冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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3話:輝け!黄金の左キック!

「はぁ……」

 

 プルガーネットの吐く息は鉄アレイもかくやと言わんばかりに重い。何せ昨日、憧れていた三冠バ“ワイルドハピネス”のような“逃げ”を打ったにも関わらずボロ負けしたからだ。

 

 美しい完封劇。常に最速でラップを刻み垂れずに逃げ切るのも美学であり、圧倒的なスピードで全てを置き去りにする逃亡者はウマ娘の到達点の一つとして数えても良いだろう。

 

 しかし今日の授業の前に配られた映像──選抜レースの記録映像を見る限りプルガーネットの脚にはどうにも合っていないというのが現状だった。スタミナこそあれど競りかけられてすぐに失速しているのではいけない。ペースもまばらで、タイムを見返すとぐちゃぐちゃなものだ。よくもまあこれで完走出来たものだとすら思える。

 

 もちろん他の脚質も素晴らしいと考えているプルガーネットの脳裏には、ハンマーフウジンのようなとんでもない追込一気や、今もドリームトロフィーシリーズで輝くユメノサンダーの差し脚、タカサブロウのような強かな先行策もあった。

 

 どれも捨て難い。そしてプルガーネットは特別苦手な作戦というものを持たないウマ娘であった。それは得意な作戦が分かっていないという事でもある。

 

「まぁ追込をするにはパワーが足りないんだけど……」

「うん? 今、君はパワーが足りないと、そう言ったね?」

 

 聞こえてくる筈のない返事にプルガーネットは一瞬凍りついた。恐る恐る振り返るとそこに居たのは胡乱なパウチを片手に持つ怪しい女性が立っていた。

 

 正直な事を言えばこんな事を言いたくは無いのだが、異様な風体である。まずアフロだ。アフロである。もう既にプルガーネットはツッコミを入れたい気持ちで胸がいっぱいだったが、首から下げられたトレーナーバッジ、それもSランクのバッジを見ると背筋を正したくなる。しかし首元から視線を更に下げるとサラシに巻かれた胸元とむき出しのヘソが飛び込んできた。ここまで言えばわかると思うが、羽織るのは一見して読めない『闇堕歴珠』を入れ込まれたド派手なジャケット。拳には包帯をミトンの様に重ね、ダメージジーンズにやたら高い下駄というミスマッチな下半身が出迎えてくれた。

 

「どうしたァ?」と尋ねるその人こそ、学内にて悪名高いチーム『アンタレス』のトレーナー、河田輝トレーナーであった。

 

「へぇ。良い眼だな」

 

 ずい、と河田トレーナーが身を乗り出してプルガーネットの瞳孔を覗き込んだ。転生して以来ウマ娘として、つまり女性として振る舞う事を覚え、深い仲でなくてもそれなりの女性との交友関係を重ねてきたプルガーネットであるが、流石に鼻先が触れそうな程の至近距離で目を合わせるのは初めてだった。思わず後ずさりをする。ヤバい。ふわりとした明るい栗毛のアフロは見た目以上の艶やかさを返し、空を見るように伸びる長いまつ毛に独特な虹彩。手入れをしてそうにない風体にも関わらず唇もぷるぷるである。

 

 毎日丁寧に手入れして生きているプルガーネットは天然美人に心をボコボコにされてしまった。最初のアフロさえ無ければかなりキマッた外見である。アフロにせずに伸ばせば惚れていたかもしれない、と考えるとアフロで良かったとも考えた。

 

「呆けてどうした?」

「帰ったら美容レッスンを同室の子に頼んでいたのを思い出しまして……」

「そんなに嫌なのか?」

「貴女の天然美人っぷりを見てたら嫌になりました」

 

 満更でもなさうに「よく言われる」と笑う河田トレーナーに自己紹介を軽く交わし、言うなり彼女は「プルガーネットくんはパワーを付けたいのだろう?」と口火を切り始めた。

 

「今ここに丁度いいことにトレーニング効果を高める栄養食がある。今通りがかりに配っててよ、試してみないか? 対価はレポートの提出と簡単なランニングテストだけでいい」

「……味はどんな?」

「……紆余曲折あって、味噌煮込みうどん味」

 

 どう見てもプロテインバーにしか見えないそれは味噌煮込みうどん味なのか。しかしプルガーネットはむしろ興味が増したようで、喜んでアンタレス謹製のプロテインバーを受け取った。プルガーネットは国民的アイスが血迷った味を出したら必ず食べて泣くタイプのウマ娘であった。

 

 トレーニングの時間の前に簡単な体力テストを行い、食する前の測定を済ませたプルガーネットは早速プロテインバーに齧り付いた。瞬間、口内にむせかえる程の味噌の香りが広がっていく。美味だ。普通に味噌の味がいい。問題は食感がプロテインバーであるのに後味がうどんである事か。奇妙な事にビタビタにスープを吸って伸びたうどん特有の小麦が入り交じった味が口に残るのだ。水が欲しくなるプロテインバーのモソモソとした食感と相反する味に脳が混乱する。

 

 しかし先程河田トレーナーに見せられた栄養表示はかなり魅力的だ。ハイカロリー高タンパク。胃の占有率が少なく、それでいて補給としては申し分のない食品とあればトレーニングの合間に食べるのも悪くない。……味が奇妙である事を除けば。

 

「どうだ? 意外と味は悪くない気がするんだが」

「味単体で評価すると美味しいから罵れないのが嫌です」

「だろうな! いい反応をありがとう。さ、このままトレーニングを見学させてくれ」

「……はい」

 

 今日のメニューはスプリント練習だ。ゲート訓練は元人間故かそこまで圧迫感を感じないためすんなりと終わり、ゲートから飛び出すスタート練習も教官からお墨付きを貰う程度に上手に出来ているらしい。

 

 ならば苦手な踏み込みを強くする為のスプリント練習が必要なのだろう。と考え、スタートから飛び出して加速するトレーニングを教官に考えてもらった。

 

 河田トレーナーはジャージに着替えずにタイマーを持っている。あの怪しげな服装のままに仕事をしているのかと思うと何とも言えない気分になったが、計測してくれるならそれはありがたい限りだ。

 

 プルガーネットは早速スタート地点を設定し、河田トレーナーに目配せをする。彼女は近くの小石を拾い上げてプルガーネットの目線の先に見せ、指先で真上に弾いた。

 

 ──石が地面に落ちる瞬間、プルガーネットは芝を蹴り抜いた。

 

 ウマ娘になって十年近くも経っているにも関わらずこのスピードに、風圧には圧倒されるばかりだ。トレセン学園に来る前に所属していたクラブでも当然のように車を追い越す友人達にドン引きしていたプルガーネットは、言ってしまえば高速レースにまだ慣れていない。それでも入学試験は突破したのだからと己を奮い立たせ、左脚に力を込める。

 

「……」

 

 河田トレーナーは加速していくプルガーネットのフォームを見ながら眉を上げた。歪であり、未だ本格化も来ていない幼い身体。であるはずなのにあの左脚はなんだ! 圧倒的な脚力を()()()()()()感じる。左右非対称なんて言葉で済ませられない。明らかにプルガーネットは()()()()()()()()()()。河田トレーナーの思考は深々と沼にはまって行く。尋常ならざる左脚。明らかに故障を起こしかねないフォーム。予想を遥かに超える破天荒な走りに一瞬気を取られ、その瞬間にプルガーネットはゴール地点を駆け抜けた。

 

「はぁ、はぁ、か、河田さん。タイムは……」

「悪くない。加速力は少々気にかかるが、最高速を見る限りは順当にデビューできるだろう」

 

 あくまで私見だ。と保険を欠かさない河田トレーナーはそのまま息も絶え絶えなプルガーネットを器具へ誘導し測定を始める。

 既に走る前に測定しているだけあってプルガーネットは素直に河田トレーナーに身を任せていた。故に――

 

「プルガーネットくん」

「は、はい」

「君の左脚は……義足だな?」

「えっ、あ、」

 

 ――油断していたのだろう。

 

「ふむ、本当にそうらしい。ここまで精巧な義足を私は未だに見た事がない。表皮なんか本物同……然…………。いやはや。これは()()()。培養された皮膚とは豪胆な使い方だな。内部骨格との接続はどうなっているんだ。随分と作り込まれた骨格だ。骨ではないが、金属にしては軽すぎる。一体何だこの素材は? 先程の速度を出す為にウマ娘の脚にどれだけの負荷がかかると思っているんだ。ふざけた素材だな。接続軸だけは普通に見えるが、奇妙なオカルトに頼ったなこれは。存在しない英単語が掘られている。発音するならば――」

「名前を言っちゃ駄目!」

 

 一息に義足の全てをあばき倒した河田トレーナーに飛びついて押し倒し、口に左手を押し付けて黙らせた。読み上げるのは危険なんだ。と暗に目で語るプルガーネットの表情は真剣そのもので、押し倒される形になった河田トレーナーでさえも閉口して頷くフリをする程だった。

 

「……ん、ぷは、何もいきなり黙らせなくても良くないか?」

「いきなり人の秘密を全て白日の元に晒そうとしたヒトに言われたくないです。後ちょっとで河田さん、危なかったんですよ」

 

 胡乱な言葉を吐く。詳細を知りたいと思う河田トレーナーであったが、今それを説明する事は無さげな強ばった雰囲気のプルガーネットを見ると流石に手を引かざるを得ない様子であった。

 

「危ないというのは分からないが──君が嘘を言うウマ娘には思えないな」

「ついでに脚のことは黙っててもらえると幸いです。まだ言うには早いです」

 

 早い。早いのであって言わない訳ではないのだな。と河田トレーナーは奇妙な得心をした。短期間で交流する過程で河田トレーナーはプルガーネットの事をもう少し内向的な性格であると感じていた。義足の選手課程はトレセン学園に存在こそするものの、その実、殆ど別競技のようなレギュレーションを呈している故か人気は低い。ウマ娘の命とも言える脚を失うということは、トゥインクルシリーズへの挑戦権を──栄光への切符を失うことに等しい。ならば墓まで義足の事を持っていくのが自然だろうと考えたからだ。

 

「構わない。黙っているよ。ところで私は甘いものに目が無くてねェ」 

「……今度、アンタレスの部屋に菓子折でも持っていきますね」

「話が早い子は好きだよ。……はは、この姿勢で好きと言うと、随分と外聞が悪いが」

「えっ、ああっ!」

 

 気がつくと芝コースの外縁にいたアップ中のウマ娘達がこちらを指さして何かを話し込んでいる。「脚の分、次は唇にお返しだって」「やっば公開プレイ?」「プルガーネットさん、ああいう顔が好みなの……?」と他にもそうした集団がチラホラと見え──

 

「うわああああん!」

「あっ待ちな!」

 

 許容量を遥かに超えたプルガーネットはいても立ってもいられず韋駄天の如く走り去っていくのであった。

 

「……」

 

 河田トレーナーは逡巡していた。

 尋常ならざる彼女の左脚を見ることでトレーナーとしての知見は深まり、担当ウマ娘への更なる可能性が広がった。その事は大いなる発見である。しかし、

 

「アレを容認しろと言うのか……」

 

 河田トレーナーは純然たるトレーナーである。スポーツ科学、医学、心理学に基づいて動くトレーナー免許保持者である。しかし、オカルトを否定する程狭量な訳ではなく、だが同時にオカルトを暴きたいとも考えている。秘密のベールはいつか白日の元に晒されるべきだ。と考えている。

 

 ──例えそれが冒涜的な存在であっても。

 

「プルガーネットくん、キミは、三女神の元に居ないのだね。ははっ。素晴らしい素質だ。これで私の──」

 

「アンタレスの可能性は一つ増えた。感謝しようか」

 




連続更新はここまでです。
この後は気まぐれ更新でいきます。
定期的に出せる人は凄いですね。
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