孕娼の魔女   作:甘朔八夏

29 / 42
28.白詰

 

 

「離せ!離せって言ってるでしょ!?」

 

叩きつけるような声は、クローバーを押さえつける職員を怯ませることはあれど、拘束を解くには至らない。

桜を視界に入れた瞬間、彼女の標的は一時的に変わったようで。血走った目は桜をしかと捉えている。

 

 

桜が開けてしまった扉の向こうには大勢の人がいた。覆面をつけて武装をしている、荒事に長けた専門職員。

彼らの拘束に断固として抵抗する先輩魔法少女。

もはや視る必要すら無く、舌を噛み切ってしまいそうな強迫感に顔を青くする魔女(しょうじょ)

 

 

「また貴女なの、チェリーブロッサム。やっぱりまだ洗脳は解けてなかったのかしら?」

 

「ち、違う!本当に椿ちゃんは——!」

 

「魔女が本当に被害者だっていうなら!!」

 

衝動に、(クローバー)を押さえる数多の手は振り払われた。かつては綺麗だったんだとわかる、ひどく荒れた細い指が魔女を指す。

 

「あの眼はなんなのよッ!!」

 

びくりと魔女が肩をすくませたのは、きっと心当たりがあるからで。その叫びにすぐさま反論できないくらいは、桜も納得してしまっていた。

 

羨ましい。妬ましい。

 

罪悪感の間隙に見え隠れする。真っ直ぐに(けが)れた嫉妬の感情は、確かに悪役にふさわしい。

 

現に奪われたのだ、幸は。

たとえ加害者にどんな辛い過去があろうとも、その同情心が加害者への憎悪を超えることはない。人間はひどく人間らしくできている。

 

 

 

 

自分を止める物理的な手を払った幸。向かう先は決まっていた。機能しているはずの魔眼にも怯まずに、自棄の覚悟を持った顔で。

本来、対策課内での変身は禁止されている。そんなことをお構いなしに幸の身体は輝き出す。所在のなかった手が、虚空に現れる何かを持とうとした瞬間、桜は動いた。

 

「なっ——!?」

 

飛びつくように幸に抱きついた。予想外の行動だったようで、重心を崩した幸は桜ともども地に伏せる。

 

「幸さん。お姉さんは何歳だったの?」

 

「…それを聞いてどうするの」

 

桜の抱きつきに、変身が中断された幸。それを攻撃とみなして桜に拳を振り上げたのと同時の質問だった。

 

「魔女に罪を自覚させたいでしょ?」

 

すぐ背後で、魔女が息を呑んだのが分かった。

今までとは百八十度異なる桜の発言に、幸は怪訝な顔を隠そうともしない。

その違和感が逆に幸を冷静にさせた。質問に答える余裕を作った。

 

「17歳。……志望大学を決めたばかりだった。将来のために頑張らなくちゃって、いつも言ってたわ」

 

昨日のことのように思い出せるのだろう。あっという間に濁る声は、どこまでも人間らしい。

 

「そっか」

 

だからといって、桜からすれば椿の方がずっと大事なのだ。的確に(えぐ)る言葉を探して、自分の性格の悪さに苦笑して、それでも自分に嘘はつきたくない。

 

「じゃあ、魔女(椿ちゃん)と同い年だね」

 

「…………え?」

 

やっぱり何も知らないんだ。

 

自分のことは棚に上げて、桜は敢えて柔らかく笑ってみせる。

幸を押さえていた担当職員に少し強めに部屋から出るように促すと、一考の末に彼らは桜に従った。桜を信用したのか、はたまた自分たちが暴れた場合を考えて命を惜しんだか。そんなことはどうでもいい。

口を開けたまま硬直した幸を尻目に、椿のそばに移動する。行動の意図が読めず、不安そうな顔をしている彼女の肩に手を置いた。

 

「ごめんね」

 

と耳元で囁いてから、勢いよく服を(まく)った。

 

「あっ…!?」

 

途端に過呼吸になってうずくまりそうになる椿を、後ろから優しく抱きしめて頭に手を置く。何かトラウマを刺激したのだろうか。普段ならば、ここで椿から離れて何度も謝ることになる。

 

でもこうでもしないと、目の前の先輩は「椿」を見てくれないから。

 

微かなくびれのついた白いお腹が剥き出しになる。有ることは分かっていた。しかし絶対に見てはいけないものだと思っていた。

 

「ひっ」

 

幸の怯えたような声。魔眼による強迫的なものではない。覚悟していた桜とて、息が詰まったのだ。誰だってそうなる。

 

一度バラバラになった死骸を継ぎ接ぎしたような、おぞましい傷痕の亀裂を見れば。

地震後のアスファルトのように不規則に()れた溝を、少し赤らんだ肌が金継ぎのように埋めている。

横一文字(よこいちもんじ)に入った赤い線が背中にまで届いている理由は、想像するだけでも恐ろしい。

 

「…全部、()()()()がやったんだよね?」

 

「ちがう」

 

椿の身体の震えは、突然止んだ。

 

「…ごめん。桜ちゃん分かってるんだ僕のためでしょ?でも、ごめんそれだけは無理で、だって僕の家族は一人だけなんだから、ごめんなさい無理なんだよ」

 

自分自身に言い聞かせるみたいな声色。癇癪を起こす寸前みたいで、でも何故か冷静にも見える。(さち)を刺すための発言が椿をも削ってしまったと分かる。

 

「…椿ちゃん、ごめん。訂正する。魔女の児が生まれるためのもう一人、でいいかな?」

 

言ってから失態に気づく。余計に生々しくなった表現は、椿に思い出させてしまうかもしれない。そんな不安をよそに、意外にも椿は安心したように薄く笑って頷いた。

 

怖い。

椿に対してそう感じたのは、自室に椿を匿っていた時以来のことだった。

 

湧いた感情に蓋をするのに手間取っていると、

 

「……なん、で」

 

眼前で、復讐に駆られていた少女は膝を折る。

椿が魔女の児の父親を拒んだのが、結果的に幸の心をより抉った。何よりも家族を大切に思っている幸。彼女にとって、化け物から発されるにはあまりにも人間臭い椿の声は、諦観は、冷や水として十分すぎたらしい。

 

幸がその場に崩れ落ちたのを見て、椿はやんわりと桜の手を払う。呆然とする目の前の少女に向かって、深々と頭を下げた。

 

「僕は死ぬべきです」

 

息を呑む気配を無視して、椿は淡々と口を動かす。

 

「こんなに辛いなら、死んだ方がましだと思った。こんなに敵を作って、生きていることが辛かった。…でも最近、やっと生きてみたいって思えたんです。恨んでください。嫌ってください。貴女の方がきっと正しい。それでも…どうか、僕が生きることを許してほしい」

 

髪が垂れて露になったうなじに、黒ずむほど掻きむしった痕がある。

幸は初めて魔女を見ようとした。しかしそこに魔女は居なかった。

目の前で懇願していたのは、幸よりもずっと小柄で、弱々しくて、本来魔法少女(じぶん)が救うべき、守るべき相手。

 

「……それじゃあ、」

 

拠り所を奪われて、敵まで見失った復讐者は、もはやただの小娘だ。

魔法少女は危険な仕事である。魔女が現れるまでも、少ないながらに死亡者は存在した。大きな恩恵の代わりに、前に立って民間人を守るのが魔法少女の義務だから。

 

白髪の少女。椿は、自分の後ろに居るべき人ではないのか?でも魔女は敵なのだ。でも彼女は救ってあげるべき存在なのだ。でも恨む相手はもう彼女しかいないのだ。それならば。そうならば。

 

「…私は、何のために生きたらいいの…?」

 

泣き濡れる頬を拭ってくれる人はもう居なくて、しかし涙を枯らす方法も消えてしまった。空っぽになったはずの体でも、目から溢れる水だけは一丁前に生産している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を視て、桜は苛立ちを隠すのに必死になっていた。

 

…もっと早く気づいてくれていたら椿ちゃんにこんなことを言わせなくて済んだのに。自分が見ているものに自分のことを見てほしくて頑張ってる私には、幸さんの気持ちはたぶん分からない。生きたい理由がないと、生きちゃいけないの?幸さんだけじゃない、椿ちゃんもそう。なんで辛いことばっかり考えるの?楽しいことを見ないの?菫ちゃんやひまりちゃんが見てくれてるのを知ってすごく嬉しかった。あなたもそうじゃないの?どうして独りぼっちになろうとするの?

 

本心は同情心を押し潰して、自分の(しょう)の悪さに嫌な気持ちが湧く。でも抑えきれなかった。

 

 

 

「——それなら」

 

煩雑な頭の中で、ただ一つ断言できること。

 

私の前で苦しまれるのは癪だ。

 

()()()()()。…視たらわかるよ、もう幸さんは椿ちゃんを恨めない。それが辛い理由は私には全然分からない」

 

変身する。職員が入って来れないように、すぐさまドアノブに矢を打った。その矢に吸い寄せられた幸の視線を、能力で無理やり奪った。

 

混乱に染まった瞳に笑いかける。

 

「私、椿ちゃんに見てほしいが全部だったの。本当は今も見てほしくて堪らない。でもびっくりしちゃった。私の世界ってすっごく広いの。幸さんもそうなんだよ?だから何も見えないのなら、私をあなたの世界に入れてほしい——ううん、違う。入るね」

 

能力を解除する。それでも幸は桜から目を離せなかった。

 

…はは。真似できないや

 

椿の声が聞こえて、はっと我に返った。変身を解除しながら、先ほどの自分の行動を省みる。

 

「椿ちゃん、ごめん。隠してるの知ってたのに、突然お腹まくったりして」

 

「気にしないで。僕も、頑張るから」

 

以前よりは明らかに強く頷けるようになった椿に、その言葉の意味を尋ねることはできなかった。しかしどこか吹っ切れたような椿の様子に、桜も笑顔を返した。

 

それと同時に、けたたましい衝撃。部屋の扉が大きく凹んで、枠ごと外れた扉はドミノのように倒れ伏した。

 

「桜ちゃんっ!今どうなってぇ…?」

 

激しい戦闘が起こっているとでも思っていたのだろうか、変身して扉をぶち破ったひまりは、静まりかえった部屋を見て、首を大きく傾げている。

 

「…椿ちゃん。説明、手伝ってくれる?」

 

ひまりの背後から出てきた能面のような顔をする担当職員を発見して、桜は弱々しくそう言った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。