冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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15話:等身大のドリンク

 

 最早何度往復したか分かったものでは無い神社の階段を背にしてクールダウンを図る。ちびちびとスポーツドリンクを飲んで口をゆっくりと湿らせて、潮風が通り過ぎる度に尻尾を揺らして肌にまとわりつく蒸れた空気を振り払う。一息ついた頃、ようやくと言いたげな河田トレーナーが口を開く。

 

「よし、タイムも合宿の初めよりずっと良くなっているねぇ」

「本当ですか! そろそろデビュー戦も……」

「勿体ぶらなくていい。キミは十分にメイクデビューを走れる実力がある」

 

 プルガーネットは一瞬、何を言われたのか分からなかった。わなわなと口を開け、少し上がった口角を無理やり下ろし奇妙なふくれっ面になる。河田トレーナーは百面相となったプルガーネットを見て、なんだこの面白い生き物はと吹き出しそうになる表情筋を抑え、続きを口にする。

 

「キミの現状のスタミナだと──マイル。十月の京都で行われる物が良いだろうな。キミはパワーが些か足りていないが、逆にスタミナは同期と比べて頭ひとつ抜けている。淀の坂で相手をすり潰すにはピッタリだろう?」

 

 認められた──プルガーネットの視界はその文字列でいっぱいになった。喜色満面とはこの事か。プルガーネットはいつだって敗北の二文字と共に生きていた。特別な才覚なんて、左脚の不思議な切り札と少しばかりのスタミナだけ。これだけで勝って行けるほどにトゥインクルシリーズは甘くはない。

 

 この場において誰よりもレースを知る(二冠バを生み出した)河田トレーナーが認めたならば、勝たない方が嘘だろう。いや、嘘ではなく、現実にするのだ。プルガーネットの心にまたひとつ、勝ちたい理由が生まれた。

 

 百面相も落ち着き()()()()()()表情をしたプルガーネットを見て河田トレーナーも感心したのか、ポンポンと肩に手をやり、

 

「だがこの間のように左脚を使()()のは認めないけどねェ……」

 

 ギチギチと力を入れられた。

 

「ト、ト、ト、トレーナーァ……! アレはぁ、アレはァ……!」

「何が違うんだいプルガーネットくぅん! 使うなって私言ったよなぁ! 鼻出血からの転倒なんてシャレにならないんだよ本当に!! 今回は平気だからって次が平気な保証は無いんだぞ!?」

「そこは感覚で分かるんですぅ! 本当ですっ!」

「安全を感覚で測るなァ! 信用とか信頼が出来るのは安全規格だけだッ!」

「明日にはもう言わないって言ったじゃないですかァ! 怒らないって! 嘘つき!」

「嘘つきでも安全には替えられないなぁ!」

 

 大絶叫の嵐。二人で息切れして大きく肩で呼吸を始めた所で自然と引き分けとなった。

 

「ハァ……ハァ……」

「まぁ、なんだ、とにかく! 左脚のそれを使わなくても勝てるくらいに仕上げる! ので! 今後もキミはきっちりトレーニングに集中する様に!」

「……はい。でも今から明後日まで休みですよ?」

「休むのもアスリートの仕事のうちだ!」

 

 そういう事になった。

 

  ◇

 

「リム先輩!」

「なんだプルガーネット……本当に何だそれは!?」

 

 ホテルの一角にある自動販売機コーナー。リムマナケルがプルガーネットの声に反応して振り向いた先に居たのは、高さ三メートル程のPET&缶の化け物であった。異様な程に乱雑に積み上げられた山が恐らくプルガーネットの両手で支えられているのだろうが、傍から見ればドリンクの山が自発的に動いているように見えるはずだ。

 

「そこの自販機で当たり出してしまって……」

「いくら何でも多すぎるだろ」

「自販機の中身全部当たり判定みたいで自販機前が大変な事になってて!」

「嘘だろ……」

 

 絶望するリムマナケルを他所に、自動販売機コーナーの奥からはドリンクが排出されるガコンガコンという音が鳴り響いているのである。

 

  ◇

 

 ホテルのプルガーネットとモットフェイクの部屋。突如としてプルガーネットに集められた闇堕歴珠(アンタレス)の面々はテーブルの上にある、布を掛けられた山を見てゴクリと喉を鳴らしていた。

 

 経緯を話し、「それで呼び出されたって訳ね」とヒシカワリーサルが納得をする。

 すかさずプルガーネットが泣き真似をしながら「自販機の残りをどうにかホテルの中の生徒に配ったのは良いんですけど、売れ残った色物だけが手元に沢山あって〜!」と先輩に泣きつき、「そういう色物があっても喜んで飲むだろお前は」とモットフェイクに突っ込まれる。闇堕歴珠の日常であった。

 

「色物って大体一本飲んだら後悔して二本目は買わないんですよ! どうしてくれるんですかこの四本ずつ余ったヤバそうな品々を!」

「どうしてくれるも何も……俺たちで飲むしかないよなぁ!?」 

「ふふ、懐かしいわね。フェイクがデビュー戦の打ち上げで好きな物買っていいと言われてコンビニの変な味の物をひたすら買い込んだのを思い出すわ」

「クソッ! ここにはまともなやつが居ない!」

 

 リムマナケル は にげだそう とした!

 しかし まわりこまれて しまった!

 

 羽交い締めにされるリムマナケルを他所にモットフェイクが山に被せられた布を取り払った。プルガーネットの宣誓が部屋に響く。

 

「逃がしませんよリム先輩……。さあさあ早速行きましょうか! まずはこの『バナなっとう練乳オレ 〜さとうきび繊維入り〜』です!」

「何故納豆を入れたんだッ!さとうきびの繊維は噛めるものでも無いし甘いもので固められているのも最悪だ! ……グッ!」

 

 リムマナケル は にげだそう とした!

 しかし まわりこまれて しまった!

  

「逃がしませんと言ったはずです……!」

「こんな所で入部以来一番の馬鹿力を発揮しなくていい! それは昼間の岩砕きトレーニングで披露するべきだったろう!」

「へへっ、いつもならリム先輩を抑えるのは俺の役目だったが……プルも成長したな」

「後輩の成長ってどうしてこう気持ちがいいのかしら!」

「犠牲になる私の事を考えろォ!」

「リム、安心しなさい。当然私達も飲むわよ!」

「応とも!」

「勿論です!」

「トレーナーッ! 助け……モガッ」

「助けを呼んでも無駄ですよ。トレーナー陣の部屋はこの部屋から遠いです。それに情けなく助けを求めるなんて、リムマナケルの名前が泣いてます。私が介錯してあげましょう」

いうわーっ!(嫌だーッ!)いにあくない!(死にたくない!)

「はい! せーので!」

「頂きます!」「いただきます!」「頂こう!」「モガーッ!」

 

  一拍。

 

「うぼえっ!」

「あらぁ、酷い味だわ」

「潰したバナナと納豆菌の粘度が組み合わさってガミむたいな喉越しだな。香りも給食の残飯バケツみたいだし。俺は八点かな」

「先輩、味覚生きてます?」

「採点者が嫌な面をしてたら嫌だろう。開発者への敬意ってやつだ」

「フェイク……覚悟は一人前ね」

「多分開発者は嫌な面をさせるために開発したんで最高の煽りになってると思います」

 

 二冠バであるウマ娘すらノックアウトしたおぞましい飲料、『バナなっとう練乳オレ 〜さとうきび繊維入り〜』は闇堕歴珠の友情の結実により完飲された。我らが闇堕歴珠の勝利である。

 

「そういえばリムは?」

「死んでるな」

「よし、次のチョコレートフォンデュおでん缶を開けて鼻先にチラつかせよう。気付けになる筈だし」

 

 モットフェイクの非人道的な発言に場が凍る──

 

「夏に売るものでは無いですよね。えいっ」

 

 ──という事も特に無く、と躊躇いもなくプルガーネットは実行した。むごい。

 

「コアアッ! ゲホッ、なんだこの香りは……っ!」

「チョコレートフォンデュおでん缶です。大根にカカオが染み込んだ匂い、ヤバいですね」

「何が悲しくて三十八度の真夏日にホット缶を開けるんだ……最高だな」

「試練を用意された事でフェイクの調子が出てきたわね。良いわよ!」

「平然と解説するテメエらが怖くなってきたよ私は」

「はい、リム先輩の分も開けておきました!」

「開けておきましたじゃないんだおい開けるなそれを」

「生産農家さんに申し訳ないと……思わないのですか!?」

「私じゃなくて製品開発者が謝れッ!」 

「不用意に口を開くなんて油断したわねリムっ!」

 

 ヒシカワリーサルの拳がキラメキ開封されていたチョコレートフォンデュおでん缶を打ち出し、リムマナケルの顔面に叩き込まれた。直撃である。

 

「モガーッ!?」

「それじゃあ皆! 頂こう!」

「いただくわぁ!」「頂きます!」「ンンっ!んんーッッ!」

「ふふ、リムったら美味しくて跳ね回ってるわね」

「おい……割とマジにちくわぶが美味いぞ!」

「えっ!? ……んぅ、これ美味しいですね!?」

「チョコとちくわぶって合うのね……知られざる真実よ」

「ただ大根と糸こんにゃくは予想通り過ぎるな。分かりきった悲しみが含有されている」

「卵もいけるわよぉ。……まぁ、そりゃあそうでしょうけど」

「下の出汁とチョコが混ざった領域、かなりの混沌ですよ!」

「おお! これはいい! 何度も試練を重ねていく姿に感心するな!」

 

 現役最強と謳われるウマ娘すらノックアウトしたおぞましい飲料、『チョコレートフォンデュおでん缶』は闇堕歴珠の挑戦心により完飲された。破竹の勢いでの勝利である。

 

 モットフェイクが口の端のチョコレートなのか出汁なのか分からない汁をテッシュで拭う。果てのない闘争にこそ人類の可能性があるのかもしれない。モットフェイクがそう確信を得ながら採点を下す。 

 

「うーん。三十八点だな。ちくわぶの力が九割だ」

「異議なしです。意外性一本の勝負でしたね」

「リムはどうかしら?」

「出汁が……出汁さえなければ……」

「おでんを全否定ねぇ」

「チョコレートフォンデュにした時点でおでんを否定してるのだが?」

「挑戦無き世界には滅びがあるのみよ」

「滅んでしまえそんなもの」

 

 口々に感想を言い合う中プルガーネットが手際よく未開封の缶を並べていく。

 

「さあ次が最後の『ふるふる! スイカ・ブルーカレーゼリー』です!」

「何故スイカゼリーで止まらなかった……ッ!」

「だが前二つよりは期待できるぞリム先輩」

「どこに期待値が存在するんだッ!」

「えっ、リム分からないの?」

「リム先輩……どうして」

「俺は悲しいぜ……」

「私を悪者にする流れなのか!?」

「食事を残すのは悪者でしょう?」

「ぐっ……」

「さあ振りましょう! せいっ!」

「何回振ればいいと思う?」

「ゼリーが口から出てくればオーケーですよ。後はお好みですね」

「さあ皆で?」

「頂こう!」「いただきます」

「ほらリムも」

「頂き……ます……」

「あらぁ、言えるじゃない」

「オゴォ! ゲホッ、これ、辛、辛いです!」

「水要るかプル。おでんの出汁とチョコの混ざったヤツなら余ってる」

「貰います!」

「俺も……うおぉ……ゼリーカレー、殆ど寝かせすぎて駄目になったカレーの食感がする!」

「後味はスイカで爽やかなのがなんとも憎いわね」

「缶の縁に溜まったゼリーの色、キショいですね」

「工場排水の色だろこれ」

「汚い虹色だわぁ」

「うえぇ……。貴様ら、よく平気な面してられるな……」

「リムも水いるかしら?」

「それは水ではない!」

「えぇー」

「えぇーじゃない!」

 

 学内無天の凶暴なウマ娘すらノックアウトしたおぞましい飲料、『ふるふる! スイカ・ブルーカレーゼリー』は闇堕歴珠の熱き結束により完飲された。ブルーとブルータルを履き違えた開発の妥当な末路だ。友情の勝利である。

 

「はい、先輩方。ありがとうございました!」

「ショッキングな味、久しぶりで良かったわぁ」

「おう! 困ったら言えよ!」

 

 友情・努力・勝利。全てを兼ね揃えた闇堕歴珠に勝てないものなどない。快進撃を続ける闇堕歴珠の明日はきっと明るいに違いない。プルガーネット、ヒシカワリーサル、モットフェイクの三人が輝かしい世界へ希望を抱き破顔する。三人は示し合わせたように拳を合わせ「へへっ」「ふふっ、」「先輩方……」と友愛を表現しようとして──拳が一人分足りない事に気がついた。

 

「リム先輩……?」

「貴様ら……腹も膨れて、エネルギーも取ったからさぞ運動日和だろう? どうだ? 組手を、しようじゃあないか。なぁ?」

「ゲッ! リムがキレた! 逃げ──」

「逃がすかァ! 貴様らには先輩に対する扱い方という物を叩き込んでくれるッ!」

 

 栄養補給の際にトラブルがあり、メンバーの三名が全治一日の痛みを抱える事になるものの、しかし、永遠の勝利を刻むチーム・闇堕歴珠の名は衰えず。美しき友愛により結束した最強のチーム・闇堕歴珠の実力は確かな物で。素晴らしき未来に駆け出すチーム・闇堕歴珠は明日もこうした日常を紡いでいく。我らが闇堕歴珠の勝利である。

 




気温差と気圧でメタメタになってました。
早く寒くなって欲しいものです。

(追記)レーシングカレンダーずっと勘違いしてて九月と十月間違えてましたね……
気づけてよかった
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