孕娼の魔女   作:甘朔八夏

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9.覚悟

 

絶え間なく手元の端末から警報が鳴り響いている。

 

危険度E。近隣の魔法少女は直ちに現場へ向かってください。

 

危険度C。近隣の魔法少女は直ちに現場へ向かってください。

 

危険度C。近隣の魔法少女は直ちに現場へ向かってください。

 

危険度D。近隣の魔法少女は直ちに現場へ向かってください。

 

危険度E。近隣の魔法少女は直ちに現場へ向かってください。

 

危険度C。近隣の魔法少女は直ちに現場へ向かってください。

 

 

ありえない。いくらなんでも多すぎる。皆が戦慄していた。一つの街にこれだけの怪人が一度に現れることなど今までなかったのに、()()()からはそれが頻繁に起こっていた。あの時。そう、魔女が出現してからである。

 

この街の隣の政令指定都市で起こった先日の悲劇。目を合わせた物に根源的な恐怖を与える『魔眼』をもった特異な怪人が、対峙した五人の魔法少女を全員殺害したのだ。いくら未熟な者が多かったとは言え、五対一の戦いで勝つどころか逃げることすらできなかった、という事実は人々を震撼させた。

 

なんの前触れもなく現れた、危険度Aにも迫る実力を持った蛇人。あの時、この県で一番の実力をもつ魔法少女、アイリスが助太刀に来てくれなかったらどれほど被害が広がっていたのか分からない。

 

 

『魔眼』。それは一部の怪人が持つ不可思議な力。今までそれは制限や弱点を持っており、そこを突くのが定石であった。

しかし今回蛇人が持っていた魔眼は見たところ常時発動。デメリットは一切見当たらなかった。

 

そのため、現在はアイリスが行った様に、怪人と目線が合わない遠距離から極大の力で狙撃するしか確実な勝利を得られる方法がないのだ。

 

そんな絶望的な状況に追い討ちがかけられる。魔眼持ちは蛇人だけではなかったのだ。

 

 

今回の侵攻も、魔眼を持った海豚の怪人が他の怪人たちを率いている。

好き勝手に暴れる怪人。逃げ惑う人々。人波に押されて、一人の男性が転んでしまう。そこに文字通り獣のように迫る熊の怪人。ぎらりと光る鋭い爪が、男性の背中を切り裂こうとしたまさにその時。

意識外から飛んできた太い金属の矢が怪人の手に突き刺さる。怪人はくぐもった悲鳴を上げてその矢の勢いのまま吹き飛ばされた。

 

「よかった、間に合った…!ここは私たちに任せてください!」

 

魔法少女チェリーブロッサム。彼女は『魔女』の出現報告後からさらに苛烈に訓練を重ね、今や金属矢すらも完璧に使いこなせるまでになっていた。

 

「魔法少女、か。遊んであげるよ」

 

吹き飛ばされて仰向けになった瞬間に首元を射られ、粒子となって消えていく熊の怪人を一瞥しながら、海豚の怪人は気障(きざ)に言い放った。

 

海豚の怪人が、自慢の魔眼を魔法少女に向ける。…ことは叶わなかった。

 

「!?なっ…目を離せない!?」

 

海豚の怪人の視線は、なぜか近くの電柱に釘付けとなっていた。大いに焦る。彼女の能力は自分と相性が悪すぎる。

 

「くっ、お前たちっ!俺をまも°っ…!」

 

大きく声を張り上げる海豚の怪人の眉間に、吸い込まれるように突き刺さる矢。崩れ落ちる怪人には目もくれず、ブロッサムは仲間を呼んだ。

 

「バイオレット!サンフラワー!『魔女の児』を倒したよ!」

 

魔眼持ちさえ仕留められれば、あとはCランク以下の怪人たちの有象無象。彼女らは余裕を持って仕留めていく。最後まで粘っていた蝲蛄(ざりがに)の怪人が口元から液体を吹き出しながら果てた時、桜は弓を下ろした。

 

「おつかれ、ブロッサム。今日も大活躍だったわね」

 

「桜ちゃん!すっごくかっこよかったよ!」

 

同時にこちらに近づきながら自分を讃えてきた菫とひまりに、桜は満面の笑みを返した。

 

「ありがとう!あの男の人を助けられてよかったよー」

 

「まさか200メートル以上も遠くから射って、それも当てるとはね。とても驚いたわ」

 

「うん、改めて自覚したよ。私の力、急に強くなってる」

 

桜の持つ能力は二つ。一つは対象の目線を奪い、特定の位置に縫い止める力、『惹起奪目(ダズル)』。そしてもう一つは、どこまでも遠方を見通す『千里の目』。

 

桜の能力は、突如出現した恐怖の魔眼を持つ怪人たち、通称『魔女の児』に対して非常に相性が良かった。

その能力から、県内最強である銃の名手、魔法少女アイリスがいない時は『魔女の児』の一切を担当していた桜。数々の強敵たちに対して死線を潜り抜けてきた彼女は、急速に実力を成長させて今やBランクの怪人と対等に渡り合えるほどになっていた。

 

その結果大きく成長したのは、特に千里の目。この能力は、目を見ずして相手の狙いを察したいという桜の欲求に対応したのか、相手の内面までも朧げに視ることのできる『真理の目』へと進化を遂げていた。

 

「それにしても、やっぱりこの『魔女の児』たちって魔女が従えてるのかな?」

 

サンフラワーが疑問をこぼす。

ある一人の怪人が、魔女のことを母と呼んだことから付けられたこの名前。新たな魔女の詳細が何もわかっていないにも関わらず、世間ではすでに魔女に対する恐怖と嫌悪が蔓延っていた。

 

無理もない。怪人から同じ種族が二人現れることは滅多にない。そのため人々は新しく現れた魔女を、七年前の悲劇を産んだ大罪人と同一視している人も少なくないのだ。

 

それでも、と桜は疑う。魔女になる()()を持つ人物がここまで残虐なことを指示するだろうか?

 

———桜。私はね、ただ寂しかったんだ。

 

まだ()()が、()()()()が世界の敵ではなく桜の友人であった時のことを思い出す。二人だけの秘密。決別の先日、彼女は優しげに微笑みながら桜にそう言った。

 

確かに彼女は大罪を犯した。それは否定しようがない。しかし、直接誰かを殺めたわけでも、直接国を崩壊させたわけでもないのだ。

 

本当に話題の『魔女』は望んでこんなことをしているのか。本当はこんなことしたくないのではないか。彼女はどこかで泣いているのではないか。そんな荒唐無稽で、自分の欲求が混ざった妄想をする。

 

つい足を止めてしまっていた桜に、二人が不思議そうな顔をして振り返る。それに気づいた桜は慌てて二人の元へと走った。

 

いけない。また考え込んでしまった。『魔女の児』を浄化することはもう踏ん切りがついた。魔女と対峙しても戦う覚悟はもうした。でもふと、戦闘が終わった後にちくりと胸が痛む。

 

桜は心の中で苦笑した。割り切れないや。

難しいことを考えるのは私の性に合っていない。自分の心に従おう。魔法少女になると決めた時と同じ。

助けたいから、助けるのだ。

 

決意を固めなおし、頬を引き締め———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BUZZZZZZZZZZZZZZZZ!!!!!

 

「「「っ!?」」」

 

再度なり出す警報。慌てて端末を確認する。

 

「えっ!?1日に二度も!?一体なにがどうなっ…て………え?」

 

 

危険度A。近隣の魔法少女は直ちに避難してください。

 

「危険度……A?」

 

おかしい。確かに最近この街はおかしかった。でもこれはありえない。静寂が場を支配した。

 

勝てない。これは怖気でも予想でもなんでもない。ただの事実だ。真っ先に逃げる?それが最善だろう。しかしそれは民間人を見捨てることと同義だった。でも仕方ない。助けに行くなど、自殺と同義だ。彼らのことは唇を噛んで飲み込もう。

 

「……行ってくる」

 

———そんなこと、私には無理だ。

 

「「なっ!?」」

 

「何言ってるの桜ちゃん!?早く逃げようよ!」

 

「そうよ桜。勇気と無謀を履き違えないで」

 

無論必死に彼女を止める菫とひまり。今回ばかりは絶対譲らないとばかりに迫る二人に、桜は語りかけた。

 

「私ね、考えたの。なんで私は魔法少女になったんだろうって」

 

二人を見つめる。

 

「助けたいから。一人でも多くの笑顔が見たいから。ここで逃げたら、私は魔法少女じゃなくなっちゃうよ」

 

どこまでも真っ直ぐな覚悟。彼女の目は、もはや説得など無意味なことをよく示していた。

 

「…あぁーもう!そんなこと聞いて、じゃあいってらっしゃいなんて言えるわけないじゃない!私も行くわよ!」

 

「菫ちゃんにこんなテンプレな台詞吐かせたんだから、絶対に勝たなくちゃね…」

 

ひまりがニッと笑う。

 

「3人で!」

 

「わかった!じゃあ行こう!」

 

風情も何もないテンポの良い桜の進行に、思わず二人はずっこけた。

 

「え…?もうちょっと感動して二人とも…みたいなの無いの?」

 

「そんなことより早く向かって一人でも多く助ける方が大事なのね。ふふっ、桜らしいわ」

 

走る。通知によると、現場はここから500メートルほど。なり続ける警報のせいで混乱を極め、クラクションの鳴り響く交差点を抜ける。端末に従ってビル群を抜けた先。真っ直ぐに伸びる道路の奥の奥に、見えた。

 

その場所には、地面にへたり込んだまま下を向いて震えている女性。そして、それを見下ろす黒髪の少年。女性と少年の距離はおよそ10メートル。少年は棒立ちのまま動かない。しかし、少年の顔に注目した瞬間、桜は彼のぞっとするほどに純粋な殺意が()()()

 

感じた悪寒に素直に従い、女性と少年の間の虚空に極限まで振り絞った矢を放つ。剛と音を鳴らして射られた矢は確かに、不可視の何かを弾き飛ばした。

 

「…げ。もう来た」

 

それに目を見開いた後、こちらを向いて嫌そうな顔をする黒髪の少年。一足遅くにその少年のような怪人を見据える二人の魔法少女。今度は目を見開くのはこちらの番だった。

 

「……殺人者(マーダー)

 

ぽつりと呟いた菫の言葉が、やけに大きく場に響いた。

 

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