孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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3.変化

 

現在、日本は『怪人』からの侵略を受けている。既存兵器が効かず、摩訶不思議な能力を操り、多くの民間人を殺す。攫う。作り替える。『怪人』の目的は一つ。仲間を増やすこと。しかし『怪人』たちは()()は持てど生殖をすることは叶わない。妊娠できる体を持つ『怪人』がいないからだ。そのため、『怪人』は人を攫い、同族に作り替える。大抵の者はその変化に適応できず自我を保てない。

そんな怪物に対抗できるのは、怪人に似た、しかし根本が決定的に異なる摩訶不思議な能力を得た少女——魔法少女だけ。彼女らによって守られている仮初の平穏。それがきっかけもなく、いとも簡単に崩壊することを僕はわかっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———ゔっ!!」

 

衝撃。蛇人はひらりと着地したかのように見えたが、それはどうやら強靭な肉体での力技であったようだ。着地の痛みが蛇人に掴まれている首に一挙に押し寄せる。僕の呻き声を聞いて、蛇人は思い出したかのように首から手を離した。重力に従って、ろくに受け身も取れずに床に体を叩きつける。堪える間も無く肺から空気がいくらか漏れ出た。蛇人はそんな僕のことを黙って見ていた。

 

なんとか息を整え、起き上がる。近くで水の流れる音がする。どうやらここは下水道のようだ。無機質なコンクリート製の壁がアーチ状に伸び、天井と繋がっている。そんなだだっ広いトンネルのような空間を、古びた蛍光灯が弱々しく照らしていた。そんな中に佇む、この空間に似合わない明らかな異物。

眼前には、筆舌しがたい不気味な色に身を包んだ、無骨ながらもやけに清潔な施設があった。

 

『家』(アジト)。怪人たちの隠れ家。人類の敵の拠点。血の気が引いた。ここに連れてこられたと言う事は、つまりそういうこと。僕の人間としての生はここで終わるのか。確かに死にたくないとは言ったが、怪人として生きたいとは言ってない。

 

「上玉を取ってきた」

 

『家』の扉に向かって語りかける蛇人の声にびくりと肩が跳ねる。その声が空気に溶けた数秒後、目の前の扉が音もなく開いた。出てきたのは2人。見上げるほどに長身の男と、猫背気味の女。男は僕と目を合わせずに僕の姿を一目見ると感情の抜け落ちた顔を僅かに歪め、女は僕の姿を厚い眼鏡越しに興味深そうに見ていた。

 

「今回は大丈夫だろうな」

 

「ああ、そう焦るなワームホール。コレは私と目を合わせても錯乱しなかった。それにこの濁った目。我々の仲間に入るに値すると考えた」

 

ワームホールと呼ばれた長身の男の、ぞっとするほど冷たい声に気安く応える蛇人。誰がお前らの仲間になんかに。そう言いたくなるが、怪人たちの会話に割り込む権利など、当然僕には存在しない。

 

「へぇー…まだ反抗できるんだぁ。ずいぶんといきが良いのを取ってきたねぇ」

 

——っ!?

考えていることがバレている。いつの間にか僕の隣まで来ていた女から咄嗟に距離を取ろうと身をよじる。が、女はお構いなしに乾燥しきった肌荒れのひどい手で僕の頬を包み込み、顔を覗き込む。

 

「ほんとだぁ。この子の目、ぐちゃぐちゃでとっても綺麗だねぇ。ず——っと、奥で何かが燻ってるぅ。これは、()()かなぁ?」

 

眼鏡越しにこちらを見る女の瞳は底が見えない穴のように真っ黒で、その瞳に心の奥底まで見透かされているような気持ちになって思わず目を逸らす。

 

「あぁ、だめだよぉ。それじゃあ、よく見えない」

 

「———い"っ!!!」

 

ずぶり。女の右手が頬から離れ、躊躇なく僕の目を抉った。指で僕の眼球を掴み、眼球を回転させて目を合わさせようとする。ぐちゅぐちゅという不快な音が頭の中に響くたび、意識が飛ぶほどの痛みが断続的に僕を襲った。

 

「テレパシー、遊ぶのも大概にしろ」

 

いつの間にか蛇人との話を終えていたワームホールが猫背の女——テレパシーに苦言を呈す。その苦言を受け取って、彼女は拗ねたように唇を尖らせながら僕の目から手を離した。

 

「はーい… じゃあ、もう始めちゃうよぉ?」

 

ずきずきと痛む両目を抑えていた手が無理やり取り払われる。そんな僕の顔を再度覗き込むテレパシー。どことなく嬉しそうな彼女の顔に恐怖を覚える。

 

「あははぁ、怯えちゃって、可愛いねぇ。でも、逃げちゃだめぇ。目、合わせて?」

 

テレパシーと向かい合う恐怖よりも従わなかった時なにをされるかわからない恐怖が勝り、言う通りにする。するとテレパシーは分厚い眼鏡を外し、光を反射しない穴のような眼を大きく見開いた。彼女の眼が妖しく光る。その光に目を奪われた瞬間、胸の奥から湧き上がる信じられないほどの熱が僕を襲った。

 

っっっ!!!!!!!!

 

無我夢中で僕の腕を掴む手を振り払い、その場でのたうち回る。熱さ以外何も感じない。熱い。熱い。熱い。体の内側から火炙りにされているみたいだ。胸から湧き出る熱は今もどんどん範囲を広げて僕の体を蝕む。誰のものかわからない絶叫が聞こえた気がした。それが自分の口から出ていることにすら気づかない。燃えるような熱さが頭上まで届いたとき、僕の意識はブツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア"、アア、あ"、ぁ…」

 

……あ?

 

硬く、冷たい床の感触を感じる。全身を駆け巡っていた熱は、いつのまにやら消えていた。床に手をつき、立ち上がる。やけに体が軽い。場所は変わらず、『家』の前。三人の怪人がこの場から離れていないことを見るに、あれからそこまで時間が経っていないのだろうか。

そう思って彼らの方を向いた。

 

 

「———ッ!?」

 

蛇人の酷く驚いた顔が今まで感じていた彼のイメージと合わなくて、強い違和感を感じる。視線を他の二人にずらす。ワームホールと、初めて目が合った。仮面のような無表情が完全に崩れ、剣呑な表情でこちらを睨んでいる。それとは対照的に、テレパシーは僕を見て喜色満面といった様子であった。

 

「……()()蛇人(ゴルゴン)くん、物凄い爆弾を拾ってきたねぇ」

 

言葉の節々に隠しきれない興奮を添えながら、僕の方へと歩み寄る。

 

「待て。魔女だけは駄目だ。俺達の拠点にいれる訳にはいかない。ここで殺す」

 

「えぇー、そんなこと言わないでよぉ!こんな有用な()、飼わないと損だってぇ」

 

「おいお前たち、処遇については後にしろ。無駄な口論は好かない。まずは能力を見たらどうだ?」

 

剣呑な雰囲気を醸し出す二人を一刀両断に制す蛇人。長身の男と猫背の女はそんな彼を一瞥して、おとなしく矛を収める。

テレパシーがワームホールに視線を送ると、彼は嫌々ながら頷いた。

 

「はーい、ちょっと失礼するねぇ」

 

テレパシーはそう言って僕の頭を掴んだ。なぜか、先ほどよりも彼女の手がやけに大きく感じた。わくわくと言った様子だった彼女の顔が、だんだん険しくなっていく。

 

「……は?」

 

「おい、呆けてないで早く言え」

 

ワームホールがぽかんとしたまま固まるテレパシーを苛立たしげに急かす。

 

「この子………産めるよぉ」

 

「「———ッ!?」」

 

息を呑む。そんな二人を視界に移しながら、テレパシーは再び隠しきれない喜色を顔に浮かべていた。

 

「ありえない。くだらない冗談はやめ「え?本当に?信じられない。でも事実。この子を使えば人間を怪人に変えるなんて面倒臭いことしなくてよくなる。知能持ちと生殖させたら生まれた子も知能持ちになったりして。いや〜夢が広がるなぁ!」

 

「…」

 

「ワームホール、諦めろ。テレパシーは怪人について嘘はつかない」

 

なにがなんだかわからない。テレパシーが僕の頭に手を置いたかと思ったら、突然大喜びしながら早口で何かを呟き出した。僕は怪人になったのだろうか。産める、とはどういうことだろう。僕は男だからあり得ない。ではテレパシーが?でも「この子」という言葉の先には僕しかいない。わからない。完全に置いてけぼりだった。

 

「あの…」

 

勇気を出して独り言を綴り続ける目の前の女に話しかける。声帯を揺らす自身の声に、ひどく違和感を感じた。

 

「あぁ、ごめんねぇ。いつもは真っ先に変化した姿を本人に見せてあげるんだけど、君があんまりにも面白いから忘れてたぁ」

 

そう言って壁に大きな長方形を描く。突如、コンクリート製であったはずの壁がゆらりと歪み、その部分だけが鏡のようになった。突然行使される魔法に驚きながらも、鏡の前に立つ。そこに、自分の姿が写った。眩しいほどに真っ白な髪と肌。百五十センチにも満たない小さな背丈に、細く頼りない手足。

目が合う。静脈血を染み込ませたかのような、濁り切った濃い血赤色の瞳。

 

「……え?」

 

鏡の中の少女の呆けた声は、確かに自分の喉から響いた。

 

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