孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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27. 仲間

 

 

 

ここ数日も怪人の出現報告は少なからず在って、節操のない魔法少女業務に僅かながら辟易する。

 

金属矢を眉間に突き立てて崩れ落ちる怪人を最後まで見届けずに、チェリーブロッサム———桜は変身を解除した。

 

「ふっふっふ…今日はわたしの方が速かったね、桜ちゃん」

 

「さっき油断してクリーンヒット貰いかけたのは誰だったかしら?」

 

「…そ、そんなの記憶にないなぁ」

 

 

少しの間怪人の対処業務から離れていた桜だったが、サンフラワーとバイオレットとの連携に支障は無く、綾芽の対策課内での奮闘もあって大きな処罰はされなかった。

しかし、数日は椿と会うことを禁止されてしまった。

 

最初は取り乱したし、大いに反対した。椿を自分が守らなければいけないと、桜は強迫的なまでに思っていた。

しかしこの二人のおかげで、完全にとは言えずともその感情を客観的に捉えることができるようになった。

 

(…そう思っても、いいのかな)

 

桜とて、ここまで迷惑をかけてきた自覚はある。ずっと自分を心配してくれていた菫とひまりには、感謝してもしきれず、どれだけ謝罪しても足りないくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椿が『魔女の児』を倒した後のこと。椿と引き離された桜が案内された部屋には、馴染みの親友たちが待っていた。

 

「桜ちゃんっ!久しぶり!ほんっとーに心配したんだからね!」

 

明るく笑うひまりの顔に違和感。散々椿の作り笑顔を見ていたから、簡単に分かる。彼女が自分のために、無理に笑っていることくらい。

 

「桜」

 

なんと返せば良いか分からなくて、言葉を詰まらせた矢先。菫がこちらに歩み寄る。その神妙な顔に、私は何をいえばいい?

決まってる。分かりきってる。

自分の行動に後悔はしていない。それでも、その行動のせいで迷惑がかかった人がいることを、自分はきちんと視るべきだ。

 

「ごめ——」

 

「ごめんなさい。綾芽さんから聞いたの。……前に、話してくれたのに。あのとき信じることが、出来て、いたら」

 

菫の言葉は途中で決壊して、最後はほとんど鼻をすする音でかき消されてしまった。

対する桜も、滅多に見せない菫の涙に慌てることしかできない。

 

「ち、違うよ。迷惑をかけたのは私のほうだから。菫ちゃんが謝る必要は無くて……ごめんなさい」

 

結果オーライと言えば聞こえが悪いが、菫とひまりの黙認によって、自分はやりたいように動くことができたのだ。

そのおかげか否かは分からないが、状況は良い方向に進んでいる気がする。椿の安全が保証されたし、二人だけで逃げた日々の中で、椿は私に「助けて」と言ってくれるようになったし。

 

菫の返事は、2度目の「ごめんなさい」だけだった。

彼女が鼻をすする音だけが部屋に響いて、桜の返した謝罪は曖昧なまま宙ぶらりんになる。

 

胸がきゅっと苦しくなった。

菫はどこまでも真摯で、形だけの許しの言葉は発さない。まだ気持ちの整理がついていない今、彼女は桜の謝罪をいい加減に受け入れたりしない。ただ黙って受け止めた。

 

そんな真っ直ぐな態度をいつも頼りにしていたと、今更ながら思い出した。

 

 

 

 

「ねぇ、桜ちゃん。わたしたちが魔女について聞いたのは、魔女も被害者だよーってことだけなんだ。だから、魔女のことはほとんど知らない」

 

ひまりの言葉にも、桜は言い淀むしかない。殺人現場のようになった自室が思い出されて、皮膚が粟立つ感覚に襲われた。

無理もない。魔女の、椿の傷。それは、未熟な少女が触れるにはあまりにも生々しくて恐ろしい。

 

「『孕娼の魔女』に執着するのは分かるんだ。きっと桜ちゃんは、わたしたちが思うよりずっと、孕娼の魔女のことを見てきたから。でもね、ずっと不思議なことがある」

 

耳を打つ冷静な声に顔をあげる。理知的な目に漠然と怖くなった。

 

「なんで『魔女』に惹かれているの?」

 

「ッ!!」

 

意識して見ていなかった心の奥を、目の前に突きつけられたみたいだった。『魔女』は、椿ただ一人を指す言葉では無い。むしろ『魔女』は、ほんの数ヶ月前までは、七年間ずっと———

 

「桜ちゃんは、初代魔女(ヘクセ)の何かを知っている」

 

肺を鷲掴みにされたようで、自分の息が止まっていることにも気づかない。蛍光灯に照らされた床がうるさいくらいに眩しかった。

 

「…たはは。図星だった?」

 

どういうわけか、少し気まずそうなひまりの声。なんとかそちらに視線を向ける余裕だけは復活させる。そうして視界に映した顔には、罪悪感が見え隠れしていた。

 

「追及するようなことしてごめんね。…でもさ、桜ちゃん、魔女のことを知ってから、ずっと苦しそうに見えるんだ」

 

そう言って、ひまりは勢いよく桜に抱きついた。突然の行動にびっくりして、でも何故か自分の体はその抱擁に勝手に返事をしていた。

 

「やっと見てくれたね」

 

「…ひまりちゃん」

 

一見幼く見えるその笑顔は、実は誰よりも大人で、思いやりに溢れている。

 

「話したくなったら話してよ。わたしも、菫ちゃんも、桜ちゃんのことちゃんと()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ひまりちゃん、パンチする時体全然ブレてなかったよね。訓練したの?」

 

「あっ、分かっちゃう?実はプライベートで本格的に空手を習い始めたんだ!」

 

再会からもう三日が経つ。怪人を浄化した後の帰り道、随分と暖かくなった春の風を全身に浴びながら。三人で対策課へと歩いている。

 

「頑張れば生身でも怪人と良い勝負できちゃうかも!」

 

「そんな馬鹿な真似…と、言いたいところだけど。ひまり、生身でも本当に強かったものね…」

 

聞くところによると、ひまりの実力はすでに空手教室の師範に冷や汗をかかせるくらい、とのこと。

一度菫も見学に行ったようで、その実力はひまりの冗談を一蹴できないほど。

 

「ムキムキになっても知らないわよ」

 

「えっ…それはやだ!!」

 

くだらない話に顔が綻ぶ。しかし桜の顔を見て、二人は会話を打ち止めた。ひときわ強い風が吹き、散る梅の花びらが眼前に舞った。

 

「椿ちゃん、だったよね。やっぱり気になる?」

 

「!……うん。今何してるんだろうって考えちゃう」

 

ど真ん中をついたひまりの指摘。以前の桜ならば誤魔化していただろうそれを、桜は素直に肯定した。

 

ひまりも菫も大事な友達だ。自分のことを大切に思ってくれていて、全幅の信頼をおける仲間でもある。それは自信を持って言えること。

しかし、彼女たちは決して椿の代わりにはなれない。

あの怯えきっているのに諦めきれていない、綺麗で汚れた赤い目は、二人が示す光の先には存在しない。

 

「対策課に来て、気を休めてくれていたらいいのだけど」

 

それだけ言って、菫も口を閉じた。以前桜が見抜かれた、初代魔女『境界(ヘクセ)』への感情。きっと気になっているであろうに、二人は静かに待ってくれている。桜に圧を感じさせないような自然な態度で待っている。

 

申し訳なかった。けど、ありがたかった。後者の気持ちの方が強い自分は、きっと正しい私であるはずだ。

 

 

 

 

対策課に到着した後。予定がないのなら大人しく帰宅すればいいものの、未練がましい幻想が桜の足を引き止める。たとえ会えなくても、いつでも椿のもとへ駆けつけられる場所に少しでも長くいたかった。

 

「はい、桜。カフェオレでよかったかしら?」

 

それに、菫たちも付き合ってくれている。差し出されたペットボトルを素直に受け取る。

 

「ありがとう」

 

込めた感謝は、もちろん飲み物に対してだけではない。顔を見下ろし、菫は柔らかく笑って桜の頭を撫でた。

菫の心はとても温かい色をしている。

これほど長い付き合いであれば、魔法少女に変身しなくても、何を考えているかくらいは視えるのだろうか。

 

彼女の手を抵抗せずに受け入れて、カフェオレのボトルを傾ける。甘みを享受しながら、ぼんやりと天井を見てもの思いにふける。

椿がいる部屋は4階にあるらしい。1階からは、正確な場所はおろか、その部屋の方向さえも分からない、そのはずだ。

 

それは事実のはずだった。

 

桜の目に、天井を通り過ぎてあまりにも強い『怒り』が飛び込んでくるまでは。

 

「え?」

 

ひどく視覚えのある感情だった。その感情を向けている者のいだくやるせなさも———その感情を向けられている()()の、重い重い苦痛も。

 

「わっ!?ちょっと桜?」

 

「菫ちゃん、ごめん。…行かなきゃ」

 

戦闘中もかくやといった速さで、桜は階段を駆け上がる。いつもはフロアごとに、魔法少女の行動を管理する職員が複数人待機している。

 

だから桜はこっそりと椿に会いに行くということができなかったのだ。

 

しかし目的の階、その廊下はひどく閑散としていて。その中である一点だけ、燃えるような感情がうねっている部屋がある。

近づいていくほどに聞こえる、何かを罵倒するほとんど癇癪のような叫び声。扉の前まで行っても、桜を止める者はいなかった。

 

「———今更ッ!そんな虫の良い話がある訳ないでしょう!?!?」

 

開けた扉の先、刃物のような声をぶつけられて、もはや指の一つも動かせないほどに体を硬くする椿の姿が視界に映る。

その刃を振り回すのは。

 

(さち)、さん」

 

桜の声がかすかに耳に入ったのか、そこで彼女はやっと罵倒を止めた。複数の職員によって荒ぶる体を抑えられながら、なおも衝動を煮えたぎらせる先輩魔法少女。

 

 

 

彼女…姉を『魔女の児』に殺されてるの。

 

菫の言葉を思い出す。

 

白詰(しろつめ) (さち)。またの名を魔法少女クローバー。かつての頼れる先輩であり、椿との逃亡劇の途中で桜が下したかつての敵である。

 

 

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