冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

26 / 35
25話:ニセモノ

 

 クリスマスの昼下がり。

 同じ教官の元にいたウマ娘達とのクリスマス会は概ね順調であった。いや、順調と言えるのはプルガーネットがオープン戦を勝利したからそう言えるだけなのだが。トレーナーと契約、ないしはチームに加入出来た者は全体の五割。クリスマスまでに一勝できた者はそこから三割。オープン戦以上を勝利したのはプルガーネット、アハナギナツメ、レイントルマリンを含めた一割と少しのみである。

 

「プルちゃん、ちょっと遅くなったけど白菊賞優勝おめでとう!」

「ありがとう。まだ2ヶ月経ってないくらいだから、まぁ大丈夫でしょ。君だってこの間の未勝利戦は二着まで追い上げてた。次は勝てるよ」

「ありがと! 次こそ勝ってファンを勝ち取ってくるからね!」

「プルガーネットさん、貴女はこの後チューリップ賞へ向かうのでしょう? そのままティアラを狙うおつもりで?」

「うん。ティアラ路線を駆け抜ける。応援してくれたら嬉しい」

「それはもちろん! 貴女には期待してますから」

「プルガーネット、相変わらずみたいだな。前走のアーカイブ、何回も見直してるぞ。凄い勉強になる」

「うん、ありがとう。君だって前走で差し切り勝ちしたでしょ。アレは凄いカッコよかったよ」

「……ふん。やっぱりお前は相変わらずだ」

 

 勝利への祝福があり、次の未勝利戦や未来の選抜レースへの激励で返す。それをありありと言葉で表すとちょっと厭なのでお菓子という形でフィルターを掛ける。渡した焼き菓子は好評だった。きっと成分を分離させればドン引きする程の上白糖とバターが現れるのだろうけど、聖夜の祝福にケチをつけるウマ娘などどこにも居ないのだ。

 

 一際不安定な表情をした子がいた。プルガーネットはそっと近くに歩み寄り、声を掛けられるまで側に立つ。震えた瞳孔がプルガーネットに向けられた時、何かが決壊したように泣き出してしまい、そっとハンカチを差し出した。

 

「プルガーネット、さん。わたし、わたし、きょ、今日でお別れ、なんです」

「……うん」

「地元じゃ、わたしが一番でした。町を走ればわたしが、最前だったんです。でも、もう前を走ることが出来なくて、わたし、もう、」

 

 潰れてしまいそうな声を聞いていると何と返せばいいのかも思い出せなくなった。つい最近アハナギナツメに「言葉を尽くしなさい」と言われたばかりだったが、今まさに終わろうとしている者を目の前にするとすっかり声を出すことを忘れてしまう。

 

 プルガーネットは何も言わずに正面から抱きとめた。プルガーネットより拳一つ分大きなウマ娘はプルガーネットの肩に腕を回して抱き締め返して、大声で泣きじゃくった。少しだけ息苦しくて、痛くて、それは目の前の泣くウマ娘の辛さよりもずっと小さいのだろう。

 

 彼女が中央、日本ウマ娘トレーニングセンター学園に合格した時、町役場で大きく報じられ、住民に祝われたそうだ。急な話だったのに一日で沢山の人が集まって合格記念パーティをして、旅立つ日には市内唯一の駅に見送りをする人が詰めかけた。中央とは、それだけ大きな存在なのだ。

 

 だが彼女は勝てなかった。選抜レースにも勝てず、トレーナーも付かず、教官の元で走り続け、自主練を毎日遅くまで繰り返し、山のようなトレーニングシューズを履き潰し、擦り切れたタオルで泥と涙を拭い、夕焼けが目の奥に焼き付くまで懸命にトレーニングをした。その果てが、プルガーネットの目の前の姿だった。年下のプルガーネットに体重を預け、喉が許すままに泣いて、終わる夢を焼き尽くす。

 

 彼女には何度も併走をしてもらった。だけど、闇堕歴珠(アンタレス)に入った頃から顔を合わせなくなり、気がつけば交流が無くなっていた。彼女とプルガーネットの何が違ったのだろうか。あのアフロ畜生に見出されたことか、左脚を喪っていることか、いや、違う。

 

 彼女は弱かった。

 それが全てである。

 

「ごめん、なさい。プルガーネットさんには、弱いとこ、見られたくなかった。もう、もう、大丈夫だから」

「ん……」 

「あの、プルガーネットさんは、勝ってください。貴女は強いから、もっと速くなれるから」

「任せて。──貴女も、元気で」

 

 一度緩んだ腕を締め付け直す。もっと痛いくらいに。跡が残るくらいに。目の前のウマ娘が痛みを忘れないように。夢をプルガーネットに預けたということを忘れないように。

 

 最後に景気づけに背中をバンと叩いて、解放した。

 彼女は深く頭を下げて会場の端へ消えていった。

 掌に付いた余燼、その中に熱が残っているような気がした。

 

「つぎは、次は私、いいですか?」

「うん。今日はそういう日だから」

 

 皆はプルガーネットの言葉を待っているらしい。期待してくる皆の一人ずつに、覚えている思い出と彼女達の下した決断を振り返っていった。全員が一様に耳をこちらに向け、穴が空くほどに瞳を見つめられて、ようやくプルガーネットは自分が慕われているという実感を得た。誰もプルガーネットの言葉を笑わなかったし、プルガーネットが頑張って記憶した思い出を懐かしがってくれた。入学から三ヶ月という短い間でも同じ世界を走った仲間なのだ。

 

「地方へ行っても頑張って。貴女の脚に相応しい舞台はあるんだ」「警察官、いい夢。貴女の献身が貴女の街を守るよ」「長距離を目指すんだってね。並走ならトレーナーに言ってくれれば付き合うから」「モンゴルダービー、流石に凄い目標だ。でも目標へ迷わず走れるその心はとっても素晴らしい。頑張ろう」

 

 ありきたりな言葉しか吐けない。つまらない言葉しか与えられない。平々凡々な脳が嫌になる。もっと支えになる声を渡すことが出来たはずだ。もっと縋るような希望になってあげたいんだ。しかし、プルガーネットの精一杯はこれである。少し無理して背伸びしようものなら、すぐにでも周りのウマ娘達は気がついてしまうだろう。だからこそプルガーネットなりの精一杯を見せ続ける。元よりこれしか無いのだ。

 

 クリスマス会の会場になっていた空き教室を出た時、少しばかり背中が重くなった気がした。作った思い出、築いた仲間意識、向けられた期待、別れの悲しみ。トレーナーは背負う必要なんてないと言うだろうけど、どうにもこれは捨てられそうになかった。

 

「プルガーネットさん」

 

 呼び止める声があった。夕焼けを断ち切るように教室のドアを閉めたのに、声の主には関係ないと言わんばかりに追いかけてきた。主、レイントルマリンは今日も読み取れない表情をする。それは逆光のせいだったかもしれないし、月毛の持つ神秘性のせいかもしれなかった。

 

「レインさん、どうしたの?」

「いやいや、モテモテのプルガーネットさんに私も独白を聞いてもらうべきかなって」

「うん。必要なら」

「そう、必要だから」

 

 レイントルマリンはずいとプルガーネットの鼻先にまで顔を近づける。もちろんプルガーネットは怯んだが、レイントルマリンにはお構い無しだ。

 

「私は、キミが気に食わない」

「……へ」

 

 眼球がこちらを刺すように睨みつけていた。

 

「強いから縋られる。それは良い事だ。自然なこと」

 

 オープニングウマ娘に過ぎないプルガーネットに託された言葉たち。それはプルガーネットの未来に可能性を見たから託されたのだ。

 

「だけどさ、その強さが“ニセモノ”の脚から出来ているなんて、どうかと思うよ」

 

 目の前のウマ娘は、故にプルガーネットへ鋭い眼光を向ける。

 

「……!」

 

 どこで気がついたというのか。プルガーネットの左脚──義足は“平穏の見せかけ”という、理外の魔術によって認知を書き換えているのだ。だからこそ闇堕歴珠(アンタレス)の面々にだって自白するまで気が付かれなかったし、学内で活動していて悟られる事など無かったはずなのだ。これを見破れるのは、冒涜的な世界を知る者か、上位存在か、はたまた神と通じた者くらいである。まさか──

 

「領域」

 

 プルガーネットの脳裏を掠めた予想は杞憂に終わった。しかし、事態は次の問題へ移った。

 

「合宿でやった砂浜の模擬レース。キミは領域擬きのようなものを使っていたね」

「……」 

「黙らないでよ。その態度こそ、本物じゃないってと証明したようなものでしょ」

 

 左脚、義足と共に手にした切り札。擬似領域。まだ逸話も名前もなく、ただ負荷を代償とした力任せな技術。プルガーネットがいつからか使えるようになったこの擬似領域は、レイントルマリンにとって侮蔑に値するものであったらしい。目に見えて廊下の空気は冷え込み、肌を突き破らんとばかりに刺々しくなる。

 

「キミの中にあるのは随分と濁った力。淀んでいて、汚らしくて、視界にも入れたくない」

「レインさん、何を知って……」

「何を?」

 

 レイントルマリンはケハハと笑う。清々しい程に悪辣な面構えだったが、目つきだけは真剣だ。

 

「何も知らない。知ってる物が詰まっているべき場所に、知らない物を詰め込んでいる。キミは、おぞましい物を蓄えている。それは──あってはならない事だ」

 

 吐き捨てるようにレイントルマリンは非難を口にした。プルガーネットが抱える沢山の秘密の根幹を暴いて、その冒涜に気がついてしまったからこそ、レイントルマリンはプルガーネットへ殺気と間違わんばかりの感情を向けているのだ。

 

「無知な私でも分かるさ。キミの(冒涜)は許されてはいけないとね」

「レインさんが決めることだとでも?」

「そうだ。そんな紛い物を、醜い脚を、晒し続ける事なんてあってはならない。この世にあってはならない。他の誰かが知る前に、私が切り落としてやりたいくらいだ」

「……へぇ」

 

 言うことを聞かない義足を付けて走り回るまでに、どれだけの血を吐いたと思っているのか。虚弱に塗れた肉体を走れる肉体に作り替えるのにどれだけ費やしたと思っているのか。一度、死を経験してもなお輝く舞台の主役になりたいと願い続ける、この執念の欠片も理解出来ていないだろうに。何を、何を。臓腑の底から黒黒とした液体がせり上ってくる。それは憎しみか、悲しみか、怒りなのか。プルガーネットにはさっぱり分別がつかない。だがつかなくても構わない。目の前のウマ娘は、明確に敵対者なのだ。それだけ分かればいい。

 

「随分失礼な事をズケズケと。レインさん。ねぇ、何が言いたいの。キチンと分かるように話してくれないかな?」

 

 口端が揺れないようにするのが大変だった。暴れ出す指先が、肘へ肩へ伝わらないように左手首を右手で掴む。目先がレイントルマリンの正中線を追い、眼球の奥では火花がチリチリと弾け始めた。喉元を、喉元にこの左手を、抑えて、抑えてプルガーネットは言葉を尽くす。

 

「まさか走る事に夢中で説明の仕方を忘れた訳じゃないよね? 誹謗中傷だけが目的ならこっちにだって相談する相手は居るんだよ」

 

「簡単な話だ」

 

 レイントルマリンが高らかに手を鳴らす。二人しか居ない廊下では随分と美しく響く。それが嫌にムカついて、プルガーネットも剣呑な目付きでレイントルマリンの口元を追う。一拍置いて、口が動いた。

 

「『アハナギナツメ』に汚れた勝利を与えないでくれ」

 

「彼女は来年のティアラ路線を勝ち抜くだろう。その素晴らしい勝利に、『所詮、義足を履いた紛い物のウマ娘に勝った程度の冠』だ、なんて不愉快な言葉を付けさせないでくれ」

 

「有り体に言おう。トゥインクルシリーズから消えてくれ」

 

 返ってきたのは、空よりも澄み切った瞳だった。

 

「──っ!」

 

 心の底から親友であるアハナギナツメが勝つと信じている。プルガーネットが勝つ可能性なんてこれっぽっちも考慮していない。アハナギナツメの座る玉座に傷をつけるな。そう言っているのだ。激情が全身を駆け巡り、指先にまで。理性で左手を抑え込んでいた事を幸運と呼ぶべきか。

 

「へぇ、拳を抜かないのかい? キミは闇堕歴珠の一員だろうに、愚弄されても平気でいるなんて、期待しすぎたかな?」

「そうして事件に発展させて、トゥインクルシリーズから私を消すのが目標ってこと?」

「ただのバカじゃなかったか。野良レースで手札を晒す真似をしていたから、すんなりと消せそうだと思ったんだが、まぁそう上手くいかないよな」

 

 ケラケラと笑うレイントルマリンの顔は、ハッキリ言って醜かった。世間一般の美しさを手にしているはずのウマ娘としての顔をしているのに、それら全てを捨て去るように口端を釣り上げ、爛々とした瞳を大きく開き、眉を歪めて挑発するように笑うのだ。わざとらしく不快な表情を大きい手で覆い隠して、その手を下ろした時には普段通りのイマイチ何を考えているのか分からないぼんやりとした顔があった。表情筋が豊かなことこの上ない。

 

「私たちのクラシックに、余計なものは要らない」

 

 レイントルマリンは言うだけ言うと、廊下の向こうへ消えていった。

 フツフツと煮えてきた指先が、空を切る。

 乾いた空気に皮膚がつられて、びしびしと痛みを発する。行き場を失った感情が表皮を突き破って出てきてしまいそうだった。

 

 師走が過ぎていく。冬の寒さを嫌に意識してしまい、今、プルガーネットは感情を昂らせているから熱が上がっているのだと、そう理解した。

 

 血と肉と、神に背いた術理の結晶。

 その左脚で、年の瀬の寒さを感じ取っている。

 鈍い頭でプルガーネットは部室棟へ足を進めた。




うおおおお体調不良の嵐!!!!!!!
しかしながら一話投稿から一年が過ぎる前に作中一年は終わらせたかった!!!!あぶねェ!!!!!!

エ? 計画段階では一年で完結させる予定だった?
ご冗談を。何を仰りますか。貴方は遅筆でしょうに。

それはそうとしてヘイトコントロールって難しいですよね。
レインの台詞回しだけで相当悩みました。
これからクラシックなのでもっと悩むんだろうなぁ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。