冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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27話:ファンクラブ

 

スペースミント王国(ファンクラブ)

 

スペースミント王国三ヶ条

 ・丁寧な生活を心掛けよ

 ・他者に迷惑をかけない自由を求めよ

 ・我についてこい

 

 ■ミント王の日記

2026/1/1 00:00

 祝福せよ! 謹賀新年、そう、我が年(私のクラシック級)が来た!

 栄光の三冠が我を待っている!

 我が勝利を見届けよ!

 

2026/1/1 13:36

 雑炊にミントは必要なかった。

 1つ賢くなったぞ。

 

 

「えぇ……?」

 

 プルガーネットは余りの困惑にスマートフォンから顔を上げた。UMAFAN!──URAによって開発されたウマ娘ファンクラブを閲覧出来る公式アプリから目を外し、中庭のベンチに身体を預けた。

 

 三学期が始まり少し経った頃だ。風は冷たく耳の中に入り込んでくる。余りに寒いので耳あてを買うか迷ったが、プルガーネットは耳あての耳触りが好きではない。誰もが付ける耳飾りすら、かなりシンプルなものに落ち着けているのだ。これ以上飾りを増やすのは本意では無い。

 

 そんな寒がりのプルガーネットは今、ちょっと困っている。自身のファンクラブのことである。

 

 メイクデビュー前にいつの間にか河田トレーナーにより設立され、現在2300人程が会員として所属しているファンクラブだ。2300人である。ちょっとしたマンモス校よりも多いだろう量の人間が、プルガーネットのファンになったというのだ。

 

 正直、全く想像が及ばない。プルガーネットは多くの人間に囲まれた経験は無い。精々が教官の元にいた頃に十数人に囲まれていたくらいで、だからこそメイクデビューにあんなに人間が駆けつけて観戦したと知ったら驚いたし、勝利をきっかけに1000人弱がファンクラブに加入したと聞いた時は卒倒するかと思ったのだ。それが2300人である。倍を越えている。

 

 ファンクラブ会員費は月額500円。それが2300人いるので、単純計算でひと月に115万円の利益が発生しているコンテンツである。URAへのサーバー使用料や運営にかかる経費を差し引いても、恐らく80万円以上の利益になっている。それだけの収益が数ヶ月間に渡って既に発生していると考えた時、「あれ、私ファンクラブに向けて何も活動してなくない?」と気がついたのだ。

 

 そんなこんなでプルガーネットは河田トレーナーの居る部室を訪れた。部室の最奥にあるリムマナケルお手製の上質なデスクにありったけの資料をぶちまけている河田トレーナーが目に入った。目に見えて疲弊している。目付きがぼんやりとしているし、「あぁ〜……」とよく分からない呻き声を上げている。

 

「あの……トレーナー」

「ん……うん。なんだい?」

「忙しかったらいいんですけど、相談がありまして」

「資料をまとめながらでいいなら話は聞ける。話してくれ」

 

 河田トレーナーはプルガーネットに一度視線をやった後、また机に向かった。そのまま話せということだが、ここまで追い詰まった姿を見るのは何気に初めてである。余程リムマナケルとヒシカワリーサルの対決に心血を注いでいるらしい。

 

「その、ファンクラブって今……どうなってるんですか?」

「……あぁ。プルガーネットくんが特に触れてなかったから、前に許可貰った通りにオフショット写真とかをたまに流しているよ」

「あ! 一応何らかの供給はしていたんですね。良かった」

「ふぅん。なんだい許可を与えたことも忘れていたのかい? その言いぶりだと何も置いてないのにお金ばかり取るサイトだと思ってたのかァ?」

「うっ」

 

 図星である。

 

「プルガーネットくぅん。私は大人だ。流石にお金が発生した以上、その対価はキチンと考えているさ」

「すみません……。本当は私からもっと話し合いをしておくべきでした」

「良いんだよ。出来た時からずっと忙しかったからねぇ。ただ、聞いたということはファンクラブに何かしてあげたいのかい?」

「何かと言われると困るんですけど、お金を貰っている以上、なんらかのお返しがあって然るべきじゃないですか」

 

 これはプルガーネットの心情、もとい信条である。

 対価は常に等しくなければならない。

 少なくともレース場に来てくれるようなファンにはお返しをしないと割に合わないだろう。

 

「……ふむ。まぁオフショット写真だけだとそろそろ不満が出るとは思っていたから、丁度いいか」

 

 河田トレーナーはそう言うと、ノートパソコンをプルガーネットの前に差し出した。画面に映っているのはモットフェイクのファンクラブのようだ。

 

「ファンクラブコンテンツと言えば何があると思う?」

「ええと、とりあえず限定の写真やお礼のボイスメッセージ、トレーニングの動画とか……ですかね?」

「大まかにはそうだ。他にもファンミーティングイベント、レース場観戦チケットの先行抽選申し込みや、限定グッズの販売が主だな」

 

 ノートパソコンは河田トレーナーの手元のデスクトップの画面を写して(キャスト)しているようで、モットフェイクのファンクラブの奥へ奥へとカーソルが進んでいく。オフショット写真。練習風景の写真。日記。レースを見てくれた人へのお礼。レース前の意気込みボイスメッセージ。追切の写真。……。

 

「プルガーネットくん、今『この内容ならSNS投稿でも良くない?』って思ったね?」

「いえ、まぁ、……思いましたけど」 

「ウマチューブ、ウマスタ、ウマッター。これだけSNSが発達した現在において、全てにアカウントを作ってファンクラブへの導線を整備するのは大事だ。だが、闇堕歴珠(アンタレス)は基本的にはSNSに対して距離を置く方針を取っている。何故か分かるか?」

「ええっ……。うーん。誹謗中傷とかそういうやつで心をやられてしまうから?」

「キミ達が全員好戦的だから炎上するんだよォ! リムは早くから開設したがっていたから、完全匿名で無関係を装ったアカウントを使って練習させたことがあったんだ! そのアカウントは1ヶ月もせずに大炎上した! ウマ娘の強さについて与太話をしているアカウントに噛み付いて、しまいには袋叩きだったよ!」

「わ、わぁ……」

「キミ達、普段から売り言葉に買い言葉で組手を始めるだろう? アレをインターネットでやられたら本当にマズイんだよ……ッ!」

 

 河田トレーナー、迫真の悲鳴であった。

 教え子が皆レスバトラーの気質があった時、トレーナーはどうすれば良いのだろうか。コンプライアンス教育? 言葉についての道徳の授業? 闇堕歴珠はそれらを経由せず、SNSそのものから距離を取ったのだ。

 

「ファンも薄々、闇堕歴珠のメンバーがインターネットに向いていない事には気がついている。元々インタビューの受け答えも口数が少なかったし、既にアカウントを開設された面々の文面からも察されている」

「……苦労してるんですね」

「という訳でプルガーネットくん。キミが対外的な活動を許されるのはまだファンクラブの中だけだ。投稿する際も当然だが私のチェックが入る。この事を先に了承して欲しい」

「分かりました……」

 

 うむ。と河田トレーナーは話を続ける。

 

「そしてその上で、だ。ファンクラブに対してやりたい施策があるのかい?」

「それは──」

 

  ◇

 

【ASMR/1時間】史上の安眠を知っていますか?眠れない夜のお供に♡【UM100】

 

  ◇

  

 あなたはプルガーネットのファンである。

 

 あなたはりんどう賞やオパールステークスにて撮影をするべく、京都レース場で昼から居座ろうとした。大雨が降っていたが、おかげでいつもより人気が少なく、愛機のカメラと共にゴール近くの良いポジションを確保することに成功した。あなたは早速、今日の調子を測るべく第5Rのメイクデビューで試し撮りをすることにしたのだ。

 

 パドックは間に合わなかったが、その分アドリブを求められる撮影になるだろうと踏み、あなたは向かいにあるゲートを眺めた。ゴール前からでは上手く見えないため、実況や周囲の熱心なファンから情報を集めることにする。

 

「こりゃプルガーネット一択だな」

「チーム・アンタレスの新星だぞ。無理もない」

 

 レインコートを叩くバラバラとした雨音に混じって声が聞こえてくる。プルガーネット。どうやらこの名前が盛んにやり取りされているようだった。

 

 熱心なトゥインクルシリーズファンであるあなたはプルガーネットの大まかな情報を知っている。

 

 プルガーネット。チーム・アンタレスに加入した新入生。6月選抜レースでは最下位の大敗を喫したが、その後アンタレスの入部テストを受けて合格した鹿毛の子である。夏合宿の取材を受けその姿を全国に晒した途端、美しい鹿毛と鍛え抜かれた体幹で話題になった子だ。

 

 そんな子のメイクデビューが撮影できるとは。あなたは気を引き締めてカメラを構えた。

 

  ◇

 

『第四コーナーに入ってついに4番ジョンスレオが失速! 交代しました! このまま3番プルガーネットの独走となるのか!?』

『9番上がってきた! 9番レガシイウタハがここで来た! まだ600メートルあるがスパートを掛けてきた!』

 

 ──おかしい。

 

 それはまさに蹂躙であった。飛び出すようなロケットスタート。逃げウマ娘へ圧力をかけ掛からせる手腕。震脚で複数の相手を潰す判断力。そして、今まさに目の前で起きようとしている──

 

『残り200メートル! 3番プルガーネットがどんどん加速していきます! 初戦とは思えない脅威的な末脚!』

 

 それは、雨粒を肩で切り裂いて現れた。たなびく長い鹿毛。暗い空の中で、彼女の目だけが暗闇の中の灯火のように輝いている。

 

 燐光を振り撒いて尾を引くその姿は、

 星のようだった。

 

 人は、いつだって星を求めている。

 

 あなたは、星に魅入られたのだ。

 

  ◇

 

 

 あなたはプルガーネットのファンである。

 ファンクラブ会員No.2の座を勝ち取った猛者であり、数秒前にスマートフォンが通知を鳴らした配信告知もバッチリ目撃している。

 

 彼女のファンクラブは充実しているとは言い難く、オフショット写真だけが供給となっている。もちろんデビュー直後のウマ娘のファンクラブなんてたかが知れているのだが、それはそうとして供給は欲しい。

 

 そんな中の配信告知である。

 あなたは飛び上がって歓喜した。

 

 そして、首を捻った。

 

【ASMR/1時間】史上の安眠を知っていますか?眠れない夜のお供に♡【UM100】

 

 ASMRとは、バイノーラルマイクという環境音を録るためのマイクを用いて行われる音感体験に向けられた言葉だ。本来ならば雑踏や風の音、木陰が揺れる音など環境音を録音する為のものを、咀嚼音・マッサージ・スライム・シャンプーなど、マニアックな音を体感させるために使用している。中には囁き声で甘い言葉を流し込んだり、それ以上の音声も聴けることもあるのだが、それだけに疲れきった社会人などへの需要が高いコンテンツと言えるだろう。

 

 それを、プルガーネットが?

 

 一目惚れした、あの子が?

 

 囁いてくれるというのか?

 

 配信の待機所はすでにできている。『待機』とコメントしたあなたは一番乗りである。実際に配信が始まるのは一時間以上後だというのに、あなたはイヤホンを繋げて装着した姿勢のまま身動ぎ一つも行わなかった。

 

 配信開始まで60分

 配信開始まで30分

 配信開始まで5分

 ……プルガーネットを待っています

 

『……こぉんばんは』

 

 あなたは挨拶だけで椅子から転げ落ちた。鼓膜に直接快楽を流し込まれた様なものである。肉体を司る小脳を撃ち抜かれ、最早抵抗は不可能である。

 

『今日は、ファンの皆さまに挨拶をするために、配信をすることにしました』

『音量、大丈夫?』

『あーあー、マイクテストマイクテスト』

『大きな声はダメってことは知ってます』

『マイクに触るのも慎重に、って言われました』

 

 そう言いながらもバイノーラルヘッドに触っているのか、側頭部辺りに肌を擦り上げるような振動を感じる。いや、プルガーネットがあなたの頭に手を添えているのだ。しっとりとしていて、小さな手である。あなたを壊さないように慎重な手つきで撫でてくれるその姿は慈母のようだ。

 

『なんだか好評みたいですね。もう少し遊んであげます』

 

 プルガーネットはあなたの側頭部から手を下ろしていき、頬を、顎の下を擽るように手を動かす。まるで猫のような扱いだが、今この瞬間のあなたは人間であることを放棄することに成功した。今まで出したことの無い声音でゴロゴロと喉を鳴らすことに成功したのだ。プルガーネット(推し)がカラスが白いと言えば、あなたの目に映るカラスは真っ白なのだ。

 

『こうやって、耳元で囁くことも出来るんですよ』

 

「あっ」

 

 あなたは膝から崩れ落ちた。

 

『いつも応援、ありがとうございます』

『今まで、走ってきたことを、認めてもらえて、とっても嬉しいです』

『だから、あなたに、とっておきを、プレゼントしてあげます』

『目を閉じて』

『息を吸って、吐いて』

『続けて』

 

 あなたはただ深呼吸をするだけの存在になった。

 そういうことになったのだ。

 

 とっておき。

 

 なんと魅力的な、言葉だろうか。

 あなたは痺れ、焼き焦げていく脳髄を必死に延命し、とっておきのプレゼントを受け取るために意識を繋ぎ止めた。

 

 プルガーネットが立ち上がり、背後へ歩いていく。

 とてとて、という足音があまりに愛おしい。

 少し屈んで、何かを掴みあげた。何か道具を使うのだろうか。

 

 プルガーネットは再び貴方の背後に立った。

 

 しゅるり。

 

 布が擦れる音が聞こえる。

 

 あなたは唾を飲み込んだ。

 

 倫理観だとか、愛だとか、そういうことではないのだ。

 

 この瞬間の胸の高鳴りに、名前を付けられるはずはないのだ。

 

 あなたは世界に感謝し、結末を受け入れ──

 

『わたしが、かいしゃくしてあげますね』

 

 ごとり。 きしり。

 

 貴方の目の前に極めて硬質な物体が置かれた。

 

 金属質である。

 

 擦れる音がした。

 

 恐る恐る手を伸ばす。

 

 それは時代劇で見るような脇差であった。

 

 

 

 あなたは桜の見える川辺の陣中にいる。

 複数の武士があなたを見定め、上座にはやんごとなきお方が居られる。

 あなたは白装束を身にまとい、化粧を行い、脇差の前に正座していた。

 

『わたし、皮一枚残すの、上手いんです』

『あんしんしてください』

『さいごまでキレイでいさせてあげます』

 

 優しい声があなたの耳元で囁いてくる。しかし、その柔らかい声音とは裏腹に全身から放たれる剣気は爆発するような勢いだ。舞い降りる桜の花びらがプルガーネットの頭にぶつかほうとして、真っ二つになった。ワザマエである。

 

『構えて』

 

 あなたは刀を抜き、自らの半生を支えてくれた相方の刃紋を眺める。

 

『向けて』

 

 あなたは自らの腹の中心へ切っ先を向ける。

 

『カウントダウンしてあげます』

『ゼロで一緒に振りましょう。ゼロですよ』

 

『ごぉ〜ぉ』

 思えばいい生涯であった。

 

『よーん』

 カメラを手に取って沢山の写真を残せた。

 

『さぁん』

 そしてなにより、

 

『にぃ〜』

 プルガーネットに出会えたのだから──

 

『いちっ』

 いざ、

 

『ゼロ♡ ゼロっ♡ ゼロゼロっ♡』

 

 背後の巨大な気配が構え、刃を振り抜いた。

 あなたは、あなたである連続性を失った。

 痛み一つも残らぬ業であった。

 

 見事なり。

 

 このストリーミングは終了しました 21秒前

 

 

 ◇

 

 

「トレーナー! この間の配信、どうでしたか? 私、ちゃんとできてました?」

「……まぁ、再生数が1万を越えてた。それが全てだ」

「もう少し丁寧な評価が欲しいんですが」

「丁寧……丁寧かァ……うん……」

 

 闇堕歴珠の問い合わせメールアドレスには、今日もファンからの感謝が届いている。




過去一の難産です。

既に活動報告でお話してありますが、告知です。

明日8/11(日)、コミックマーケット104にて頒布されます、ウマ娘二次創作文芸誌『彗星』第七号に「月に捧げる」という小説を起稿させて頂きました!

キタサンブラックとスイープトウショウと魔法のお話です。
とても可愛らしく書けたと思ってます。サンプルはこちら↓
https://x.com/fenderlemon/status/1820069667006013604?t=OZhNHX8sy8FsxETFzayaUA&s=19

東d30a「星の海文庫」様にて頒布されます。

公式アカウントによる告知はこちら↓
https://x.com/hosinoumibunko/status/1821140481029632437?t=aPXzGsci8K26oqqCa0e8OQ&s=19

通販もございます↓
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2505484

現地参加する方もしない方もよろしくお願いいたします!

次回更新も1ヶ月以内を目安にがんばります。
もっと早くしたいんですが、焦ると全然書けないしリアル事情でめちゃ忙しいので無理せずにいきます。

絶対エタらねぇからな……。
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