孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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4.暴行

 

「……え?」

 

鈴を転がしたような声が響く。頬に触れる。鏡の中の少女は、僕と寸分違わぬ動きをした。状況を理解できない。いや、本当はわかっている。ただ、受け止めたくないだけだ。手のひらを見つめる。小さくて頼りない、白い手のひら。疑いようがない。鏡に写る小柄な少女は、僕だった。

 

「この子を捨て置く『怪人』なんて、『怪人』失格だよねぇ」

 

「…はぁ。外に地下室がある。そこを使え」

 

「えぇー、『家』の中はだめなのぉ?」

 

「駄目だ。それだけは譲れない。穢れた“魔女“を仲間にするなんて」

 

「もぉ、強情だなぁ。まあワタシは魔女ちゃんを飼えるのならどうでもいいけど」

 

『家』の中へと戻っていくワームホールを見送るテレパシー。どうやら話はまとまったらしい。まだこの変化を受け止めきれていない僕からすれば、もう少し話を続けてくれていた方がありがたかったのだが。

 

 

 

「よし、じゃあ…早速試してみよっかぁ」

 

扉に向けていた体をぐるりと回して一息にこちらを向く女に吃驚して、また肩をびくりと跳ねさせる。

 

テレパシーは僕の体を舐めるように見回し、この体になってから初めて僕と目を合わせた。彼女の顔が驚きに染まる。

 

「え…?この魔眼。もしかして持続型?うわぁ、はじめて見たなぁ。魔女ちゃんったらもう、面白すぎだよぉ。ますます実験の結果が楽しみになってきちゃったなぁ」

 

そう言って笑う。変化前とは打って変わって、彼女を見上げる形になる。眼鏡の奥にある真っ黒な瞳は僕を見ているようで見ていなくて、それがとても怖かった。

 

「ワタシは()()から試せないしなぁ… ゴルゴンくん、よかったら被験者第一号、やってくれない?」

 

指名された鋭い目の男はぴくりと反応すると僕の顔をじろじろと眺め、にたりと口を三日月型に歪めた。

 

「承ろう。こいつはいい声で哭きそうだ」

 

 

———この子………産めるよぉ

 

突然女の言葉がフラッシュバックする。その意味を、正しく理解してしまった。子供を産むためにすることといえば、一つ。顔が一気に青ざめたのがわかった。

 

「ぃ…ぃゃ…」

 

恐怖。嫌悪。不快。忌避。不安。憂慮。絶望。様々な感情が頭の中をぐるぐると回って腰が抜ける。足が笑って立っていられない。その場にへたり込むと、蛇人は無情にも床に座り込んだ僕をすぐさま抱き上げた。

 

体が硬直した。嫌でも彼と目が合う。その瞳孔は、獲物を蹂躙する楽しみに打ち震えるかのように細く縦に伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギィ…と、古く、やけに分厚い金属製の扉が軋む。バタン!と、大きな音を立てて、地下室唯一の出入り口が閉まった。受け入れられないことが多すぎていっぱいいっぱいになっていた僕にとって、その音は錯乱するのに十分すぎた。

 

「いや…嫌だ!ねえ!やだって!!離してよっ!誰か!誰か助けて!!」

 

蛇人の腕の中で必死に暴れる。僕を捕える蛇人の腕は、全く動かない。逃げなければ。ここから離れなければ。無我夢中で蛇人の腕に噛み付く。急な行動に驚いたのか、拘束が緩まる。全力で身をよじり、地面へと体を落とす。逃げなければ。ぐしゃり。立ちあがろうと床に置いた手が、踏み潰された。

 

「ぎゃっ!!!!」

 

芯まで響く激しい痛みに、その場でうずくまって動けなくなる。痛みがいつまで経っても引かない。ぼろぼろ涙をこぼしても、体を強く抱きしめても、息が詰まるほどの痛みが絶え間なく続く。

 

「うーん、自我が残ってるのは嬉しいことなんだけど、こういう時は面倒くさいなぁ」

 

靴についた血を払い落としながらテレパシーはぼやいた。

 

「ゴルゴンくん、ごめんねぇ?暗示が効けば良かったんだけどぉ、魔女ちゃん、精神干渉がかからないみたい」

 

「気にしなくていい。多少反抗してもらったほうが躾け甲斐があるからな」

 

「え"。ゴルゴンくん、そんな趣味あったんだぁ…」

 

しばらく痛みを必死に堪えてうずくまっていると、少しずつだが次第に痛みが引いてきた。手の甲を確認する。割れていたはずの爪は、何事もなかったかのように真っ直ぐ伸びていた。

 

「じゃあワタシは『家』に戻ってマーダー様に報告しとくから。あとは二人で楽しんでねぇ」

 

テレパシーは僕と蛇人の肩をポンと叩き、地下室から出ていく。

 

「ひっ」

 

もう抵抗する気は微塵も起きない。二人きりの薄暗い部屋の中。蛇人は熱を帯びた目で、僕の体を見ている。大きく歪んだ三日月型の口からは、先が二股に分かれた舌が見え隠れしていた。

 

「まさか怪人になってからこんな役得があるとはな」

 

ぶかぶかになってしまった男物の制服を、やけに優しい手つきで脱がされる。鳥肌が立つ。ついさっきまでその腕に抱かれていたというのに、蛇人が僕に触れる手が気持ち悪くて仕方がなかった。

 

「どうした?先程のように抵抗してもいいんだぞ?」

 

気味の悪い笑みを浮かべながら、裸になった僕にそう伝える。きっと僕に暴力を振るう理由が欲しいのだろう。その方が楽しめるから。彼の捕食者の目がそう語っていた。蛇人は無言で立ち尽くす僕を見て、不満そうにため息をついた。

 

「テレパシーめ… 余計なことを」

 

先程までの会話から考えるに、彼は加虐性愛者だ。このまま抵抗せず、何も反応を示さずにおとなしくしていたら興ざめして行為をやめてくれるかもしれない。そんな淡い期待を浮かべ、無表情に努めようとした瞬間。

 

「あ"っ…?」

 

尻もちをつく。遅れてやってくる、焼けるような頬の痛み。きょとんとして蛇人を見上げると、彼は拳を振り抜いていた。患部に手を当てると、見なくてもわかるほど腫れ上がっていた。殴られたらしい。一度痛みに気づいてしまうと、のたうち回りたいほど痛いはずなのに僕の体は尻もちをついたまま動かず、ただ瞳から絶え間なく雫が溢れるだけだった。

 

「お前のせいで溜まった鬱憤なのだから、お前で晴らすのが正道といえるだろう」

 

仄暗い喜びに染まるその顔に、無意識に後ずさっていた。それがこの男を喜ばせるなんて考えもせずに。

 

「…あぁ、その顔!素晴らしい!やはりお前は逸材だ。安心しろ、私はもう今日は非番だ。満足するまでたっぷり使ってやる」

 

愚かにも、僕の腕はこちらに伸ばされた蛇人の手を振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ころして

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