冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして 作:fenderlemon
吐く息は白く、駈ける音は乾いている。
空気はうっすらと白濁としていて、夏よりも霞んで見える。息を吸って、吸って、吐いて。短機関銃のように呼気を街の空気に溶け込ませる。
「ごめん! 待った!?」
「ううん。全然待ってない。待ってたのは時計だけだよ」
「それは大丈夫なの……? その、ごめん。服に迷ってた。何着ていけば良いのか、急に分からなくなって……」
「うわー! プルちゃんがそんなことを言う日が来るなんて!! お姉ちゃん感動〜!!」
「お姉ちゃんじゃなくてトパはトパでしょ。姉みたいにいつも一緒ならうるさくて参っちゃうんじゃないかな」
「そうかな? そうでも無いと思うな」
「何その自信……」
スイートパッションに見せたい服が分からなくなったのは本当だ。朝になって、目が覚めて、紅茶を飲んで。待ち合わせをしたいからとスイートパッションが先に出かけて、ドアを閉めて、そして突然分からなくなったのだ。今日は何を着ればいいんだろう。スイートパッションに手持ちの服なんて全部知られてしまっているのに、もう少し背伸びがしたくなったのだ。
ドタバタとしていたらイヤホンまで忘れてしまい、電車の中の空気を嫌でも意識してしまい、少しだけ気分が悪くなった。それでも、それでも待ち合わせ場所である原宿駅の先にスイートパッションが待っている。それだけが脚を突き動かす。気がつけば駅を飛び出して、竹の子通りをすり抜けて、大きな商業施設の下に辿り着いて、それが冒頭である。
「トパ、今日は大人っぽい」
「あ! 分かってくれるぅ〜?」
「口を開いたら子供になった」
「なにおう!」
「嘘。似合ってるよ」
いつも全身ガーリー祭りを開催してるスイートパッションにしてはシルエットが大人らしかった。普段の愛嬌だけで突き抜けていた強いカラーリングは鳴りを潜め、黒を基調とした軽めのゴシックで整えている。本格的なドレスまでではないが、それなりにエレガンスさがあった。お嬢様でもあるスイートパッションだから着こなせるもので、同じ服でもプルガーネットには似合わないだろう。
お団子ヘアーも普段のゆるっとしたまとめ方ではなく、きちんと意図した組み方を感じられる線を引いている。ボリュームのある後ろ髪は丁寧なウェーブがかっていて、部屋を出た時はそんな事にはなっていなかったのに。と朝を振り返った。
「プルちゃんはシンプルだね。このくらいの方がポニーテールが目立っていいと思うよ!」
「やっぱり?」
「うん! 隙間にはきちんとアクセサリー仕込んでるし、あっ! この髪飾り、秋祭りの時の!」
「覚えてたか」
「そりゃあもちろん! 嬉しいな〜」
にへらと柔らかい笑みを浮かべるスイートパッションを見て、ようやくプルガーネットは肩の荷が下りた気持ちになった。
派手派手しい服装はやはり難しい。そもそもプルガーネットのポニーテールがとてつもない主張そのものなのだ。着込めばポニーテールが余計になるし、削ぎ落としすぎるとポニーテール以外の印象が消えてしまう。ややボーイッシュ気味なパンツスタイルにソックスガーターやチョーカー。ダークブラウンとクリームでまとめた服の中にオレンジの差し色のワッペンやアクセサリー。三色以上は使わないという縛りを設けたばっかりに集合時間を数分過ぎてしまったのだ。
「プルちゃんがパンツルックだとさ、腰の高さが違うの分かってヤバいね。私と5センチ差なんだよね? なのに高さお揃いなんだから」
「二人とも155センチ越えないじゃん……。これだと足がちょっと長いくらい誤差だよ」
「いやいや! 結構な差だって!」
「卒業する頃には少しマシになるといいな……」
それは切なる願いである。電車のつり革すら結構手が辛いプルガーネットの小さな願いであった。頼むから首都圏の路線の全部の車両がつり革が長い新しい車両になってくれないだろうか。それが難しいならば、本格化による姿形の固定が解けた時、すなわち引退後の最後の成長期に賭けるしかないのだ。
「小さい私たちにはチャンスが……! あるっ!」
「成長因子のためにも沢山、食べるぞー!」
「おおー!」
そういう事になった。
どれだけ背伸びしても13歳の二人は食い気が勝るのだ。
◇
「見て見て! プルちゃん。タピオカチャレンジの店」
「石器時代の人? そもそもタピオカの店であって珍妙なチャレンジの店ではないよ」
「なんだかんだ定着してるよねぇ。変な名前の食パン屋は無くなったのに」
「変な名前のレストランの方は生き残ってたね……」
胡乱な事を言いながら通りを歩く。ウマスタグラム映えばかりを意識して肝心の味が疎かになってそうな店を横目に小規模なアパレルを冷やかす。
ああでもないこうでもないと言いながらハンガーを取っかえ引っ変えするのは存外楽しく、テンプレートのようなデートコースでも未経験なら楽しいんだなという学びがあった。
「ローラーシューズだぁ! 車輪多くない?」
「多い方はインラインスケートだね。これならジャージとメイド服を合わせると良いらしいよ」
「へ……?」
「ごめん、なんでもない」
「余りに先進的! 流石は原宿だね……!」
「感心する方なんだ」
「私は着てみたい方だよぉ! プルちゃんにも着てもらうんだかんね!」
「私も!?」
「当然ッ! お揃いコーデだよッ!」
「待って! 話せばわか」
どんなお題目や綺麗事を並べようと、世の中が無常であり、力こそ正義であることに変わりは無いのだ。プルガーネットは後にそう語った。
愉快な服をお互いに購入して寮への配送を頼んだ後、二人はゴシックを取り扱っている店舗へ足を向けた。
途中で買い込んだチーズドックを頬張りながら歩く。スイートパッションは口にものが入っている間は静かで、プルガーネットは最も効率的なご機嫌取りだと再確認した。
とてとてと歩く靴音が路地裏を鳴らして、むぐむぐと蠢く咀嚼音もそこまで響いていない。お嬢様教育を受けているのは本当のようで、スイートパッションの食べ方は品がある。見ていて癒されるし、なんでも美味しそうに食べるものだからついつい餌付けしたくなってしまう。食べ終わったらお嬢様の欠片も持ち合わせていないボリュームたっぷりな声が飛び出してくるので落差が激しかったりするが、それも愛嬌だろう。
「はいトパ。これで拭いて」
「おおっ、助かる〜! 気遣いの鬼だぁ」
「ウェットティッシュ一つで鬼になれるなら駅前広場は鬼まみれだよ」
「首狩り放題じゃん」
「もう少し鬼権に配慮した発言をしなよ。多様性の時代だよ」
「化け物退治なんて流行らないんだね……寂しい時代だぁ」
「化け物退治を求めて血の臭いを探している、その姿こそ化け物なのではないだろうか。我々調査隊は真相を探るべく鬼ヶ島へ飛んだ──」
「鬼ヶ島ってどこなんだっけ」
「岡山の観光資源じゃないかな」
「岡山旅行かぁ〜。プルちゃんはいつがいい?」
「もう行くの決定なの!? 走りきったら全国巡りはしたいけどさ」
「言質取ったからねぇ!!」
「言質なんて無くてもトパとならどこでも行くよ」
「……久しぶりに聞いたかもそれ」
役体のない言葉を交わして靴音を揃える。ソールがアスファルトを叩く音が聞こえなくなるくらいに話し込んで、うっかり目的のビルの前を通り過ぎてしまうくらいだった。
慌てて戻って地下階フロアに潜り込む。このフロアはゴシックやロリータを扱う店舗が多いのだ。本当は各所に様々なブランドが店舗を出していたのだが──しばらく見ないうちに店舗数は大きく減っていた。出会いは一期一会なのだ。
「あ! このブローチかわいい!」
「ん、レースのリボンが大きめでいいね。使うなら主張強めで揃えたいかも」
「ゴスロリまで行けるかな私〜? いや! 行けるね! このブラウスなら……!」
「コルセットとマーメイドスカートとが合うかな。緩急作れるし。上どうする?」
「大きめなハットでも良いけど、お団子解いたことないからどうしようかな〜って思うの!」
「ミニハットにするか、お団子を解くか……お団子の位置ズラすのは?」
「ズラす……。て、天才っ!? いつも二つ耳の横に載せてたから上にあるものだと思ってた! サイドに大きく作ればハットのつば引っ掛けられるかも!」
「盛れば盛るほど強くなる。この刺繍のエグい黒ジャケットとブーツも付けていこう」
「すごい! すっごいゴテゴテの装備だよプルちゃん! これなら誰も私には勝てないよ!! 私、最強也!」
「トパが言うと洒落にならないね……。どう? 試着する?」
「するっ! プルちゃんの選んでくれた服着たい!」
店員さんに声をかけて試着室へ消えていく。その様子は直接は伺うことが出来なかったが「うわ、鍛えてますね。ウエストすご……」「トモバキバキですね。ちょっとキツくないですか?」などといった店員の声が聞こえてきたので深くは触れないことにした。プルガーネットの倫理観は未だに男性であった前世に引きずられているのだ。
しばらくしてカーテンから店員がそっと抜け出した。手で「こちらにどうぞ」と試着コーナーの前へ促されたので足を前に進め、息を一つ入れてみたらカーテンが開いた。
「どう、かな」
「……わぁ」
声が出なかった。焼けたモノクロで統一されたカラーにより、シミひとつない色白な肌が陶磁器のように見える。生きている人形のようだ。余りに現実離れした存在感が、生物らしさを奪う。美しさを周囲へ舞い散らし、朝露を押し上げて開く花のように生命力に溢れている。人間離れした人形のような美しさと、生きる活力に満たされたエネルギッシュさ。矛盾している二つを内包する程に大きく見えて、圧倒されたのだ。
「……似合ってない?」
「そんなことない! ……綺麗で、声が咄嗟に出なかった」
それだけ。
それだけなのに、すぐに声に出せなかったのが悔しかった。それを見抜いたのかスイートパッションは不満げにこちらに目線をやる。
「……もう一声!」
「きっとその服は、トパに着られるためにあったんだよ」
だって、
「今のトパ、すっごくかわいい」
自然に言葉が唇から零れた。
「──」
スイートパッションの瞳が揺れた。取り直すように鼻をフフンと鳴らして、まるでお嬢様のようなカーテシーを披露した。例え成り上がりの家でも、普段がそれらしくある訳ではなくても、今この瞬間だけはまるで本物のように綺麗であった。
「プルちゃん、見惚れちゃった?」
「……うっさい」
いつものような余裕が出てこなかった。今のスイートパッションに見つめられると、なんだか手の甲がムズムズする。空気が冷たく鋭敏で、ふわりと漂うジャスミンが色濃く感じて、例え視線を外そうとしてもスイートパッションを見ないでいるなんて不可能だと、そんな気がした。
「ちょっと横向いてよ」
「んん? 良いけど」
解かれて片方だけになったお団子ヘアーにプレゼントのリボンを結ぶ。綺麗なスイートパッションの姿の中に、自分の陰が入っていく。滑らかな黒がしっとりとライトを反射していて、最初からそこにあったようににリボンは溶け込んでいた。
「クリスマスプレゼント」
「リボン……」
スイートパッションは結ばれたリボンの表面に人差し指を滑らせた。シルクで作られたリボンは音も立てず、指先も引っかかることもなく、美しい芦毛への対比を生み出している。それを鏡越しに眺めたスイートパッションはゆったりと、それでいて力強くターンをする。ふわりとスカートが、レースが、ジャケットが、芦毛が、最後にリボンが揺れた。
「ありがとう、プルちゃん」
いつもの声よりもずっと静かで丁寧な声音が、スイートパッションの喉から滑り出た。ぎゅっと抱きしめるように着ているドレスを抱く。そして続けざまにプルガーネットを抱きしめた。
「大事にする。とっても」
「うん。……うん」
「次に着る時は、もっともっと、もーっとかわいくなるよ。最強の衣装に負けないくらい」
プルガーネットの肩に手を置いて一歩引く。スイートパッションは何かを含んだ笑顔をしていた。それが何かはプルガーネット分からなかったが、ただただ強い意志を目の奥に感じた。
「──私、最強になるよ」
意志の炎が揺らめいた。夢、祈り、希望、それらを併せ持つ意志の結実。神話も、英雄譚も名前すらも無いウマソウルを宿した魂が、全てを焼き焦がさんと燃え盛る。
火は、止まることを知らない。
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