冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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13話:燃える波

 

 土曜日の夜。闇堕歴珠(アンタレス)謹製の地獄のようなトレーニングをくぐり抜けたプルガーネットはクタクタになった身体をベッドに投げ込んでいた。既に風呂も済ませて身綺麗にし、しっぽの先に至るまで丁寧に乾かしてから椿の櫛で香油を塗りこんだプルガーネットは最早寝るだけであったが、そうはいかない事情があった。

 

 スイートパッション。学園内でも唯一無二の親友といって差し支えないだろう同室のウマ娘の事であった。全国に幾らかあるトレセン学園直轄の合宿地の中でスイートパッションとプルガーネットの行先はここ、王港(おうみなと)の合宿所である。

 

 同じ合宿所なので会う機会が自然に出来ると考え、自分からは連絡をしていなかったのだが、忘れてはならない。闇堕歴珠は不良チームであり、トラブルを避けるために人目の少ない場所を中心に使う立場であった事を。(必要とあらば他のチームを排除して場所を奪い取ることもあるが、それを語れば長くなるため割愛する)

 

 結果としてプルガーネットはスイートパッションに邂逅することはなく、物の見事にスルーしてしまう形になってしまった。

 

 ウマスタのDMに『もしかしてなんか怒らせちゃった……?』とおずおずとした様子のスイートパッションが連絡を掛けてからはプルガーネットは積極的に返信を行うようにしていたが、遂に我慢が効かなくなったのか、『遊ぶ日を所望します!!!!』と豹変したスイートパッションに詰められ、トレーニング終わりに連絡をして遊ぶ日の詳細を組み上げることとしたのだった。

 

 そういえばトパの声聴くの久しぶりかもしれない。今更な自覚をするとスイートパッションが居ない二週間が急に物寂しさを覚えてしまうのだから寮生活というものは恐ろしい。

 

 この物寂しさを自分より先に感じていたからスイートパッションは我慢の限界が爆発したのだろう。悪い事をしたなと思いながらプルガーネットは身体を起こして──風呂から部屋に戻ってきたモットフェイクと目が合った。

 

「どうしたプル? 何か言いたげな顔をして」

「ええとですね……これから友達と通話するんでロビー行きますね」

「おう? 俺は気にしないからここでしてもいいぞ。お前が気にするなら外すし」

「流石にそれは悪いですよ! じゃあそのまま始めちゃいますね?」

「おう! 気にしないでくれ。洗面所で尻尾にドライヤーしてるぜ」

 

 最悪はホテルのロビーでも構わなかったプルガーネットではあるが、おおらかに受け入れるポーズを取ってくれる先輩を無下に扱う事も躊躇われる。ええいままよ、とスイートパッションのアカウント画面に飛びビデオ通話のボタンをタップした。

コール音に一拍置いてカメラが繋がり、

 

『プルちゃん〜! なんだか久しぶり〜!』

 

 スイートパッションの大きな声が飛び出るスマートフォンを慌てて押さえつけて音量ボタンを下げることになる。ああ、なんだか心が二週間前に戻るようだった。スイートパッションは何かにつけては声が大きいウマ娘だ。出てくる言葉が明るく分かりやすいから良いものの、ちょっと、いや、まあまあ大きい。流石に深夜や映画館のような場所では潜めることも出来るのだが、今晩に限ってはそうもいかないようだった。

 

「おひさ、同じ合宿所なのにここまで会わない時もあるんだね」

『そうだよ! 合宿所同じだからせっかく夏も一緒だと思ったのにいきなりアンタレスだけ倒木で遅れるしぃ! 泊まる場所全然違うし、プルちゃん達は他のチームと離れた場所で練習してるし、とにかく寂しかったんだよぅ! よよよ〜!!』

 

 半分くらいは河田トレーナー(アフロ野郎)が悪いものの、それにかこつけて連絡を怠ったのは明らかにプルガーネットの落ち度である。大人しく「はいはい。ほらよしよし」と程々に画面の前で手を振ってみるとスイートパッションは猫のように耳の裏にカメラを器用に向け『苦しゅうないぞ〜』と大仰に言う。

 

 いちいちあざとい動きもスイートパッションの手にかかれば可愛く見えてしまうのだから、つくづくスイートパッションのあざと可愛い立ち振る舞いは洗練されているのだなと感心をする。俺もこうなりたいもんな。プルガーネットの喉からうっかり声が漏れそうになって慌てて蓋をする。こういうのは無言で見習うくらいが丁度いいのだ。

 

『うう、次会ったら二週間も会えなかった分撫でるんだよ丁寧にぃ! 放置された心の傷は深く深く海より深いんだよ!』

「ウマスタのDMで散々構ってあげたろ」

『それはそれ! これはこれなの!』

「むぅ」

『忙しい中から通話してくれたのは嬉しいけどもね! 流石プルちゃん気遣いの鬼!』

「そうだよ〜。今度は鬼構い倒してあげるから覚悟して」

 

 スイートパッションが『きゃー!』と黄色い声を上げて喜び、語気が増していく。テンションが上がってきたスイートパッションは縦横無尽なのだ。

 

『やったー!! ねぇいつ!? 次はいつ会えるの!?』

「明日なら空いてるけど流石に急だよね。今カレンダーアプリ開くから──」

『明日でいいっ! 空いてるから! 今空いた!』

「ほんとに大丈夫?」

 

 突然に明日空いてると言われても予定が合わないのが世間の常である。それを『今空いた』と言われても簡単に飲み込んで良いのかは競走ウマ娘的には怪しいところだ。スイートパッションはチームではなく専属トレーナーの元にいるため、チーム所属のウマ娘よりは都合を付けやすいのだろうけど、プルガーネットのせいでトレーニングの強度が変わってしまうのは避けたいところだ。

 

『トレーナーがね! もう少し息の抜き方を覚えた方がいいって言うんだよ〜! これまでもプルちゃんと結構遊んでる気がしたんだけど何も言われてないでしょ?』

「まぁ、そうだね。月の休日の三分の一はトパと過ごしてるし」

『つまり割と休みに融通は効くんだぜ〜! 安心して誘ってね?』

 

 そこまで言われればさぁ遊ぼうとなる。プルガーネットは鬼では無いし、むしろスイートパッションにはダダ甘である。初対面こそ尻尾のケアにはちみーを要求していたスイートパッションではあるが、いつの間にか奢り返され、それを奢り返し、という具合にお互いに恩を返し続ける関係がすっかり出来上がってしまっている。トレセン学園に入るまで、つまり小学校の頃に友達が居なかったプルガーネットにとって、スイートパッションは初めてにして唯一無二の友人なのだ。それはもう甘やかすという訳だ。

 

『やっぱり海だよね! 海要素のある事がしたい! ちょっと走ったところにある海鮮丼屋さんが凄い美味しいんだって! そこまで浜辺を散歩しながら何かしようよ〜』

「海鮮丼か、いいね」

『決まりぃ!』

「じゃあ今日はもう寝よう。明日は遊ぶんだしね」 

『ねぇ、通話終わらせようとしてない? こんなに可愛いスイートパッションがプルちゃんとの通話を心待ちにしてたんだよ!? 二週間も我慢してたんだよ!? もう少し話しててもバチは当たらないんじゃあないかな!!』

「いや、今先輩と同室なんだよ」

『えっ』

 

 空気にヒビが入る音がした。

  

「トパ、声デカすぎ」

『えええええええーっ!!?』

「だからデカいって。すみませんフェイク先輩」

 

 いつの間にか洗面所から出てきたモットフェイクは所在なさげに部屋のデスクに項垂れていた。

 

「いや、部屋で電話していいと言ったのは俺だからな……。ここまで筒抜けに聞こえるとは思わなかったけどよ」

 

 そういうモットフェイクの顔は少し後悔をしたような顔である。

 

『すすすすみません!! うるさくてすみません!!』

「気にすんなプルガーネットの彼女さん。明日はもっと沢山話せるらしいから楽しみに取っておくといいぞ」

『は、はいぃ……。すみませんでしたっ!』

「いや彼女じゃな、切れてるし」

 

 プルガーネットが誤解を解くよりも早くスイートパッションが謝りながら通話を切った。なんとも言えない奇妙な間が部屋を支配した。まず、プルガーネットとスイートパッションの通話は傍から聞いていると恋人と勘違いされるような距離感だった、という端的な事実がプルガーネットの頬を熱くした。しょーもない恥ずかしさである。そして胸にあるしこりのような、どこか引っかかりのある感情が体温を上げていた。

 

「なんだ、付き合ってるんじゃなかったのか?」

「いや、同室のよしみで仲が良いってだけで……」

「……そうかそうか。いや、悪かった。ただ、大事にしてやれ」

 

 先輩に言われなくても。言外にそう伝えるプルガーネットのふくれっ面を見たモットフェイクはケラケラと笑って電気を消した。なにおう、こっちは天下の十三歳だぞ。色恋もへったくれもあるかい。モットフェイクには色々言いたい事があるプルガーネットはしかし飲み下し、素直に身体をタオルケットに包んで瞼を下ろした。大事にするというなら、それこそ明日を大事にするべきだからだ。

  

  ◇

 

 翌日の昼下がり。気温が一番高い時刻であったものの、今から歩けば程々におやつの時間に店に到着することになる。ヒトミミには観光地特有のサイズ感で迎えられる海鮮丼とて、ウマ娘にかかればおやつにしかならない。世の摂理であった。

 

 プルガーネットが待ち合わせ場所である合宿地のホテル前の噴水で待っているとスイートパッションが程なくして現れた。かなり厳しい日差しがあるにも関わらずわざわざボレロニットを着て、その上からガーリーな日傘を持っているところを見るに、スイートパッションは炎天下の下を長々と歩く気が満々らしい。

 

 暑くない? と尋ねると「ちょっとはね」と声が帰ってくるものだから思わず笑ってしまう。それでも可愛くあろうと立つスイートパッションの姿勢はプルガーネットとしては見習いたい“それ”であるが故に深くは突っ込まないが、前世が病魔に侵された男だった身としては体調を崩しかねない我慢をしてまでお洒落をしたいかと言われると首を捻るばかりだ。可愛くなりたいの、とは心に思っていても体調という牙城は強くそびえ立っている。この城を崩すにはあと二年かそこらはお洒落に夢中にならないと厳しいだろうな、とプルガーネットは踏んでいる。

 

「さ、行こっか!」

 

 傘を片手に大きくターンをして、わざとらしく作った表情で振り返って笑うスイートパッション。何もかもが大きく作った、プルガーネットと同じくらいの体躯の彼女の、精一杯の虚仮威し。プルガーネットには、それがなんだかとても大事にしたい気持ちで胸がいっぱいになる仕草だと思う。簡単に名前をつけて決めつけては行けないような曖昧なこの気持ち。プルガーネットがスイートパッションに庇護欲を掻き立てられるのは、この感情なのだった。

 

 齢十七の塗り潰されたはりぼてを、齢十三の赤子の心で塗り替える。この歳なら知っていよう言葉を知らず、知っていよう感情を知らず、知る権利すら奪われた彼は彼女となって再び権利を与えられた。プルガーネットに知らない感情を与えるスイートパッションとの出会いは、導く灯台との出会いであると形容するべきなのだろう。プルガーネットが成りたいと願う理想は、手の届く友人としてそこに居るのだから。

 

 プルガーネットは今日もスイートパッションの笑顔を眩しいと思った。

 

 とどのつまり、それだけの事なのだ。

 

  ◇

 

「ねぇねぇ、まだ食べ足りなくない?」

 

 二人で仲良く海鮮丼をペロリと平らげた後、浜辺をゆったりと帰る中でスイートパッションは言った。「まぁ否定しないけど、そもそもヒトミミ向けのお店選んだのはトパでしょ」と返すと「確かに! あはははっ」と返ってくるものだから「誘ったのはそっちでしょ!」と声を張り上げてみるも、

 

「文句があるなら追いついてみて〜!」

 

 デビュー戦で三バ身を付けたスイートパッションの脚の速さは伊達ではない。順当にトレーニングを積んだ今でも追いつけるビジョンは距離適性におけるスタミナ切れしか浮かばない。これが一勝クラスと未勝利クラスの大きな差なのか。それに距離適性という生まれ持った資質で勝つのはなんだか卑怯な気がしてプルガーネットは脚を緩めた。スイートパッションは得意げな顔をする。いやに夏の夕焼けが似合う笑顔だった。

 

「短距離バにそうそう追いつけるかよっ」

「プルちゃんマイル以後だもんねぇ」

「そうだって。なんならトレーニング次第で長距離も行けるらしいよ」

「わぁ、短距離ばっかりの私と大違い!」

 

 声音とは裏腹に寂しげな声が夕焼けに向かって飛んでいく。笑顔なのにどうしようもなく空虚で、静かな空気が二人の間に差し込まれた。

 

「……ねぇ、トパ」

 

 せめて何か言おうと、少しくらいの夢を持たせようと口を開こうとして、

 

「言わなくていいよ。私だってそうだもん」

 

 他ならぬスイートパッションに止められた。

 

「……そっか」

 

 ともすれば閉口するしかない。

 スイートパッションは続ける。

 

「私はね、プルちゃんと今のままずっとこうして遊べるだけでも十分だよ。悩みがあっても、辛いことがあっても、入学からずっと、ずっと頑張ってきたプルちゃんが見てくれれば、どこまでも速くなれそうなの」

 

 スイートパッションの見るプルガーネットは何時だって苦労していた。性別を間違えたとしか思えないチグハグな性格、人に慣れていない気性と沢山の生徒がいる事のぶつかり、ウマ娘とは思えない速度への不慣れ。沢山の苦労がプルガーネットに纏わりついていて、スイートパッションは正直に言ってしまえば耐えきれずに学園を去ってしまうんじゃないかと考えていた。

 

 それでもプルガーネットは立ち向かった。何時だって困難へ脚を踏み出した。スイートパッションにファッションやメイクへのレッスンをねだり、教官の元で他の生徒と交流し、模擬レースを繰り返し、その度に敗北を重ね、それでもプルガーネットは選抜レースに出場してみせた。

 

 スイートパッションにとってプルガーネットは強固な芯のない矛盾したウマ娘だ。

 スイートパッションにとってプルガーネットは諦めない心を持つ矛盾したウマ娘だ。

 スイートパッションにとって、プルガーネットは──

 

「だからね、だからさ、本気のキミと──

 

 走りたいなんて、ワガママだもん

 

 スイートパッションの静かな声が浜辺に落ちた。

 

 プルガーネットは胸の中に言いようのない声が手を伸ばして喉から這い上がるような感覚を覚えた。ちょっとでも気を抜けば口をこじ開けて飛び出してしまうような声だった。

 

「何か言いたげな顔をしているねプルちゃん。でもダメだよ。それを言えるのは勝利を知ってから。それだけの壁があるの。どうしようもなく分厚い壁の前じゃあ、どんな言霊も陳腐な音になるんだ」

 

 それすら見透かしたようにスイートパッションが言葉を重ねる。スイートパッションは既にトゥインクルシリーズにおける勝利を知るウマ娘だ。プルガーネットは未だに公式戦を走っていないウマ娘だ。誰が放つかで言葉の価値が変わるとするならば、随分と残酷な事だとプルガーネットは思った。

 

 だって、こんなにも、俺は──

 

「だからさ、プルちゃん」

 

 スイートパッションの静かな声は、落ち着いた色に反して浜辺を包む波のように広く伝わっていく。

 

「私を見ててよ」

 

 優しい青の波が夕焼けに焼けて美しく思うように、

 

「どうしようもなく走りたくなるくらい、キミを焦がし尽くしてあげるからさ」

 

 プルガーネットは目の前の少女の形をした炎を見ていた。

 

  ◇

 

『あっと抜けました抜け出しました3番スイートパッション! そのまま2バ身、3バ身、4バ身……! 5バ身差!? 今ゴールイン! 函館ジュニアステークスを制したのは3番スイートパッション! 一時囲まれてもあっという間に抜け出し5バ身差! デビュー戦の勝ち方はフロックではないと証明しました!』

『とんでもない記録が打ち立てられました! この世代初めての重賞ウマ娘を祝福しましょう! 彼女のこれからに期待をしましょう!二着は──』

 

 




やっぱり誤字が見つかる。
お前は何故現れる。何故邪魔をする。
誤読をもたらすもの、文章を破壊するもの。
プログラムには、不要だ。

例によって次も気まぐれです。
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