地を駆ける。嫌な予感に従って咄嗟に身を屈めると、頭上すれすれを弾丸のような速さで粘性の長い舌が素通りした。
「桜ちゃん!」
攻撃を止めてこちらに向かってくる、黄色の装束に身を包んだ仲間を手で制して目の前の段差から勢いよく飛び降りる。突然の私の行動に驚いたのか一瞬動きを止める蛙型の怪人。その一瞬で十分。指を鳴らす。乾いた音があたりに響くと同時に、不思議な力で怪人の視線が私の指に縫い止められ、目を離せなくなる。
決定的な隙。空中で照準を合わせて、振り絞った弦を、離す。剛、と音を響かせ、私が放った弓は怪人の眉間に寸分違わず突き刺さった。
呻き声を上げながら光の粒子と化していく蛙型の怪人。その体が完全に光となって溶けた時、ふぅ、と息を吐きやっと警戒を解いた。
「おつかれ、ブロッサム。今日も大活躍だったわね。………その、大丈夫?」
仲間の一人である青髪の少女が、無意識にため息をついていた私に気遣わしげな視線を送ってくる。慌てて顔に笑顔を貼り付けた。今の私は魔法少女。みんなに笑顔を届ける存在。それなのに私が笑っていないなんてダメだ。
「ううん、気にしないで!ちょっとぼーっとしちゃった!」
そう言ってぺろりと舌を出す私にほっとしたのか、頬を緩める。それを見てうまく笑えていたことを確認していると、後ろから激しく抱きしめられた。
「桜ちゃん!またあんなアクロバティックなことして!心配したんだからね!」
「サンフラワー、変身中は本名を言っちゃ駄目っていつも言ってるでしょう…」
きゃいきゃいと騒ぐ二人。金髪に黄色の装束を見に纏った魔法少女、サンフラワー。そして青髪に紫の装束を見に纏った魔法少女、バイオレット。無邪気に騒ぐサンフラワーをバイオレットが諫めている。しかしその様子は、どこかぎこちなかった。
「ごめんね……気を遣わせちゃって」
やっぱり誤魔化せてなかったみたい。
しょんぼりとしてそう謝ると、二人はぴしりと動きを止め、少し慌てたようにこちらに向き直った。
つい先日、また民間人が怪人に連れ去られた。しかも話題の怪人、
今回はどれだけ被害が出るのかと辟易していたのに、怪人は人目を忍びながら民間人を一人攫ったかと思うと、地上から姿を消した。
結果的にその人を生贄にしてしまったのである。
今も顔を俯かせている桃髪の魔法少女———チェリーブロッサムは当時怪人の発生場所から最も近いところにいたが、彼女が現場に着いた時にはそこはもうもぬけの殻であった。
魔法少女。怪人たちに対抗する不思議な力を得た者。私たちには力がある。人々を守る力が。全部を救うことはできないけれど、せめて手の届く範囲は救いたかった。なのに。和弓を掴む左手に、ぎゅっと力が入ったのがわかった。
「気に病むのはわかるけど、あれはどうしようもないわ。貴女のせいじゃないのに、貴女ばかりが責任を感じちゃ駄目」
バイオレットの、優しさからくる少し厳しい言葉に胸が温かくなる。いつだって私のことを真っ直ぐ見て、暴走しがちな私を止めてくれる。
「それにしても、Bランクの怪人が満足するほどの民間人か…もしかしたら、わたしたちの仲間になってくれるかもねっ」
天真爛漫と言った調子で話すサンフラワーの言葉は一見無責任であったが、決して戯言とは言えない。
異界から仲間を増やすためにこの世界を侵略しようとする生来の怪人、
そんな彼らに
つまり、他者に対する悪感情が大きければ大きいほど高位の怪人になりやすい。
それでも、過去に魔法少女の味方をしてくれたトランスの例は少ないながらも確かに存在した。
サンフラワーはいつも、私の思いもよらない発想で停滞した思考に光明を指してくれる。
二人の言葉に、私は力強く顔を上げた。
「…そうだね。いつまでも落ち込んでいたら何も変わらない!私一人でもBランクを倒せるくらいまで、早く強くならなくちゃ!二人とも、このあと一緒に訓練所に行かない?」
いつもの調子に戻った私を見て二人は安心したかのように雰囲気を柔らかく戻し、私の言葉に強く頷いた。
◇
変身を解いて、『対策課』へ向かう。そこまで都会ではないこの街に似つかわしくない近未来的なビル。警備員さんに一礼してそこに入っていく。最初は躊躇っていたけど、警備員さんに顔を覚えてもらえるようになった頃には、この雰囲気にもすっかり慣れていた。
自動ドアが開いた瞬間、室内の暖かな空気が私たちを包んだ。空っ風に震えていた体にとって、暖房完備の対策課のロビーは天国だった。つい眠気を感じてしまい、頬をぺちんと叩いて目を覚ます。その様子を受付のスタッフさんに見られていたみたいで、生ぬるい視線に顔が熱くなった。
「
恥ずかしさを誤魔化すために青髪の友人に話しかける。彼女は事情を察しながらも、それに気づかない振りをして会話に乗ってくれた。
「確かに今の竹矢だと百発百中みたいだし、桜も装具のレベルアップの時かもね」
「んー?何話してるのー?」
「あぁ、桜の装具の話をね…って、ひまり。こんな季節にアイスって…」
少し目を離しているうちに近くの自販機でアイスを買っていた金髪の友人に、二人で苦笑する。
「ん?どしたの桜ちゃん。そんなに見つめて、そんなにアイスが食べたいのー?しょうがないなー」
「ちなみに何味?」
「ナポリタン」
「いらないよ!」
えー、美味しいのにーとぼやいている自由な彼女に二人でため息をついていると、こちらに向かって足早に近づくヒールの音が聞こえた。
振り向くと、スーツを完璧に着こなしながらも、どこかほんわかとした雰囲気を醸し出す女性が私たちの目の前まで来ていた。よほど急いでいたのか、肩で息をしている。
「どうしたんですか、
「はぁ、はぁ、みなさん…ちょうど良かったです。怪人について、大事な話があります」
「!」
真剣な顔をする淡河さんに、これは只事ではないと身を引き締める。一般職員には聞かせられない話らしく、私たちは彼女に続いて会議室へと入った。
「それで、大事な話っていうのは…?」
「はい、そのことなんですが……どうか、落ち着いて聞いてください。—————
彼女の放った言葉に、会議室が凍りついた。
「………え?魔女って、あの魔女?新たなって…もしかして
「……信じられない。それが事実なら、今度こそこの国は滅びるわ」
一足先に放心から復活した二人が取り乱す。まだ幼かった私たちでも頭からこびりついて離れない大事件。
魔女。現在、唯一危険度Sを記録している、七年前の悲劇を起こした張本人。そして私の、かつての友達。
大槌や蛇など、
もう感じることはなかったはずの恐怖と、不安と、僅かな期待が頭の中をぐるぐると回る。騒ぎ出す菫ちゃんとひまりちゃんとは対照的に、私は下を向いたまま、一言も発することができなかった。
次話は6月2日に投稿します