【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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★第五十四話★ かぐや様は見守りたい

「そうか、そうか……。黒川は昔の恋愛感情を引きずってるんだな」

 

「ええ。ある程度区切りはあるから、寄りを戻そうとかそういうのは考えてなくて……今の関係でも溢れるくらいには十分満足してて……」

 

「でも完全に忘れられないし、次に進む思い出にできない。それは未練があるからだろう? その気持ちは理解できる」

 

「……まあ、そうです。彼は私にとって、とても大切で大事な人で、恩人でもあって……」

 

「だったらその人と尊敬できる部分を口にしてみたらどうだ? 少しは気持ちの整理がつくんじゃないか」

 

「だけどその人、演技や事情があるとは知ってはいても、血縁上は妹である人にキスしたことあるんですよねぇ……」

 

 

 

 やべーよ!? もっとヤベーよ!!? それが事実なら!?

 どうなってんだよ芸能界!? 爛れすぎだろ芸能界!?

 

 

 

 突然高質量でグラビティな情報に、白銀御行の思考は急加速と急停止を繰り返してしまい、冷静になろうとすればするほどツッコミどころ満載な事実に再沸騰が始まるという思考のロジックエラーに苦しみ始めた。

 

 分かってはいた。芸能界はまともじゃないのは分かりきっていた。そんなことは知人であり後輩である『伊井野ミコ』と、その友人である『不知火ころも』から既に聞き及んでいる。

 

 白銀御行でもこのドラマ撮影とは別途で『姫川愛梨』と『上原清十郎』の無理心中について追っている背景がある。

 その原因となったであろう出来事にも証拠を集めてる最中であり、何なら幸か不幸か偶然にも星野マリンのお願いで『姫川大輝』と接触できるチャンスが生まれるほどに。

 

 故にその経緯を辿るうちに、芸能界という業界の闇について末端でも書面で知れば怒りと恐怖を覚えるのが当然だった。

 まだ右も左も分からず、何が正しくて何が悪いのか分からない幼い夢を抱いた雛鳥達。それを夢と現実を境目を曖昧にして、大人達の消耗品として呑み込んで陥れる。時には金にし、時には性的に、時には犯罪に。そういう悪しき文化が、未だに根付いているのが芸能界というものなのだ。

 

 

 

「……私のメソッド演技を活かすには、どうしても雁庵さんの名夜竹さんに対する恋愛感情を理解する必要がある。それが私にとっての彼とどこか似ているような気がして……」

 

 

 

 けど、今目の前で聞いてるのは、そういう芸能界の闇とかそういう類の物ではないのである。

 

 完全な個人に恋愛対象という精神的な有り様と向かい合う思春期のお悩み相談室。

 決して「おかしい」だの「馬鹿じゃない」だのと言ったふうに、批判したり戯けたりしてはいけない当人にとっては大事な話が溢れている。大人として受け止めて、彼らの力となる助言をするのが正しいのだろう。

 

 

 

(それができたら苦労はしないんだよっ!!)

 

 

 

 だがしかし、それに対して真っ当な経験を語れるほど白銀御行は大人ではなかった。いくらスタンフォードといっても、大学卒業をしてから2年の若人でしかない。

 まだまだ酒の良し悪しも未熟で、イベントごとに送る持ち物でさえも青臭いお年頃。お菓子言葉さえも知れば顔から火が出そうなほど恥ずかしくなるような初心なところもある身では、側から聞けば『同性愛』にしか聞こえない黒川あかねの在り方に、白銀御行は早速人生経験の歪さが滲み出ていた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「マ、マリンさんは……その、女の子が好きなんですか?」

 

「まあ端的に言えば。正確にいうと、男性をそういう目で見れないから消極的に考えてそうなるしかないんだろうなって」

 

 あまりのぶっちゃけ具合に、かぐやは頭を抱えることになる。

 自分が古い血筋の家だから違和感が強いのかも知れないが、今時の子達は全員こういうものかしらと悶々としてしまうのだ。

 

 もちろん安心して欲しい。そもそも白銀夫妻が相談をしている黒川あかねと星野マリンに二人は、今世では二人ともどういうわけか『性別が逆転している』というファンタジー要素が加わっているのだ。そんな超常を把握しろというのは土台無理な話なのである。

 

 かぐやだって、まさかこうなるとは思ってはいなかった。

 何故なら話の始まりはすごい恋バナという感じだったのだ。今回の演技について、かぐやの実の母親である『四宮名夜竹』の感情についてどういうものだったのか知るために、マリンはかぐやに確かに問いたのだ。

 

 

 

『人を好きになるって、どういう時なんだろうなって』——。

 

 

 

 瞬間、かぐやの乙女回路は少し恥ずかしそうに溢すマリンに母性本能が擽られて、彼女の中に揺れる分離化された乙女心が久しぶりに会議を始めたのだ。

 

 

 

《恋する乙女だわ! 今こそアダルトでレディな私の経験を言うべき時だわ!》

 

《待ちなさい。これは大人の意見として『氷のかぐや姫』である私が主体になるべきよ。早坂みたいな『アホのかぐや』のお子様意見なんて、星野マリンは求めてないわ》

 

《でもでも! 恋をするのってすごい幸せなことだよ! それはアナタも分かってるわよね!》

 

《……それはそうだけど! 彼が告白してくれた時のことは忘れることなんてできないほどに……》

 

《なら私とアナタの意見は一緒よ! あの時のキスは覚えてるでしょ!》

 

《ファーストキッスは、少しケチャップの味がしたわね! でも私はその後のクリスマスのキッスのほうが印象深いわ!》

 

《この人格ごとの性癖の差はどうなのかな……》

 

《それだけ私達が性欲過多なのよ。早坂も言っていたでしょ、ド淫乱の性欲魔人だって》

 

《あの……いくら私といっても、私自身である『白銀かぐや』を置いてけぼりにしないでもらえます? あと私がスケベな事実を受け入れないで》

 

《全部私だからいいじゃないですか、白銀かぐや。とりあえず氷とアホの意見については、恋愛感情とは無縁な客観的な思想を持つ『幼い私』こと『四宮かぐや』が取り纏めておくわ》

 

《ありがたいわね……自分自身の社交性仮面(ペルソナ)とはいえ》

 

《アナタは好きな人に性癖を合わせるカメレオン女子よ。会長が求めれば雌豚にも女王様になる。S故に相手に奉仕するMであり、M故に相手からの献身を求めるSがアナタなの》

 

《全然良くないわっ!! そして救いようがないわっ!! 絶対に認めたくないっ!!》

 

《かいちょー! かいちょー! まりんちゃんがこまってるのー!》

 

《え、誰!? この子は知らないわよ、私っ!?》

 

《藤原曰く『かぐやちゃま』らしいですよ。あなたのエゴでもかなりレアパターンな。一番素直で一番欲深いし、俗にいう『イド』っていうやつね》

 

《私、この状況下で御行くんの意見求めてるの!?》

 

《ちなみに私こと氷のかぐや姫が『スーパーエゴ』よ。他のは全部ただのエゴよ》

 

《意外と主張が強いわね、氷の私……》

 

《でも安心しなさい。エゴはエゴでも、決してオルターエゴではないのだから。私達の声に素直に耳を通していいのよ》

 

 

 

 全部が全部、紛れもなく『かぐや』自身が持つ内面の一部分でしかないのよ——。

 

 

 

 これはあくまでデフォルトされたかぐやの思考でしかない。

 彼女自身の一部分が口にした通り、決して別人格(オルター・エゴ)ではなく、人間なら誰しもが持つ社会的一面。

 教師や上司の前では忠実である態度を振るまい、友達の前では少し汚い言葉で乱雑に遊び、誰もいない時はジャージなどの部屋着で惰眠を貪る。そういうありふれた人間としての在り方が、極端化しただけなのが、かぐやの脳内なのだ。

 

 

 

『俺には確かに好きになった人がいる。自分の全てを誰かに委ねたくなるような、人に対して甘えてもいいんだっていう信頼としての“好き”が確かに過去にある』

 

『けど僕はもう一つあるんだ。誰かの幸せを無条件に肯定するという意味での“好き”が。一般的にはそれを『推し』っていうんだろうけど』

 

『でも区別がつかない。私には、この“好き”という感情の行方が。それに太陽を見上げるような眩しさに対する思いもあるんだ。これだって本当は自覚してないだけで“好き”って気持ちになるんじゃないかって……』

 

 

 

 だからこそ、かぐやはマリンとの相談の節々で気づいてしまう。

 

 星野マリンは——いや、きっと『星野アクアマリン』は私と近しい部分があると。自分の中にある多面性に苦しんでおり、そして最も痛々しいことに彼女自身『その多面性に苦しんでいることそのものを自覚していない』のだろうということを。

 

 話してる最中に揺れ動く一人称。『俺、僕、私』と明確に三つある。

 

 御行くんが黒川あかねに惹かれる部分に『自分と似た部分を感じる』といっていたように、私もきっと星野アクアマリンに惹かれた部分があるのは『自分と似た部分を感じた』からなのでしょうね。

 

 だとしたら、その心の不安定さと揺らぎには、確かにかぐやには痛いほど分かる部分があった。

 

 もちろん私の不安定さは常に『幸せ』と隣り合わせではあった。

 全部自分自身だって分かってるのに、白銀御行からのファーストキッスは嬉しくも怒りに満ちていた。可愛くあろうと頑張って背伸びをした四宮かぐやに、白銀御行は惹かれ合った。そして恋は実り四宮かぐやは彼との唇を交わした。

 最初に白銀御行を好きになった『氷のかぐや』はそれを眺めているだけで。彼の人となりを知り、彼のために可愛くなりたいと願った氷のお姫様は、いつの間にか恋愛にうつつを抜かす『四宮かぐや』の恋愛として昇華されてしまっていた。

 

 だけど白銀御行のキスだって見栄っ張りのものだ。かぐやに並び立つために持てる武器も時間も全部使った一世一代の大告白。頑張りに頑張り続けて、頑張りに頑張った一生懸命さに、かぐやは確かに白銀御行という個体に惹かれていった。これは間違いのない事実だ。

 故に白銀御行は虚勢を張り続けた。見栄を張った。背伸びをし続けた。その末にあの学園祭でのキスがあった。それは白銀御行にとって大きな成功体験であると同時に、大きな呪いとなっていたのだ。

 

 ある意味では『嘘つき同士のキス』だったのだ。

 互いに相手のためにカッコよくいようと、可愛くいようと背伸びをしたもの同士のファーストキッス。

 

 四宮かぐやは実は悪い子で、見限られたくなくて、押し殺して。

 白銀御行は頑張り屋で、弱い自分を見せたら終わりだと怯えていて。

 

 

 

 それが——かぐやにとって何よりも『寂しかった』のだ。

 互いに全てを見せ合わないカッコつけると同時に、臆病者同士のキス。半分このキス。理解したいのに、理解し合えない関係に寂しくなってしまった。

 

 

 だからこそ、そんな色々なすれ違いがあって事件が起きた。紆余曲折の末にクリスマスの夜、確かに二人は互いの本音と等身大の自分を見せ合い、本当の意味で初めてのキスを結んだ。

 ロマンティックなんて欠片もなくて。甘酸っぱさも香り程度の些細なもので。それでも交わした唇の温もりと、重なった手の冷たさだけは確かだったことを、今でも鮮明に思い出せる。

 

 今後もアナタの新しい一面を知るたびに、アナタに何度も初恋をして、何度もファーストキッスを捧げるのでしょう。と胸を満たすほどに。

 

 

 

『名夜竹さんの気持ちが私には分からない。どういう気持ちで孕った子供を抱えて四宮家の向かおうとしたのか。門前払いされるのは分かり切っていたのに。自分が四宮雁庵さんを損得関係を利用していたものだと理解していて、綺麗な恋愛感情じゃないと受け入れている』

 

 

 

 でも、きっとアナタの揺れ動きはその幸せでは成り立ってはいない。アナタの在り方は痛々しさがある。

 アナタの多重性は私みたいな『恋心』から来るものではなく、弱い自分を、あるいは罪深い自分を象徴する『罪悪感』でしかないのでしょう。

 

 その痛々しさに誰かが理解を示し、そのままでいいんだと受け入れないとアナタはきっといつか壊れてしまうのでしょう。いつの日か疲労から倒れてしまった白銀御行のように。

 

 弱い自分も、可愛い自分も互いに全てを曝け出し合い、許しあうことができ、歩み寄ることができ、手を取り合うことができるのなら。

 

 

 

 これほどまでに救われることはないと、私は知っている。

 

 

 

『俺は人を騙して生きていくなんてできない。罪悪感に潰れて笑って生きられなくなる。例え誰かが肯定してくれようと、己が内に燻る罪悪感が膨れ上がって自分が進まなきゃいけない道に引き摺り込もうとしてくるに違いない』

 

 

 

 だけど——所詮は他人でしかない白銀かぐやでは、そんな大それた助言はすることができないし、してはいけないのだろう。

 

 かぐやは大いに悩んでいた。マリンの話を聞きながらも、どこまでが自分が助力をすればいいのかと。

 ここまではほとんど確定ではあるのだが、基本はかぐやの推測でしかない。マリン本人からすれば眉唾物であり、その心に土足で踏み込むにはあまりにも信頼関係がなさすぎる。

 

 信頼関係のない心の踏みつけ合いは、ただの精神的な冒涜だ。個人に対する侮辱だ。それだけはしてはいけない。

 

 

 

(これは……当人が解決するしかないのでしょうね)

 

 

 

 もう既に色ボケな思考などどこにもない。

 このドラマは四宮家の罪を吐き出すと同時に、その報酬として映画の制作費を融資する。ここまではただの『契約上の等価交換』にすぎず、人としての恩義には報いていない。

 

 マリンが抱える精神的問題に、かぐやは向き合おうとするキッカケになろうと決意する。

 本当の自分に向き合えないまま生きていき、嘘をつき続けて、傷だらけの心と枯れ切った涙を見せることなく、ただ悠然と進み続けて、強さだけを背負う背中を見せる生き方なんて破綻するしかないのだから。

 

 誰かが『隣に立っていない』といけないのだ。

 恋や愛は『相手と向き合う』ことだというのなら、今のマリンに必要なのは恋でも愛でもない。

 

 

 

 ——そういう、ことなのかしら。

 

 

 

 瞬間、どこかでかぐやは脳裏にチラついた。

 暗中模索なドラマ撮影。未だの輪郭さえ曖昧で、その内に秘める『四宮雁庵』と『四宮名夜竹』の関係性がどこかで重なった。

 

 あの二人の関係性は謎が多い。雁庵は間違いなく名夜竹に惚れており、その名夜竹の置き土産として、全力でかぐやを自分なりの方法で愛そうとしていた。

 血が繋がってるのかさえ怪しいほどの娘を、確かに雁庵は愛していた。その不器用さが父譲りなのか、三男である『四宮雲鷹』が気味と性格が悪い立ち振る舞いをしながらも、かぐやに四宮での生き方と戦い方を叩き込むほどに。そんな不器用さを感じるほどに、雁庵は間違いなくかぐやを愛していた。今更父親面なんかできないと溢すほどに。

 

 だからこそ、これだけは言えるのでしょう。

 

「正しいとか間違いとか、歪んでいるとか不器用だとかあるんでしょうけど。どういう愛し方であれ、確かに二人の『愛』はあったんです。それは確かに証明できます」

 

「……どうやって」

 

「だってこうして『四宮かぐや』として育ったのですから」

 

 

 

 かぐやの言葉にマリンは静かに俯く。やがて暫時時間を経てば「そうだな」と我が事のように重く吐き出した。どんなに歪んだ愛でも、確かに子供はそれの証明になると知っているからこそ。

  

 その心中に宿る想いはきっと今とは別物であろう。それぐらいかぐやにだって察しはつく。

 

 

 

 彼はきっと今——自身の生まれ方に『星野アイ』と『カミキヒカル』を重ねたに違いないのでしょうから。

 

 

 

 今宵の話はここで終わる。少女に眠らぬ夜は早いのだから。

 次なるシーンに向け、彼女たちの撮影は朝日と共に迎えることになる。

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