【推しの娘】 〜Trance Stars Family〜 作:かにみそスープ
★第八話★ Top Survival Fight
数えよ、数えよ——。『四つの罪』を数えよ——。
一つは『虚構』のお話。精算すべき罪は無となった贖い。
彼は一人で尽き果てていく。世界に忘れ去られるように。星の子は眠りにつく。
一つは『深淵』のお話。背負うべき罪を背負えなかった贖い。
少女は寄り添い続けた。彼のために最後まですべてを捧げた。星に祈ることもなく。
一つは『真実』のお話。救えたはずの者を救えなかった贖い。
彼女は未だ演じ続ける。人形としての役割に気付かぬまま。星に願いをかける。
一つは『落陽』のお話。終幕へと抗った贖い。
太陽が沈めば月が舞台を照らす。だが新月は誰にも見られず夜空を踊る。星に照らされることなく独りぼっちに。
今回のお話はいまだ道の途中。
舞台を整える『邂逅』のお話。それでは開幕です。
…………
……
あれから幾数年——。
僕とルビーは高校1年生に。黒川あかねは高校2年生になった。
あの日、私は目眩と吐き気を催して倒れてしまったが、時間が経てば俺の中で折り合いはある程度つく。この『罪悪』を乗りこなす手段は分かってきた。
とりあえずこいつは『復讐』ほど厄介なものじゃない。
演技を楽しんでも大丈夫だ。演技を喜んでも大丈夫だ。
もちろん、こいつが脳裏に過ぎるトリガーもわかった。
罪悪を『私、俺、僕』の誰かが忘れそうになった時に爆発的に広がり、体と脳を領空侵犯してくる。個人としての意識を無理矢理にでも塗り潰し、身体が糸にでも吊るすかのように自分の意思で動けなくなる。
……だけど未だに分からないのが一つだけある。
この『贖罪』に答えが見えてこない。『復讐』の時と違って目的が見えてこない。
暗闇の世界をただ彷徨い歩くだけでは疲弊しかない。おかげでまともに休みが取れた日なんて、ここまで一つもなかった。
眠ってる時でさえ、悪夢を見続ける。
眠ればアイとカミキヒカルと冷たさが重なるのを何度も何度も繰り返される。まともに寝れない日はなかったと言いたいところだが、3ヶ月もすれば心の方が麻痺してしまって、いつしか「ああ、またこの夢か」と冷静に見続ける僕がいた。
でもストレスはストレスだ。おかげでホルモンバランスが崩れてしまったのか、私の身長はルビーの時と比べて小さい。というよりアイと同じだ。
身長は151cm、体重は40kgと痩せ気味だ。体つきは女性特有の艶やかと柔らかを帯びており、年月を重ねる度に自分の性の不一致を自覚せざるをえない。
とはいっても魅力的かと言われたら何とも言えない。
悪夢を見続ける精神病の影響か、性的なバランスからくるストレスなのか。あるいは単純にそういう素質なのか。
何にせよ結構貧相に育った。元が男性としてはありがたいが、それはそれとして少しくらいは自分好みに育って欲しかったと思うところがあるのが本音ではある。決してロリコンではないからな。
「アクアー。支度遅いよ〜〜?」
「待ってろ。本当にこの制服フクザツだな」
ルビーは俺と違って結構理想的に育った。というより、ほとんどアクアの生き写しだ。
身長は目測で170cm。体重はルビーに内緒と言われた。髪型が俺の時よりもちょっと伸ばし気味で、顔つきはハキハキしている。多分アイが生きたまま俺がアクアとして生きてたら、こうなったんだろうと思うくらいには顔色が良い。宝石のようだ。
……『今ガチ』の最初で陽キャぶってた頃を思いだして蕁麻疹が出てきそう。あれは今考えても俺のキャラじゃなかった。
「いや〜〜、でも楽しみだね。ついに高校生だけど、お姉ちゃんの心境はどうだ?」
「お姉ちゃんって呼ぶな。あとわざとらしい男言葉にするな」
「仕方ないでしょ。プライベートではいいけど、集団生活だとそういうわけにもいかないし」
靴を整え、襟を直し、腕時計を確認する。もう行かないと遅刻してしまう。初日から遅刻なんて有名人の子供として赤っ恥なんてもんじゃない。
少し焦り気味にドアノブに手をかける。ガチャリと音を立てれば朝日が玄関を照らし、写真立ての反射光が目に焼き付く。
そこに映るのは幼き日の私とルビーとアイが仲良く映ってる姿。もう戻らない時間を納めた一枚。
前の世界ならこんな写真一枚を見て思い出を噛み締めていただろう。だけど今は違う。ここからもずっと描き続ければいい。星野家の時間と思い出を。こんな写真一枚で、一つの笑い話にできるくらいに。
写真から目を離し、そのまま後ろを向いて言葉を紡ぐ。
「母さん行ってくる——」
「ママ行ってきます——」
「ふぁーい、いってらっはぁーい」
ハーゲ○ダッツ片手にアイは我が子の見送りをしてくれる。
今年で32歳になる我が母親。未だに芸能界現役であり、星屑ながらも眩く姿に何度目か分からない想いを僕は抱く。
——本当に助けることができてよかった、と。
…………
……
ついに——ついに、この日が来た。ずっと待っていた。
私の名前は『有馬かな』——。
どこにでもいる普通の天才美少女高校生——だけではない。
聞いて驚くことなかれ。私は『時間遡行』を経験してきたもの。その体験を使って、これから起きる後悔を全部なくそうと奮起していた。
手始めに『役者』というか『芸能人になる』ことをキッパリと諦めた——。
私のせいでバラバラになってしまった家族を繋ぎ止めるために——。
振り返れば私にとって『天才子役』ってのは枷でしかなかった。
どこに行っても子役時代と比べられる役者人生。演者と演者のぶつかり合いこそ演技の華だというのに、私が戦っているのはいつも『子役の私』だった。
それはアイドルとなってもそうだった。ルビーが生配信でその話題を出すたびに「またこれかよ」と、内心で呆れと自虐を溢してしまう。
ネットや配信のコメントで『重曹』とイジってくれるが、私からすればそれだって『10秒で泣ける天才子役』という子役の栄光から派生したものだ。重曹、重曹って言ってるやつのどれくらいが『今の私』を見てくれているのやら。
……やっぱ卑屈だなぁ。中には純粋にそういう愛称として呼んでるだろうってのは分かってるのに。
そんな子役の私が唯一誇っていいのは『ピーマン体操』とか子役で稼いだお金だけ。金にしか愛されない程度なら惜しくはない。いくらでも捨ててやる。
おかげで私の両親は今も夫婦円満な状態を維持できた——。
どこにでもいる一般家庭の子供。
ちょっと勉強を頑張ればお祝いに外食に行って、誕生日にはちょっと贅沢なお肉を買ってパーティをする。そんな普通の人生。
だから今後のことを考えて、私は役者の道を捨てて『弁護士』とか『介護士』とか『医者』とかになろうと時間を費やそうとした。
——復讐を終えた後のアクアを支えるためにも。それぐらいしか今の私にはできないから。
って、思ってたのに…………。
『速報です。B小町のアイさんを狙ったストーカーが殺人未遂で逮捕されました。被害者であるアイさんは頬に傷があるものの命に別状はなく——』
「……ぉぉいいいいいいいいいいっ!?」
私の努力返せよっ!
いや、喜ばしいことなんだけどっ!!
アイが生きてるのは、そりゃアンタ達には最高だろうけどっ!!!
……なんて頭が熱くなってもすぐに冷静になっていく。
考えれば当然だ。だって私みたいなのが『時間遡行』できたんだ。他の何人かはできると考えた方がいいし、それこそアクアとルビーだって私以上に家族のことは大事に決まってる。そりゃ、アイを救うためにこんな大立ち回りもするに決まってる。
それにそういう『約束』だもんね。『あのガキ』とは、そういう約束したもんね。
今世の私は『舞台装置』に徹するしかないわけか——。
そのためなら道化も甘んじて受け入れてやるわ。赤鼻を付けて無様に踊ってやろうじゃない。黒子だって上等。
——だけど、全部思い通りになると思ったら大間違いだけど。
私は再起して芸能界に殴り込む。憂いがなくなってもアイツらが芸能界に行くというのなら、私だって芸能界に行ってやろうじゃないか。
苺プロダクションは今や登竜門ではあるが、あそこはアイドル家業が中心。同様に合併されたララライも私には合わないから、私は敢えて『ノウハウが少ない新規事務所』に所属することにした。
これはセルフプロデュースの経験を活かせるからってのもある。
私が率先してアドバイスして実行すれば、事務所の意向をある程度動かせる。それに『天才子役』ってレッテルがない分、私に対して変な偏見も先入観もない。非常にフラットな意見として事務所は私の意見を呑んでくれた。
もちろん裏方を熟すのも忘れちゃいけない。人脈と嫌われないためのコミュ力というやつだ。
媚びを売る方法は知ってるから、新参のくせに関係を広く持つことができた。母がプロデュースに関わることもなかったからヒステリックになることもなかった。その分、自分でなんとかしたから家族と過ごす時間は減ったけど。
なんにせよ、新規事務所を利用することで『使いやすく安い原石の女優』として売り込むことに成功した。
何度も何度も端役をやって、何度も何度も関係者各位に頭を下げたり、何度も何度も食事に同伴して聞き飽きた愚痴とか業界話で愛想を振りまいた。
そしてようやく『主役級』の仕事が舞い込んできてくれた——。あの『今日あま』のオファーが私に振られたのだ。
あのプロデューサーが顔面至上主義で本当助かる。見た目だけなら、そんじゃそこらの奴に負けないくらいの自負はあるもの。
そこで座長として大根役者どもを根こそぎ桂剥きにして、一人前にしたところで『今日あま』の撮影は無事に終了。
原作者からもネットからも評価も中々で、一先ずは私の初めてとなる大仕事は成功という形で収まった。大成功じゃないのがちょっと悔やまれるけど。
おかげで今の私の評価は『期待の実力派若手女優』——。
次の出演する番組も決まっていて上々。上り調子。順風満帆とはこのことね。
でも、ふざけんな。私はまだまだこんなもんじゃない——。
もっと、もっと——。私を——。
もっと……もっと……。私を……。
もっと…………。わた、しを……。
いや、いいや。どうでもいいや——。
誰かが前の世界の私をこう言っていた。『巨星』とか『太陽』とか。
なにそれ? 皮肉? 嫌味?
ハッキリ言って言い得て妙だと笑う自分がいてビックリする。
だって『太陽』って『見続けられない輝き』じゃない。
眩しすぎて、輝きすぎて、直視した者は全員焼き焦がす『凶器の輝き』じゃない。
『私を見ろ』——。『私を見て』——。
そうやって主張すればするほど、輝きは増して太陽から人は目を逸らしていく。炎天下に厚着する馬鹿なんていないように、誰だって太陽から逃げていく。
そんなことも気づかないから、もっともっと我儘に。自己中に。もっともっと演技で叫び続けた。『私を見ろ』と。影さえも照らすほどに失礼に、強引に。
そうやってるから——私から全員離れていったんじゃないか。
『自分を本当に見てくれていた』ファンも、家族も、仲間も、友達も——。
全部全部。私の目の前で消えてしまった——。
——だから今世は絶対繰り返さない。
「メイクよし。帽子よし。愛嬌よし」
——舞台装置に徹する。みんなのためにも。
「入学おめでとう、アクア。あとルビー」
——まあ、それでも舞台への花道くらいは飾ってあげましょう。先輩としてね。
「おいっす、ロリ先輩。先輩は女の子なんだね」
「おっす、有馬。お前だけ変わらないんだな」
…………あれぇー? 見覚えがあるけど、見覚えがない二人がいるぅ?
なんか色々と違う。微妙に違う。ルビーに関しては身長が私並みに低いし、アクアに関してはここまで陽のオーラ纏った感じだったっけ? てか身長も微妙に違くね? 私の覚えだと172cmだったはず。いや、間違いない。だってあいつのプロフィール死ぬほど見てたもん。
人違い? なわけがない。
だってこんな特徴的な兄妹が二つといてたまるか。
我ながらすごい顔と挙動で二人を見ているだろう。
理解が追いつかない。追いつかないが……多分そういうことなんじゃないかと感じ取り、女の子に向けて一つの質問を飛ばした。
「What‘s your name?」
「星野アクアマリン」
「なんでよっ!!?」
早速、私が目指そうとした舞台が壊れてるっ!!?
……
…………
「はーはー、なるほどねぇ。女好きのタラシが、ついに自分まで女になったと」
「嫌な見方するな。そんなんじゃねぇ」
「えっ、嘘……。やっぱアンタ、そっち系……?」
「そっちって、どっちだよ。今の俺はこっちもあっちも行けるだろ」
芸能界には物好きな連中が多いのは知っている。
あかねだって東ブレ前のデートの時に「原作が男女カップリング多い作品だから。もちろん女の子はそういう見方する人多いけど」とか普通にBLとかGLみたいな『同性愛』について理解を示している。
この業界ではそういう趣味を持つ輩は割と多いのは知っているが……まさか有馬もそういう類か? 腐っているのか?
「それよりも見たぞ『今日あま』の評判。星3.9と前とは大違いだ」
「そりゃ私が主役陣をガツンと教育しといたからね。メルトだって言えば分かる子だって分かった以上は容赦なんかしないわよ。泣きじゃくるほどに演技指導してあげたわ」
「やっぱお前性格悪いな」
でも実際それくらいじゃないと、あの現場の問題はどうにもならなかったのかもしれない。
「てか私の話はどうでもいいでしょう。私は地道にコネを作ってる中、アンタ達は芸能界に全然顔見せてなかったけど、今はどんな事してんのよ」
「…………今のところ特に」
「ニートじゃない。まあ、そんなことだろうと思ったわ」
「そんなことってなんだよ」
「だって今のアンタは、ルビー共々に『アイの子供』というスター性と話題性が否が応でも付きまとう。早い話が役者にとって大事な『下積み時代』という名の『コネ作り』ができない」
「コネくらいある。……アイのコネだが」
「そのアイのコネが問題なんでしょ」
痛いところつくなぁ。実際事実ではあるんだが。
「未だにアイのスター性は健在よ。しかも芸能界に20年近くいて、お昼のワイドショーとゴールデンタイムのバラエティ番組でレギュラーが一つずつ、深夜帯放送の冠番組が一つと芸能界において大御所同然でもある。気が抜けた顔をしてるけど、今のアイは星屑とはいえ研磨された至上の一粒なのよ」
言われなくても分かってる。あの歳でもアイは現役だ。アイの輝きは一瞬ではなく、恒久的なものだったことの裏返しでもある。
アイはその場に則した言葉を選ぶのが本当に得意だ。故に『無茶振り』とか『アドリブ』とかも咄嗟に対応する天性の才能がある。そういう『場の空気を読む』というのが、とにかく上手い。
……俺だってレギュラー番組に出てた時は『毒舌クール』というキャラでポジションを立たせないといけなかったのに、アイは『星野アイ』というキャラクターだけで生きていくのだから、根本的な部分は違いすぎる。
特にこの『星野アイ』を全力で活かしたのが深夜の冠番組である『アイ・スク・リーム』というクソみたいなセンスのタイトルに反してかなり情操教育に相応しい企画となっている番組である。
内容としては至極単純。アイが今までの経歴からして学がないことを活かし『資格取得とか体験学習』などで人々にマイナーな仕事や資格などを認知してもらおうとする番組だ。
これが界隈では大評判。可愛くも綺麗な女性が資格取得のために作業着を着たり、デスクワークの辛さに共感したり、バイタリティ溢れる体当たり企画に挑戦することもあったりと需要が多くあっという間に人気を得ることになった。
自身が生まれ持つキャラクター性だけで芸能界を生きていくのが難しいことくらい分かる。
だというのにアイは自身が持つ才能も努力とは関係ない、生まれと育ちを活かせる『運』さえも持っていた。そういう意味では伸びるべくして伸びた選ばれた人間だった。
「だけどおかげで貴方達に弊害が生まれた。ハッキリ言ってしまえば今のアイは芸能界からすれば、本人にその気はなくても『選ぶ側の人間』ってこと。そんな人の子供だなんて……もし扱いを悪くして、アイからテレビ局にNGくらったらお偉いさんは困るでしょうね」
「……『爆弾を持ちたくない』ってことか」
「そういうこと。アイのゴマ擦りはするけど、アイの子供にまでゴマ擦りするほど番組側も余裕がない。かといって雑に扱うのはアイの反感を買いそうだから嫌だ。だから業界内で放し飼いにするしかないのよ。今のアンタ達を使いたいのは、藁に縋りたいほどに切羽詰まってるか、礼儀知らずか、あるいはそれ以上の大物かよ」
「レッテルの煩わしさは、私だって知ってるもの」と有馬は渇いた笑いを浮かべて明後日の方向を見つめる。
「それに根本的にアンタ達二人はスター性を帯びている。存在感が強いから『主役級』しかできない。これが面倒臭いことは分かってるでしょ?」
……それこそ分かっている。アイが出演したドラマにおいて理不尽に出番がカットされたのがそれだ。
主役を食うほどの存在感を持つ端役とか、業界人にとって邪魔でしょうがない。スポンサーのイメージ戦略としても、ドラマの場面としても。そんなやつを使おうとする物好きは五反田監督しかいない。
むしろそれで高峯さんもニノさんも頭を抱えていた。あまり同じところで固まってしまうと、順応してタレントとしての幅が伸びない。長期的に見れば自殺行為にしかならないと。
それは監督も認めていて「こっちの現場に誘うのは半年に一回にする。それまでは自主トレでも何でも経験を積んでこい」と言われたほどに。
だから苺プロダクションが合併しているララライにも定期的に通ってレッスンを重ねていた。
しかしここで問題が発生した。女優として演技をしようとすると、元々男性だったということもあって「動きに華がない」とか「動きに柔らかさがない」とララライの皆に思いっきり言われてしまった。
おかげであかねに「ガニ股禁止」とか「胸張って歩く」とか「ヒール靴に慣れて」とボッコボコになるほど作法とか仕込まれて、それを矯正する意味でもとにかく長い年月をかけた。それが今の私のキャリアだ。
というか逆になんでルビーとあかねは問題なく男性としての動きをサラッと覚えてるんだよ。これが生まれ持った才能の差か。
「そこで私から一つ提案があるの。キャリアアップのためのね」
有馬は目を合わせ——『月光』のようにどこか憂いを帯びた笑顔を浮かべて言った。
「——私と『恋愛リアリティショー』に出ない?」
……真意が見えてこない。今の有馬は本当に俺が知ってる有馬か?
面倒見がいいのは知ってはいる。だからこそ新生B小町結成の時にルビーを任せていたんだ。
でも今の有馬はそれが良すぎる。ここまで面倒見がいいわけがない。だってあの有馬だぞ? 基本唯我独尊の有馬が、ここまで純粋に手招きをしてくれるか? いくら俺に好意があった過去があったとしても限度がある。
前の世界だってそうだ。『今日あま』に誘った時だって欠員が出たから、その穴埋めという理由があった。今回もどうせヤバい理由があるんじゃないのか?
……少し引いてみるか。それで自然な受け答えじゃなければ、ちょっと理由をつけて拒否すればいいだろう。
「お前、自分の言ったこと忘れてないか? アイの子供を出演させるのは上が嫌がるだろ」
「鏑木Pは顔面至上主義で伸び代のある若手をピックする『相当な物好き』よ。問題なんてないわ。それに一応Pはアイとは面識もあるし勝手は分かってるだろうし」
……目的が見えてこないが、そういうことなら嬉しい話ではある。流石にこの数年間、実績らしい実績を残せていないのは芸能人生活として結構痛手だった感じは否めない。
売れるには何年もかかるのが、この業界であるのも理解はしているが……それはそれ。これはこれというやつだ。できる限り最短の道は通りたい。
「本当にいいのか? 俺が出たら『星野アイ』の子供として結構目立つぞ」
「あそこは視聴者的には恋愛模様にドギマギする番組だけど、出演者的には『全員が主人公になれる』という放送時間を食い合う戦場でもある。早い話がどれだけメディア受けするかの『単純な実力勝負』がしやすい場所。目立って当然、一種のサバイバルゲームなんだから気にする必要ないわよ」
「まあ理屈は分かるが……。それで有馬が俺を誘う理由になるか? 目的はなんだ? なんかヤバい理由でもあるんじゃないか?」
こうなったら直球だ。有馬の真意を聞き出すために土足で踏み込んでやろうじゃないか。ここでノーコメントなら、ちょっとヤバい現場だと考えて逃げるしかない。
しかし有馬は再び笑った。今度は『夜明け』のような嘘と本当の境目のような笑顔を浮かべて。
「演者としてアンタとやり合ったのは一回きり。それも完敗のね。でも私がアンタに負けてるなんてことは、子役の時以外は一度も思ったことはないわ」
……そういえば、こいつと真正面からぶつかり合うなんて一度だってなかったな。
初めての演技はほとんど騙し討ちでの勝利。次に演技でぶつかり合ったのは『光』と『闇』という比べられない演技。東京ブレイドでは共演シーンが少なくて比べ合うことさえできなかった。
「要はリベンジマッチってことか」
「そう。勝者はどっちが『視聴者の人気を取れる』か。面白いと思わない?」
同じ土俵で正々堂々と戦う——。
初めての感覚だな。こういう感覚は抱いたことなかった。
そうだった。俺にとって演技は『復讐』だった——。
だけど復讐自体は終わった。『贖罪』へと変わったが、この『贖罪』はどういうわけか、それほど俺に対して制限を設けてくるようなものではない。
演技を楽しんでいいんだ——。
演技を喜んでいいんだ——。
演技を愛していいんだ——。
そういうことなら乗ってやろうか。まだ有馬に企みがあるのは分かってはいるが、その上で乗ってやろう。
これでも俺は役者なんだ。勝ち負けには拘るし、楽しみたい気持ちだって人並みにはある。その挑戦状(オファー)受けてたってやる。
「——やってやろうじゃねぇか、有馬かな」
「——かかってきなさい、星野マリンちゃん♪」
※アイ・スク・リームとは※
元々の正式なタイトルは『星野アイのスクール・リーム(LEAM)』というもの。要は『アイと一緒に学校に行こう』という意味合いを持つ番組タイトル。
ただ「タイトルが可愛くない」の一言でアイが番組名称を短縮。結果として生まれたのが『アイ・スク・リーム』である。
スタッフとしては「『アイがスクリーム(キャッキャする、笑い転げる)』でも意味合いは取れるかぁ」と考えて承諾。
ちなみにアイ自身は「『アイスクリーム』の方が美味しそうで可愛い語感」というだけで短縮しただけであり、全員揃って話が噛み合ってない状態である。
なおリームという単語自体には『かすかに光る』といった、星屑となってなお輝くアイの強さが込められたりするのだが……全く本筋には関係ないし、本編で明かすタイミングがない裏話なのでここに共有されました。