冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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2話:ちょっと昔の夢リフレイン

 選抜レースの日の夜。

 恐らく夢のような感覚を覚え、ほぅ、と息を吐く。

 そして──息を吸えない事に違和感を覚えた。

 引き攣るような凝りが胸にあって、五臓六腑がまるで石になったように固まりきっていた。

 いやに重い瞼を開けると、知らない天井が俺を迎える。

 

「……?」

 

 全身はまるで言うことを聞かず、口元には透明なブラスチックの様な色のマスクが付けられている。

 まるで──まるで大事故にでも遭ったような様相に心がざわめきを感じる。

 

「……ぇ。」

 

 夢の時系列に沿って意識が漂白されていく。再体験させんとばかりに記憶が、感情が、当時のものに揃えられていく。成長した脚を靴に合わないからと断ち切るような行いに、背筋を叩かれたような冷や汗をかいた。遡行していく。潜航していく。逆流していく。

 カレンダーに記された日は、そうだ、俺は。

 俺は、 

 俺はさっき、死んだ筈なのに。

 

「どぅ、して」

 

 掠れ、くぐもった声がマスク、呼吸補助器具を通して聞こえる。直接頭蓋に反響する声がいやに高く、そして音が脳よりも()()()聴こえてくる錯覚まで得ていた。

 

「あ! 大丈夫ですか!? 先生! 先生! あの患者さんの意識が──」

 

 奇妙な聴覚は錯覚ではなく、確かに耳があるはずの位置がズレている。走るナースの靴音、引かれたドアがぱたむと閉じる音、しばらくして数名の医師らしき人物が部屋に駆け込むまで、音は上から聴こえていた。

 

「ふむ、意識はハッキリしているようだね」

「しかし……」

「首が動くようになれば分かる事だ」

 

簡単な検診が終わり、どうやら俺は大事故に巻き込まれた事、身体の容態が安定している事を医師に告げられ、そして大きく頭を下げられた。

 

「済まなかった。搬送された時点で、君の、君の大切な脚は間に合いそうになかった」

「……?」

「君は、競走クラブに所属していたと聞き、どうにか助けられないかと思ったが、とてもじゃないが不可能だった。我が病院の不足の至りだ。君には私を恨む権利がある」

「ぁし……?」

「ああ。ここに鏡がある。もう、怪我は治っているが……」

 

 重々しく開かれた折りたたみの鏡で見せられた左脚の先は、膝から下が無くなっていた。

 代わりに膝下の段面に義足を繋げるであろうパーツが、酷く無機質にライトを反射している。

 

「ッ!!」

「すまない……。だが、ショックは早いほどダメージは少ない。取り返しがつかなくなる前に伝えておく必要があった」

 

 脚を、切断するほどの大事故。

 そんな事故に()()()()()()()()巻き込まれたというのか。

 ()()()()()()()()()()()を見て、いよいよもって俺は大声で叫びたい衝動に襲われていた。そして同時に認める事を迫られていた。

 

「今日はここまでにしよう。また様子を見に来るから、プルガーネットさん」

 

 鏡に映るのはやせ細った男の脚ではなく、健康的な太さを持った女性の脚の片割れ。

 腰から伸びる違和感の先にある、尻尾のような長い毛束。

 鏡が持ち上げられ、俺の顔があるはずの場所に映るのは──見覚えのない整った少女の顔、見覚えの無いウマ耳、見たこともないウマ娘だった。

 

 認めざるを得ないだろう。

 ──ウマ娘の世界に転生したのだと。

 

 不意に時間がいくらか飛んだことを感じる。加速に伴う酩酊感が何処ともとれない部位を襲った。

 

 事故から目覚めてすぐの時、両親がすぐに駆けつけてくれたはずだった。それが気がつくと二人とも席を外していて、面会時間が終わったんですよ、と言う声を聞いた。男とも女ともとれず赤子のようで老齢な声音の医師が目の前に立っていた。医師は何故か白衣ではなく全身が黒々とした衣装を身にまとって、「貴方の義足についての話をしましょう」と切り出した。

 

 なんだかおぞましい物を見たような気がして顔を上げられない俺を横目に彼(便宜上の呼び名だ)は一足の骨組みのような物をテーブルに置いた。不気味な鈍色に見せて光を極彩色に反射する金属の彫刻のような脚は、まるで俺の脚に揃えたような大きさをしていた。無機質でありながら有機的なフォルムと評するとデザイン的に優れた物だと思う人も居るだろうけど、俺が思ったのは──ただ不快であった。生存競争を生き抜く生物は機能美──デザインに優れていると言えるが、昆虫なんかであれば不快を示すヒトは多いだろう。その一環の様に言葉にするには度し難く、その一環に含めるには不快に極まる義足だと感じる。

 

 増悪を煮詰めた様な磨き上げを感じる表面。執拗に整えられた骨組みには指をなぞらせても引っかかり一つ無い仕上げを見せ、強制的に反射する光の中には顔を歪める俺がいる。視界に入るだけでおぞましい、まるで人の皮を使った革張りの本に触れたような、冒涜に対する嫌悪が腹の底から満ちていく。奇妙な酩酊感のようなものが全身を襲い、脂汗が出てくる。余り長く視界に入れたい物では無い。

 

 疑念を込めた目で彼に「これが“ぎそく”?」と尋ねる。この身体は幼い故か、舌っ足らずなのに難しい言葉を話す背伸びした不審な立ち振る舞いになってしまった。この体は幼いままで、しかしその顔付きは険しく、歳には似合わないだろう。

 

「いえ、いえ、これは素体です。私が扱うのは生体義足という物です」

「せいたい?」

「ええ。貴方の細胞を頂戴しまして、それを培養して作ります。実は既にご両親様に了解を頂いて採取し、培養も済ませております」

 

 この世界において生体義足とはどのような物なのか。さっぱり知る手立てはない。しかし両親が承諾して既に材料まで用立てているとなると、この会話は殆ど最終確認に近い物なのだろう。拒否権は無い。そういうことだ。せめてもの抵抗として彼に質問を投げかける。

 

「よく、わからない」

「何、簡単な物です。この脚は貴方の成長と共に伸び、共に育ちます。少しばかり手入れが入りますが、普通の義足よりも余程便利なのです」

「いっしょにのびるの?」

 

 嫌な予感が増している。そんな義足は聞いたこともない。義肢というものは成長に合わせて買い換えていくものであり、身体に合わせて変化するものではない。細胞を培養して、貼り付けて、身体と共に成長するなんて、まるで生きてるみたいじゃあないか。自分の肉体の外で自分が育つなんて気色が悪いなんて物では無い。生命への冒涜、ないしは異形の業を無理矢理見せつけられるに等しい。心の中で唾を吐き捨てようとし、しかし俺のせめての抵抗は彼が続けた言葉に阻まれた。

 

「ステージに立ちたい、のでしょう?」

「……!」

 

 そうだ。死にゆくために生まれた前の身体とは違う。左足こそ喪っているものの、この身体は生きていける。左脚を補えば、立てるのだ。歩けるのだ。走れるのだ。

 

 走れるなら、この身体は進めるはずだ。

 この世界における栄光のステージへ。

 

 ──ウイニングライブのセンターへ。

 

「故にこの義足は成長するのです。貴女のために。ただ、」

 

 勿体ぶった口振りを輪にかけた彼を見ていると薄ら寒い気持ちが抑えきれそうにないが、明らかに聞いておかないと不利になるであろう話を仕込んでいるのは明らか。仕方なく「ただ?」と尋ねて話を促す。

 

「代価が必要です。それも特別な」

 

 やはり。というのが正直なところだ。

 

「だいかって、父さんや母さんが……」

「子供の振りをしなくても良いのですよ、■■さん」

「ッ!!」

 

 今度こそ心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る。彼は俺の名前を知っている。前世が分かっている。過去を把握されている。警戒心を一段と強めて耳を立てる。

 

「私は全てを見ていました。貴女が何故舞台へ焼き焦がれているかも見ています。だからこそ貴女だけが払える代価を求めます。これは貴女の願いを叶えるための、契約です」

 

 滔々と騙る彼の目に映るのは俺なのか。否。彼の目に映る濁った光は一握りの悪趣味な愉悦といっそ冷えきった隷属者を見る目であった。契約。それは絶対にして不可侵の掟。あからさまに生命を冒涜する異常者からの契約。理性の警鐘がガンガンと下品に打ち鳴らされる。

 

「何を、払えと」

()()()()。貴女の前世の名前を未来永劫に捧げてもらいます」

 

 余りに拍子抜けする答えに些かの失望すら覚えた。超然とした声に感じた彼の姿が小さく見える。お前、俺の事知ってるんじゃなかったのかよ。そんなんでいいのかよ。鼻で笑うに留まらず、少しばかりの声が喉から漏れてしまった。

 

「……ははっ、」

「失いたくないですよね? さぁ、どうするの──」

「違うね。安い買い物だなって!」

「──ほう。払えば最後、貴女の本当の名前を失い、全てが忘却へ加速していくというのに、良いのですか?」

「あんな前世、消えてしまっていい!」

 

 つい、大声が出てしまった。嘘偽りのない胸にある答え。あんな人生なんて、偽物であって欲しい。消えていく記録以下の存在に成り下がって欲しい。塵紙のように吹けば消えていく、そんなものでしかない。

 

「その言葉、確かに受け取りましたよ」

 

 そう思うはずなのに、どうして俺はこの言葉を忘れずにいるのだろう。何も後悔なんて、するはずが無いのに。

 

  ◇

  

 また、この夢だ。藻掻いても藻掻いても何度も突きつけられる。

 ──この世界で目覚めたときの夢。

 

 プルガーネットの夢見は最悪であった。初日から何度も魘され、忘れさせまいとグロテスクな光景を執拗にリマインドされている。何度も叩き潰してもうるさいアラームのようで、それが心の柔らかい所を汚れた土足で踏み荒らしていくのだからたまらない。

 

「……んぅ、プルちゃん、どしたん?」

 

 荒い息を吐いて少しでも新鮮な空気を吸おうともがいたいたら、隣のベッドから衣擦れの音が響くと共にスイートパッションが瞳を見せた。

 

「あ、トパ。ごめん、起こしたか?」

「起こしたってか、さっきから起きてたけど声出すのがダルかっただけ〜」

「……そんな前から?」 

「三十分前からずっとヤバい魘され方してたから起こすかずっと迷ってた」

 

 三十分も。スイートパッションは朝はしっかりと起きる方ではあるものの、だからといって睡眠時間の朝の余韻を邪魔する事はないだろう。申し訳なさを抱え込みつつ「何か変なこと言ってなかったか?」と尋ねる。

 

「いや、呻き声言いながら足抱えてた感じ? ……ちょっと踏み込んだこと言っちゃうけど昔大怪我とかした?」

 

 ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ恐怖が一緒に手を繋ぎに来る。背筋が寒がってその手を取ってしまいそうになるのを堪え、最近は話していなかったカバーストーリーを諳んじる。

 

「あ〜……まぁ想像通りかな。昔左脚骨折した事あってさ。その時の事夢に見ちゃって」

「そっか……聞いちゃってごめん?」

「いや、どっかのタイミングで言おうとは、うん。まさか二ヶ月で言うとは思わなかったけどさ。ごめんな、変な話聞かせちゃって」

「んぅ、いいのいいの! プルのこと少し知れて私は嬉しいよ?」

「……二ヶ月で言うとは思わなかったけどさ」

「けど?」

「トパが同室で良かった」

「〜〜っ! プルちゃん〜!」

 

 スイートパッションが馬鹿力を持ってこちらのベッドに飛び乗り、胸元に抱きついてくる。プルガーネットは満更でもない表情を浮かべながらも、半分の本音は伝えられたから良いだろう、と及第点を与えることにした。

 

 左脚が疼く。胸が痛む。指先がチリチリとした火花を灯す。こんなに仲良く振る舞える、言わば初めての親友に、隠し事をするなんて。そう考えてしまう自分が天井のシミの向こうにいる気がして、プルガーネットはそっと視線を外して下を向き、スイートパッションの髪に顔を埋める事にした。

 

 柔らかく甘い香りが胸を満たす。陶酔する様な、酩酊するような気持ちになって、痛みが少し紛れる気がした。

 

「ねね、プルちゃん」

「何?」

「私も大概だけどさ、プルちゃんも距離感ヤバいよね」

「今更過ぎない?」




明日も更新します。
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