冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして 作:fenderlemon
泥濘に沈むような微睡みの中、俺は自然と走馬灯を見ていることを自覚した。
何一つ成し遂げられない人生だった。
遺伝性疾患で免疫系がおかしくなったらしいこの身体は、高校を卒業するまでもなく死に絶えて逝くのだ。
将来の不安に一喜一憂すること無く、何かに打ち込む探求をすることも無く、誰かに出会って夢中になることも無く。無味乾燥にして撫でる波風すらなく、ただ諦観の中へ落ちていくだけの人生だった。
何も写らずに白い病室だけがコマ撮りしたように流れ続ける走馬灯を見て、漠然とした焦燥感が背中を撫でる。
終わるのか。終わってしまうのか。こんなものが俺の人生なのか。じりじりとした焼き付く焦りが、余りに遅すぎる恐怖となって喉を突き破る。嗚咽と共に感情を吐き出したいのに涙の一つも出やしない。声の出し方も忘れ去った声帯からかろうじてひねり出せたのは、
「──」
名前も覚えていないアイドルソング、だった。いつ聞いたのかも定かではない。誰が歌っていたのかも閃かない。歌詞もろくに思い出せない。しかし俺は、このメロディだけは不思議と口ずさめた。救いのない白い部屋の中で最も光を発していた。新鮮な見舞いの花より、少し豪華になった病院食より、見たことのない学校より、感じたこともない青春より、美しい笑顔だった、気がする。
駄目だ。もう何も思い出せない。あんなに何度も見た華麗なステップが、打ち鳴らされるヒールに高らかな歌声が、世界に「私がかわいい!」と突きつける、あの大胆な笑顔が。思い出せなくなっていく。
全て手遅れなのに、漂白されていく記憶を抱き寄せて見たこともない自分を願った。朝、目が覚めたら俺は誰よりも可愛い最高のアイドルになって、誰よりも何かに打ち込める努力家で、何者にも穢されない人生を送るんだ。暴力に怯えなくて良くて、病の進行だけが変化なんて事はなくて、青春の限りを尽くしたい。物語の中の主人公が良い。こんなじんせいなんて、うそで、あってほしいから。
…………。
麗らかな春。
高らかな靴音を跳ね飛ばし、瞼も蕩けるような日差しを駆け抜けるウマ娘が一人。
彼女もまた、トゥインクルシリーズを目指し駆ける新入生の一人だろう。
桜並木を抜け、商店街を抜け、同じように尻尾を上げて艶やかなローファーを打ち鳴らす、トゥインクルシリーズ目掛けて胸いっぱいの希望を咥えこんだ同胞が増えていく。
そのウマ娘を見た者は、季節の感慨を感じ、たなびく一際美しい鹿毛に見惚れ、新たな選手の登場に期待し、そして一様に思考に
脳裏に差し込まれる違和感。美しいフォームに寄り添う致命的な決裂。もしくは、宝石のような双眸に残る陰のような──
「ここが俺の、んん、私の部屋かぁ」
入学式とオリエンテーションを終え、寮を一通り案内されたウマ娘達は勢揃いに疲弊している。下の階からは程々な賑やかさを感じられるものの、この新入生向けのフロアには挨拶を終えるとそのまま風呂へ行くか、ないしは荷物を取り出すので精一杯なのか、妙な緊張が走っているようだった。
ドアの前に立つこの鹿毛のウマ娘も同じく疲労を溜めており、荷物整理が始まってからが本番だということにウンザリしているようだった。
実家と違いすんなりと開くドアに驚きながらも足を進めると、既に部屋のライトは灯されており、中央には平均的な身長の芦毛のウマ娘が服を広げているところだった。寝間着を吟味しているようだったが、入ってきた鹿毛のウマ娘に気がつくと朗らかな声を上げた。
「あぁ〜! もしかしてこの部屋?」
温和そうな芦毛のウマ娘は柔らかな仕草で寝間着をしまい込むと、鹿毛のウマ娘にとびきりの笑顔を見せた。
大変に明るく眩しい笑顔に気圧されながら鹿毛のウマ娘は応える。
「は、はい! 今日からお世話になります!『プルガーネット』です!」
自らの名を。
二度目の
この世界に生きるウマ娘は産まれながらに名を持っている。それは運命であり宿命であり、契約でもある。
きっとそんな重たいことは考えたこともなさそうな、プルガーネットの表情に乏しい顔とは対照的に、花開くような笑顔の芦毛のウマ娘は、
「わたしはスイートパッション! もうなんてか、名前まんまなんだ! よろしくぅ!」
明朗快活。スイートパッションの笑顔を見たプルガーネットの感想は「太陽のようだ」という一言に尽きた。一挙一投足が大振りで、それでいて風にたなびくシルクのような柔らかさがある。ふわふわとした髪を大きな二つのお団子状にまとめ上げているのもあざとく、それでいて似合っていた。
「プルガーネット……プルちゃんとネットちゃん、どっちがいい?」
「えっ、ええとじゃあ、プルで」
「よろしくねプルちゃん! 私はトパって読んでね!」
「取るのそこなのか……トパ、よろしく」
ネットちゃんは何かマズイ気がしたプルガーネットは大人しくプルを選択した。……こちらもこちらで悲惨な運命を辿りそうな渾名である。そもそもスイートパッションの命名に倣うとプルガーネットはルガーになりそうである。
謎の命名規則を持つスイートパッションは「あたし部屋汚いのダメな子なので!」と力強い宣言を立てている。確かに共同生活において衛生観念は共通しておかないとマズイ。プルガーネットは粛々とその言葉を胸に刻み込んだ。
「ようやく片付いた〜! プルちゃんお風呂行く?」
「あ、お、私は後にしておくよ。まだ整理終わってないから」
「なんか荷物多いもんね! 分かった先行くね〜」
スイートパッションの指摘の通り、プルガーネットの荷物はかなり大掛かりであった。ちょっとしたキャンプを設営できそうな程に膨らんだ荷物は相部屋の容積量に対しては些か過剰ですらある。
プルガーネットは一般的な荷物を取り出し部屋の備え付けの家具に納め、それでも半分を割らない荷物に手を入れた。取り出されたのは、小柄なプルガーネットであれば赤子のように丸まればギリギリ身体を収められるであろう、小さな棺桶のような物だ。収納家具としての機能を持っているのか、小さな鍵を差し込むことでようやく中身をさらけ出した。
副葬品の様な絹の束に包まれた古文書。奇妙な輝きを放つ銀色の鍵。羊の皮と言いきれない既視感に包まれたハードカバーの書籍。どれもこれも風体だけで怪しげな品品である。
プルガーネットが取り出すのは玉虫色の輝きを鈍く反射させる液体が詰まったガラス瓶。彼女はガーゼで気色の悪い色の液体を一撫でし、靴下を脱いだ左脚の膝辺りに当てがった。粘性を見せる液体は理解し難い事にぷるぷると身を震わせるようにして膝から、円孤を描くようにしてふくらはぎを覆うように垂れていく。
膝下は特に奇怪な事に、まるで溝があるように、線を描くように液体がその悪目立ちする色を主張していた。
ドールの関節部の様だった。それでいて肉肉しく、まるでスライムのような液体を啜るように蠢いているようにも見える。
とても正気の行いとは思えない。故にスイートパッションに見せられず、これからは毎晩隠れてこの
液体が
日常のために、まだ見ぬ友人のため、まだ得ないレースのために、そして何よりも──
「あのステージのセンターに立つためなら、やるよ。それだけなんだ」
◇
「プルちゃんただいま〜!」
ドドンと開かれたドアにプルガーネットは些か過剰に、尻尾が天高く天井を貫かんばりに持ち上がる程に怯えた。いつまでも隠し通せるとはとても信じていないが、だからといって秘密を明け透けに晒しておく理由も無いからだ。
「ああと、トパ。おかえりなさい」と無難に返事をして「こんなものでどう?」と部屋を見せてみる。小物まできっちり整頓して並ばられた私物は部屋の中央を境にきっちり分断してある。スイートパッションの琴線に触れなければプルガーネットの今日の仕事は終わりと言っていい。
「片付いたみたいだね! 良きかな良きかな〜」
「うん。これからお風呂いくよ」
「あと一時間で閉まっちゃうみたいだから急いでね!」
「うげ」
仕事は無くても髪を洗って乾かすのは重労働なままだ。尻尾があれば尚更だろう。未だに慣れないこの作業にプルガーネットは今度こそ重いため息を吐いた。
「乾くかなぁ」
プルガーネットはウマ娘でも毛量が多い方だった。
腰に届くポニーテールと腰から生えるポニーテール。──果たしてポニーとは何なのか、とプルガーネットは考えたが、恐らく考えても意味不明な人物が生えてきて穴埋めしてるに違いないと自己完結し──二つの長髪があると、どれだけ急いで洗って乾かしても一時間でどうにかなるとは考えにくい。
スイートパッションは流石に見かねたのか、「しょうがないなぁ。帰ってきたら尻尾やってあげるからドライヤーこっちでやろ?」と返す。今日、しかもついさっき挨拶したばかりの人物にする施しにしては随分な大判振舞であり、
「……ただでやらせるには重くない?」
プルガーネットが素直に聞くには随分な重さがあるものだった。これはスイートパッションなりの処世術、ないしは同室の子には出来るだけ優しくしておこうという気遣いなのかとプルガーネットは考えた瞬間、
「はちみー硬め多め濃いめで」
「値段も相応だぁ……」
きっちりとした対価を要求されたのだった。
◇
学園の日々は途方もない速さで過ぎ去っていく。国民的スポーツ、トゥインクルシリーズに挑戦する為にはトレセン学園の競技チームやトレーナーとの契約が必要だ。
トレーナーが付かない事には何も出来ない。故にウマ娘達は教官の元で基礎トレーニングに切磋琢磨し、トレーナーへのアピールの場である選抜レースを目指して汗を流していく。
選抜レースが開催されるまでの二ヶ月の間でプルガーネットは自身が少なくとも短距離に向いていない事を知った。
最高速こそ同室のスイートパッションにも劣らないが、加速力となる足の踏み込みがイマイチ足りないらしいのだ。反面、スイートパッションはパワーが溢れすぎていて、彼女の後ろの芝はズタズタに破壊されていく始末だ。パワーをコントロール出来るようになれば恐ろしいスプリンターになるだろう。もしかしたらオープンを通り越して重賞すら手が伸びるかもしれない。
有望な同室が居るという事実に身が引き締まる思いを抱え、プルガーネットはグラウンドへ向かった。
今日こそ大事な日、選抜レースの日なのだ。
芝1600メートル。
トゥインクルシリーズの前の関門は、すぐそこだ。
喧騒が徐々に大きくなり、視界が開けていく。レース場のような熱気が蹲るようでいて、居るのはトレーナー達とウマ娘ばかりというところが違う。ここは東京レース場を模した芝トレーニングコースにして今回の選抜レース会場だ。
アップを掛けている者。バ場を確かめるべく軽くランニングをする者。友人に励まされている者。三者三様な光景の中にひとり佇むプルガーネットは静かに集中していた。
到着直後に行われた短距離レースにてスイートパッションは三バ身に及ぶ完封劇を行い、トレーナーから熱烈な歓迎を受けた。自分もそうありたいところだ。とプルガーネットは思索に耽りたい気持ちをぐっと堪え、アップのメニューをこなしていく。
今日のコンディションは……恐らくは悪くない。多分。プルガーネットは専門的な知識を持ち合わせていないが、尻尾の毛艶や足元の軽やかさが彼女をそう判断させた。
スイートパッションに仕込まれた丁寧なブラッシングを毎日欠かさないこのポニーテール(頭部)とポニーテール(尻尾)は常に美しく保たれている。ステージのセンターで輝く事を願い恋焦がれる故に美意識は高いプルガーネットは、初めての同年代の女子の友人を得たこともありスイートパッションに化粧やケアを徹底的に叩き込んで貰っている。……要はコンディションに影響されても尻尾には強く反映されないのだが、プルガーネットはそこに気がついていない。つまるところ彼女も初めての選抜レースで入れ込んでしまっているのだ。
それは同じマイルレースを走るウマ娘達も同じようで、先程から近くの集団の中より泣き声が聞こえてくる。「どうしようどうしよう目標タイム切れてませんのに」「負けたくなんて、ないのにっ」などとそれなりの音量で叫んでおり、友人たちが必死になだめているようだった。
それに当てられたのか、他の参加者もアップを再開し、更に入念にストレッチを繰り返す。過剰なストレッチは逆に靭帯に悪影響を及ぼすのだが、教官から口酸っぱく言われた事も抜け落ちる程度に周囲のウマ娘は入れ込んでいた。
──負けたくないのに。
──負けない。
──勝ちたい。
──勝つんだ。
とどのつまり、ウマ娘の種族的な特性の負けん気が伝染病の如く伝搬していた。競技という形でようやく健全に発散できるようになった走欲は本格化も近い思春期には猛毒のように全身を駆け巡る。この欲求に逆らえるウマ娘など居ない。一人たりともだ。それは、人間の男から転生したプルガーネットでも例外では無い。
圧倒的な獣性。今すぐに地面を蹴り砕いて走り抜けてしまいそうなその希求的欲求を人間的な理性で嚥下し、ギリギリのところで踏みとどまる。
「フーッ……」
強く息を吐いて心呼吸。脈が安定した事を確認してからプルガーネットは受付に最終登録を行った。程なくしてコースが点検され、落ち着いたはずの芝コースに余波のようなさざめきが帰ってくる。
──マイルレースが始まる。
──高速レースへの第一歩。
「参加者の方はゲート前へお集まりください。繰り返します──」
頬を軽くペちりと叩いて気合いを入れようとした瞬間、背中にぱぁん! と強い衝撃がプルガーネットを襲った。痛む叩き方では無いことに安堵しながら振り返ると、先程トレーナー陣に囲まれてレース場から流されたスイートパッションがそこに居た。
「プルちゃん!」
「おわっ! トパ、トレーナー達の勧誘に着いてったんじゃ?」
「いやぁ私達もヤバいけどトレーナー達も入れ込んでヤバいね! 君ならスプリンターズSで勝てるとか何とかって口々に言ってきてさ、あまりにうるさいから明日に回しちゃったよ」
「うわぁ……」
スイートパッションの選ぶ者としての強かさが既に発揮されている事に、
「勿論ヤバいのは
そしてプルガーネットの正確なコンディションを読み取る力に戦慄した。
「力まないで頑張って!」
「……うん!」
背中に激励を受けたプルガーネットは颯爽とゲート前へ足を向けた。
トレセン学園芝コース。1600メートル。良バ場。右回り。徹底した品質管理を行われた芝は短距離レースで既に荒れている。勾配こそ無いもののコースのコーナリングは半径が小さく急角度で、慣れないウマ娘達は確実に外へ膨らむだろう。
プルガーネットは自分自身の得意な作戦を見極められていない。故に今回は“逃げ”を打つつもりであった。単に周りを気にせずに突っ切りたい、スタミナがあるプルガーネットだからこそ選択出来る手でもあった。
『……最後に9枠9番プルガーネット。この子はどうでしょう』
『デビュー前にしては頭一つ抜けたスタミナとスピードが持ち味です。姿勢がやや左に偏っていることが気にかかりますが本人も気にしてコーナリング練習を重ねてきた模様。期待しましょう』
『ゲートイン完了』
ジリジリとした空気が起きるのも一瞬。一息に肺を潰して地面を抜いた瞬間、ガコンとゲートが開いた。九人立てのレースの外枠も外枠。だがプルガーネットがコーナリングに合わせて執拗に繰り返したゲート練習の量に比べれば微々たる不利だ。
『9番プルガーネット、あっと驚くロケットスタート。他の子は足並みは揃っていませんが並ぼうとグングン伸びていきます』
『ジュニア級にしては素晴らしいスタートです』
凪いだはずの風が暴風となって顔を叩く。まだだ。もっと首を下げて潜航するんだ。プルガーネットは純然たる肉体のスペックで圧倒しようと左脚へ比重を掛けゆく。
その時だった。プルガーネットの蹴り抜いた芝が宙を舞い後続の先行集団に飛来した。「ぐっ、」と鈍い悲鳴が上がったことにゾッとするような悪寒がプルガーネットを捉えた。破片を受けたのはレース前に泣いていたウマ娘。当たったのは二の腕であり、致命的なプレーミスではないものの、プルガーネットからすればトレセン学園における初戦でのミスであり、泣いていたウマ娘からすれば──激昂するには十分すぎる宣戦布告であった。
「やっ、てやろうじゃないのぉ!」
「なっ」
「ちょっと!」
『おっと、7番アハナギナツメどうした第3コーナーだがどんどん上がっていくぞ。9番プルガーネットも呼応するように加速していく』
『レースメイク、という訳ではなさそうですね。まだデビュー前の子ですから掛かってしまったのかもしれません。結構なペースですね』
『7番アハナギナツメ遂に先頭9番まで半バ身ほどか』
背後からプレッシャーが津波のように押し寄せてくる。けたたましくなる蹄鉄の音。獣らしい荒い息遣い。視界に入れなくても分かる強烈な敵意を孕んた視線。
これが、これが中央。
プルガーネットは余りのプレッシャーに押し負けそうになり、踏ん張りを効かそうとする。左脚が強く沈み込む。その時だった。
「なっ、ぁ!」
姿勢を一気に崩し込んでしまう。左脚を落とした先にあったのは──先程の短距離レースで荒れた内ラチ。なんで第3コーナーに、というプルガーネットの疑問に答えるように脳裏に浮かんだのは同室、スイートパッションの顔だった。
(そんなっ)
一度姿勢を崩しても負けまいとプルガーネットは加速しようとするものの、その願いは叶うことは無かった。
(どうして、どうしてっ! 息がこんなに苦しいんだ!)
如何にデビュー前のウマ娘達の中からスタミナが頭ひとつ抜けていようが、初めての本格的なレース場で、初めて中央のウマ娘と相対した状態で、初めてレース上のミスを犯した状態で、冷静にペースメイクなど出来ようもないのだ。自らのペースを見失い、無下にスタミナを消費した逃げウマ娘が再加速しようだなんて不可能な話である。
『あっと9番失速!垂れていきます』
失速したプルガーネットが急速にバ郡に沈んでいく。突然の出来事に他のウマ娘は驚愕し、ハイペースのままプルガーネットを受け入れることとなり──
「いたっ、あっ」
「おい!」
「くそっ」
大規模なラフプレーが発生してしまった。全ては反則の範囲には入らない軽微な接触である。しかし馬群全体を数珠を鳴らし打つようにプルガーネットという玉が入り込んだ結果、レースのペースが突如として崩壊する。
その崩壊から唯一免れていたのは、
「7番!7番アハナギナツメがスルリと2バ身を付けて今ゴールイン!選抜レース、マイル部門の勝者は7番アハナギナツメ!2着は──」
負けたくないと泣いたアハナギナツメであった。
◇
レースが終わってすぐに勝者であるアハナギナツメがプルガーネットの目の前に駆けてきた。プルガーネットは九着、最下位を記録し、その場から離れる気力も湧いていない所だった。逃げたいと正直に思ったものの、第三コーナー周りで色々な子にぶつかってしまい全身に鈍い痛みと変色が起きていた身体ではとても走れそうになかった。
「そ、そのっ!」
「えっと」
「アハナギナツメ、ですわ。プルガーネットさん」
名前も覚えていない事に失望されただろうかと考えながらも喉の奥から精一杯の賞賛をひり出して「ナツメさん、勝利おめでとう。あと、怪我してない?」と声をかけた。せめての罪滅ぼしという訳ではないが敗者が勝者を讃える、というのはかなりの残酷さを持つ。
アハナギナツメはありがとうございます。と賞賛を受けながらも汚れた体操服の袖をめくり、白い肌を晒す。
「見ての通り大丈夫……でしてよ。それで、」
「やっぱり、その、怒ってる?」
「いえ!いえ!違いましてよ。また、走ってくださりませんか、というお誘いですわ」
「へ?」
「最初のロケットスタートを見た時、勝てないかもって思いましたわ。途中で失速されてなかったら、私は2着になれれば良い方でした」
「そんなことないって。ナツメさんの追い込みは凄かった」
「それなら私だってそんなことないって言いますわ!プルガーネットさん。貴女はもっとずっと強くなれます。デビューしたら、また走ってください」
去っていくアハナギナツメを見て、強いなぁ。とプルガーネットは独りごちた。まだこの世界流のスポーツマンシップは心に染み付いていない。走れない肉体から解放された喜びに、地元の小学校や競走クラブでの勝利の味を上塗りした
「お疲れ様。残念、だったね」
「トパ……」
初めての敗北を噛み締め砂の味を自覚した所で、気まずそうなスイートパッションがプルガーネットの横にしゃがみこむ。プルガーネットから見ると逆光で顔がよく見えなかった。夏が近づく六月の太陽は些か眩しすぎて、スイートパッションの表情を隠すにはうってつけだった。
「……その、さ」
スイートパッションの声音からして言うことは分かりきっていた。「いい。言わなくていい」と静止するも彼女の罪悪感は止めようがなく、
「私のせ──
「言わなくていいってんだろ! 芝が荒れてるのなんて当たり前! 足を取られて失速するくらい不器用ならそもそも内ラチを選んだ俺が悪いんだよ!」
「ぅ……」
「……ごめん」
ついに感情の限界が発露した。自罰的な言葉に収められただけでも許して欲しい。とプルガーネットは誰に願うのかも分からずに心中で謝る。誰が悪いとか、そういう話ではない。分かっているのに、分かった上で声を荒らげてしまうのは、まだ未熟な証なんだろう。都合十七年の命が他人より積み重ねているのにも関わらず大人になりきれない。十七年が如何に意味の無いものだったか──考えるだけで嫌になる。
プルガーネットの拳は自然と力み、握り込まれていた。それをすぐに認めたのかスイートパッションがそっと手を添えて胸元に手繰り寄せる。柔らかく優しい手つきなのに、血の気が引いていることに、やっぱり怯えさせちゃったのではないかとプルガーネットは考えた。こんなに冷たい手をさせてしまうなんて。しかしスイートパッションは、
「ううん。それより痣だらけじゃん。保健室、行こっか。怪我治すならやっぱりニンジンだし、保健室着いたら走って買ってくるから」
手は冷たくとも心はそうではないようだった。あぁ、眩しい。目を開けるのも嫌になるくらいに。これが
「……じゃあ治ったらトパにはちみー奢ってあげる」
「うん……うん!」
せめての仲直りのため、ちょっとだけ二人で出かけて買い食いしても罰は当たらないだろう。
彼女との生活も、俺の挑戦も続くのだから。
◇
“プルガーネットの手記”
思い出すだけで胸が一杯になるので結果だけ残す。
ボロ負けだ。ビリっけつのどんじりで最底辺の九着に沈んだ。何となく走りやすい逃げで挑戦し、解説もあっと驚くロケットスタートを決め、無理な斜行もせずに先頭をキープ。
ここまでなら理想的な先行争いをしたように思う。
問題はここから。第3コーナーで怒ったアハナギナツメに競りかけられた。動揺して芝の荒れた面を踏んで滑り、姿勢を崩して失速。ハナをうっかり明け渡したは最期、レースにまだ慣れないウマ娘達の中に飛び込んでしまい、ラフプレーさながらのギリギリな目に合わされ、全身痣だらけになって後方へ放り出されてしまった。
皆慣れてないのは分かるけど垂れたウマ娘を避けるの下手すぎるって……。スイートパッションが保健室に連れていってくれたしニンジンも奢ってくれた。今度はちみーでお返しをしよう。
・トパにはちみー奢る
・トパは汚いの無理なウマ娘
・痛みが引くまで負荷は×
ハーメルンの全てが初めての利用なので優しくしてください。
1話なのでボリューム2倍です。
最初3話は連日投稿してみます。