孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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初投稿です。


1. 分娩

 

 

 

 

 

ずるん、と鈍い音がする。もうこの痛みにもすっかり慣れたはずなのに、喉の奥から呻き声が漏れる。床に横たわったまま痙攣をやめない自分の体。なんとか頭だけを起こして、たった今生まれた我が子の姿を一目見ようとする。

 

たしか、今回は犬人(コボルト)だったかな。

 

生まれたばかりであろうに、すでに4本足で堂々と立ち上がる姿。3日もすれば前足も地面から離れ、二本の足で立つことだろう。

凛々しく鋭い顔、羊水に濡れた長毛気味の毛皮、ぴんと張った大きな耳。どれも僕とは似ても似つかない。血のように真っ赤で、まるでガラス玉のように鈍く輝くその瞳を除いて。

 

()()()我が子は、僕と全く同じ色の瞳を大きく見開いて僕の姿を視界に写し、こちらに向かって深く、深く平伏した。どうせもう会うことはないのに。この子の人生に僕の存在はもういないのに。

 

あぁ気持ちが悪い。生まれたばかりの我が子が、自分の行く末を理解していることが。不快だ。自分が産んだとは信じたくない、化け物のような我が子が。嫌いだ。我が子に嫌悪感を抱く自分自身が。

 

震えの収まってきた体に鞭を打ち、僕も立ち上がる。下腹部から垂れる大量の血は無視。どれだけ血を失ったって、どうせ死ねないのだから。

 

我が子と向かい合う。体長は50cmくらいであろうか。よくこんなに大きな()が150cmあるか分からない自分の体から五体満足で産まれてきたものだ。と、いつもながら思う。

 

生まれたばかりの自分の子供。なんとなく、抱擁をしなければならない気がした。一歩。手を広げ、そちらへ踏み出す。瞬間、目の前の何かは顔を上げた。目が合う。どこまでも赤く、紅く、暗い瞳。その視線に縫い留められたかのように、体はそれ以上動かなかった。僕がここに居る理由。僕の持つ、忌々しい摩訶不思議な力。見た者に根源的な恐怖を与える悪魔の眼。

それを受け継いだ我が子は、突然歩みを止めた僕をもう一度見た。その顔は、少し、寂しそうに見えた。

 

「あ…」

 

今度こそ、今回こそ。動け、動いて、愛させて。そんな僕の想いは、今日もきっと叶わない。

ギィ、と重い音。この部屋の唯一の動線である、古く汚い扉が開いた。

 

入ってきたのは、見上げるほどに長身で、感情が完全に抜け落ちたような無表情の男。男は僕と対面する我が子を一瞥して一言。

 

「よくやった」

 

男が我が子に手を掲げる。瞬間、我が子の姿がかき消えた。恐らく『(アジト)』の方に転送したのだろう。その結果、誰もいない空間に向かって手を広げている状態になった僕。男は、もう僕のことを見ていなかった。

 

「三日後、また種を送る」

 

返事する間もなく、男は部屋を出ていった。無表情のはずなのに、男から感じる確かな嫌悪感。それは差し詰め、下賤な身()に対する軽蔑といったところか。

 

その場にへたり込んで、広げた手で我が子がいた空間ごと、自分の身を抱く。空を切ったその手はあまりに空虚で、冷たかった。

 

僕だって、望んでこんなことをしているわけがない。でも、もう怒りも湧かない。頭を占めるのは、魔法少女との戦いで使い潰されるであろう、自分が産んだ犬人のことだけ。

 

「…また、愛せなかったな」

 

今日も、抱きしめることができなかった。もう二度と会うことはないであろう自分の子供。望まない強制的な出産の結果であったとしても、生まれた子に罪はない。きっと。だから僕は、最初で最後の「生まれてきてくれてありがとう」を、彼らに伝えたかった。薄暗く、ただでさえよく見えない視界がさらに滲む。不思議に思って顔に触れる。頬が濡れていた。

 

目を擦ってやると、燻っていた感情が溢れ出して嗚咽が漏れる。僕って、まだ泣けるほど人間だったのだな、と溢れ出る涙を手のひらで抑え込みながら、人ごとのように心中で呟く。

案外冷静な頭の割に、自身の紅い目からこぼれる涙は一向に止まらない。口から、無意識にごめんね、ごめんねと漏れる言の葉を止める術を、僕は持っていなかった。

 

袖を湿らせ、嗚咽をこぼす。床を濡らし、懺悔を漏らす。もう何時間泣いていたのだろうか、やっと僕が涙を枯らした時、いつのまにやら置かれていた質素な食事はすっかり冷めていた。

 

無造作に床に直接置かれたパン。具のない冷えたスープ。乱雑に混ぜられたよくわからない料理の残飯。驚いた。きちんとパンまで用意されているなんて。時計もなく、日光も入らない地下なので正確にはわからないが、恐らくここ一か月ほど男に対して一言も口を聞かなかった僕の様子に、流石に危機感を抱いたか。たとえ肉体が死ななくても、精神が死ねば僕の有用性は少し下がる。そう、少しだけ。そうだ、「紅露 椿( こうろ  つばき)」が死んだって、きっとあちらは困らないだろう。ならばこれはただの気まぐれかと思い直し、食事を取りに行くために再び立ち上がる。

 

「あれ?」

 

立ち上がったはずの自身の視界は、変わらず床のみ。遅れて、意識が遠くなるほど強い目眩。どうやら倒れてしまったようだ。僕は少し期待した。終われるのか、これで。

…なんてことはなく、すぐにこの体は正常に戻ってしまう。ため息を飲み込む。こんなことでいちいち絶望していたら、正気がいくつあっても足りないだろう。

 

でも、期待してしまう。死という救済を。誰かが僕の首を横一文字に切り裂いて、この地獄から僕という存在が消えるのを。

 

また普通の生活を送りたい?まさか。誰も僕を助けられない。いや、助けない。

 

人類の敵の一柱、『孕娼の魔女』のことを。

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