ。

 

「助けてアクアくん! 私は意外と打たれ弱いの知ってるでしょ!? 炎上騒ぎの誹謗中傷でメンタルやられるくらいには!」

 

「それでやられないやつは結構少ないから安心して打たれ弱くていいぞ! あと頼むなら彼女である有馬に縋れ!!」

 

「最悪だねっ!? でも一理ある! かなちゃん! ヘルプミー!!」

 

「絶交宣言したので知らない彼氏ですね」

 

「冷たーい!!」

 

 有馬、お前容赦ねぇな。

 

「あっあっ……」

 

「腰引けてるよ、あかねさんっ!! こう一回ズコッとバコっと、一差しするだけだけだから!」

 

「ごめんねっ!? 私の品のない発言を根に持ってるでしょ!?」

 

「割とっ!!」

 

 正直でよろしい。今この場において見栄とかおべっかとか取り繕いとか全部無駄で無意味だから。

 

「あ゛ぁ゛ぁぁ゛ああ!!」(シュコ‼︎)

 

 おおよそ男の娘タレントで売り出してるタレントがしちゃいけない全力の雄叫びであかねはポンプを押し込んだ。

 

 

 

 ——結果は割れなかった。あかねの野蛮な咆哮は無駄にならずに済んだ。

 

 

 

「はい、有馬かな」

 

「声が冷たいわねぇ。てか順番的に次はアクアでしょ」

 

「いいえ、有馬かなさんの番です。彼氏を見捨てた彼女に対する復讐です」

 

「軽々しく復讐なんて言葉使うんじゃないわよ」

 

 すげぇ。いつもはどこか眉を細めて敵対意識を向けたり、ファンだった頃の気持ちが溢れて厄介ファンみたいな若干遠慮したい顔を有馬に向けるあかねが、今だけは無茶苦茶虚無顔だ。俺が宮崎旅行に行く前に別れ話を切り出そうとした空気を出した後の表情みたいになってる。

 

 いや、これ確かにバラエティ適性あるわ。あかねって意外と表情豊かというか、結構分かりやすく顔に出すんだよな。天才役者なのに素は分かりやすいってすごいな。演技してるんだかしてないんだか。

 

「ふ゛んっ゛!!」(シュコ)

 

「速攻で一発入れた!?」

 

 なんて思考を巡らせていたら有馬は躊躇いも迷いもなく押し込んだ。いつ破裂してもおかしくない風船の前で、そんな無謀にも近い勇気を持った行動に感動すら覚えてしまうほどだ。

 

「次! いつ爆発するか分からないんだから次来なさい!」

 

「でも視聴者はかなちゃんのリアクション芸が見たいと思ってるよっ!?」

 

「そうだよっ!! みんな先輩の悲鳴を期待しているよ! もう十回くらい行こう!」

 

「多いわっ!!」

 

 最悪だな、ルビーとあかね。有馬を唆して楽しいか。

 

「頑張れ! バラエティ王にお前はなれる!!」

 

「いらんわ、んな称号っ!!」

 

 まあ、俺も乗るんだけど。あんなのが私の番で破裂したら嫌だもん。

 

「アンタらねぇ! 私がそうやって頼み込めば何でもやると思ったらおおまち——」

 

「フリだな!」

「フリだね!」

「フリだ!」

 

 

 

「「「かなちゃん頑張って〜〜♡」」」

 

「かなちゃん言うなっ!? あーもう、やればいいんでしょ!!」(シュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコシュコ)

 

 

 

 乗せやすくて助かるぅ〜〜!! そういう調子乗りやすい有馬は好きだぞ〜〜!! 

 有馬だけに年末の主役はお前だ〜〜っ!! そしてそのまま有終の美を飾って終わってくれ〜〜っ!!

 

 

 

「はぁーん!! どうよ、これが私の実力よ!! バラエティ女優なめんじゃないわよ、小僧どもがっ!!」

 

 

 

 しかし割れなかった——。

 それでも風船は割れなかった——。

 

 間違いなく10回以上追加で入れたというのに。間違いなく風船は限界寸前で、いつ爆発してもおかしくないのに、有馬はこれを乗り切りやがった。

 

 

 

「ほれほれ、次はアクアの番よ〜〜!? 今度は代打とか許されないわよ〜〜!? バラエティにDH制とかもないのよ! そんなの許されるのは大谷選手だけなのよ!」

 

「有馬のくせに、野球の話しやがって……。この9回裏ツーアウト同然の状態で満塁逆転サヨナラホームランで乗り切ってやるよっ!」

 

「満塁ホームランしようにもランナーがいないんじゃ無理な話ね〜〜!! 野球は個人プレーじゃ勝てないんだから諦めなさいな!」

 

 

 

 アホほど調子に乗ってる有馬からポンプを手渡される。

 前言撤回だ、この野郎。やっぱり調子に乗る有馬は憎たらしいほど口が悪くなる。

 

 

 

「……間近で見るとデカいなっ!?」

 

 

 

 意気揚々と、虚栄を張りながら踏み込んだが何だこのデカさ。

 一歩踏み込むたびに風船の大きさは倍々式に膨らんだように錯覚し、心に根付く恐怖は累乗根で深まっていく。

 押せねぇよ。こんなの推した瞬間に破裂するの目に見えてるぞ。なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ。前世で悪いことしたかよ。

 

 いや、悪いことしかしてねぇや。これが生き地獄か。

 

 

 

「お兄ちゃん助けて!」

 

「可愛い妹には旅をさせよっ!」

 

 ルビー、放棄っ!!

 

「あかね頼む!!」

 

「ツーン」

 

 あかね、無視っ!!

 

「ヘイ、有馬かな!!」

 

「すみません。よく聞こえませんでした」

 

 有馬、Siriっ!!

 

「冷たいな! これが現代社会の距離感ってやつか! みんなテーブル座って、揃いも揃ってスマホ弄るような冷たい社会の縮図かよ!」

 

「スマホ弄ってダベるの結構楽しいよ? あのお互いの深いところは触れ合わない絶妙な距離感、結構クセになるよ? 友達以上恋人未満的な」

 

「大体コミュニーケーション方法なんてファッションと一緒で時代の移り変わりで変わるもんよ。昔はちょんまげがイケメン的な側面あったけど、今じゃお笑いの種でしょうが。それと一緒でスマホ見ながらファミレスでダベるのも一つの青春なのよ」

 

「そうです、星野アクアマリンちゃん。時代の移り変わりは受け入れましょう。TikTokやYouTubeでショート動画のウケがいいように、今のTwitterがXになってるように受け入れましょう」

 

 みんな冷たい。そしてあかねに至っては他人行儀感がすごい。英語の翻訳を通したかのような台詞で物理的にも精神的にも心の距離を感じちゃうね。

 でもしょうがない、自業自得だ。俺はいつだってそうだ。見ないフリをして後回しにしてしまったから、カミキヒカルへの復讐が最高最悪の形で成立してしまった。これはその縮図と言えるだろう。

 

「押すぞ……押すぞ……絶対押すぞ……」

 

「逆ダチョ○倶楽部やってんじゃないわよ」

 

「それじゃ押さないって意味になっちゃうね」

 

「頑張れー、アクアくーん。どんな情けないアクアくんでも私は好きだよー」

 

「ビジカプ差し置いて何言っとんじゃ、コラ」

 

「絶交宣言したんだから推し変してもいいと思うんですケド」

 

 

 

 無理無理無理無理無理無理。すごいよ、目の前にある風船の威圧感。

 

 

 

「神様、仏様……救いを……」

 

「神様はロクなやつじゃないよ」

 

 

 

 そこで正論を言うなルビー。俺たちにとっての神様って、要はあのガキのことだからな。あの神に縋ろうとした時点でもう精神的にダメなのかもしれない。

 

 

 

「南無阿弥陀!」(シュヴァコッ)

 

 

 

 あっ、押し込んだ瞬間に分かった。今まで以上に『軽い』ということに。

 これは空気が入る余地があるから軽いのではない。臨界点を『超えた』からこそ、行く場を無くした空気がどこかに旅出そうとしてるから軽いんだ。

 

 

 

「おっ——」

 

「ぬおっ——」

 

「ひえっ——」

 

 

 

 刹那——俺たちの目の前で風船が爆ぜた。鼓膜を突き破る轟音のような、響音のような質量を持った衝撃が耳を劈いた。

 

 音速が過ぎれば今度は顔に小麦粉が直撃する。視界は一転して極寒の冬景色。そういえば一度だけこんな風に数メートル先の道路さえ見渡せないほど雪が積もったことがあったなぁ、とか色々なことが脳裏を駆け巡っていく。

 

 

 

「っ…………プッ」

 

 

 

 まるで臨死体験でもしたかのように走馬灯が駆け抜けたことに、自分でもおかしくなってしまった。口の中にゴワつく小麦粉の感覚が不快だし、眉毛やまつ毛が微妙に重いのがイラつくし、頬に残る違和感に溜息がつきそうになるけど。

 

 

 

 ——でもそれ以上に馬鹿馬鹿しくて、くだらなくて。

 

 

 

「あははははははははははは!!」

 

「アクアが壊れたっ!?」

 

「あはは、ははっ——。ゲホっ、おほっ……」

 

「咽せるほどか……」

 

「アクアくん、自分の損得関係で動こうとすると途端に上手くいかないからね……。誰かのために動いてる時が一番だから……」

 

 あかねが色々言ってくるが、今の状況を笑うなって方が無理だ。

 芸能界ってこんなものだっけと思ってしまった。芸能界ってもっとビジネスの思想だらけで、輝かしいところもあれば薄暗いところもあるダーティな部分が見え隠れする世界だったはず。

 

 なのに、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、くだらなくて——。でもそれ以上に——。

 

 

 

「ははっ——。芸能界って楽しいな——」

 

「だよね、お姉ちゃん。芸能界って醜くて汚い部分もあるけど、眩しくて綺麗なところもあるんだから」

 

 

 

 後日、俺が小麦粉塗れで笑い続けるキャラ崩壊っぷりにSNSでバズることになったのはまた別の話。

 

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「石上く〜〜ん。ありがとねー、色々と玩具屋さんの道具使わせてもらって」

 

「いいっすよ。自分の会社が使ってる風船なんですから。無料でプロモーションができたと思えば逆にありがたいくらいです」

 

「じゃあこのままお片付けもお願いしちゃいますね〜〜♪ 私はこのまま登山に行くので〜〜。芸能界にいるゆらちゃんと一緒に行ってきま〜〜す!」

 

「はいはい。楽しんできてくださいね、フジさんこと藤原先輩」

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