孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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35.満開

 

 

初代魔女再来。

飛び込んできた凶報はまたたく間に全ての対策課へと知れ渡った。

 

「久々だね」

 

旧友に会いに来たように、魔女は対策課本部の扉を叩いたのだ。目を隠す布で魔女の顔は見えない。それにも関わらず、その穏やかな声を聞いた誰もが動けなかった。

 

「…な、ぜ」

 

「市井を見た所、私が来たことはブレイキングニュースになりそうだと思ってね。わざわざ君たちに配慮して、対策課(ここ)へは人目を避けて来たんだよ?」

 

口元に浮かべた笑みには、人が畜生を見るときのように、確かな高低差を持っている。

最初は「対等」を求めてこの世界を訪れた。自分を必死に低く見せて、馴れ合いを望んだ。

しかし目的を達した魔女は、もはや隠す必要を失っていた。

 

「どうやら私が()()()()()()()()子供たちのことに、いつまでも執心らしいね」

 

広がるどよめきに関心も示さない。

七年前、魔女は失踪した。

A級怪人を倒せる貴重な魔法少女、十数名(ぜんいん)と共に。

 

「貴女の…せいで!何人が犠牲になったと思っている!!」

 

堪えきれなくなったように、幹部の一人が憎悪の声をあげる。それを皮切りに、次々と罵詈雑言が飛び始めた。

人々は魔女の与えた力に心酔してしまった。なくてはならないものになった。その宿木が突如として消えたのだ。

かつての救世主を謗る声。それは正義を建前にした、純粋な恨みだった。

 

数多の怒りを一身に受けて、魔女は初めて幹部たちを、「幹部」ではなく「人間」として意識した。困惑したからだ。なぜ彼らが自分にこんな感情を抱いているのか、魔女には到底分からなかった。

 

一度魔眼に墜ちてしまった者は戻れない。そうなれば最早、()()は少女たちの決断だ。優しさのつもりだった。ただ望みを聞いてあげただけだったのに。

 

「…やはり違うんだな、私とは」

 

困ったような顔をして頬をかく。魔女は諦めのため息をついて、身をひるがえした。その場から去ろうとした魔女に、たちまち周囲は凍りつく。しかしどれだけ魔女に暴言を吐く気力があっても、誰も魔女の行動を止めることをしない。できない。

 

魔女の心の中に、すでに彼らは存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——以上が現状の報告になります」

 

対策課で一番大きな部屋に、参加できる全ての魔法少女が集められている。二代目魔女(ナーサリー)、しいては『農場』に関する会議の時とは大違いの状況だ。

職員が脂汗を浮かべながらマイクを置く。部屋が水を打ったように静まり返って、直後いたるところで不安の声が爆発する。

困惑に右往左往するまだ歴の浅い者。虚空を睨んで、唇を強く噛み締める者。七年前の記憶が蘇って、その場にへたり込んでしまう者。

 

拡声器を使った職員の宥める声は意味をなさず、場は秩序を失っている。

 

「どう…いうこと?」

 

桜の胸中もまた例外ではなかった。記憶の中で、美しい青い目がそっと細められる。

桜はヘクセを悪人だと思ったことは無い。それは今だって変わらなくて、だからこそヘクセの明白な悪事に思考がまとまらない。

確かにヘクセは「さみしい」と語った。でもそれはきっと誘拐なんかじゃ満たされなくて、もっと幼くて純粋な願いで。

スクリーンに大きく映し出されたヘクセの姿。顔は隠れていてその表情は読み取れない。しかし、ヘクセの醸し出す雰囲気はいつも桜に向けているものよりはるかに冷たく感じる。ぶるりと体が震えた。

 

 

予定外の集会は長く続き、部屋を出た頃には、日が落ちるまでは秒読みといった時間だ。あと1時間もすれば、この青と朱の混じった夕空は黒に塗りつぶされるのだろう。

日中はすっかり春うららとなった今の時期でも、夜に近づくとかなり冷え込む。上着を羽織って、桜は一人対策課の裏の庭園を歩いていた。

 

「ヘクセさん、居るんでしょ?」

 

なんの気なしに呼びかけた。

自分の発した言葉がひどく懐かしい。七年前、桜は遊びに誘おうと、ヘクセのもとを度々訪れた。でも彼女はいつもどこにもいない。諦めて降参すると、魔法のようにヘクセはどこからか姿を現したものだった。

 

返事は無い。桜の知覚は、この場所に自分しか居ないことを示している。それでも桜は待っていた。

その沈黙を嫌うかのように、桜の背後で物音がした。

 

「話をしましょう」

 

桜はヘクセのことが好きだ。しかし好きと盲信が別物であることを桜は知っている。

 

盲信させることしかできない魔女にとって、桜の真剣な瞳はあまりにも眩しい。

ヘクセは、その青い瞳に憧憬を浮かべた。

 

「…場所は用意できている。前に約束したからね」

 

「ヘクセさんのそういう所が好きです」

 

「…ふふっ。ありがとう」

 

ヘクセは桜から視線を外す。桜はもう何も言わなかった。一歩一歩確かめるように歩くヘクセの後ろを、惜しむようについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかな。分からないなりに頑張ってみたんだ」

 

案内された部屋は、部屋と呼ぶには少しハリボテすぎたけれど。視界いっぱいに広がるプランター、大切に世話されてるんだとすぐに分かる生き生きとした花々は、どれも言葉を失うほどに素敵だった。

 

数年前に取り壊しの計画が立ってから、なぜかずっと放置されている小さなホテルの屋上。家庭菜園ができるくらいの小さなビニールハウスを、ヘクセは改修したようだ。

 

 

「…すごく、可愛い」

 

思わず漏れ出た感想に、ヘクセの顔が初めて綻んだ。

 

「気に入ってもらえたみたいで良かった。こういう、部屋のコーディネート?を一人でしたのは初めてでね。実は不安だったんだ」

 

そう言って、ヘクセは天井に吊るしてあったランタンの灯を弱くする。淡くなった光に満足そうに頷くと、金属製の椅子を指して桜に座るように促した。

 

「この花はどうしたんですか?」

 

「前に得たお金がたくさん残っていたんだ。せっかくだから色々買ってみたんだよ。気にいるものがあれば持って帰るといい」

 

「!…そ、そんな、それはさすがに申し訳ないかなーって…」

 

そう言いながらも、桜の視線は赤と黄のポピーの間で泳いでいる。満更でもない桜の様子に、ヘクセは嬉しそうに小さく笑う。

 

「いいんだよ。きっと此処もすぐに見つかって、全部亡くなってしまうから」

 

桜の表情が凍りついた。対するヘクセは、世間話をしているかのように、穏やかな顔をたたえたままだ。

桜もヘクセも分かっていた。このまま遺恨なく優しい関係を続けることが不可能なことを。だからこそ桜は少しでも、ただ仲良しなだけの時間を楽しみたかった。それをヘクセに裏切られたことに、桜は少なからずショックを受けている。

 

「何が聞きたいんだい?」

 

ヘクセはあくまで平静に桜を見据える。足を組むと、ヘクセのしなやかな脚が強調された。その風貌は魔女に相応しい不自然な美しさを持っている。

それは拒絶であり、同時に優しさだった。桜の目の前に、馴れ合いを望む友人としての彼女は消えていた。

 

「…なんで、魔法少女たちを連れていったんですか」

 

「あの子たちがそう望んだからさ」

 

突然ヘクセは髪をかき上げて、宝石のような目を桜に向ける。白く細い指で、その青を指した。

 

「『魔眼』だ。見た者はすべからく私の下に跪く。私が望んでも拒んでも、未だ全く制御できない」

 

「桜は初めての例外なんだよ」と言って、桜に向かって笑いかけた。その笑顔はいつも桜に向けるものでは無い。興味のないもの全てに向ける、遠ざける笑みだ。

 

桜は何も言えないで、ヘクセの瞳に目を奪われている。

 

制御できないのなら、ヘクセもまた被害者で、やっぱり彼女は悪くない。

 

そう囁く自分もいる。幼くて真っ直ぐな自分だ。でも真っ直ぐなだけじゃ、この世界を視ることは出来ない。

 

——桜ちゃんのこと、見てるから。

 

 

盲信的な執着は、本当の幸せを隠すものだと思い知ったから。今度は意識してヘクセを視た。

 

「ヘクセさん」

 

「……なんだい?」

 

「ヘクセさんにとって私は、『桃崎 桜』ですか?それとも、『魔眼が効かない特別』ですか?」

 

「……」

 

答えない、答えられないことを桜は知っている。

 

「私、最近いろんなことがあったんです。…目を奪われるような、特別ができて。特別な人に見てもらうことしか考えられなくて。見てもらえないことが寂しくて、いっぱい悩んだり、困ったりしました」

 

喋りながら、自分の中で渦巻いていた気持ちも整理されていく。本当は、ヘクセの気持ちが分からない訳がなかった。私の心の中にも、暗く冷たい部屋で座っている少女がいるから。

 

特別。その言葉にヘクセは顔を上げた。何かに期待するような顔を突き落とそうとしていることを、桜は自覚している。

 

「でも間違っていたんです。本当は、全員が特別だったんです。寂しがっていたあの時も、その前からずっと、私を見てくれる人がいた。私は独りじゃなかった」

 

自分で言って、ひどく驚く。椿を特別だと思う心を、悪しきものだと思っていた。違う。椿()特別なんだ。すとんと腑に落ちた感覚がした。

 

桜は止まらない。それがヘクセを傷つけることを知って、僅かに怯えの浮かんだ青い瞳をしかと見据えた。

 

「私は魔法少女だから。全部が特別で、全部を守ることにしました。もう一度聞きます。ヘクセさんの、本当の特別は何ですか」

 

ヘクセは目を見開いた。睨みつけるように、桜の顔を凝視した。桜は決してヘクセから目を逸らさなかった。

 

「…魔眼のせいだとは、言ってくれないんだね」

 

「意地悪なことを言ってごめんなさい。でも貴女はきっと、「仲間の隣に立つ私」が好きじゃないと思うから」

 

ヘクセの顔が歪んだ。恋人に別れを告げられたようだった。

 

「はは」

 

声は弱々しく震えている。魔女はぎゅっと目をつぶった。それでも、魔女は涙を流せない。自分の目が乾いていることに気づいて、彼女はすごく落ち込んでいるように見えた。

 

「…そうさ。私はきっと、君以外がどうなろうともどうでもいい。…それじゃ、駄目なんだね」

 

ヘクセはそっぽを向いて立ち上がった。空には月が輝いている。「もう遅いから帰りなさい」と、事務的な声で言う。桜は立ち上がった。帰るためではなかった。

すぐ後ろまで近寄っても、ヘクセはぴくりとも反応しない。今から最低なことをする。ヘクセを拒絶したけれど、それでも絶ちたくなかった。

七年前とは逆転した身長差で、小さな背中を控えめに抱きしめる。ヘクセは抵抗しなかった。

 

「私だけじゃダメだけど、私のことは見てほしいって言ったら、怒りますよね」

 

「……意地悪だね」

 

やんわりと桜の抱擁を跳ね除ける。また彼女は帰宅を促した。もう限界だとわかった。惜しむ気持ちをぐっと抑えて、桜はヘクセに背を向ける。

 

「桜」

 

部屋を出ようとした寸前に、小さな声が桜を呼び止めた。

 

「好きだよ」

 

月明かりの逆光が邪魔をして。彼女がどんな顔をしているのか、桜には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの夜から数日。対策課は変わらず魔女騒ぎで嵐のようだ。しかし桜の心は凪いでいた。

吹っ切れた清々しさと、揺らがない強さと、ひとつまみの寂しさ。背が伸びたような気分だった。

 

 

「椿ちゃん。ここにご飯置いておくから、食べられそうなら食べて」

 

今日も椿の居る部屋の扉をノックする。

放たれた脅威(ヘクセ)と比べると、鳥籠の小さな魔女(つばき)は優先順位が低くて。半ば放ったらかしにされている彼女を、主に桜だけが面倒を見ている。

しかし桜に事実上の担当が変わる少し前から、椿は完全に面会を拒否し始めたのだ。

 

当初は不安で不安で仕方なかった。でもヘクセとお別れしてからは、自分ばかりが焦って圧してもかえって迷惑だろうと思えるようになった。一人に縋らなくてもいい。たくさんの人から少しずつ元気を貰って、みんなに笑いかければ良い。

 

ヘクセを傷つけた決別によって、人を傷つけない触れ方に気づいた皮肉。自責の念から苦笑が漏れた。

 

「…あれ?」

 

返事が無い。いつもなら、小さいながらも感謝の言葉が中から聞こえる。その声がまた弱々しくて心配が増すのだが、それが今日ばかりは途絶えていた。

 

念のため、もう一度ノックしようと扉に意識を向ける。そこで気づいた。扉の鍵が開いている。

疑問と心配が押し寄せる。おもむくままにドアノブを握った。椿は今、不安定だ。すぐに確認するべきだと分かっている。それなのに扉を開けることをためらう自分がいて、やけにその感情にデジャヴを感じた。

 

「!!!」

 

開けた扉の先に彼女は居ない。もぬけの殻となった部屋の床に、ぽつぽつと赤い汚れが染みている。

躊躇を押しのけるように部屋に入った。予想通りその赤は血痕。それだけでは無い。歯で噛み切ったような爪の端が大量に散らばっている。

 

椿ちゃんはどこ?

 

心臓が激しく跳ねている。その時、

 

「——桜ッ!!」

 

跳ねた心臓を鷲掴みにされた。体を跳ねさせた勢いのまま後ろを振り向く。尋常でない様子の菫の態度に、桜は嗜めることも忘れて事情を聞く。返ってきた答えに、桜は耳を疑った。

 

「ワームホールとヘクセが交戦してるらしいの!」

 





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