冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして 作:fenderlemon
『朝日杯フューチュリティS、レイントルマリン快勝V』
『アハナギ家、今年も健在か。アハナギナツメ阪神ジュベナイルフィリーズ圧勝』
「凄いことになってる……」
クリスマスイヴの前日である。クリスマスイヴイヴとも言うだろう。雪の気配は欠片も無く、ホワイトクリスマスという幻想は今年も訪れそうになかったが、夏合宿で競り合った同期のウマ娘二人は見事に幻想を現実に変え、GI優勝という栄誉を預かっていた。
曲がりなりにもプルガーネットは夏合宿で二人に先着している。野良レースだけど。制約も破ったけど。二人は本気ではなかったけど。
……。
あの先着はやはり勝利にカウントしない方がいいらしい。プルガーネットはそう結論づけた。思うところが無いわけでは無いが、アハナギナツメは直接褒め倒しに行って輝くドヤ顔を拝み倒したし、レイントルマリンは相変わらずどこで何をしているのかさっぱりであった。
レイントルマリンは基本的に掴みどころがない。学内でも二面性のことを知られたら
そんな二人はさておき、今日のプルガーネットは休日を、もっと言えばクリスマスを満喫する為に府中を通り越して新宿にまで出張っていた。クリスマスは同じ教官の元に居たウマ娘達での集まりがある。これが午前の事で、午後はそれぞれのトレーナーだったり仲良しに対して時間を使う、そういう日だ。
プルガーネットは同じ教官の元に居たウマ娘達に小さめのお菓子を配るつもりだ。アレルギーはしっかり確認し、一般的な焼き菓子であれば何も問題がないとのことだ。これはまあ、百貨店の食品フロアに行けばどうにでもなる。
問題は、同室であるスイートパッションの事だった。何を渡せば良いのかさっぱりなのだ。食べ物なら大抵は喜んでくれるだろうけど、そんなものは日頃からお互いに奢りあっている。雑貨もイベント毎にプレゼントしているので新鮮味がない。化粧品は専門的な知識がないと渡すにはハードルが高いし、服はプルガーネットのセンスがない。以前に服を出世払いしてもらった事があったが、これを返すという名目で一緒に服を選ぶのはどうだろうか。いや、曲がりなりにもお嬢様であるスイートパッションの審美眼に適う気がしない。というかプルガーネットが店のオーラに耐えきれないだろう。幾つも考えが浮かんではコーラの炭酸のように上へ抜けていく。気の抜けたプルガーネットはすっかり頭がすっからかんになり、ろくな考えが浮かばなくなっていた。
ぺぽん。
奇怪な音がプルガーネットのスマートフォンを鳴らした。メッセージアプリの通知音である。明るくなったスマートフォンの画面を覗くと、そこにはアハナギナツメの名前がでかでかと表示されていた。
◇
偶然にも休日だったアハナギナツメは、一時間もせずに新宿のウマーバックスまで来てくれた。冬だというのに首筋や胸元を晒す服を着ており、自分という存在に絶対的な信頼がある雰囲気が実に頼もしい。
「うふふふ! プルガーネットさんが私を頼ってくる日が来るとは、夢にも思ってませんでしたわ! 気分が良くなりますわね〜」
「そんなに喜ぶんだ。私が頼ると」
「貴女、少しは自分の影響力というものを鑑みたほうがよろしくてよ? 周囲の皆様に教官の元にいた頃から慕われてたのは流石に自覚してますわね?」
「慕われてた……?」
プルガーネットは目線を左上にやり、幾らか記憶に潜ってみたものの、それらしい記憶はついぞ出てこなかった。その様子を見ていたアハナギナツメは口元を震わせ始めた。マズイと思ったが火山の爆発には間に合わない。
「プルガーネットさん、貴女は……献身的に様々なウマ娘のメンタルケアをしていましたわよね! しかも勘違いしそうになる言動も併せて! それが原因で貴女は同学年の中でも注目を集めているんですのよ!!」
「声が大きい!」
「大きくもなりますわよ! あれだけ多くの生徒を誑かした貴女が全て認知してないだなんてッ! シバきますわよ!?」
「ああもう! 分かったから! 一回外行こ!」
「フーッ! フーッ!」
「猫みたいな威嚇しないで!」
外の通りに出て少し歩く。冷気が頬を撫でるとアハナギナツメの気も落ち着いたのか、湯気がすっかり止んで「その、すみません」と謝り始めた。大体ヤカンが冷えるのと同じテンポ感だなとプルガーネットは思った。
「ただ、プルガーネットさんが学内のアレコレを認知してないのは、本当に、本ッッッ当に良くないんですわよ。トレセン学園の生徒はウマ娘しか居ないんですから」
「ウマ娘だからなんだっての」
「ウマ娘だからですの! 下手に心の深いところに入り込もうものならマークされますわよ? というか、もうされてますわ」
「どういうことなの……」
貴女、ウマ娘ですわよね? とでも言いたげなアハナギナツメ曰く、ウマ娘は強いライバルや大事な誰かに対して一定の執着をするのが殆どだと言う。依存ではなく執着である事がポイントらしく、走欲とも一定の相関が認められるらしい。
「あんなに沢山の子を誑かしてマークされてる方なんて、初めて見ましたわ。これでとんでもない悪女として噂を立てられてないのが奇跡ですわよ」
「されたくてしてるんじゃないんだけど」
「ふんっ、誰もがそう言うんですのよ。せめてもう少し貴女の気持ちの先が誰なのかを見せてみなさいな。それとも居ないんですの?」
執着するような相手。正直、プルガーネットの中で特別大きい存在と言われるとスイートパッションしか出てこない。先輩方は尊敬するべき相手だし、同じ教官の元に居たウマ娘達は程々に距離感がある。マークされる覚えはないし、仮にされてたとしても応えるかと言われると微妙なラインだ。名前を付ける関係にはしたくないが、特別という印を押すとするならばスイートパッションの他は居なかった。
「……トパかなぁ」
「同室相手! 良いですわね。どのくらいのことを?」
「はちみー奢りあったり」
「ええ!」
「服見てもらったり」
「良いですわね」
「夏祭り二人で回ったり」
「……あら?」
「尻尾のお手入れお互いにしたり」
「ええっ!?」
「香水おそろいにしたり」
「待ってくださいまし!?」
大声で出されるのはもうゴメンだったが、プルガーネットが話していると勝手に大声を出されるのである。どう回避したものか思案したが、プルガーネットが寡黙な性格になることしか思いつかなかった。最も、寡黙になってもアハナギナツメは一人で勝手にうるさくなるだろう。
「なに」
「『なに』じゃないですわよ!? 付き合ってるんですの!? そうじゃないと怖い距離感ですわ!?」
「いや特に付き合ってないけど」
プルガーネットとスイートパッションの関係は平易な言葉で決定していいものではない。少なくともプルガーネット側はそう思っている。だが名前が無ければ他者は呼ぶことが出来ないのだ。不便なことこの上ない。だからこそ人間は全ての関係に友達だとか恋人というラベルを貼るのだ。どこからが夕焼けでどこからが友達なのかさっぱり分からないプルガーネットには中々分かりえない概念である。そんなプルガーネットの思惑を蹴り飛ばして勝手にヒートアップするアハナギナツメは、今にも爆発するんじゃないかと思わせるような身振り手振りをしながら大声をあげる。
「悪女ですわ! ここに女の敵が居ますわ! こんな想っている相手がいるのにハッキリとした態度を取らずに沢山のウマ娘を惑わせてるんですの!? プルガーネットさんが、そんな方だったなんて……」
「だからそもそも誑かしてなんてない。そんなに交流無いし、たまに挨拶とか雑談するくらいでしょ」
「あ、アウトオブ眼中……!? 皆様は貴女との会話を一字一句漏らさずに覚えているというのに……!? 本物ですわ……」
どうやら、プルガーネットの思うプルガーネットとアハナギナツメを初めとする他のウマ娘の間にかなり大きな溝があるようであった。日本海溝位はあるだろう。プルガーネットは自認として、自身がコミュニケーション能力に難のある部類のウマ娘だと考えている。仕方のないことではあるのだ。人間のアイデンティティは育ちに大きく依存している。ただの人間の男性として生まれ、その人生の殆どを病室のベッドの上で終わらせたプルガーネットの前世。生まれから十七年の間の空白がプルガーネットというウマ娘の持つべき意識との乖離を生んでいるということだ。
「別に邪険に扱ってる訳じゃなくて……なんて言えばいいんだ」
「……そうですわね。プルガーネットさんはやはり貴女自身を知るべきですわ。買い物に行きましょう。そこから貴女の望みを知っていきましょう! そうすれば、きっと言葉に出来るはずですわ」
どうしても言葉にさせたいらしい。これは一方的な押し付けではないだろうか。眉をほんのり寄せて持ち上げるプルガーネットにはプルガーネットなりのテンポがあるし、アハナギナツメにはアハナギナツメとしての尺度があるのである。
「そこまでして関係だとか考えとかを言語化する必要がある?」
「貴女が他者と関わり続ける限り言葉は必要ですわよ」
プルガーネットの言葉はコンマ一秒も無く切り捨てられた。流石にこんな速さで反応されるとプルガーネットの勢いはつんのめって失われた。断ずるアハナギナツメは、この国における上流階級の上の上の上澄みにいるウマ娘だ。言ってしまえば、旧世界の貴族と言って変わらないだろう。そんな存在が真剣な顔をして自身の言葉を折りに来る。中々ない経験だ。
「言葉は不完全で、非効率的で非合理ですわ。ですけど──言葉を尽くさない理由にはなりません。他者が世界に存在し、貴女も世界に存在する限り、言葉は失われません。だからこそ己を知り、言葉を知り、貴女という碑に刻む必要があるのですわ」
目の前に塔が立っているような、そんな錯覚がアハナギナツメの全てを大きく見せた。深く打ち立てられた柱が法外に巨大な石積みの塔を支えている。圧倒的な威容が言葉をプルガーネットに投げかける。
「少なくとも、周りの皆様は貴女の言葉を待っていますから」
少しばかりの茶目っ気が無ければ潰されていたんじゃないか──そんな幻覚すら覚えるほどだ。
「……前向きに検討しとくよ」
「あら、そうなら早速実践に移りましょう! ショッピングの時間ですわ〜!!」
「ちょっ、力強っ!」
◇
「スイートパッションさんがプルガーネットさんをどう想っているかは分かりませんが、少なくともただの友人に許す領域を大きく越えているのは確かですわ」
「そうなの?」
「……少なくとも尻尾の手入れはおいそれと人に許すものではないですのよ。覚えておきなさい」
「香水は?」
「ウマ娘じゃなくてもめちゃくちゃ重いですわよ。人に香水贈るのって、相手から自分が選んだ香りがしていて欲しいって事ですわよ? 動物的本能を現代的に直しただけではありませんか。アクセサリーと同じくらいに重いですわよ」
「……気をつけるね」
「ただ、話を聞く限りスイートパッションさんはそれを嫌がっていません。だからこそ他のウマ娘にそんな真似をしてはいけませんわ。スイートパッションさんへの裏切りと同義ですから」
店から店へ。人混みをかき分けながらもアハナギナツメの人間関係講座は止まらない。対人関係の距離感というものはプルガーネットに最も足りていない経験値だ。金言を逃すまいと聞き耳を立てているプルガーネットに気を良くしたのかアハナギナツメは口角を更に上げて一つのビルに入った。
「あれ、もっとブランドまみれの百貨店に連れ込まれると思ってたけど」
「オープン戦を勝ったくらいのウマ娘にそんな無茶言いませんわよ。賞金も吹けば飛ぶ額でしょうに」
「まぁ、そうだけどさ」
「金額なんて二の次です。まずは相手の心を想いなさい。スイートパッションさんはどんな物を望むと思います?」
スイートパッションの好み。いざ言われると、案外言葉にしにくいものだ。適切な言葉が思いつかないが……だからこそ言葉にすることが必要なのだろう。プルガーネットは極彩色の脳細胞を練り回した。
「ひとまず、お約束みたいなのは大好きだね。デートする時も『お待たせ、待った?』とか言わせるし。後はとにかく食べるのが好き。割となんでも平気でペロリと食べるけど匂いがキツイと嫌がるかな。カワイイ物に目がなくて、あざとい物を選んでも着こなせるからわざとらしいアイテム選んでも平気だと思う。すぐ思いつく範囲だと……こんな感じ」
「スイートパッションのこと大好きなんですのね。妬けちゃいますわ〜」
「うん。トパの隣でも負けないくらいに可愛くなりたい。そう思うくらいには想ってるんだよ」
「……はぁ。本当に妬けてきますわ」
もうお腹いっぱいだと言わんばかりの顔をしてアハナギナツメは「ひとまず服の好みから見せて頂けます?」と切り上げた。スイートパッションは小柄であることを考慮しても何でも着こなせる部類のウマ娘だ。ウマスタグラムを開いて見せてやるとアハナギナツメはまぁまぁ困った顔をした。
「少女という言葉を体現したような方ですわね……これだと何を贈るべきか」
「難しいでしょ」
「本当に。選択肢は多い方が良いですが、こうも多いと迷いますわ。最近の傾向は……」
「強いて言うなら……最近はゴシックガーリーな感じが良いらしいって。黒で締まっていい感じだって」
「芦毛だと映えますわね! だと……リボンなんかどうでしょう? シンプルなものを選べば場を選ばずに使用できますわ。服や鞄でも良いですけど、個人的には髪を下ろした姿も綺麗だと思うんですの」
「下ろしたトパ……見たいかも!」
「決まりですわね」
やはり持つべきは友である。プルガーネットは店で一番手触りのいい生地のものを選び、シックな雰囲気のものでラッピングしてもらった。二人でデートプランをああでもないこうでもないと言い合いながら府中まで戻った。駅から出た頃には日は落ちていて、上を見る余裕も無かったんだと今更のような気づきを得る。
「今日は……ありがとう。このお礼は必ずする」
ひとまず、礼を言わなければならない。アハナギナツメには世話になりっぱなしである。少なくともプルガーネットだけではどうにもならなかっただろう。
そんなプルガーネットの礼をアハナギナツメは嬉しそうに受け取るのかと思えば、「あらあら。プルガーネットさん。貴女は何もしなくてもお礼になるのですわよ」と返した。
「……どういうこと?」
「チューリップ賞」
「っ!?」
「インタビューでは控えましたが……私、ティアラ路線へ進むつもりなんですのよ。私は、プルガーネットさんと走りたいのですわ。お礼、楽しみにしておりますわ」
ビリビリと肌の上に電流が走る。アハナギナツメの獰猛な笑みが脳裏に浮かぶ。感情的で、動物的で、何よりも強く気高いその姿を。
「とびっきりのおもてなしをしてあげる。覚悟して」
「ええ。ええ! そうでなくては!」
口端が湖水のように持ち上がる。歯を見せて笑い、眼球の奥の神経すら視線で焼き焦がすように睨みつけ合う。一瞬の空白を入れて揃って顔を緩めた。
「だからこそ、後悔のないように過ごさなきゃだ。ナツメさんもレインと過ごすんでしょう?」
「んなっ! そうですけど……そうですけど!!」
「明日はお互いに頑張らなきゃだ。健闘を祈るよ」
「……もう!」
ケラケラとした笑い声が響いた。ひとしきり笑って、ハイタッチして寮のロビーで別れた。
少し締まりがなくて、でもそれが私なんだろうなとプルガーネットは思った。少しだけ輪郭を手に入れた気分になった。
大変お待たせいたしました。
なんとか……なんとかURC新刊が出来ました。
当日スペースに行かないと実物は確認できないのですが、久しぶりの紙の本なので楽しみです。
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相変わらず今後もゆったりテンポで更新の予定ですので、のんびりお付き合いくださいませ。