孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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12.突入

 

早朝。桜が『対策課』に着いた時には、すでに召集の要請が来ていた魔法少女たちの大半が集まっていた。案内された部屋に入ると一斉に他の魔法少女たちから見つめられ、桜は冷や汗を流す。

そろりと自身の席へ座ろうとした時、桜を見ていた魔法少女の1人が嬉しそうな顔でこちらに近づいて来た。

 

「ん、桜。久しぶり。会いたかった」

 

そういって桜に軽く抱きついてくる。

 

菖蒲(しょうぶ) 綾芽(あやめ)。またの名を、魔法少女アイリス。県内最強の魔法少女にして、日本でも数少ない『銃』を武器に持つ魔法少女である。

 

「綾芽ちゃん、私も会えて嬉しいよ」

 

会議室の静謐な雰囲気の中で綾芽のようにはしゃぐ勇気はなかったので、綾芽に抱きつかれながらも小声でそう答える。

 

桜と綾芽は共に『魔女の児』を安全に浄化できるこの地域でも数少ない魔法少女であったため、同じ場所に滞在する訳にはいかなかったのだ。

 

「桜がいれば私は百人力。きっと魔女も浄化してみせる」

 

少し興奮しながらそう答える綾芽の言葉に、桜はかすかに表情を曇らせる。

 

今日ここまでたくさんの魔法少女がこの街の対策課に集められた理由は、ずばり『農場(ファーム)』の拠点が見つかったからである。

 

桜たちが対面したマーダーを、戦いの途中で連れて帰った怪人。彼は名をワームホールと言い、その能力は転送(ワープ)。範囲内を自由に瞬間移動できるという非常に強力なものだが、その範囲は1kmと限定的である。『対策課』がワームホールが出現した場所の周りの地下をしらみつぶしに調べた結果、厳重に隠蔽された謎の建物が見つかったのだ。

 

魔女が率いる組織の拠点の情報を掴むきっかけとなるという功績を得た桜たちだったが、マーダーと対峙したことを知って飛んできた淡河(あわかわ)さんにこっぴどく叱られた。

桜たちの健闘をただ手放しに讃えることなく、生きていたことを喜んでくれた淡河さんに抱きしめられながら、私たちは素敵な担当職員に巡り会えたな、と桜は思った。

 

予定の時間がもう間も無くとなったので、綾芽といったん別れて席に座って待つ。すると、少し遠くの席に座っていた菫とひまりがジトっとした目で桜を見てきた。本当は彼女らと一緒に『対策課』へ行くつもりだったが、桜が寝坊したせいで先に行ってもらっていたのだ。

 

二人の非難の目線からさっと目を逸らして逃げていると、会議室の中に1人の職員が入ってきた。

 

「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。これより『農場』突入作戦の計画を話します」

 

まだ自分の気持ちは曖昧だ。しかし、もうここまで来たら後戻りはできない。桜は身を引き締めて職員の話を聴き入った。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな。ここは敵方の拠点。危なくなったら自分の命を優先して」

 

アイリスへと変身した綾芽が、この作戦に参加する魔法少女たちに語りかける。

 

ここは下水道。対策課の情報によると、この先に『家』がある。今は潜伏しているのでおそらく魔法少女がここまで来ていることは『農場』側に知られていないが、桜たちがこれ以上進めば正面衝突することは必至であった。

 

「魔女…刺し違えても殺してやる」

 

緑の髪を腰まで伸ばし、暗い眼をした魔法少女がぼそりと呟く。それをアイリスは聞き逃さなかった。

 

「クローバー、あなたの気持ちはわかる。でも今回突入するのは未来の被害を減らすため。復讐を目的にしないで」

 

「いいや貴女にはわからない。説得するために同情のふりでもしてるの?不愉快」

 

「……今の発言は軽率だった。ごめん。でもお願い、これだけは聞いて。どうか死に急がないで」

 

「…ふん」

 

鼻をならしてアイリスから離れるクローバー。浮かない表情を浮かべたアイリスをチェリーブロッサムは心配して、あえて本名で話しかける。

 

「綾芽ちゃん、大丈夫?」

 

「桜…ありがと。失敗しちゃった」

 

「クローバーさん、前会った時はもっと優しかったと思うけど。どうしたんだろう」

 

そう言って首を傾げる桜に沈痛な声色で返事が返される。

 

「彼女…姉を『魔女の児』に殺されてるの」

 

「——っ!」

 

押し黙る桜。

先日のマーダーとの接触。そこでわかったのは、魔女は悪意を持って人々を殺しているという事実。彼女はもはや明確な悪だ。誰にとっても。

 

魔女は悪い人物ではないのではないか。未練がましくも、まだそんな思考を捨てられない桜の肩に現実が重くのしかかる。魔女は敵なのだ。現に私も何人もの『魔女の児』を浄化したじゃないか。

 

 

———君と出会えて良かったよ、桜。

 

そんな時に限って脳裏をよぎる、()()()の友人の言葉。

私は何がしたいんだろう。ここにいる魔法少女たちは皆、魔女を浄化することを望んでいる。アイリスはもちろん、バイオレットやサンフラワーだってそうだ。

私だけが、覚悟できていない。魔女を悪とする覚悟を。

 

 

「桜、大丈夫?」

 

「桜ちゃん、緊張してる時は手に人って書くんだよ!」

 

バイオレットとサンフラワーの的外れな励まし。当然だ。まさか作戦に参加した友人が、まだ魔女と戦うことを躊躇っているなんて思いもしないだろう。

 

「……やっぱり緊張してるみたい。二人が話しかけてくれたおかげでちょっとほぐれたよ。ありがとう」

 

心にも無いことを口にする。二人も緊張しているのか、桜の偽りの笑顔に気づかない。

アイリスの元へ歩く。

 

「アイリスと同じで、あなたがいれば私も百人力だよ」

 

アイリスが少し目を見開き、花が咲くような笑顔を浮かべる。

また嘘を吐いた。それにアイリスも気づかない。

 

虚空を睨むクローバーを見つめる。彼女のどろどろと燃えたぎる憎悪を()()、それを真似するように自分の心にすら嘘をついた。

 

「総員、出撃準備」

 

アイリスの声に皆が頷く。突入作戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声。ついで窓ガラスの割れる甲高い音。悲鳴を上げる間も無く、紅い目を爛々と光らせていたはずの獅子の怪人の頭が消し飛ぶ。意識外からの攻撃に、『(アジト)』の中にいた怪人たちに動揺が走った。

 

「うーん、やっぱりかぁ。ワームホールの予想通りだねぇ」

 

周囲の喧騒を無視してテレパシーは呑気に言い、ワームホールに向き直った。

 

マーダーが戦えない状態である現在、『農場』のトップを務めるのはワームホールだ。判断を仰ぐために女は長身の男の顔を伺う。

 

「チッ。マーダーめ。余計なことを」

 

彼は紅茶の入ったカップを丁寧にソーサーに置きながら憎々し気に呟く。

 

「テレパシー、後で追ってこい」

 

そしてその場から掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、第一目標達成。恐らく何体かが『家』から出てくる。近接型のみんな宜しく」

 

自分の指示を聞いて一斉に動き出す魔法少女たちを眺めるアイリス。その背後に、音もなく長身の男が現れた。一瞬の静寂。アイリスは後ろを振り向くことすらなく銃口を背後へ向けて弾丸を撃ち放った。

 

寸前で、首元に迫るそれを避けるワームホール。額には顔を顰めたことによるわずかな皺が見えた。

 

「貴方の転移は1秒間の硬直がある。自分の弱点すら忘れたの、ワームホール」

 

「…またこの街に来ているのか。さっさと自分の担当へ帰れ、魔法少女アイリス」

 

軽口を叩き合う。危険度Aであるワームホールに対峙したアイリスだったが、その表情にはかなりの余裕があった。

 

「貴方では私に勝てない。そろそろ浄化されてもらう」

 

銃口を構えると、瞬間ワームホールの姿が掻き消える。再び自身の背後。芸のない怪人だと心中で呟き、とどめの一撃をお見舞いす————

 

「っ!?」

 

「これも避けちゃうんだぁ。今のは絶対当たるはずだったんだけどなぁ」

 

突如アイリスの脳内が真っ白になり、何も考えられなくなる。視界に映る猫背の女の攻撃に、半ば反射で対応した。

 

「テレパシー。この女が魔法少女の中で一番厄介だ。手伝え」

 

「元からそのつもりだけどさぁ。マーダー様がいないからってはしゃぎすぎたら駄目だよぉ?」

 

ここで初めてアイリスの顔から余裕が消える。現れた怪人の名はテレパシー。彼女の能力、操心(ヒプノート)は銃の取り扱いにかなりの集中力を必要とするアイリスと相性が悪かった。

危険度AとBの怪人相手に一対二。さらに状況は自分に分が悪い接近戦。頬を冷や汗が伝った。

 

「……面倒。でも、勝つのは私」

 

銃を構えなおし、自身を鼓舞するようにアイリスは堂々と言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、『家』の中。魔法少女たちは複数人で徒党を組み、多対一で安全に怪人を浄化していた。分が悪くなり、逃げ出す怪人たち。それを追おうと出しゃばろうとした何人かをバイオレットが一喝する。

 

「一人で突っ走らないで!!死ぬわよ!!!」

 

今回の最も重要な目的は『農場』、ひいては『魔女』の情報を探ること。浄化はあくまで努力目標である。そうであっても戦況が有利に傾いている現状、気持ちが昂ってしまう魔法少女が増えることは避けようがない。そんな彼女らを、バイオレットはうまくコントロールしていた。

 

「よっ、と!攻撃はわたしが受け持つから安心してね!!」

 

油断した魔法少女にせまる怪人の凶刃を、サンフラワーが吸収する。それをすぐさま反転(カウンター)に使用し、怪人を吹き飛ばす。主にCランクの怪人の攻撃の反転であり殺傷力は低いものの、自身の攻撃をそのまま返されたことで明らかに怯む怪人たち。

 

彼女らの健闘により、魔法少女たちの被害は驚異の死者無しを維持していた。

全員が心を一つにして挑んだことで、想定以上の優勢を作り出している突入作戦。

 

しかし健闘する魔法少女のうち、たった一人、桃髪の少女の姿だけが存在していなかった。

 

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