【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜   作:かにみそスープ

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★第五十五話★ ルビーと有馬は動き出す

「めんどくさ〜。この男、すごいめんどくさ〜」

 

 屋外での撮影を終えた終えたルビーは、一足早くワゴン車に次の出番となる台本へと目を通して『四宮雲鷹』という存在を理解しようと黙読を始める。

 

 少しの時間さえ惜しい状況。ルビーは全国チェーンされてる某ハンバーガーショップで予め購入しておいた春限定販売のベーコンバーガーと、塩味だけが無駄に強いポテトを乱雑に口にすると、咀嚼する時間さえも削り取ると言わんばかりにカロリーゼロのコーラで流し込む。

 

「捻くれ具合だけならせんせより上回ってるよねぇ、この人……」

 

 口の中がジャンクフードのミキサー状態だが、不思議なことがこれが意外と悪くないのが恐ろしいところ。不健康的な味わい方だが、同時に健康な体の贅沢な使い方と言えるだろう。

 

 とはいっても、ルビーからすればこれも『四宮雲鷹』を理解するための一つの歩み寄りと言えなくもない。

 

 台本だけに記載されている設定。ドラマでは決して描写されることのない部分。

 四宮という超上流の血筋で生まれた三男。汚い大人の性格と、個人で扱うには膨大すぎる金のやり取りの連続で、若くして社会の歪みを知ってしまった幼くして歪んだリアリズムを抱いた男として育ち完成されることになる。

 

 それがルビーが今回演じる雲鷹の性格であるのだが、そんな彼もどうやら『ドライブスルーでハンバーガーを食ったことがある』という一般人が想像する金持ちとは到底思えない行動がしたことがある——というのをルビーはすでに白銀御行から聞き及んでいる。

 

「……しかもこの人、四宮からすれば若干腫れ物みたいなんだよね」

 

 その立場に星野ルビーは同情してしまいそうになる。

 長男と次男は四宮雁庵の『先妻』が産んだ子供ではあるが、三男である彼は『後妻』が産んだ子供。兄弟関係からすれば腹違いの繋がりであり、どこか異物として取り扱われていた雰囲気が醸し出されている。

 

 それがどこか『天童寺さりな』と重なる部分があるのだ。

 ルビーは「もう踏ん切りはついたじゃん」と髪の毛を掻き分けながら、完全に割り切ることができない自分の未熟さにほんの少しの苛立ちを感じながら、贅沢にも二つ目のハンバーガーに口をつけようとしたところで、ワゴン車の後部座席ドアが今一度開かれた。

 

「おつかれ〜〜。ワゴン車だとハンバーガー臭が蔓延してお腹刺激するわねぇ〜〜」

 

「おっつー。先輩も私と一緒で、別件での収録だからお互い頑張ろーっ!」

 

「もう慣れたけど、アクアの顔で陽キャというかギャルっぽい雰囲気……結構色々くるわ」

 

 それは先ほどルビーが思いを馳せた雁庵の『後妻』役を演じる有馬かなであった。

 今回『四宮雁庵』と『四宮名夜竹』の物語を紡ぐ以上、この二人はその関係性を補完する端役に回ることになった。おかげで星野マリンと黒川あかねと比べたら撮影による拘束時間は雲泥の差であり、こうして談笑もできるほどだ。

 

「はい、これジャーマネに頼んでおいた先輩のバーガーセットね。もちろんピクルス抜きのてりたまベーコンレタスだよ」

 

「……あんがとう。ピクルスの主張無駄に強いのよねぇ〜〜」

 

 人懐っこい笑顔で手渡された紙袋に、思わず有馬は胸の鼓動が早くなってしまう。

 一度だけ有馬はアクアと買い物デートをしたことがある。その時、寒空の下で向かってきた有馬に対してアクアは「外寒かったろ」の一言を添えてホットラテを手渡してくれた。その時の光景を有馬は重ねてしまった。

 

 そうやってアクアの姿を重ねるたびに彼女は思う。

 どこまでもいってもアクアには未練しかない。中身はルビーだと理解はしていても、その顔でその表情を見せられると思わず心臓が逸ってしまう。

 

 ——私って、意外と面食いだったのかなぁ。

 と有馬は自己嫌悪に陥りながらも、意識しない間に食べ終えたハンバーガーの包み紙を捨てると。口元のソースを拭って台本へと手を伸ばした。

 

「じゃあこのまま台本合わせしようかしら。私とアンタはほとんど共演するんだし」

 

「おっけー。親子関係だからどうしてもそうなるよねぇ。母親も雲鷹もかなり歪んだ性格で、解釈違い起こすと無駄に時間かけたくないし」

 

「撮影場所が道沿いの途中だから、こうして一緒に打ち合わせできる時間が長いのが幸いね」

 

 マネージャーが運転するワゴン車は二人を次なる仕事場へと運んでいく。

 二人とも端役であり、四六時中撮影に係り続けるわけではない。別件の仕事も兼用してる以上は、臨機応変に現場を離れるのがこの業界の常だ。

 

 有馬はバラエティに。ルビーはレポーターに。

 良くも悪くも年末年始の一連は大きな影響を与えた。あかねは相変わらずドラマや映画の活動が中心であることに変わりはないが、アクアもメディアへの露出が多くなった。アクアもルビーもマルチタレント適性が高いと判断され、今では安くて使いやすいという意味であらゆる都内の放送局で顔売りも兼ねて引っ張りだこだ。

 

 しかしアクアは今は多忙で外せない用事がある。映画を作る上で、資金源となる白銀夫妻の援助は不可欠だ。

 そのためにはドラマの成功を第一にする必要があるのは馬鹿な自覚があるルビーであっても理解している。なればこそ、アクアじゃなくても出来ることは代わりにルビーが自身が負担しようと躍起になる。自分にできることはそれくらいなんだからと自虐しながら。

 

 

 

 ——ここは私が頑張って、お姉ちゃんの顔に泥を塗らないようにしないとね。

 ——アクアの贖罪を、私は支えると確かに誓ったんだから。

 

 

 

 今日もルビーは古今東西駆け巡る。

 時には肉体労働として体当たり企画にチャレンジしたり、あるいはクイズ番組に出演して馬鹿正直な天然珍回答を披露したり、偶には苺プロの動画チャンネルで歌って踊ったり、ゲーム実況やラジオを収録したりと、とにかく星野姉弟の話題が尽きないように奮闘し続けていた。

 

 

 

『えーと、今度ウチの姉が主演ならびに監督を行うドラマが今年の春に放送予定! 是非みんな見てくださいね〜〜!』

 

 

 

 おかげでプロモーションとしては高レベルなものとなり、ルビーは広告塔として大成することになる。

 ドラマの第一話放送まで約一ヶ月。ルビーは少しでもアクアがアクアとしての作品は世に知られるように直向きに動き続けてくれていた。

 

 

 

「俺の代わりに頑張ってくれるのは大変ありがたいし、何も文句は言わないし、言えないんだが……」

 

「っぅ……ふふっ……そ、うだねぇ……! ルビーちゃん、ふふっ……ア、アクアくんのっ……ぶっ!!」

 

「笑い堪えるのに必死じゃねぇか、あかね」

 

 

 

 それはそれとして、アクアの顔でマルチタレントを遂行する姿を見て、あかねは笑いを吹き出し、アクア本人は何とも言えない表情でSNSを眺めていることは当人のルビーには内緒のことである。

 

 だがアクアも同時に再度決意を固める。

 ルビーにここまで応援されてるんだ。絶対に駄作で終えることなんてあってはならない。映像作品としての試し撃ちは既に年末年始の格付けチェックでの品評で分かりきっている。

 あの後、一から映像作品の基礎を叩き直してきた。五反田監督からのアドバイスも聞き入れたし、何なら有馬かなのツテを利用して『今日あま』の製作陣にもご教授を受け、隙間時間さえあれば参考資料や過去の名作なども見返すほどに。

 

 今度は絶対に映像作品として恥じないものを送り出してやる——。

 そのためには、それに並びうる『演技力』だって身につけてやる——。

 

 だったら、恥の一つや二つくらいは抱えてみろってんだ。

 

 

 

「よし。もうちょっと()として名夜竹さんに寄り添ってみようかな」

 

「……アクアくん大丈夫? 私が言えた義理はないけど」

 

「うん大丈夫だよ。まだまだ恥ずかしいけど、俺は『(星野マリン)』を乗りこなしてみせるよ」

 

 

 

 使える武器は全部使うのが元々星野アクアマリンの芸能界で生き抜く術だ。

 あの日、自身の罪を知らないものとして隔たれた星野アクアが潜在的に抱える『星野マリン』という弱さ。それをしっかりと受け止め、自分として昇華する道を改めて星野アクアマリンは覚悟する。

 

 星野アクアが『罪』を意味しているのならば、星野マリンは『弱さ』の象徴である。

 誰にも頼れず、誰にも縋れず、誰にも打ち明けることなく進み続けた復讐の果て。燃え滓となったアクアが最後に振り返ることで知ってしまった自分が置いてけぼりにした『雨宮吾郎』としてではなく『星野アクアマリン』としての幼さ。つまりは幼稚性。

 

 なればこそ星野マリンは一度だけ確かに泣いてしまった。

 心の奥底でひっそりと息を殺して、自身の弱さを見せないように、晒さないように怯え続けたのに、そんなことを「そうなんだ」と当然のように見つけてくれて受け止めてくれた『星野アイ』に向けて。

 

 そうなのだ。人は存外、弱みを見せられた意外と受け入れてくれる生き物なのだ。

 もちろん幻滅もされるだろう。頼りないと思われるだろう。だけどそれ以上に——打ち明けられた人は『そんな弱みを見せてくれるほどに信頼してくれる』という関係性に、つい頬が緩んでしまうのだ。

 

 

 

「そうです——。人は自分の弱さを見せて初めて、歩み寄れるんですよ」

 

 

 

 陰ながらかぐやはアクアマリンの決意を改めて見定める。

 聡明な彼女でもアクアマリンの全てを知っているわけではない。その胸中にある事情や過去なんてものは知る由もない。

 

 それでも、貴方の覚悟を確かに見届けようとする人がいる。

 月夜で思い人を永劫に待ち続けるかぐや姫のようにいつまでも。

 星の輝きが、いつか夢に届くことを思い焦がれながら見守っていた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「ふぅ〜〜! 本日の収録は終わりとっ! さて晩御飯はウーバーにするか、レストランで済ませるか……悩むわねぇ」

 

「久しぶりだね、有馬かな。元気にしてる?」

 

 既に月が天に座す時刻。場違いにもカラスの鳴き声と共に、有馬の背後にはこれまた場違いな少女が姿を見せた。

 闇夜のせいで白か金か判別が難しい光沢に揺れる髪。夜の暗がりに溶ける白肌と黒の礼服は、見ようによっては亡霊にも見えなくもない薄気味悪さが滲み出ていた。

 

 その身姿に有馬は覚えがないわけではない。

 有馬は一つ面倒臭そうに溜息をこぼすと、チャームポイントの帽子を正しながら声をかけた。

 

「こちらこそ久しぶりね、クソガキ。アンタが高千穂から出てくるなんて珍しい」

 

「これでも神様みたいなものだからね。神様は国を渡るのが得意なんだよ?」

 

「じゃあそんな神様には労いも兼ねて献上品が必要ね。ちょうど晩飯だし適当なデパ地下の焼き鳥でいいかしら? 焼き鳥は高千穂のソウルフードでしょ?」

 

「……神様に対して不遜すぎると思わない?」

 

「じゃあご当地グルメにする? まあ東京は名物だらけなんだけど」

 

「話聞けや」

 

 内心では「こっちなりの善意なんだけど」は有馬は本気で思いながらも少女の手を掴んで都内を歩き始めた。

 この時間帯で身元不明の子供を連れ込んでも怪しまれない、少なくとも必要に注目を集めない場所といったらかなり限られてくる。一番安全なのは一人暮らしで間借りをしてるマンションの一室ではあるのだが、もしも管理人や近所の住人に少女を連れ込んだことを通報されて警察沙汰になったら堪ったものではない。

 

 それでいて少女が納得できそうな食事を提供できそうな場所。

 

「……で、結局ファミリーレストランなわけね」

 

「別になんでもいいからね。むしろ嗜好品は飽き飽きしてるさ」

 

「まあ最近のファミレスは例の感染症対策で席ごとに仕切り壁があるかた身元特定が少し難しくなってていいんだけど」

 

 意外にも少女の口が贅沢ではなくて有馬は安心していた。前の世界と違って今の有馬は売り出し途中の女優に過ぎず、今の所得はそんじょそこらの平社員のサラリーマンに毛が生えた程度のものだ。

 

「有馬かな、自分の仕事は全うしている? まあ数字や成果で表せるようなものでもないんだけど」

 

「安心しなさいな。私なりにどうにかしようとしてるわよ。本当日本の昔話は、かぐや姫を筆頭に無理難題が多いのよ」

 

「それならいいよ」と少女は運ばれてきたお子様ランチを口に運んでいく。オムライス、唐揚げ、エビフライ、ポテトサラダと栄養価をほどほどに度外視した子供の宝箱みたいに乱雑なプレートの食品を少女はお気に召したようだ。

 上機嫌に頬を緩ませる姿を見るだけなら普通の少女だ。いつ見てもこんなのがアクア達の運命を握っていたなんて信じきることができないと有馬は考える。眼前に映る少女は今だけなら本当にどこにでもいそうで、どこにでもいるからこそ思わず世間話でもするかのように吐きこぼした。

 

「アンタとは長い付き合いになるから聞くんだけどさ。アンタのそういう一面、アクアとルビーは知ってたの?」

 

「知らないよ。私がこんな一面をあることなんて。道に迷って立ち止まる時にちょっと嫌味を言うだけの敵対関係だったよ」

 

 少女との付き合いは長いからこそ有馬は知っている。この少女は『嘘はつかない』ということを。同時に『本当のことも言わない』ということを。

 大人であれば誰も身につける処世術。それをこんな少女が持っているなんて相変わらず不気味で奇妙なことだと思いながらも、有馬は饒舌に話す少女の話へと耳を傾けた。

 

「仲が良ければ『アイの子供役(・・・・・・)』を抜擢する時、私に声がかかるはずでしょ。もしくはよっぽど『心が壊れかけて正常な判断ができない』限り、私に声をかけるわけがないんだから」

 

「……それもそうね」

 

 そうだ。あの映画は大成功した。成功したからこそ、すべてが噛み合いすぎてしまったからこそ、どこか余裕がないからこその歯抜けの状態という矛盾にも近い状態で映画制作を終えた。

 故にアクアは復讐をこれ以上ない形で完遂することになってしまった。少しでもどこか壊れていれば、何かしらの運命の悪戯みたいにイレギュラー要素があれば覆せた未来を有馬は今でも夢想しながら、少女への会話を続ける。

 

「……アンタ食べすぎじゃない? 大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。この(からだ)はどこにでもある子供のもの。飢えもなければ温かみもなく、心臓の音さえいらないから、そういうのは無縁なものさ」

 

 意味合いを理解できないほど有馬も察しが悪いわけじゃない。有馬は少女の横に積み重なるお子様ランチのプレート、明太子パスタ、フライドチキン、サラダなどなどの空き皿を流し見しながら思う。

 

 やっぱり、こいつはどこかまともじゃない。常識から離れた存在なんだと何度目かも分からぬ事実を再確認しながら、伝票に刻まれた数字に頭を抱え込んでしまった。

 

「まあ期待しているよ。神々さえも目にしたいと思うような答え(・・)を」

 

 少女は最後に苺ジャムを垂らしたアイスクリームを食べ終えると、イタズラでも終えて満足した子供のように足早に店外に消えていった。

 きっと今から背中を追ってもその姿はどこにも見当たることなどないのだろう。あれはそういう類の力を併せ持つ存在なんだから、と有馬は理解しながらも重苦しく席を立った。

 

「アイツ好き勝手食べて行きやがって……」

 

 現代は基本セルフレジ。有馬は伝票のバーコードを読み込ませると、そこに表示される『¥10,592』という金額に顰めっ面をしながら店を後にした。

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