【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
「メリー……」
「「「クリスマース!!」」」
クラッカーの破裂音と紙吹雪が我が家の天井と正面に捉えたカメラへと降り注ぐ。
今宵は『クリスマス』——なんてことはなく、至って普通の平日。では何故俺たち星野家はこんな何でもない日にクリスマスを祝っているのか。
義務教育の敗北。クリスマス文化という概念的な違い。あるいは俺たちがいる地球は多次元的な法則のもとに、イエス•キリストが生誕したのが別の日だったか。
すべて否。単純にクリスマス用の動画撮影だ。
俳優も声優もSNSや動画サイトでクリスマスや年末年始にはそういう類の企画を投稿してくれているが、ぶっちゃけその収録が当日なんてことはほとんどなく、こうして余裕のある日程を見つけて収録するのが、この業界の平常運転なのだ。
「こうやって今年も無事にクリスマスを迎えられて良かったね〜〜。クリスマスは聖なる夜。ズッコンバッコンしやすいから、未成年の皆は私みたいにイケナイことしちゃいけないよ〜〜」
「開幕早々ブラッククリスマスにするな」
「ヘーキヘーキ。カットさせるから」
編集するのは誰だと思ってるんだ。苺プロの星野関係とあかね、他多数の編集担当してるの俺だぞ。五反田監督で培った映像技術を無駄遣いされてるんだぞ、今年もアイの関係で色々と裏でやるくらいには。
「でもごめんね、マリン。私だけお酒いただいちゃって。飲みたい時とかあるでしょ」
「別に。酒なんて百害あって一利なしだ。というか未成年だから飲めねぇよ」
「そうだよママ、私達は今をときめく高校生。声高らかに未成年は主張する! 色恋沙汰も酒臭い話も一切ないと!」
「色恋沙汰ないとか灰色の青春じゃねぇか」
「……汗と涙と友情の高校時代! これだけあれば十分なんだよ!」
「話逸らしたな」
「いいなぁ〜〜。私もそんな青春時代送りたかったよ〜〜」
アイは16歳で妊娠・出産をしてしまったからな。高校中退になる身である以上は、そういう学生らしい一面には一種の憧れがあるのもこの十数年で知っている。
「二人は学校生活とかどう? っていっても芸能科にいる以上は学校生活も普通の子と比べたら結構違うだろうけど」
「う〜〜ん。比較的暇は多い方だと思うよ。フリルちゃんとか比べたら全然スケジュールないし」
「芸能人って言ってもこの年代はまだまだ下積みが当然だからな。仕事ない同学年は放課後にアルバイトしてるのも結構いるぞ」
「あぁ〜〜。そういえば水樹○々さんがそんなこと言ってたような……」
「あの人は皆勤賞らしいからね……。芸能科な、のに……うっ」
ルビーが苦い顔をして直後に頭を抱え始める。
恐らくルビー本人が前の世界でミヤコさんに口にしていた「このままじゃいじめられる!」の被害妄想を思い出してしまったのだろう。
あの時のルビー結構気にしてたからな。入学前に『今日あま』でストーカー役として出た俺、入学早々芸能科で既にグラドルやってる寿みなみ、大人気マルチタレントの不知火フリルといる中、ルビーだけ仕事なしだったせいで。
「この業界、成人を迎えても仕事ないってこと結構あるからな。ある女優さんなんか、3つぐらいアルバイトを掛け持ちすることなんてザラにあったって聞くし」
「私が聞いたのは週5日の派遣業に夜勤でホールスタッフとかコンビニバイトをするとか聞いたことあるかな。でもそんな無理ができるのは若いうちだけだし、時間に余裕がないから車中泊とか多くなって体壊したとかも聞くよ」
「まあ夜勤は人によってはだいぶ辛いからな。慣れない生活リズムで暴飲暴食して、お金が稼げても出費も多くなってトータルで変わらないとかどころか私生活が逼迫してストレスが溜まってまた暴飲暴食……って悪循環に陥りやすくなる」
「おぉ〜〜、流石はマリンだね。私の産科担当医も夜勤は頑なに拒否してたし」
収録カメラの前だから口に出さないが、同一人物だからな。そりゃ同じこと言うに決まってるだろ。
というかその話ってアレだろ。アイが妊婦として療養してた時に話した時の一部から抜粋してるだろう。
…………
……
『センセ。夜一人でテレビ見ながら横になってるのつまらないし、夜勤も入って私と一緒に喋ろ? こんな可愛いアイちゃんと24時間密着できるなんてテレビ企画でしかできないよ?』
『ははっ、それはいいな。だけど俺にはアイ以外の推しがいるからダーメ』
『なんだと、この浮気者。ファンの皆はアイ無限恒久永久推しとか言ってくれてるのに、センセはアイから離れていくんだね』
『俺にとっては大事な推しなの。『推しに願い』をみたいな感じさ』
『アルバム曲の片隅に添えられるタイプの曲をよく覚えてるね……』
『B小町の曲は全部覚えてるぞ。ガチ勢だから、こういう小さなことも大事にしている』
『そこまで言うなら仕方ないね、誰かを愛せるのっていい事だと思うから』
『違いない。あんまり年上を揶揄おうとするなよ』
『でも、それって夜勤をしない理由にはならなくない? お医者さんは高級取りだろうけど、まだセンセは若く見えるんだしまだまだ薄給の身でしょ?』
『まあ片田舎だし年収1000万っていうほど高くはないかな。都内のサラリーマンよりかは貰ってる自信はあるけど』
『いくらいくら? 私って意外と目利きができる女だから結構そういうのはシビアだよ?』
『芸能界に染まってるなぁ。ざっと500万だよ。以上か以下は想像に任せるが、こんな田舎じゃ貯蓄にしか回せん』
『月給だと45万くらいかぁ……私の約3倍……』
『……3倍!? アイの給料が俺の3分の1だというのか!? こんな可愛いアイがっ!?』
『アイドルは意外と安月給だよ〜〜。色々経費とか外部委託とかで持ってかれて、そこをグループとして分散して、そこから税金とか諸々引かれたら手取りなんて10万くらいだよ』
『それで生活していけるのか?』
『衣装代は事務所にもよるけどウチのは事務所が経費で落としてくれるからその点は大丈夫かな。住んでるところも社宅同然で安く済んでるし。佐藤社長に感謝だね』
『斎藤さんだろ……。アイドルも苦労してるな……』
『まだまだ地下アイドル的な存在だからね。その界隈では有名グループでしかない狭いコミュニティの一番。お山の大将ってやつだよ』
『アイドルも苦労してるな……売れ時にこんな形で休養するなんてアイドル戦国時代とは言わないが、結構痛手だろう』
『まあ社長には苦労かけちゃってるよね。……やっぱり産まない方がいいのかな……』
『でも君は産むんだろ。僕はその選択を尊重するよ。安全で元気に子供を産ませる。それが僕の役目さ』
『……ありがとセンセ。弱いところ見せちゃダメだよね、私はB小町のアイなんだから』
『いいんだよ。そういうメンタルケアを行うのも医者の勤めだ。星野アイが感じてるのはマタニティブルーってやつさ。妊娠中によくある不安症ってやつで、誰もが普通に持ち合わせる状態だ。弱いところも吐き出して楽になれるなら、医者として全力で話を聞くよ』
『……ホントありがとう。こんな私を受け止めてくれて』
『なら明るい話に変えよう。お腹にいる双子、名前はもう決めたのか?』
『ナーイショ♡ いくつか候補はあるけどね♪』
『たくっ、天邪鬼なアイドル様だ。もう明るく振る舞えるだなんて』
『ちょっと雨宮先生。いつまで部屋で駄弁ってるんですか。もう22時前なんですから帰ってください。何のためにシフト組んでるんですか』
『おっとサービス残業もここまでだ。時間も時間だし、もう寝るんだぞ』
『ちぇーちぇー。今日の楽しいお話はここまでかぁ。センセは私と仕事、どっちが大事なの?』
『どっちもだ。仕事をしないと君の出産のサポートができない。体を休めるのも医者にとって大事な仕事だ。俺も休むんだから、アイも安静にして元気な子を産めるようにな。また明日もいつも通り会えるんだから、それで勘弁してくれ』
『……それもそっか。じゃあ、センセおやすみなさい』
『ああ。おやすみなさい』
『ところで、夜勤は入ってくれるの?』
『意外と図々しいなこのアイドル』
『あはは! 冗談だよ! センセも体を大事にしてね。私の出産日まで元気に過ごしてもらわないといけないんだから!』
……
…………
あの時のこと、まだ覚えてるのか。よっぽどこの時に約束しておいて、いざ出産時に立ち会えなかったことを根に持ってるのか、それとも単純に思い出として大事にしてくれているのか。
「ホントぉ〜〜に、あのセンセって思わせぶりな態度が多くてさ! 優しいのは私だけじゃなくて他の患者さんにもなんだよ。私が聞く限りでは、少なくとも看護師3人、患者さんに4人は好意を持ってるのは確認できた! 後、看護師さんから聞いた話だとバーに通って体だけの関係を持つ人がいる複数人いたっていう噂も……」
「女の敵だね! 思わせぶりな態度で勘違いさせるホストみたい! そんな男性とかどう思うお姉ちゃん!?」
「それを振られるこっちの身にもなれ。てかアルコール5%の350ml缶でできあがるのはえぇよ」
どっちとも取れるな、この態度。
てかしてねぇよ、そんな危ない夜遊びは。こちとら医者だぞ。誰が好き好んで性的リスクを負ってまで体だけの関係で複数人とやるんだよ、複数人と。
「なにマリン、その態度はぁ〜〜? 私のことなんてどうでもいいって感じの雑さ! 優しかったセンセとは大違いだよね!」
「面倒くさいメンヘラみたいになってる……」
「最近Youtubeのショート動画で見て真似してみたんだ。迫真の演技でしょ?」
「はいはい。ハリウッド級の名演技だったよ」
「マリンが冷たい……」
まあアイの体だと仕方ないんだけどな。酒に強い弱いは生まれつきの遺伝もあるが、体の大きさに比例することあるし。
「まあ私の担当医の話は置いといて、学生諸君は色恋沙汰とかないのぉ〜〜? マリンは結構アレでしょ? 同性からも好かれやすいんでしょ?」
「そんなことねぇよ。SNSで推せるとかいう声は聞くけどな」
「ほら身近だと有馬ちゃんとか。今ガチでマリンのためにハンバーグを頑張って作ってくれたよ?」
「有馬はただの友達だよ。そういう関係じゃないし、そう見られるのも嫌だろう」
「いやぁママはSDGs……? とかいうのに理解を示す最先端ママだから。同性愛とか…………うん、いいんじゃない!」
「性的マイノリティならLGBTな。てか同性愛に対する偏見が抜けきれてない肯定なら、最初から口にするな」
「少なくとも未成年で出産した私よりかは健全だと思うかな」
間違いないな。どっちのほうが道徳的・社会的に反してるかの問題だと、間違いなくアイの方がアウトだからな。
「じゃあじゃあお姉ちゃん! あかねさんとかどうなの? 今でも根強いカップリングで画面に映ると推せるとかいう人達いるよ?」
「その有馬とあかねがビジネスカップルだろ。誰が好んで彼女持ちと付き合おうと思うんだよ」
「いいと思うよ略奪愛! 好きな子には猛アタックするのも愛の一つっ!」
結構邪悪な思想が見えたぞ、ルビー。そういうのは大人の世界で持ち出そうとしたら、周囲一体が焼け野原になるから抑えとこうな。職場環境ドロドロのグチャグチャになるからな。社内恋愛とか気苦労の連続だぞ。
「つまんないな〜〜。せっかくの聖夜(の企画での収録)なんだから最深掘りしようよ〜〜!」
「じゃあ俺じゃなくてアイでもいいだろう。それこそアイならそういう話とか結構週刊誌に取り上げられてるだろう」
「またママ週刊誌に取り上げられたの? 今度はどんなゴシップネタで?」
「なんだよ知らないのか。今リンク先出すから待て」
即座に俺はスマホのブックマークから話題にしていた週刊誌のネット記事を探し出す。
タイトルは至ってシンプルな俗物で。『某問題アイドル・IHさん 深夜の時間帯にオフィスビルで接待か!?』というものだ。
「週刊誌が撮った一枚だ。まあ確証がないから特に問題にもならずにネットの海に流されていったが、いったい人目のつかない夜遅い時間に何してるんだ、アイ?」
「う〜〜ん……これは確か……うん、アレだね。MEMちょさん繋がりでYouTuberと会いに行った時とかな」
「YouTuberと? まさか迷惑系みたいな輩と関わり持ちに行ったわけじゃないよな……?」
「逆だよ逆。今は『暴露系YouTuber』とか『私人逮捕系YouTuber』とかいるでしょ? ああいうのに関わらないとか、関わりを持った時の対処法について教えてもらっててね……」
「教えてもらってる? YouTuberに? 大分法律に詳しそうだな……」
「うん。だってア○ム法律事務所の岡○タケシさんだもん」
「おお、マジもんのプロフェッショナルと会ってる……」
「大変頼りになる弁護士さんなので、下記URLから見てくださいね〜〜」
「急に案件的な雰囲気を出すな。ノーギャラだぞ」
あと編集するの俺なんだから無駄に編集を細かくさせようとするな。
「あの事件以降、色々と法律とか知ることになってねぇ。まあ自衛手段も兼ねてるとかあるんだけど、頭悪い私じゃあ限界があるから時間が空いたらこんな風に会っては教えてもらってるのだよ」
「勉強熱心なこって……」
「刑法とか民法とか色々とね。芸能界はブラック労働だから自分の身は自分で守らないと!」
笑えねぇな。この業界、暗いところはトコトン暗いから。
「特に面白かったのはマイナスドライバーとかの一般的に使う工具系が許可なしで持ち運ぶのは軽犯罪法に触れるのがビックリ。あとカッターとかカミソリも該当するかな」
「マジ!? カミソリとか頻繁に持ち歩いてるよ!? 主に移動中や外出先での眉毛とか産毛処理とかのエチケット目的で!」
「それは有名どころだから補足説明を入れるぞ。それで捕まるのは『正当な理由がない』とか『本来の使用目的に則してる』とかの場合で軽犯罪法で捕まる。だからルビーの目的の場合は大丈夫だ」
「一安心……。でもそうなると意外と皆意外と軽犯罪法に触れてたりする感じ?」
「実はこの定義で当てはめるライターとかも軽犯罪法に触れるケースもあるな。喫煙とか焼香したりとかのそういう目的以外での持ち運びは実はアウトだったりするんだ」
「世の中は善意で成り立ってるんだね……」
「こういうのを人はグレーゾーンって呼ぶ。善意で成り立ってるんだから、みんなは禁煙地区とかオフィス街の川沿いでタバコを吸って吸殻を地面に落とすなよ」
「まあ今の時代は電子タバコと加熱式タバコだからライターいらないんだけどね〜〜」
「人が良い話に落とそうとした時に揚げ足取るな!!」
こうして聖夜なのに色恋沙汰もなく、ただただ平穏な家族としての雑談会が流れていく。
でもそれでも良いさ。また来年、再来年もこんな何でもない日を過ごせるだけで、俺たちにとっては聖なる一日になるのだから。
「じゃあ、このままセットと着替えを変えて年末年始のお正月動画も撮ろっか〜〜」
「本当、この業界祝い事が嘘まみれだよな」
…………
……
「ここがアイさんが出向いた場所か……」
翌日の昼。男にも女にも見えなくもない中性的な顔つきの人物——。今世では男として生きてる『黒川あかね』が、ミリタリーファッションでスマホ片手に繁華街の片隅にあるビルの一棟へと足を運んでいた。
そのビルは先ほどアクアの口から出た週刊誌が写したビルに相違ない。あかねは不思議そうな目つきをサングラスの奥に隠しながら、エントランスの案内を見て絶句した。
——法律事務所の文字なんて一文字たりともなかったのだ。
「こんな寂れたつまらないところにアイさんがどうして……」
「一応ビジネスデートとして一緒にいる私からすれば『寂れたつまらないところ』に連れてくるんじゃないわよ」
あかねの横に、同様に目立つ赤髪を隠すキャップとサングラスで不審者スタイル丸出しの有馬が不満を垂れる。
有馬の不満はご尤もであり、あかねも罪悪感があるのだろう。冷や汗を流しながら「抹茶ラテ奢るから」とあかねが溢すと「ついでにミルクレープもよろしく」と有馬はご機嫌な顔つきで周囲を見渡す。
「他のテナントもマチマチね……。保険会社、派遣会社の事務所があるだけだし……多分不自然な空白はコールセンターみたいな通販系かしら? いや、うんそうね。私が定期購入してるメイクグッズの発送先と住所一緒よ」
「う〜ん、アクアくんに頼まれてアイさんの最近の妙な行動を追ってるけど……漠然としすぎてて捉えきれないなぁ。かなちゃんはどう思う?」
「分かるわけないでしょうが。私はアンタと違ってそういう才能ないの」
頭を抱えたところでアイの動向など分かるはずがない。
今のアイは嘘も本当も飲み干した先にいるのだから。今のあかねでは、模倣した『アイドルのアイ』が溶けて消えてしまった今では『星野アイ』としての情報なんて掴もうにも掴みきれない。
けれど予感はあった。そう遠くない未来、彼女は一波乱を起こすであろうことを。
今のアイはどこか超越した存在であり、今まであった『普通の女の子』として隠してきた部分など微塵もありはしない。すべてが等身大のまま、ありのまま、アイは何かしようと裏で動いてることを、あかねは感じ取っていた。
「……収穫もないし、このままデート続行しようか。今日は映画でも見よう!」
「そうね。今業界でも問題作として名高い……」
「「『○んで埼玉 〜琵琶湖より愛を込めて〜』を見に行こう!!」」
——去り際の刹那。隣ビルに掲げられた『探偵事務所』の五文字が、黒川あかねの目を過ぎ去った。