冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして 作:fenderlemon
ごとり。
ただ重い物をテーブルに置いた音。
ただそれだけである筈なのに、部屋に居る
「私の左脚、義足なんです」
義足。人間の四肢を模して擬似的に動きを再現した道具。何らかの要因で四肢を欠損した人間が装着して使用する道具。
完璧な程に見目が明るいプルガーネットは、左脚を喪っている。ワインに落とした汚泥のような一粒であり、どんなに優れた絵画でさえキャンパスに在るのならば汚してしまえる事を裏付けるように、プルガーネットの左脚は欠損していた。
「……驚いてますね。ちょっと得した気分です」
「いや、ええと、」
「どちらかと言えば反応に困ってる顔だ。プルガーネット」
ウマ娘の脚は筆舌に尽くし難い価値があり、それに相応しい自尊心に包まれている。どんなに風にたなびく美しい尻尾を持つウマ娘でも、どんなに優れた頭脳を持つウマ娘であろうと、その優秀であるはずの部位の事を脚より重く扱い話す事は無い。
ウマ娘における脚とは存在そのものであり、生きる理由であり、生命と呼んで差支えがない物だ
尊厳だけでなく、ウマ娘は生物的にも脚に頼りきっている構造をしている。ウマ娘の酸素消費量は人間の数倍を優に超える。血中濃度をいくら高めたとて足りない程に。ならばどう補っているのかといえば、
しかしプルガーネットにはそれが半分無い。
人間で例えるならば目の前の友人が突然「実は心臓半分しか持ってないし、命も作り物なんだよね」なんてカミングアウトしているようなものだ。美醜も尊厳も生物としての有り様としてもめちゃくちゃなのだ。きっと大体の人は反応に困るだろう。そういう事だった。
「リム先輩だって最初は驚いてたじゃないですか」
「いきなり後輩がロケットキックをかまして脚を取ったら誰でも驚くぞ」
「そんな危ない事してたのプルちゃん!?」
「気絶してる間何があったんだ……俺は結局何も出来てないしよ」
昨晩から開けてすぐに病院に連れ込まれた二人は怪我のひとつもしていなかった。せいぜい引き摺られた時に服が汚れたくらいで、幸いと言うべきか「なんか怖い目に遭った」「プルガーネットとリムマナケルに助けられた」とフワッとした記憶の混濁を起こしていた。あんな現世から外れた摂理なんてこれっぽっちも覚えて欲しくないプルガーネットとしては願ったり叶ったりである。そういう意味ではガッツリ目撃した上で共に手を汚したリムマナケルの方が心配ですらあった。
「荒事を少々。恩人を……人? まあ結構な数を手にかけましたが、アレは地球に居ない方がいい存在なので構わないでしょう」
「プルちゃん!? そんな……プルちゃんが手を汚すなんてぇ……」
「自首なら俺も着いていくぞ」
「リム先輩までヤッたんですか!!?」
「やかましい。それで助かったんだから文句を言うな」
話している調子を見る限りリムマナケルも割と平然としていた。
「君たち。昨日の今日でよく騒げるな……私は徹夜で運転したから頭が痛いんだよ……」
「トレーナーは知ってたんですか!? プルちゃんが義足って事も!」
「無論。こうやって騒ぐだろうから黙っていたのだよ。いずれ分かる事だとしても」
「まぁこうやってバレた訳ですが」
「バレ方が酷すぎるんだよプルガーネットくん。もう少し穏便にお披露目しようと思わなかったのかい?」
「あの時は足投げないと届かなかったので……」
「本当に何があったんだい……。任せるとは言ったけどね、危ない目に遭う事を許容した訳じゃないんだよ私は」
「守れる力を持ってから言ってください。そういうのは」
「うぐぅッ」
アフロが再び萎びてゆき、河田トレーナーはベッドに沈んだ。力無き正義に開く口は一つもありはしないのだ。力に溺れたラスボスみたいな事を考えるプルガーネットは悲しいかな。武術だけで言えばトレセン学園で十指に入る実力派なのであった。
そんなアフロはさておいたモットフェイクは義足を手に取りながら口を開く。
「特殊生体義足を使ってクラシック戦線へ、か。……俺達はまだ呑み込める。が、世間はどうかと言えば微妙なラインだな」
「そうねぇ、外れてる状態を見ないと義足なんて分からないわぁ。こんなのを後出しで義足だと分かったら規定違反だなんて言われかねないわね」
「その辺の機微が私イマイチ分からないんですけど、正直義足ってどう思います?」
転生した人の魂にウマ娘の機微が分かるか、と言われれば少しは分かる。というのがプルガーネットの論である。どうしようもなく走りたいし、勝ちたいという渇望が疼くし、されどそれらは生物的希求、本能からくる生理的なものである。ウマ娘として生まれ落ち、ウマ娘として育てられたウマ娘の価値観といあものはプルガーネットには備わっていない。故に少し分かる。であり、今回に限ってはイマイチ分からない、が正解であった。
ウマ娘として生き続けている三人の先輩は躊躇うことなく口を出す。
「
「本物に近いからこそ
「脚が脚じゃありませんでした。それが通るならなんだって通るさ。
「……思ったよりボロカス言うじゃないですかァ」
規定違反というのは先輩の主観であり、パラスポーツにカテゴライズされるべき選手が通常のスポーツの枠で活動することは違反では無い。より正確に言うならば想定されていない為、反則規定がない。
スポーツマンシップが無いというのは先輩の主観であり、全くもって世間のウマ娘の総意である。想定されていない穴を突いて想定出来ない存在が競技に紛れ込む。それをひけらかすならまだしも、隠してクラシック競走に飛び込むつもりでいる事が良くなかった。
プルガーネットが如何に世間知らずであるか分かるような問である。
「これでも俺たちは抑えた表現だからな?」
「ウマ娘の脚って色々と重いのよ〜……ってウマ娘に言うのもおかしい話だけどね」
「あって当たり前の物がないというのは、それだけで異物となるには十分なんだ。プルガーネット、貴様がトゥインクルシリーズに挑むのであればこれを易々と越える罵詈雑言が毎日のように飛んでくるぞ」
三者三葉のプルガーネットへの気遣いの形がある。三人が後輩のことをしっかりと受け止めようとして苦しんでいる。先輩として義足の事を考えようとしている。
「……私は」
それに応えるべきだ。プルガーネットは漠然と感じた声を胸からひねり出す。
「私は、ウイニングライブのセンターに立つために勝つんです」
かつてみたアイドルのライブが、死人と変わらない前世の中で見た生々しい
叶わない。
もう一度生きなければ、
叶わない。
そのもう一度が、今なのだ。
絶対に掴み取れないはずのチャンスが、もう一度目の前にぶら下げられたのがプルガーネットという名前だ。ウマ娘としての生だ。無為に奪われた十七年ではなく、走る為に使った十三年なのだ。
「パラアスリートとしてではなく、哀れみの中央でもなく、ウイニングライブのセンターで輝きたいんです。それが対価なら、安いものです」
プルガーネットは既に思い出せない。
居たはずの両親に、あったはずの愛と願いを込められて、与えられた筈の名前が思い出せない。
だって自分で売り飛ばしたのだから。
安寧を望む僅かな声も届かない。
安らぎを願う微かな繋がりさえ断ち切った。
だって祈る
がむしゃらに自己の生を打ち立てるため、
それがプルガーネットという、矛盾したウマ娘であった。
「プルガーネット」
河田トレーナーがもう一度起き上がっていた。疲労をとても隠せない顔をしていたが、
「トレーニングをするぞ」
愛バが意思表示をした今、河田トレーナーは立ち上がった。それが彼女の信じるトレーナーの姿であったから。
「はい!」
夏がようやく始まる。
夏合宿が、始まる。
燃え残った全てに火をつけに行ったのですがバリ難しくて未だに1周目がクリア出来てません。
短いのですがキリが良かったのでここまで。
次からは夏合宿が続きます。