【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
「皆様今年もやってまいりました! 芸能人格付けチェックぅー!」
スタッフ各位、進行役と司会役の拍手が湧き起こる。
その中には当然カメラの裏で静観をしていた俺とルビーも混じっていた。
「生だよ! 生収録だよ、お姉ちゃん! これで私たちも名実共に『一流芸能人』だね!」
「ただの見学者だからデフォルトで『映す価値なし』だよ」
視界の片隅で不満を垂れるルビーを他所に、名高い芸能人ばかりの現場に冷や汗が溢れそうになる。
一流俳優。一流女優。売れっ子アイドルとお笑い芸人。大御所ペアに、番宣目的で出演している年末年始のスペシャル番組の主演コンビ。
そして連続正解中の『GA○KT』さんに、今回の相方として呼ばれた——。
「ぴよぴよ〜〜!! ぴえヨンちゃんねるのぴえヨンです!」
「僕こういう汗臭いの苦手なんだけど。今から解消していいかな」
「音楽関係のレッスンでよく会って、映画にもゲスト出演させてくれたじゃないですか」
「……○んで埼玉で縁を結んだのが仇になった」
まさかのぴえヨンさんだ。確かにこの人も年収一億のYouTuberである以上は間違いなく一流ではあるのだが、GA○KTさんと並ぶほどとは思ってなかった。テレビ的な意味でもミスマッチすぎるし。
「お姉ちゃんひとつ指摘していい?」
「なんだ? 何も口にしてないのに指摘ないだろ」
「GA○KT様だよ。様付けしないと、厄介ファンに指摘されてフルボッコにされても文句言えないよ」
「なんで考えてること分かってんだよ」
しかも本人は「お前年下だろ。せめてさんつけろ」までしか言ってねぇぞ。もしくは譲ってくん付けだろ。様付けの強要はしてねぇよ。
「続きましては『星野アイ』様と『片寄ゆら』様です!」
「いえ〜い! 今年も呼ばれた『普通芸能人』の星野アイでーす!」
「うぇーい! そのアイさんに呼ばれましたゆらでーす!」
「今年もアイ様のコンビは喧しいですな〜〜。あと記憶が正しければ、前回は『不知火ころも』様とコンビを組んで『三流芸能人』で終わった気がするのですが?」
「嘘は言っちゃいけないって、私の歌で口にしたよ。そういう情報操作よくないと思います」
「今嘘ついてんの貴方様なんですわ。まあいいですわ、今年こそ『一流芸能人』であることを証明してくださいね」
「去年から良いもの食べてきましたから、今年の星野アイは一味違いますよ。ゆらちゃんと一緒にご飯行ったもんね〜〜」
「はい! シノさんの奢りで飲み歩きしましたよ〜〜!!」
そういえばシノさんってなんだ。相変わらず珍妙なあだ名の由来聞けてないけど。
「こら期待高まりますな〜〜。お二人さんの舌はさぞ肥えてるんでしょうねぇ」
「はい、個人的なオススメはチーカマです!」
「私はおでん汁でクタクタになった大根!」
「庶民的すぎて大丈夫なんか、このコンビ」
すごい不安を煽るコンビだが、格付けチェックはエンタメの中のエンタメだ。こういう不安要素いっぱいのコンビが一波乱起こしてくれるのが視聴者は望んでいるところはあるし、見守ることしか子供にはできない。
というわけでまずは王道の『ワイン』だ。デパートで売ってるような一本1万円の庶民的な高級ワインと、一本何百万もするようなヴィンテージ物の高級ワイン。これを色合い、舌触り、風味に味と色々な要素を持ってどちらがヴィンテージワインなのか当てるというものだ。
「……思うんだけどさ。こういうのって視聴者が体験できなくてつまらないよね」
「言うな言うな。仮にも芸能人がバイオリンの聴き比べのほうが楽しいとか言うな」
視聴者も予想したいからこそヴァイオリン企画とかは人気行事だというのに、出演者がただ美味しいものを食ったり飲んだりしてるだけの絵面なんてつまらないもんな。
「こんなのは匂いと見た目で一目瞭然。確信を持ってBです」
GA○KTさんはBを選択したが、特例処置で専用の個室に連れて行かれて他の出演者に悟られないように配慮がなされる。
次々と俳優、女優、アイドルからお笑い芸人と順番に振り分けられて GA○KTさんを含んで半分の割合で入室していく。まあもちろん正解は予め知ってるからワインはBが正解ではあるのを知っているが、俺たちの本命はここからと言っていい。
「ワインか〜〜。お酒には自信があるよ、何せ『森伊蔵』とか飲んだことあるからね」
何せラストを務めるのがアイなのだから。果たしてアイはこの一年でどれほど舌が肥えたのか。それは誰も知らない。
あと同じアルコールでもワインと焼酎は別物だぞ。医療用消毒液と一般用消毒液みたいに。
「うーん、どっちも美味しい! でも飲みやすいのはAかな〜〜!」
「いつものくるよ、お姉ちゃん」
「いつものくるな、ルビー」
「というわけでBでお願いします。私って貧乏舌なんで、多分口に合わないほうが高級でしょうし」
「「知ってた」」
当然そんなこんなで『ワイン』のお題は難なくクリア。ただ舌が肥えてなさそうで不安が募るが嫌なところ。
「へー、『牛肉』ですかー。女優たる物、良いものは食べてはいてもこういう脂質の暴力はちょっと罪悪感感じるぅ〜〜。ここはカルマを感じるAでお願いします」
続いての『牛肉』についても片寄さんは問題なく正解であるAを選び——。
「これはAの牛肉が高級だね〜〜。そもそも肉というのは人体の栄養素であるタンパク質・脂質を取れる良質な食材なんだ。高級になろうと栄養価はそう大きな差はでないけど、やっぱり違うのは食感……このトロンと噛む必要もないほどに仕上がったおいしさは一級の肉以外じゃ味わえません。だってボクは常に鶏胸肉を取って安い肉の味が分かってるからね」
「鶏肉って、ぴえヨン共食いやん」
司会の辛辣なツッコミを他所に筋トレ系YouTuberぴえヨンさんは牛肉の問題は完璧な考察のもとに正解を言い当てて、続いては知識と美的センスが問われる難問の『盆栽』となる。
「お姉ちゃん、私盆栽って全然分からないんだけど。ただ植物を綺麗に整えるなら街路樹みたいに自治体あたりに任せれば良くない?」
「専門職に怒られる偏見だからな、それ。まあ俺も全然詳しくないんだが……季節感や時間の流れ? とかを綺麗に見せるぐらいしか……」
「綺麗にするなら除草剤撒こう。どこぞの車会社みたいに、外観を綺麗に見せれるよ」
「そのネタはまずい」
色々と保険とかの闇が出たニュースを口にしてはいけない。
「……なるほどね。これはAです」
「……なるほど。これはBですね」
「「え?」」
ちなみにこの盆栽企画は出演者全員で参加することになる。アイと片寄さんは眉間に皺を寄せて見ているが、常時頭頂部にはハテナマークが浮かんでいて二人とも余りにも曖昧な言葉で会話を紡ぎ、最終的には意見の相違が発生した。
「私はAだと思ったけど、ゆらちゃんがBならBに行こっか」
「いえ私も自信ないんで……ここは先輩の顔を立ててAで行きましょう!」
「これで間違えたら私の責任でしょ? 責任を持つのは母としての役目と子供の不祥事だけにしたい!」
「私だって責任は嫌ですよ! ここは公平にジャンケンで決めましょう!」
「いいよ! 負けた方が自分の意見採用ね!」
「最初はグー!」
「最初はパー!」
ずるぅ。片寄さんずるぅ。小学生かこいつらは。
「くっ……じゃあAですっ!」
残念ながらハズレです、普通芸能人2名さん。いや、俺も正直カンニングなしで分かる自信ないけど。
なお当然GA○KTさんとぴえヨンさんのコンビも正解だ。両者共に同じBを選んではいるが、それが答えであると自信を持って口にしたのは、他らなぬぴえヨンさんだった。
「う〜〜ん。ボクも筋トレ系YouTuberの前にボディビルダーでもあるからね。造形美については拘りがあるんだ。はち切れそうな大腿筋、重機を乗せたような上腕二頭筋、6LDKの腹筋……。職人が拘り、研磨したからこそ搾り光る筋肉のように、Bからはその汗と努力の結晶を感じ取ったよ」
「その意見キモいな。けどボクは信頼するよ」
という感じのコンビプレイで信頼を感じ取って、迷いもなくBにするという経緯がある。やはりぴえヨンさんもふざけた見た目と、有馬から不審者と言われても文句は言えないコスチュームではあるが、その中身自体は一流と言っても過言ではないのだ。流石は苺プロの稼ぎ頭。
「こういうのシノさんのほうが得意なのに〜〜! 私がヴァイオリンの聴き比べとかできるわけないじゃーん!!」
続いてはヴァイオリンの演奏だ。説明するまでもないが練習用や吹奏楽のコンクール用の安くはないヴァイオリンと、300年前に製造され現存されている最高級のヴァイオリンこと『ストラディバリウス(約4億円)』の音色を聴き分けるというものだ。
「アイさんはどっちだと思います。元人気アイドルとして活動してた時は死ぬほど音楽とか聴いてたでしょう」
「そうですね〜〜。間違いなくBが正解ですよ〜〜。音が浅かったり、繋ぎが弱いからAは安いヴァイオリン。Bはちょっと音に歪みがあるけど、これは年季による品質劣化による侘び寂び。味わい深い旋律となっているから間違いなくBが正解です」
「それ正解。アイくんセンスあるね」
「GA○KTさんに褒められて光栄です♪」
「ほら、やっぱさん付けだよ」
「私は頑なに様付けするよっ!」
なおアイは正解したが、片寄さんは大いに間違えて再びランクダウン。二人は『二流芸能人』まで降格してしまった。
そこから先は無事に立場を維持していく。
大学のコンクール金賞を取った超実力派メンバーと、世界で活動する音楽劇団の聴き比べ。大学の写真コンクールで金賞を取った少女と、その道10年のプロのカメラマンによる富士山を題材にした写真の見比べ。
それらすべてをアイを含む芸能人達は己が観察眼で見極めて、最終チェックにへと移り変わっていく。
——そして、俺からすれば最も注目しなければならない格付けチェックの始まりでもあった。
「いよいよだね……。お姉ちゃん……」
「ああ。最終問題は『演出映画監督』だ——」
ここだけは俺にとっては大事な物になる。
今の俺の立ち位置を再認識させるかのように、運ばれた役割がここなのだから。
「正解は今でも映画監督賞にノミネートされ続ける映画監督『五反田泰志』様が手掛けた作品となり、不正解の方はそのお弟子さん兼星野アイの娘である『星野マリン』様が手掛けた作品になります」
「毎年思うけど、二流だと敬称なく呼び捨てにされるの辛いなぁ〜〜」
「なお間違えたらツーランクダウンなので皆様頑張ってくださいね!」
「私の娘の作品なのに、残酷な評価の低さに引くぅ〜〜」
クリスマスの収録などの裏側で、俺にはこの格付けチェックからオファーがあった。出演者としてではなく、映像作品を提出という題材として。
まあ不正解側として置かれるのが癪ではあるが、今の俺は映画監督としては無名中の無名どころか代表作の一作目もできていない状態だ。
だというのに五反田監督という弟子というだけで、思わぬ形で映像作品を提供できたんだからこの機会自体には感謝しないといけない。自分の実力を一流達によって客観的に知ることができるのだから。
……結局、まだネームバリュー頼りってことでもあるが、良いじゃないか。
元々星野アクアだって芸能界でやっていけるほどの才能はなかった。だからこそあらゆる全てを利用して、死に物狂いで芸能界にしがみついてきた。自分の心さえも抉り出すという自殺行為にも等しい事をしてまで、自分の目的を成し遂げた。復讐という行為を成し遂げてしまった。
だったら上等だ。星野マリンだって、あらゆる全てを利用して贖罪を成し遂げてやろうじゃないか。元々チャンスに飢えていたのだから。
「正解はBです。Aは五反田監督の模倣でしかなく、真に迫る意味を履き違えている」
「五反田監督の作品に出演したことがあるので分かりますが、彼の作品は『表情』を大事にしています。それは『顔』という意味ではなく、眉の動作一つ、声色の高さ・息継ぎのタイミングという細かい部分に追求するほどに」
「だけどAにはそれがない。表情と動きに関しては確かに合格点。カメラワークも問題ない。だけどそれ止まり」
だけど現実は残酷で——。
「高校や大学のコンクールに提出するなら入賞は間違いなくする逸品だよ。お手本通りといっていい綺麗な作品だ」
「だけど綺麗な作品で見本通りということは、逆に言えば『誰でも作れる映像』でしかない。こんなつまらなくはないけど面白くもない映像はプロでは通用するわけがない」
「そういう意味では星野マリンとしての作品じゃない。どこにある作品ということだ。それが分かれば例え五反田監督の映像作品に疎くても、個性の有無だけでどちらか正解かなんて一目瞭然だ」
分かっていても、自分の実力がないことが告げられていく。
ここは番組のエンタメとして『一流芸能人』から『映す価値なし』と格付けがされているが、エンタメを抜きにすれば当然ここにいる全員真の意味で『一流』しかいない。
『でも悪い作品じゃない。星野マリンの熱意と目的は見えている。ただ技術がないだけで。ただ不器用なだけで、彼女が思い描いている映像の意図は伝わってきます』
だからこそ、その言葉に救われる自分がいた。一流というのはただ批判や作品に対する罵倒だけでなく、良いところも見出し、そこを伸ばすこともできる者達でもあるのだから。
今の俺は創作者として末端の末端。レビューサイトであれば星1を飾られても仕方ない出来だというのに、一流達は俺の伸び代見出してくれた。
「私はAのほうが好きだけどな〜〜。ゆらちゃんはどう思う?」
「好きも何も五反田監督の作品ならBですよ。先輩分かってますよね」
「うん。分かってるよ。分かってるからAを選ぶんだよ」
「シノさん? このチェックは五反田監督が製作した映像を当てる物ですよ? 自分の好きな映像に票を入れるアイドルの総選挙じゃないんですよ?」
「分かってるよ。Bが監督の作品だってことくらい」
「なら良かったです……。じゃあBの札を……」
「Aです! 私はAですっ!」
「絶対ダメですって! それしたらどうなるか分かってるんですか!?」
「『そっくりさん』になるんでしょ! だったらいいじゃん! 嘘の一つや二つを貫いてこそ『そっくりさん』! 今の私は『星野アイ』じゃなくて『一人の母親』として、この作品を推すよ!」
「そんなエコ贔屓に私を巻き込まないでくださいっ! 私女優なんですよっ!? 女優が作品を間違えたら信頼関係に響くんですよっ!?」
そうだよね。ありがとうな。アイ。
その嘘は、今だけは良い意味でも悪い意味でも励みになるよ。
嘘は——とびきりの愛だもんな。
…………
……
「どうも。星野アイのそっくりさん、星野ライです」
「モノホンみたいに嘘がお上手ですね〜〜。どうですか、収録現場を見学した気分は?」
「テレビ局って色々とすごいですね。私、GA○KT様の連勝記録ってヤラセだと思っててェ……」
「アカンアカンアカン! これ以上はアカン! この一般人摘み出してぇな!」
こうして収録は終わることになる。
オチとしての映像を撮り終え、鳥籠から飛び立つ鳥のように出入口からスタッフと関係者各位が「お疲れ様」やスタッフ同士で「これから居酒屋格付けチェックしましょうよ〜〜」と雑談をして出ていく姿を『ある女性』は見送っていた。
「……星野マリン、ですか」
収録現場の片隅。そこには紅玉のような輝きを宿る真紅の瞳を持つ女性が、氷のように冷静に、星野マリンという人物の在り方という名の深海を覗き込むかのように見定めていた。
「私が出した『写真』の立ち合いで番組を見にきましたが……思わぬ収穫がありましたね」
彼女もまた不正解側に選別された者。
確かに実力自体と磨けば光る才能は持っているの、まだキャリアの少なさのせいで芸能界という年功序列と格式という一種の見栄が『一流』の意味を覆い隠された者。
彼女は悔し涙を浮かべる。富士山の一枚は彼女に取っては最高傑作と言って良いほど考え、時間を捻出した至高の一作だ。
でも実際のプロの十年には勝てなかった。才能自体に大きな差はない。だからこそその道に費やした時間が如実に出た。
何度も撮っているからこそ『偶然』というものがフレームに収まるのを待ったプロ。季節の移り変わりという『時間』という流動性があるものを、プロは渡り鳥が写る瞬間と同時に収めることで『写真という静止画』に『動き』を与えたのだ。
そういう要因が彼女の完璧な敗北となった——。
偶然に頼るのは三流。偶然を排除するのは二流。偶然を制御してこそ一流は一流なのだ。
——だからこそ今の彼女も『偶然』に感謝する。
偶々彼女と同じように不正解側に選ばれ、視界を横切った一羽の雛鳥を、瞳というシャッターに収められたことを。
「もしもし。ええ、私です。貴方の愛しい『かぐや姫』ですよ」
首掛けのカードホルダーには彼女の名が記されている。
しかしその全ては、月夜という照明の光に覆い隠された。