ふもふもしてる 作:ふもふもメーコ
今後は三人称と日記が混ざると思われます。
観察日記その一
魔界から帰ってきてから神社に居候が一人増えた。異変解決の帰路にいつの間にかついてきていたそれは見た目はただのぬいぐるみで、だけど動くし私たちの言葉を理解する摩訶不思議な生物だった。よく見ると愛らしいぬいぐるみの姿に心奪われたと言われれば否定はできなかった。
ぬいぐるみが神社に住み着いて数日、玄爺が「観察日記をつけてみてはどうか」と言ってきたのでそうすることにした。玄爺にはご褒美に裏の池に放してやった。というわけなので気が向いた時にぬいぐるみの観察記録をつけることにする。
観察日記その二
今日も参拝客は無し。暇だったので境内の掃き掃除をしていたらぬいぐるみが軒下からじっと私を見つめていることに気づいた。何か用でもあるのかと私から近づいてみると、ぬいぐるみは身を乗り出してふりふりと両手を前に振りだした。その手の先にあったのは私が掃除に使っていた箒。まさかと思い箒をぬいぐるみに手渡してみる。するとぬいぐるみは指の無い両手で器用に箒を掴んだ……というより挟み込んだ。私がびっくりしたのもつかの間、ぬいぐるみは意気揚々と軒下から飛び出し……そして転んだ。当然だ。何せ私が使っていた箒は人間に合わせたサイズなのだから、私の膝下にも及ばない身長のぬいぐるみがそんな物を持てばバランスを崩してしまうに決まっている。何やってんだかと私は笑い交じりにぬいぐるみを抱き起して箒を没収した。身振り手振りで抗議を主張するぬいぐるみを「ちょっと待ってなさい」と制止し私は物置小屋に向かった。お目当てはぬいぐるみでも使えそうな掃除用具。そんなものに思い当たる節はなかったが、とりあえずそれっぽいものなら何でもよかった。
どうにかそれっぽい物を見つけ表に戻る。そこでは座り込んだぬいぐるみが立てかけられた箒をじっと眺めていた。その背中が心なしか自身の境遇を憂いているように見えて私はまた吹き出しそうになった。お待たせと声をかけこの手にあった物を渡す。私が小屋の中で見つけたもの、それは刷毛であった。これなら箒みたいなものだし何よりぬいぐるみでも手軽に扱うことができる。まるで伝説の剣を引き抜いたかのように目をキラキラと輝かせ刷毛を掲げたぬいぐるみはそそくさと境内へ飛び出していった。まぁ、あのサイズじゃ効果はなしのつぶてだが献身的なその姿には少し心を打たれるものがあった。
観察日記その三
あれ以来ぬいぐるみはよく家事や仕事を手伝ってくれるようになった。楽ができるに越したことはない。そう思った私は道具の場所や使い方などを教え適当に放っておいたのだが、当初は物は倒すわ棚から落ちるわで見てられるものではなかった。危なっかしくて堪らないのでしばらくの間は常に傍で気を張っていたのだが、だんだん手際がよくなっていく姿にいつしか私はぬいぐるみを眺めるのが日常になっていた。
観察日記その三
ぬいぐるみを観察していてわかったことがある。それはぬいぐるみが自身をぬいぐるみだと自覚していることだ。何を言っているかわからないと思うが、一緒に暮らしているとぬいぐるみにはいくつか絶対触れないものがあるのがわかる。それは水と尖ったもの。確かにどちらも布にとっては天敵だ。濡れれば腐食の元になるし、体も重くなる。だからぬいぐるみは家事の中でも皿洗いや洗濯などの水仕事は絶対にやろうとしない。雨の日に至っては湿気から逃れるように押し入れの中が定位置になる。引き戸の隙間から顔を出してこちらを窺う様子はそれはそれはかわいらしい姿だったとだけ書いておこう。
尖ったものの方だが、これは私が妖怪退治に使う針の手入れをしている時に気が付いた。机の上によじ登ったぬいぐるみが机の上にばら撒かれた針を見た瞬間、弾かれるように飛び降り机から距離をとったのだ。魚の骨程度なら平気なのだが包丁やささくれ立った物は見るだけでも身の毛がよだつらしい。だが例外もあった。不思議なことに裁縫針に対しては何の反応も見せなかったのだ。……もしや自分が縫いぐるまれた記憶でも存在するのだろうか?謎は深まるばかりである。
観察日記その四
今日は初めてぬいぐるみと魔理沙が対面した。その時私はちょうど母屋の奥におり、ぬいぐるみはいつも通り境内を刷毛で掃除していた。境内に魔理沙が降り立つ瞬間、そこには私そっくりの小さなぬいぐるみが私よろしく掃除をしているものだから魔理沙は私が小さくなったと思い込み大慌てだったらしい。何やら表が騒がしいと鬱陶しく覗いた私が見たものは、ぬいぐるみを抱え上げ「何があったんだ霊夢!?」とひたすら叫び続ける魔理沙と、耳元で叫ばれ五月蠅い離せと言わんばかりに刷毛を魔理沙の頭にぽこぽこと叩きつけるぬいぐるみという、奇妙極まりない光景だった。
あきれ果てた私が後ろから声をかけてやれば、魔理沙は幽霊でも見たかのようにぬいぐるみを抱きしめ滑るように後ずさりしやがった。失礼なやつである。そのことはひとまず無視して未だ混乱の淵にいる魔理沙に懇切丁寧に説明してやる。魔界に行った帰りにいつの間にかついてきてましたなどと言えば馬鹿にされるのは目に見えているのでその辺は省いて、少し前から神社で居候させてる動くぬいぐるみとだけ言っておいた。それでも魔理沙はまだ現状を理解できていないようで、腕くみしながらひとしきり唸った後「つまりペットのようなものか?」と聞いてきたので、その辺は私にもまだ踏ん切りがついていないがとりあえずそうだと答えておいた。
まぁ上がりなさいと誘う私に言われるがまま魔理沙は神社に足を踏み入れ腰を下ろした。ちなみにその胸にはぬいぐるみが抱かれたままである。いい加減離せと言うようにまたも刷毛で魔理沙の頭を叩いてようやく解放されたぬいぐるみは、持ち場に戻るかのように境内に駆け出し掃除を再開していた。「誰かさんに似て乱暴だな」というつぶやきは聞かなかったことにする。
観察日記その五
ぬいぐるみが気になるのか、魔理沙はそれから連日神社に顔を出した。賽銭ぐらい入れていけと言ってみたが案の定スルーされる。お相手は当然ぬいぐるみ。というか最近は私よりもぬいぐるみに構っている時間のほうが長いと感じるのは気のせいではあるまい。日がな一日ぬいぐるみに張り付き、時折ちょっかいをかける姿はさながらストーカーだが、当のぬいぐるみは邪魔にならないならいいようでちょっかいをかけられない限り静観を通していた。ぬいぐるみを観察する魔理沙を観察する私という至極無駄な構図がここに完成していた。
観察日記その六
今日は魔理沙が家からいろいろなガラクタを持ち込んでいた。どうやらぬいぐるみが興味を示すものが知りたいらしいが、ちゃんと持って帰ってくれるだろうか。というわけで検証してみた結果、反応を示したのは主に二つ。一つは人形。仲間意識でもあるのかつついたり握手したり刷毛で叩いたりしていたものの、相手が動かないことを悟ると少し寂しそうにしていた。で、もう一つ予想外の反応を見せたのがなんとバケツだった。ぬいぐるみはバケツの中身が空であることを確かめると、突然そのバケツを頭に被るという奇行を見せた。呆気にとられる私たちをよそにこれまで見た中で一番嬉しそうな態度で仕事に戻ろうとするぬいぐるみを慌てて引き留め、私たちは人生初のバケツとのにらめっこを行うことになった。バケツを取り上げ穴が開くほど調べてみたが霊的なものも魔法的なものも見つからず、日が落ちるまで議論し続けた結果出た結論は「本能的にバケツを被りたがるだけ」であり、とてつもない徒労感を味わう羽目となった。
帰り際に魔理沙がついでのように「こいつ連れて帰っていいか?」と聞いてきた。いいわけないでしょ。持って帰るなら今日持ってきたガラクタだけにしなさい。
観察日記その七
今日はぬいぐるみを連れて香霖堂に出かけてきた。霖之助さんは来客が私だと認めると「なんだ、君か」とすぐさまぶっきらぼうになった。しかし私が抱えていたぬいぐるみを見ると目の色を変えて近寄ってきた。さすが幻想郷きっての珍品マニア、絶対に食いついてくると思っていた。霖之助さんがあまりにもじろじろ見つめるものだからそんなにぬいぐるみが気になるのか聞いた。曰く「道具屋としても、僕自身としても実に知的好奇心が刺激されるね」。期待通りの反応が得られたことでほくそ笑みながら私は今回の目的である交渉を始めた。
私の要求はいたってシンプル。新しい巫女服が欲しいからくれ。なぜかというと、ぬいぐるみは私にそっくりだが衣服だけは大きく違い、紅白に彩られたリボンにスカートという飾り気のない今の巫女服をアレンジしたファッショナブルな装束だったので少し羨ましくなったのだ。何よりこいつとお揃いというのが嬉しく思える。それぐらい私はぬいぐるみに愛着を抱いていた。対する対価はもちろんぬいぐるみ。汚したり傷つけたりしない限り好きにしてもらって構わない、といったものだ。霖之助さんなら変なこともしないだろうというある種の信頼も含まれている。
ぬいぐるみをいたく気に入ったのか霖之助さんは二つ返事で引き受けてくれた。少し恥ずかしかったが服のデザインを伝えると、霖之助さんは意外そうな顔で視線を私とぬいぐるみを行き来させてからすぐさま採寸に移った。こういう時の霖之助さんは本当に仕事が早い。あっという間に型を取り終え、今度は促すような目を向けてきたので答えるように私はそっとぬいぐるみを店の床に置いた。決して綺麗とは言えない床にちょこんと腰を降ろすぬいぐるみの姿に霖之助さんの頭上には?が浮かんでいた。それでも私が動く気がないと察するとため息交じりに自らぬいぐるみの元へ歩み寄り、しゃがみこんでぬいぐるみと目を合わせたその瞬間。ぬいぐるみは待っていましたと言わんばかりに勢いよく立ち上がり霖之助さんの顔に覆いかぶさった。驚きのあまり……というか顔全面にくる衝撃で霖之助さんはしりもちをついていた。ドシンと地面が揺れれば周囲の商品という名のコレクションも音を立てて震えた。見た限りでは何かが落ちて壊れたということはなさそうだった。くぐもったうめき声を上げる霖之助さんが顔に張り付くぬいぐるみを引っぺがすと、いかにも不機嫌そうな顔が露わになる。そんな霖之助さんを前にしてもぬいぐるみはドッキリ大成功とでも言うように万歳した。そんな一連の盛大な仕掛けに私は大いに笑わせてもらった。
全てを諦めた表情の霖之助さんが出してくれたお茶を啜っているとぬいぐるみを調べていた霖之助さんがぬいぐるみの出所を尋ねてきた。私が正直に魔界と答えると霖之助さんはさらに眉間に皺を寄せ考え込んでしまった。それから霖之助さんはずっとぶつぶつと「自律して動くぬいぐるみがただのぬいぐるみ……?」やら「魔法生物ではないのか……?」などと独り言を言っていたが、そろそろ日も落ちてきたので帰ることにした私は未だ思考の渦にいる霖之助さんからぬいぐるみを奪いさっさと店から出た。後ろでは反応の遅れた霖之助さんが驚愕していたが、あいにく貸すとも置いていくとも言っていないのよね。
観察日記その八
先日頼んだ服がそろそろできそうだったので再びぬいぐるみと一緒に香霖堂に。ぶつくさ言いながらも霖之助さんは完成した巫女服を出してくれた。なかなかの出来栄えで私としても満足の一品だったのだが、たまたま居合わせた魔理沙がお揃いを馬鹿にしてきた。ムッときたのでぬいぐるみに代わりに頭を叩いてもらった。魔理沙も叩かれ役が板についてきている気がする。
上天気で店の裏で着替えてたら何やら魔理沙が霖之助さんに頼み込んでいるのが聞こえてきた。どうやら新しい服が羨ましかったらしく自分も服が欲しいとせがんでいるようだった。最終的には霖之助さんの方が折れたようで魔理沙は大喜び。霖之助さんって結構押しに弱いところあるのよね。
お披露目してみせたところ二人の反応は芳しくなかったが、ぬいぐるみは私より嬉しそうにしてくれていたのでよしとする。
観察日記その九
なんだか空が薄ら紅い。ぬいぐるみも時折空を眺めてはそわそわしている雰囲気だ。
観察日記その十
辺り一面が真っ赤な霧に覆われた。お日様の光すら届かない濃霧はどうやらただの霧ではないらしく濃い魔力を孕んでいる様子。湿気が怖いのでぬいぐるみを家に入れ閉じこもるも、密閉した空間で過ごしているせいで気分が鬱屈としてくる。今日はぬいぐるみを抱いて寝よう。
観察日記その十一
大変なことに気がついた。お日様の光が遮られているということは洗濯物が一生乾かない。部屋の隅でじっとしているぬいぐるみの調子も悪そうなのでとっとと異変の元凶を懲らしめに行くことにした。
観察日記その十二
緊急事態。異変解決から帰ってきたらぬいぐるみがいなくなった。
なぜ?どうして?昨夜の状態で外を一人で出歩けるはずもないし……。とにかく早く見つけなくては。