孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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30.再開

 

 

会議室の電子黒板に、県全体の地図が映っている。年季の入った椅子に座して、それを眺める人影は十数名。B級以上の怪人との単独戦闘経験のある魔法少女たちである。

 

()()()()の日から、『農場(ファーム)』による事件は明らかに減っている。それは間違いない」

 

綾芽の「魔女」呼びに少しだけ反応してしまうも、当然その場でもの申すことはない。ふと視線を感じて綾芽の方を見ると、彼女は桜に対して申し訳なさそうに眉尻を下げていた。

 

 

 

マーダーが街のショッピングモールの屋上で魔女の公開を行なったあの日。怪人全体への嫌悪が魔女に集約したあの日。魔女の姿はSNSで瞬く間に拡散され、『農場(ファーム)』の名はこの街だけの問題ではなくなった。

その後直後に発覚した、魔女——いや、被害者の少女の性被害。

ただちに魔女の被害にあったと涙ながらに語った茶髪の少年の正体が明かされた。それでも魔女(ナーサリー)へのヘイトは殺人者(マーダー)に勝る。混濁した情報と信用を渦巻かせたあの件を皮肉って、対策課では「魔女裁判」と呼んでいる。

 

 

 

「やはり奴らの目的は魔女の奪還なのでは?捜索のために今は身を隠しているのかと」

 

桜たちと同じくこの部屋に呼ばれた熟練の魔法少女がそう語る。彼女は「椿」の存在を詳しく知らされていない。それでも彼女はプロだった。

 

「『農場』にはテレパシーが居る。それでも尚魔女を発見出来ない現状を鑑みて、魔女が対策課にいることはすでに把握されているものかと考えます」

 

「わたしもそう思うなー。実際、あの日以来戦闘の途中で逃げ出す怪人が増えてるもんね」

 

同調の声を上げたのは、同じく部屋に呼ばれていたひまりだ。

今まで『農場(ファーム)』は怪人の増兵を魔女に依存していた。そのため現在は人員不足を防ぐため、簡単に駒を減らさないようにしているのだろう、とひまりは予想する。

それでもなお怪人の出現頻度が減っていないということは、彼らの目的は人間を攫うことでも街を破壊することでもないのだろう。

 

「魔女の消えた今、『農場』の根幹は恐らくマーダーとワームホールです。また、我々は現在別の地域から探知に優れた魔法少女を要請しています。発見次第、逃げられない環境を作って一気に叩きましょう」

 

周りが一様に頷いた中、桜だけが出遅れる。慌てて意識をそちらへ向けるも、幸い桜の怠慢を指摘する者はいなかった。

 

 

 

 

 

会議が終わり、次々と席を立つ面々で、桜は再び考え込んでいる。そんな彼女を呼ぼうとした菫だったが、桜の顔を覗き込んだ後は察したように苦笑した。

 

「先行っとくわね」

 

菫の気遣いに感謝を示して、また答えの出ない思考へと潜る。

椿(つばき)が一度椿(つばき)でなくなった原因は、会議であがった標的の怪人たちだ。彼らを浄化すればもう椿は安心して生きられる。

 

なんてお花畑な夢を語るには、桜は人間の黒い感情を見過ぎたのだ。

 

魔女の悪評を治めないと椿は椿として生きられない。ずっと対策課で暮らす?まさか、そんなこと軟禁と同じだ。彼女の普通を奪って世間から隠しているだけに過ぎない。だからといって、椿の過去を洗いざらい見せつけることを、上層部が許すわけがない。

どの選択肢を選んだって、きっと椿は苦しむことになる。きっと椿は悲しむことになる。そして椿は、

 

(…椿ちゃんは私では救われない)

 

滲むように湧いた黒い感情に蓋をせず、観察するようにその汚さを視る。

やはり消えそうにない。こんなに頑張っても、やはり椿は本当の意味で桜を見ていない。

 

「…桜?大丈夫?」

 

不安そうなその声を聞いて、桜は自分が目をつぶっていたことに初めて気づいた。開いた前には、自分より小さいのに自分よりずっと強い友達。その真っ直ぐな顔に溜飲が下がっていく。黒い感情を抑えることなく、心の端に保管しておける。

人の感情を視るのは桜の得意技だ。だから一見普通にしている綾芽の内心も手に取るように分かる。

 

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫じゃないのは綾芽ちゃんの方じゃない?」

 

「……そんなことない。私は元気」

 

「体の話じゃないよ。綾芽ちゃんは優しすぎるの。だから、しんどい人がいれば綾芽ちゃんもしんどくなっちゃう。もっと私を頼ってくれたら嬉しいな!」

 

「友達の受け売りなんだけどね」と苦笑する桜を、綾芽はじっと見つめている。やがて彼女は、堪えきれずにくしゃりと笑った。

 

「ありがとう」

 

ただそれだけ言って桜の胸に顔を(うず)める。その頭を桜は梳くように撫でている。

こんなに大人びていて頼れる綾芽も、桜と同い年の中学生だ。誰かに助けを求めて欲しい。その大切さに、椿も気づいてくれたらいいなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、綾芽は恥ずかしそうに感謝を述べて、逃げるように外へ出た。その速度はさすが随一の魔法少女で、桜は部屋に置いてけぼりだ。

 

一人でいるには広すぎる会議室を出て、警備員に会釈をしたあと下へ降りる。今日は平日だからか、すれ違う人は職員ばかりで、魔法少女は滅多にいない。学校を休んだ分のノートは誰に見せてもらおうかと頭を捻らせながら対策課の裏口へ。

自動ドアが開くのと同時に、ちょうど眠くなるくらいの心地よい陽光が桜を包み込んだ。

 

 

対策課の裏側には、案外大きめの庭園がある。そこに位置する花壇では、色とりどりのパンジーが未だ元気に咲いていた。

桜はこの場所に一人で来るのが好きだった。季節によって様々な花が見られるし、4月になれば桜吹雪を浴びることができる。

 

いつのまにやら飛んでいたモンシロチョウが桜の眼前の花にとまった。その羽は今まで見た中でも一二を争うほどに真っ白で美しい。花から飛び立った後も、その白を目で追ってしまう。

 

 

 

そうしてずらした視線の先に、それよりも遥かに綺麗で見慣れた白がいた。

 

「………うぇ?椿ちゃん?」

 

桜の言葉に肩を跳ねさせ、大慌てで振り向く白髪の少女。目を覆う顔布はつけているものの、泣きそうな顔をしていることは明白だった。

 

「さ、桜ちゃん……よかったぁ…」

 

というよりも、すでに声は涙ぐんでいる。小走りで近づいて、念の為にと羽織っていたブラウスを頭から被せる。するとやっと椿は安心したように呼吸を再開した。

 

「どうしてここに?」

 

「あ、あの。自分で外に出ようとした訳じゃなくて。幸さんと会ってから僕、部屋が移動になったんだ。それで…その。お手洗いの場所が分からなくて、近くにいた人に聞いたらここまで連れて来られて」

 

「……それで、置いてかれたってこと?」

 

おずおずと頷く。

 

「目を隠していると、人しか見えないからここから動けなくて。でも目隠しを外すのは駄目だって分かってたから——」

 

ボソボソと喋る椿の声を聞く余裕が桜には無かった。

 

(………なんのために、こんなことを?)

 

桜の胸を憤りが支配していた。

いくら人の入ってくることが滅多にない庭園だからと言って、この場所は一般人も入場を許可されている場所だ。椿の存在が見つかれば、彼女はもちろん、対策課も大いに揺らぐ。そんな場所に椿を放っておくなんて正気の沙汰とは思えない。

考えられる動機は二つ。

 

対策課が嫌いか、魔女が嫌いか。

 

ギリッ、と、歯軋りの音が自分でも聞こえた。

2択を立てたとはいえ、そのどちらが理由かなんて分かりきっていた。

椿が苦しんで苦しんで苦しんで、やっと得たひとときの安寧までも邪魔するのか。

 

「…桜ちゃん?」

 

はっと意識を戻す。椿は決して鈍くはない。自分がされた行動の意味をきっと彼女は理解している。

 

「ここは庭園なんだ。今、ここには私以外いないから。お手洗いのあと私と一緒に歩かない?」

 

気を逸らすことしか出来ない自分はなんて無力なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ…」

 

咄嗟の思いつきだったが、少しは効果があったようだ。椿は桜のブラウスを頭から被りながらも、目隠しをとって花畑に目を奪われている。

安心と同時に微笑ましい気持ちが湧きながらも、椿のそばにぴったりとくっついて一緒に庭園を楽しむ。

その行動にデジャヴを感じた。あの時、彼女も自分が紹介した花を楽しんでくれていた。

 

「…ヘクセに案内した場所も、こんな感じだった?」

 

「!」

 

つい先日、椿たちに初代魔女の話をしたばかりだったから、彼女も覚えていたのだろう。

 

「…そうだね。あの時はもう4月の半ばだったから、花がもっといっぱい咲いてたかな」

 

「初代魔女も花見してたんだね。…自分が魔女じゃなかったら、きっと信じられなかっただろうな。だから菫さんとひまりさんは凄いと思う」

 

「あはは…まあ、普通はそうだよね」

 

「…でも、()()も事実なんだよね。僕にはヘクセのことが何も分からないな」

 

椿の感想には桜も閉口せざるを得ない。桜は、ヘクセから悪意を感じたことが無かった。でも彼女がやったそれは間違いなく悪事だ。

 

「……綺麗な人だったんだよ」

 

椿への返事として成り立っていないその言葉は、紛れもなく桜の本心だ。彼女はあんなに澄んだ感動を見せてくれた。

だから誘拐には理由がきっとあるはずだ。もし会えたら聞きたい。たとえそれが、桜とヘクセを分かつものであっても。

 

 

 

 

 

「——嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

まるで初めからそこに居たかのような自然な声が、二人の背後から響いた。よく透き通った聞き取りやすい声なのに、どこか不協和音じみた違和感の感じる声。

 

「久しぶり、桜」

 

振り向いた先。七年前と寸分違わぬ姿をした境界(ヘクセ)が、嬉しそうに手を振っていた。

 

 

 

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