孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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38.3

 

 

結論から述べると、桜たちと遊ぶ計画は取り止めになった。

 

桜が滞在している街で、複数のB級怪人たちが徒党を組んでいることが発覚したらしい。

『農場』の壊滅から、このような事件は全国でぽつぽつと起きている。

 

当然、『農場』に所属していた者は怪人全体で見るとほんの一部で、未だ日本中には夥しい数の怪人が潜んでいる。今は壊滅したとはいえ、かなりの被害を作った『農場』。その手法をなぞる怪人は少なくないということだ。

 

「…それにしたって、桜が居る場所で動くなんて」

 

悪態をついてしまうのは、僕が彼女と会うことを楽しみにしていたからで。不満を口にしても意味がないことは分かっているが、恨み節はどうしても漏れてしまう。

 

昼は不貞腐れて、家でずっと寝ていた。

家というのは、対策課が用意してくれたワンルームのアパートのことだ。今はそこで一人暮らしをしている。

「一人で大丈夫か」といろんな人に心配されたけど。むしろ今の僕は、一人じゃないと暮らせない。実際、誰にも邪魔されない生活は僕が望んだ平穏そのもので、さしたる不便は無かった。

 

…寂しさにだけ目をつぶれば。

 

 

 

時刻は午後20時。大通りとも路地ともいえない中途半端な道を、僕は一人歩いている。

 

部屋にずっと居ると、少なくとも一日数回、無性に耐えがたくなる。だから魔法少女の業務がない日は散歩に行くのが日課になっていた。

 

外へ出ると気が紛れる。周囲の()()の一部になった気分がして少し安心感が湧く。しかし、残念ながら今は夜だ。魔女に怯える心配がなくなったからとて、外出に躊躇いを覚える人は少なくない。現に通りは閑散としていて、胸を埋める寂しさは中々収まらない。

 

 

 

「——お姉さん、今ヒマ?」

 

背後から声が聞こえて、肩がびくりと跳ねた。考えごとをしていたからか、すぐ後ろまで人が近づいてきたことに気づかなかった。

驚きにばくばくと跳ねる心臓を抑えながら振り向く。

 

若い男の人だった。もちろん目隠しをしているので分かるのは輪郭だけで、その表情や服装は分からない。しかし優しい印象を受ける声だった。僕と彼以外、周りに人はいない。「お姉さん」は僕を指す言葉のようだと気がついて、慣れないその呼び名に耳が痒くなった。

 

「まあ、はい」

 

「ほんと? 実はちょっと道に迷っちゃってさ、よければ道案内してほしいなーって」

 

返事をすると、男の人の声が少し明るくなったように思う。それだけで少し嬉しかった。

 

誰かに頼られるなんていつぶりのことだろう。正直、僕はこの場所に住み始めてからそこまでの時間が経っていない。道案内をするには少し頼りないことを自覚しながらも、寂しさを紛らしたい欲求が勝った。

 

「任せてください」

 

少し声を高くして、自分の胸を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、お姉さん目見えないの?」

 

「…はい」

 

必要なことだと分かっていても、やはり嘘をつくのは後ろめたい。

僕が目隠しをつけていることに気づいた男の人は最初、「ファッション?」なんて薄笑いで聞いてきた。軽薄な雰囲気を壊したくなかったので、上手い返事をしたかったけれど。結局用意していた嘘(目が見えない)を使わないとうまく説明できなかった。

 

黙りこくった男性。気まずい空気を作ったことが申し訳ない。

 

「…見えないのに、道案内してくれるって言ったのはなんで?」

 

「えっと。…家の近所なら、ある程度は分かるので」

 

言い訳くさい呟きに違和感を抱いただろうか。親切心からでなく、ただ誰かと話したかっただけなことを勘づかれていないだろうか。

探るような視線が肌を刺すのを、今か今かと恐れた。

 

 

「家、ここから近いんだ」

 

しかし男性は見逃してくれたようだった。不自然な話題転換に言外の感謝を示そうと、彼の呟きに首肯を返す。

 

「何歳?」

 

「あー…17、です」

 

「じゃあ高校生なんだ」

 

「…その。事情があって、今は高校には行かずに一人暮らしをしてるんです」

 

「一人暮らし?」

 

「はい」

 

嘘ばかりで塗り固めると、どこで崩れるか分からない。一期一会の人であっても嫌われたくなかったので、言える所は全部真実を言った。

それが良くなかったかもしれない。

 

十代、不登校、一人暮らし。明らかに訳アリのプロフィールを晒してしまい、また男性を黙らせてしまった。少しの間、沈黙が続く。

 

 

先ほど彼が言った目的地は、試写室というお店。名前を聞いてもピンと来なかったが、話を聞く限り、僕がときどき訪ねる輸入食品のお店の隣にあるようだ。そこまでなら僕でも案内できる。

男性と会った場所から目的地までの距離は1kmと少し。今で踏破率は半分といったところだ。それにも関わらず、男性は突拍子も無い発言をした。

 

「よければ君を家まで送ろうか?」

 

「…? お店に行きたいんじゃないんですか?」

 

「ここまで来たらもう大丈夫。それより君の方が心配なんだ。いくら近所って言っても、見えないなら危ないよ。万が一もあるし、道案内を手伝ってくれたお礼だと思ってさ!」

 

まくし立てるような主張に少し怯みながらも、彼の言い分を魅力的に思う自分もいる。

想定外なことに、人っ子一人いない外に、僕は部屋の中より孤独を感じていた。お店の前で別れてしまえば、帰り道は当然ひとりぼっちだ。

 

今は一人でいたくなかった。それならば、彼の優しさに甘えてみるのもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

「よく夜に散歩するの?」

 

「いつもは昼にすることが多いんですけど。今日は例外、ですね」

 

「…へぇ。じゃあ俺はラッキーだったね」

 

「何がですか?」

 

「いや、気にしないで」

 

 

彼が振る話題はどれもつまらない。彼は質問ばかりを僕に投げかけて、自分のことは話そうとしない。会話は別に楽しくなかった。

しかし、それでいい。実際、彼の疑問の返答を考えていると寂しさを感じる暇が無い。狙い通りの結果だ。

さらに彼との薄い関係は、彼と別れることを辛く感じさせない。

 

 

……仮にだけど。

もし、桜との会話だったら、話題は同じでももっと楽しくなるだろう。彼女は物語を語るみたいに、自分の体験を表情豊かに語ってくれる。

もし、杏一との会話だったら………やめよう。忘れる努力をするって決めたじゃないか、僕の馬鹿。

 

「ここです」

 

帰宅までの道のりは、思ったより短かった。僕の部屋は2階の奥から3番目。アパートの前で男性に向き直って頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「うん」

 

これでこの人との関わりは終わりだ。

幼い頃、「出会いを大事にしなさい」とよく言われていたことを淡く覚えている。しかし実際、出会いなんてこんなもので、呆気なく途切れてしまうものなんだろう。それでいい。それがいい。

 

階段を登って部屋の前へ。目隠しをしたままでも、ポケットから鍵を取り出して扉を開ける動作は慣れたものだ。

まだ夜は浅い。それでも今日は早く寝てしまおうと、玄関に足を踏み入れて、閉めようとした扉が、

 

こじ開けられた。

 

「——っ!?!」

 

今日一番の驚きに喉が詰まる。咄嗟のことに何もできず転んだ。先ほどの男の人が前に立っていた。

その男性は身体を玄関に滑り込ませると、扉の鍵を閉めた。ゆっくり鍵を回したからか、かちゃり、と響く音は小さい。

なんで僕はその微かな音に肌を粟立たせたのか。

 

「本当に一人暮らしなんだね」

 

男の粘ついた声が耳にしがみついた。(ねじ)れた不快感で声は出ない。

 

男性は物色するかのように部屋をぐるりと一周すると、こちらに向かって歩み寄る。

 

床に座り込んだ僕を抱き上げた。身に覚えのある感覚はひたすらに嫌なもので、手のひらに穴が空くくらい強く手を握っていた。

 

「抵抗したら殺すから」

 

安っぽい声色は、それでも僕にとって、本当にあまりにも並外れて信じられないほどひどくひどく重かった。

 

 

 

 





次回で最終話となります
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