孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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8.廃人

 

 

肉を打つ音が狭く、暗い部屋に響く。部屋には三人の怪人たちがいた。真っ赤な目を虚ろに揺らしながら横たわる小柄な少女。それに覆い被さり、荒い息をこぼす海豚の頭をもった男。そして、それを退屈そうに眺めている、厚い眼鏡をかけた猫背の女。

 

つぶらな瞳に似合わない確かな欲望を宿し、行為を続ける海豚の怪人。それに対し、もはや呻き声すら発しない白髪の少女を見てテレパシーはため息をついた。

 

「確かに自我があると面倒くさいとは言ったけどさぁ… こんな理由で完全に病んじゃうとは思わなかったなぁ」

 

つい昨日、出産後に子供を回収するためにナーサリーの部屋を訪れた。いつもは生まれた子供を腕に抱こうとして、魔眼のせいで躊躇うというのを繰り返している彼女。しかしその時は違った。生まれた大槌の怪人が元気に産声をあげているのをぼんやりと見ながら、無言で壁にもたれかかっていたのだ。

 

テレパシーはとても驚いた。いつも子供に触れようとして失敗すると、彼女は泣きそうな顔をするからだ。どんな状況でも我が子を愛そうとするナーサリーが、生まれたばかりの赤子を放置。異常事態だった。

すぐさま診察する。彼女の心は死んでいた。簡単な受けごたえは可能だが、今まで彼女が受けて来た心的外傷(トラウマ)を刺激しても、魔法少女との戦いによって起こる彼女の子供たちの最悪の結末を伝えても、ナーサリーは曖昧に笑うだけ。

 

「マーダー様ぁ… こればかりは恨みますよぉ…」

 

そう言ってしょぼくれるテレパシー。彼女はナーサリーと毎日会い診察や実験を重ねていったことで、少女に歪んだ友愛を抱いていた。

お気に入りの玩具を壊されたかのような感覚。この程度の崩壊なら実験には支障は無い。しかし、そこまで手間なく彼女の自我を取り戻せるなら、その手助けはテレパシーの行動の選択肢に入った。まぁそんな方法があればの話だが。

 

ふと前を見ると、種を出し終わった怪人はいつのまにか地下室から退出していた。テレパシーがこちらに注目していないことに気づいて萎えたらしい。つくづくこの『(アジト)』には特殊な趣味を持った怪人が多い。理解できない男どもの趣向に、苦笑いが漏れた。

 

「あ"ぁ"ー つかれたぁ〜 ワタシも久しぶりに地上に行きたいなぁ」

 

ぐっと体を反らすテレパシー。その言葉にナーサリーの体がぴくりと動いたのを、彼女は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

———同刻。『(アジト)』の一室。長身の男が、傷一つない革のソファに座って紅茶を飲んでいる。無表情であるがどこか満足そうに香りを嗅ぐワームホールの後ろから、唐突に誰かが飛びついてきた。カップの中の液体が揺れ、ソファの上に(こぼ)れそうになる。なんとかそれを防いだワームホールは、突然飛びついてきた黒髪の少年に刺すような視線を送った。

 

「あはは、ごめんごめん。そんな目で見ないでよ。つい…ね?」

 

悪びれなく言うマーダーに、男は露骨にため息を溢した。

 

「それで?俺の至福を邪魔しておいて、何のようだ?」

 

「そうそう、ナーサリー…あぁ、″魔女″の産んだ怪人のなんだけどさー」

 

それを聞いたワームホールがじろりと彼を睨む。そんな男の様子に、マーダーは呆れたような目線を返した。

 

「ワームホールってほんと頑固だよね…やっぱり受け入れられないか。でも、彼女がぼくたちにとって不可欠になったことは、もうわかるでしょ?」

 

マーダーの指摘に、ワームホールは頷かざるを得ない。″魔女″を子飼いにしてから早一ヶ月。彼女は実に七人もの怪人を産んだ。驚くべきことに、産まれた子は全員父親となる怪人の能力に加えて、『恐怖』の魔眼を兼ね備えた上位互換となっている。

自我持ちの怪人が1ヶ月で七人。人間を攫って百人に一人の素質を探していた今までと比べ、この成果は異常であった。

 

「…それで?言いたいことがあるなら早く言え」

 

「はいはい。それでさ、地上の魔法少女たちも魔女のことをすっごく警戒してる訳だよ。それを利用して、彼女にぼくたちの首領役をやってもらいたいなーって…」

 

「くだらない。誰が魔女の下なんかに」

 

「もちろん彼女を自由にするわけにはいかないから、地上にそう思わせるだけだよ?今はまだこの組織の全貌が明らかにされてないからそこまで注目されてないけど、このままだとぼくがリーダーだってばれちゃう。槍玉に上げられるのは好みじゃないんだ」

 

それに、と続ける。

 

「ワームホールもそっちの方が都合がいいんじゃないかな〜?」

 

「…チッ。勝手にしろ」

 

「わーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一月十九日。

鎖の怪人を産んだ。我が子の手から伸びる鎖が僕の血で真っ赤になっていた。抱きしめられなかった。

 

一月二十二日。

爆弾の怪人を産めなかった。出産の直前に爆発して死んだ。僕のお腹に穴があいた。内臓を生で見たのは初めてだった。抱きしめられなかった。

 

一月二十四日。

虎の怪人を産んだ。手を伸ばすと激しく威嚇された。近づくことさえ叶わなかった。抱きしめられなかった。

 

一月二十八日。

蜘蛛の怪人を産んだ。こちらを見据える八つの真っ赤な瞳に、思わず後ずさってしまった。抱きしめられなかった。

 

二月一日。

大槌の怪人を産んだ。元気に泣き叫びながら床を凹ませていた。僕はそれを、部屋の端で見ていた。抱きしめなかった。

 

二月四日。

海豚の怪人を産んだ。産声なのか、突然我が子が発した超音波で鼓膜が破裂し、その場で気絶した。もし気絶しなかったとしても、僕はきっと我が子を抱きしめなかった。

 

 

 

 

生徒手帳の中のカレンダーにバツをつけていく。無為な時間が過ぎていく。我が子が人々を殺していく。

たまに、民間人の悲鳴と楽しそうに笑う怪人たちの声が外から聞こえる。自我のある怪人を増やす()()ができたから、単なる娯楽として自我の無い怪人を作って楽しんでいるようだ。それを知っても、なにも感じない。毎日ここを訪れるテレパシーの存在すら曖昧だった。

 

ここのご飯美味しくないでしょ?ごめんねぇ。ワタシたちって食べられたらなんでもいいって性質だからさぁ

 

なにも聞こえない。なにかを話しているのはわかる。でも内容を意味として理解できない。

 

なにも見えない。目の前にいる誰かが今どんな顔をしているのか、顔を突き合わせているはずなのにわからなかった。

 

それにずっとこの狭い部屋にいたら気持ちも滅入っちゃうでしょお?

 

いいようのない寂しさが胸を満たした。何かしたかった。でも、その何かがわからなかった。答えの出ない問いをぐるぐると頭の中で回す。

 

———と言うわけでナーサリーちゃん、一度地上に戻ってみない?」

 

久方ぶりに、声が聞こえた。

 

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