孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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10.農場

 

 

危険度A。それは、一人で都市の崩壊を引き起こせると判断された歩く大災害。彼らは皆、Bランク以下とは逸脱した特殊な力を持っている。彼らと対峙し、敗れていった魔法少女たちのあまりの数の多さから、彼らは対策課の認可をもらっている魔法少女にしか戦闘許可が出ていない。

 

そして、出会ってしまった時に彼らから逃げるために、現在確認されている危険度Aの怪人たちは全員、見た目と能力が全ての魔法少女に公開されている。

 

 

幼い顔立ちに真っ黒な髪。菫の呟きに対して、濁りの無い澄んだ青い目をうざったそうに歪めているその怪人は。

 

「うわぁ、ぼくのこと知ってるの?なんで?ストーカーじゃん」

 

マーダーは、心底嫌そうに吐き捨てた。

 

「ブロッサム!サンフラワー!この怪人の能力は不可視のあらゆる殺人道具を領域内で自由に扱える冥冥の快楽(ハイデンウェポン)!領域は怪人を中心におよそ10メートル!」

 

「わかった、ありがとう!」

 

公開されている怪人のデータベースを全て暗記している菫をありがたく思いながら、桜は油断なくマーダーを見据える。そんな魔法少女たちの様子に、マーダーは不用心に項垂れた。

 

「そこまでバレてるの…?ぼく、今回で地上に出るのまだ4回目とかだけどなぁ……これで『家』のトップもやってるってバレたらどうなっちゃうんだろ

 

面白くなさそうにいじけるその様子とは対照的に、桜の視界に映る怪人の感情は、『自棄』と『殺意』。片手間に狙われている。背筋が冷たくなった。

 

「二人とも右に飛んで!」

 

只事でない桜の緊迫した声に従いその場から飛び退く。先ほどまで菫とひまりがいた場所の地面が、まるで斧がささったかのように大きく抉れた。

 

「え!これ避けるの!?」

 

マーダーが初めて驚いたような表情をする。二人が飛び退いたのと同時に、桜が速度重視で射った竹矢を片手で掴みながら。自分の攻撃を意に介さない怪人の様子に、桜は思わず歯噛みした。

 

「うーん、てことは結構上位の魔法少女か…じゃあ丁度いいかもね」

 

「…?」

 

突然戦意を霧散させたマーダーに怪訝な顔をしていると、黒髪の少年はまるで執事のようにその場で恭しく礼をした。

 

「せっかくだし自己紹介をしようかな。ぼくはマーダー。()()()()()()えーと…そうだ、農場(ファーム)』構成員。いたって普通の下っ端だよ!」

 

「「「———ッ!?」」」

 

彼の発言は、桜たちを動揺させるのに十分すぎた。悪名高い危険度Aの怪人が、魔女の配下。そして魔女が組織を運営しているという事実。

 

「ってことは『魔女の児』ってやっぱり…」

 

「え?あぁ、彼女が産んだ子たちね」

 

マーダーがその相貌に似合わない醜悪な笑みを浮かべ、ひまりの呟きに応える。

 

「彼らは魔女の忠実な(しもべ)だよっ!」

 

桜の抱いていた妄想が、過去が、ガラガラと音を立てて崩れていく音が聞こえた。そうか、魔女は自分の意思でこんなことをしているのか。やはり彼女を助けられるとは幻想だったのか。ぐるぐると回る思考。しかしそれをゆっくりと咀嚼する時間はこの場になかった。

 

「このこと、対策課とかにちゃんと伝えといてね!ぼくはあくまで重要なポストに居ないっていうことを特に!」

 

マーダーが見た目の年齢相応の態度でおねだりをする。その後魔法少女たちが真剣に自分の話に耳を傾けていたことを確認して満足そうな表情を浮かべると、彼は楽しみでしょうがないと言ったように紅潮した顔で叫んだ。

 

「はい!おしゃべりはおしまい!ここでお別れっていうのも味気ないし、やろうよ!ただ殺すのもいいけど、やっぱり戦うのも楽しいんだよねー!」

 

 

青い目をきらきらと輝かせて、マーダーは手を振り払う。それと同時に、鈍器のような鈍い音を響かせて金髪の魔法少女の体が大きく吹き飛ぶ。

 

「サンフラワー!」

 

チェリーブロッサムの悲痛な声が、開戦の合図となった。

今すぐ彼女の安否を確認したい気持ちをぐっと堪えて目の前の怪人を見据える。

竹矢は効かなかった。金属矢は隙が大きい。それに対してマーダーの能力は、あった方がやりやすそうにしているとはいえ、予備動作すら必要ない。

 

思案する桜の眼前で、マーダーの『殺意』が大きく膨れ上がる。それをはたと見据えた桜は後ろに跳びながら不可視の大槌を矢で弾き飛ばした。再び攻撃を防がれてしまったマーダーは、思わず顔を顰めた。

 

これだ。真理の目。数多の怪人と渡り合ってきたことで得た新たな力。マーダーの感情、そして動作と目線からなんとなく彼の狙いが分かる。

 

彼の不可視の攻撃に私は対応できる。

 

これは桜にとって大きなアドバンテージだった。

 

「いったーい…でも、今の8割は『吸収』してやったよ!」

 

再び戻ってくるサンフラワーに安堵していると、バイオレットが真剣な顔でこちらに話しかけてきた。

 

「ブロッサム、あなたマーダーの攻撃がわかるの?」

 

「うん、なんとなくだけど」

 

「それなら私に考えがあるわ。私が隙を作るから、サンフラワーが吸収した分の反転(カウンター)をぶち込んでやりましょう。ブロッサムは…」

 

「わかった。攻撃の対処だね」

 

「えぇ、難しい役回りだけど、あなたにしかできないの」

 

「任せて!二人の事は絶対に守ってみせる…上!」

 

即座にバイオレットが杖を振り上げる。紫の光と不可視の殺意が激しく交差した。

 

「もー…あんまり余所見しないでよ。そのくせに防ぐし…」

 

そう言っていじけるマーダーに向かってバイオレットが駆ける。

 

「右肩!」

 

逆袈裟に振り上げた杖が不可視の刀を弾き返す。甲高い音が鳴った。

 

「足元!」

 

杖で地面を勢いよく突き、その勢いで飛び上がって下で炸裂する何かを避ける。

 

「鳩尾!」

 

着地して息つく暇もなく杖をフェンシングのように目の前に刺突。手の中を滑らせて前に撃ち出すように放った鋭い突きは、不可視の弾丸と正面衝突して弾丸を粉々に打ち砕いた。

 

敵までの距離はあと5メートルほど。後ろからは桜の気配。大丈夫、守ってくれる。ここからは攻撃だけに集中する。そうだ、集中しろ。思考が加速する。私の能力。私だけの世界。マーダーの動きがゆっくりになっていく。手に握った不可視の何か。桜が空中に放った矢を一瞥している。コンマ単位の隙。——ここだ。杖を激しく回転させて、マーダーの左足を打ち払った。

 

杖と足がぶつかり合う鈍い音と共にマーダーがバランスを崩す。体勢を立て直すために下を向いたまさにその時。怪人の目の前でサンフラワーが構えていた。音を置き去りにした正拳突き。拳から渦巻く貯めた力の奔流が、余す事なくマーダーへ注がれた。

 

轟音。吹き飛ばされて、ビルに激突し、うつ伏せに倒れ込む。

 

極限までの集中による疲れでへたり込むバイオレットに、全てを込めた攻撃で力を使い果たし仰向けに寝転がるサンフラワー。

 

「…やったの?」

 

「ちょ、菫ちゃん、それフラグ……あっ」

 

傷一つないマーダーが、立ち上がった。

 

「想像以上だよ。すっごく楽しかった。だから、僕のとっておきを見せてあげる」

 

手を掲げる。

 

鉄の処女(アイアンメイデン)

 

マーダーがそう呟くと、突如具現化した巨大な聖母が魔法少女たちを取り囲んだ。空洞になっている内側には、一つ一つが必殺の威力を持った針が無数に並んでいる。

 

マーダーがぱちりと指を鳴らすと、軋んだ音を鳴らして巨大な処刑具が閉まっていく。

 

明確な形をもって迫る()に、桜の顔が青く染まった。

 

駄目だ。勝てない。いや、逃げられない。私一人なら逃げられる。でも動けない二人を抱えて逃げるのは不可能。———どうする?どうすればいい?どうすれば大切な仲間たちを守れる?

私にはない。仲間を守る力が。でも。それでも。せめて自分の手の届く範囲は。助ける。何がなんでも救ってやる!!!

 

ふと、右手に硬い感触。弓は左手に持っているはずだ。じゃあこれは?怪訝に思って手を開くと、そこには真っ白な刀身をきらりと光らせる美しい()()()。こんな状況なのに、見惚れてしまった。小さな刃に似つかわしくない、あり得ないほどの密度の力。

 

何をすればいいのかは、小太刀が教えてくれた。迫る針の一つに、そっと傷を入れる。瞬間、桜たちを囲んでいた鉄の処女が光の粒子となって霧散した。

 

呆然とした顔でそれを眺めるマーダー。その顔が、憤怒に歪んだ。

 

「駄目だ、それだけは駄目だ。絶対にここで殺す」

 

足を踏み鳴らしてこちらに迫るマーダーの首元を、突如現れた長身の男が掴んだ。

 

「限界だ」

 

「まってワームホール。あいつだけはここで…」

 

「諦めろ」

 

ぶっきらぼうにそう言い放った長身の男は、マーダーと共に足元に突如開いた穴に吸い込まれるように消える。そんな彼らを見ながら、桜は呆然として手に持った小太刀の熱を感じていた。

 

 

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