冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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30話:人並み外れな情感

 

『続きましてスポーツニュースです』

『迫るクラシックの頂き! 今年もやってきましたトゥインクルシリーズの花形!』

『今年のクラシック級はティアラ路線もクラシック路線も輝く一等星ばかり! チューリップ賞はプルガーネット、クアンヌルブル、アハナギナツメらによる熾烈なデッドヒートが繰り広げられ、弥生賞ではスペースミントとレイントルマリンによる一騎打ちが展開されました』

『しかし本番はまだこれから! ハナ差で繰り広げられた戦いはまだ格付けには至らない!』

 

 ニュース番組が元気な声を垂れ流す。チューリップ賞におけるプルガーネットの放った死の香りは、明確には表沙汰になっていないようだった。

 

 神聖なレースにおける冒涜の気配は出走者に恐怖を植え付ける事になったが、まだ致命的な事態は引き起こしてはいない。しかし河田トレーナーには丁寧に絞られたのだ。

 

 それはもう。

 

 ───────

 

「プルガーネットくぅん。何か言うことがあるよなァ?」

 

 河田トレーナーのアフロは信じ難い形にネジれながら怒りを表現している。最早アフロが蠢いて感情表現をすることに驚く段階ではない。アフロが怒っていることを明確に伝えている段階なのだ。プルガーネットはこれから自分に対する説教が始まると理解し、喉が強ばった。

 

「いえ、その、あのですね」

「公式戦で使うなっつったろうがよォ!! ウマ娘の不思議パワーが目で見えない我々ヒトミミも一瞬ヤバい気配が感じ取れたんだぞ! 離れていたからそれで済んだのかは知らないけどねェ! 『新世代の気迫は凄いですね!』って論調で黙らせてきたから良かったけど毎回こう上手く終息するはずが無いんだからなァ!」

「でも……! 使わないと……!」

「でもでもだってじゃないんだよ! キミはクラシック期が始まるド頭で切り札を晒したんだ! 内実を問わず、『プルガーネットは何らかの切り札がある』と知らせてしまった! 使うつもりのない不相応な力を見せた! 影ばかりが大きな姿を見せつけたんだよ!」

「うっ……!」

「トレーナーとしての発言だ。あれは確実に失策だった。億歩許容してアレを切り札として切る事を許しても、使うなら冠を賭けたレースで切るべきだった。前哨戦で切るのは論外だ。これからのレースは『最終直線で使える切り札を抱えたプルガーネット』を前提としたトレーニングを積んだウマ娘達が相手だ」

 

 ここまで言われて、プルガーネットはようやく自分のやらかした失策の重さを知った。そうだ。プルガーネットはチューリップ賞で、世代初の領域発現者であるクアンヌルブルと領域など無くても強いアハナギナツメを撫で斬りにした。

 

 素の力では負けていたレースを、擬似領域でひっくり返したのだ。あのレースを見た競走ウマ娘とトレーナーは世代最強の座を狙えるだけの領域を保持している、と勘違いするのだ。

 

「いいか! 私はキミのトレーナーで、君の競走に関する全ての責任を負う義務がある。そんな私からの責任の取り方はただ一つだけだ!」

「……はい」

「トレーニングだ! 地獄のようなトレーニングだ! 今までのトレーニングはウォーミングアップに過ぎなかったと思うほどのトレーニングを君に与える! 例えライバルが『擬似領域を使うプルガーネット』より鍛えたとしてもソイツを撫で斬りに出来るほどに強くする!」

 

 怒られてちょっとばかり俯いていたプルガーネットの肩を河田トレーナーが強く掴んで上を向かせる。サングラス越しでも凄い目力で睨まれている事だけは分かった。こめかみに青筋が浮かんでいるからだ。アフロもなんか幾何学的なモニュメントのようにトゲトゲしているのでかなり怒っていることが伺える。

 

 大人の責任とやらはプルガーネットにはさっぱり分からない概念だったが、地獄のようなトレーニングが課せられる事だけはハッキリと分かるので、プルガーネットは泣きそうな顔をしながら「はい……」と返事をした。

 

 人はそれを自業自得と呼ぶのだ。

 

 ────────

 

 ニュースは相変わらずトゥインクルシリーズの話を垂れ流している。チューリップ賞の話は終わり、今は弥生賞のレースへ話題を移しているようだ。

 

『──熾烈な争いに明確なターニングポイントがあるとしたら最終コーナーの終わりです。凄まじいことにレイントルマリンが二の矢を放ったのです!』

『ここまでギリギリロールとスペースミントによる強烈なプレッシャーに晒され続けたにも関わらず再加速が出来るというのは驚愕的なスタミナです』

『負けじとスペースミントが猛追しますが遂に届かず1 1/2バ身差での決着となりました』

『前評判通りの結果だとしても凄まじいレースでした。クラシック戦線はこの三名の苛烈な争いとなるでしょう。勝者インタビューによるとレイントルマリンは『勝ちたい相手がいる』とのことですが、これは一体誰なのか。更なるドラマを求めてこれからのレースが楽しみですね』

 

 カメラがスポーツニュースのセットから報道セットに移ったのを確認したのでテレビを消した。

 

 ──いや、消そうとした。

 

『住宅街を襲う不気味な影。東京都府中市の墓地で続く墓荒らしの続報です。今月に入ってから府中市では四件の墳墓発掘が行われ、警視庁は事態を重く見ています』

 

 プルガーネットの指が止まる。勘だ。このニュースは確認した方がいいと、勘が言っている。

 

『現場に繋がっております。皿田アナさん』

『はい、こちらは府中市で最も大きな霊園である多摩霊園の入口になります。今月に入って四件それぞれ別の墓地にて墳墓発掘が行われ、住民は不安を感じています。驚くことに監視カメラなどに不審な人物は確認されておりません。プライバシー保護のため現場を写すことは出来ませんが、まるで『内側から開いたかのように』墓石が動いているとの情報も被害者から提供頂いております』

『不気味ですねぇ。府中市といえば日本ウマ娘トレーニングセンター、通称トレセン学園もあり、多摩霊園には歴史的なウマ娘など著名人も埋葬されている場でもあります。そんな場所で故人を侮辱するような事態が起きるのは許し難いことです』

『警視庁は引き続き情報の提供を求めており、画面下の電話番号、またはメールアドレスでの提供が可能です。続きまして──』

 

「内側から開いた……」

 

 プルガーネットの極彩色の脳細胞が回転し、一つの冒涜的な名を示す。

 

生ける屍(リビングデッド)かな。でも火葬された骨からなんて……」

 

 生ける屍。忌むべき冒涜的な存在。その名の通り動き回る死体である。様々な分類が存在するためこの名は総称であるが、死霊魔術師や神話生物によって肉体を支配され意のままに操られるものと、種族としてのものに大別される。

 

 この場合は前者、何者かによって外法の術を用いられ、遺骨を使役され内側から開けた、というものだろうとプルガーネットは考える。

 

 しかし日本では中々起こりえない事態である。日本では古くから火葬が主な葬儀として行われてきた。焼かれた遺骨はもろく、魔術陣を描くチョークなどの呪物的な素材としては良いものだが、生きる屍としては使役するには不適切だ。

 

 魔術媒体として優秀な血や肉は既に失われている。残っていれば優れた魔術を発動することが可能だった。

 

 遺骨は既に焼かれて劣化している。風化して残った白骨遺体なら強固な生きる屍として使役することが可能だった。

 

 現代日本における警察の捜査力は馬鹿にならない。混沌の戦後から世紀末にかけてなら大規模な死霊魔術の行使が可能だった。

 

 しかし現代はカルトや危険団体への監視は更に強くなり、夕方のニュースで報じられるような派手な立ち回りをしてまで火葬済みの遺骨を集めるのはとてもじゃないが割に合わないはずだった。

 

 しかし現実には生きる屍が使役されている。

 プルガーネットはスマートフォンを取り出した。河田トレーナーに内緒で作成したウマッターアカウントにログインし、幾らかのワードを検索した。

 

「『心霊 スポット 凸 配信』……これは違う。こっちは別件。…………あっ」

 

 流石SNS全盛期時代と言うべきか、ちょっとでも噂があれば勝手に火が上がって煙たくなるものだ。ウマチューブに無事に動画が上がっている配信者は無視して、ハッシュタグだけが活発な配信者を探す。しばらく潜っている内にいくらか怪しいウマートがあった。

 

「『sgdr取材に行くってウマートしてから音沙汰無いけど死んだ?』『sgdr死んだか』……なんで興味無い配信者の伏字まで漁らなきゃいけないんだ」

 

 伏字にされているのは『スギドラン』という配信者のようだった。チャンネルのリンク先を見る限り、視聴者から情報を募って廃墟や心霊スポットに突撃して配信をする……もとい不法侵入を行う迷惑な存在のようだ。プルガーネットが始めた事だが、その配信者がどうなったかはどうだっていい。重要なのは誰が府中を荒らしているか、である。

 

 プルガーネットは早速LANEでメッセージを送る。送信された先はルドーマドーと表示されていた。

 

『急募:配信者の住所の特定 報酬:マスタードーナツ券10000円分』

『受けた。相手は?』

『ttp//umatube.com/sugidran222』

『ttp//gatenan.4ch.net/test/read.cgi/623248 もう晒されてるじゃん。話にならない。こんなんじゃ報酬貰うのも躊躇うよ』

 

 ルドーマドーは小柄な十三歳の、まだ本格化も始まっていないウマ娘である。しかしながら中身は趣味がレスバトルでインターネットの炎上沙汰を見ては笑顔になるタイプのウマ娘である。控えめに言って最悪だった。

 

 ついこの間、ファミリーレストランで美味しいのはミックスグリルとステーキで争っていた子供のような姿はどこへ行ったのか。いや、幼い頃からインターネットへ接続できるデバイスを持たせるとこんな育ち方をするのか。プルガーネットにはついぞ分からなかった。

 

 しかし自身では真似できないようなインターネットストーキング技術は、世界の裏側に片足を入れた者にとっては非常に役に立つスキルであるため、度々お世話になっているのだ。

  

『仕事が早すぎるでしょ。そこの人たちもこの間住所晒すの1年の懲役になる判決出たのによくやるね』

『いやいや。私は晒されている現場を偶然見つけただけだから。このあと匿名通報フォームから警察にお知らせしちゃうよ。私は善良なインターネット市民だからね。それにしてもプルは何に使うのこれ?』

『行方不明になってるらしいから探してあげようと思ってるの。私は善良な市民だからね』

『……深くは聞かないけど気をつけてね』

 

 根は善人なのだ。

 多分。

 

 

  ◇

 

 

 晒された住所はここからそう遠くない、府中市から北へ伸びる路線の住宅街だった。プルガーネットは変装した上で用意していたビラを片手に『私、行方不明の友人を探しているんです』という顔をして聞き込みをしていた。使い古したコートとウィッグがあれば耳も尻尾も隠せる。後は適度にメイクをしてマスクをすればまずバレることはない。

 

 幾らか時間を使うと通りすがりの老夫婦から「カメラ片手にやかましい奴だ」と声をもらう。近所ではすっかり嫌われているらしい。

 

 豊間悟。本名を聞き出すことに成功したプルガーネットは、その名前を使って片っ端から通行人に話しかけた。家の周りで聞き込めば同級生か、それに準ずる人間にあたる。

 

「豊間ぁ? 今は葉隠と一緒にウマチューバーやってんだっけ?」

 

 長く話すとボロが出るので一人から聞き出せる情報量は限られている。しかし、ウマ娘は文字通り脚で稼ぐのが最も得意なのだ。

 

「そいやこの間から返信貰ってないな。凄いネタがあるから撮影するって息巻いてたけど」

 

「しばらく連絡してないけど、この間自転車で西へ向かったのは見たよ」

 

「葉隠くんはその先の公園の隣の家だよ」

 

 聞き込みを続ける中で様々な事実を知った。

 スギドランもとい豊間は不法侵入を配信するロクデナシである。だからこそ拠点を複数持っていたり、夜逃げの経験があると思い込んでいたのだが、豊間は実家暮らしでありながら犯罪配信をおこなっているらしい。とんでもない奴だ。

 

 つまり、子供の頃から同じ学校に通う人間がいる中で犯罪の準備を嬉々として進めるヤバい奴だったのだ。無情なコンクリートジャングルであるはずの東京でも面識のある人間のことは目に付いてしまう。故に豊間の協力者である葉隠の家を特定することは容易かった。プルガーネットは早速葉隠の家に向かった。

 

 ピンポーン。チャイムを押す。葉隠と書かれた表札はよく磨かれているが、その割には人の気配が無い。

 

 プルガーネットはしばらく様子を見た後、出てこないと判断して人目を避けて生垣を越えた。庭先も荒れていないことから生活は営まれている。不自然に空いたスペースに細いタイヤの跡があったことから、家の人間は出かけているらしかった。

 

 しかし、件のスギドランもとい豊間の協力者、葉隠は家から出ていないことだろう。なにせ、葉隠は豊間のカメラマンだったらしい。一緒に死んだか、死に様を撮影して怯えて引きこもっているかの二択だ。プルガーネットの経験則ではそうなっている。

 

 豊間が生存しているとは微塵も考えていない辺り、プルガーネットの残酷さが出ているようだが、神話生物を前にした一般人が無事で済むことなど、まず有り得ない。大体は声のでかい奴から死んで、撮影者が少し離れていたからギリギリ死に損なった。そういうものだ。

 

 そして、今回もその通りのようだった。

 

 プルガーネットは躊躇いなく地面を蹴り、住宅の南のバルコニーに侵入した。一部屋だけシャッターが閉まっていたので隣の家の外壁伝いで西側の窓から中を伺う。カーテンの隙間には膨らんだ布団のあるベッドが見えた。

 

 懐からガムテープを出し窓ガラスに貼り付け、その上から貫手を放つ。窓ガラスは無音で砕け、差し込まれた手で窓の鍵を開けた。

 

「よいしょっと。おじゃまするよ、葉隠さんとやら」

「……誰ッ!?」

 

 侵入者(プルガーネット)への声は迅速だったが、それよりプルガーネットの方が身軽だった。音もなく床に降り、容赦なく声の主が纏った布団を容赦なく剥ぎ取った。そこには痩せこけた男がいた。二十代前半。容姿は特筆することがなかったのだろうが、今は掻きむしった跡や傷跡が全身に現れた怪我人のようだった。

 

「怯えなくていいよ。私は不思議な事件と行方不明者を探すのが好きなウマ娘だから」

「……豊間のことか!?」

 

 口が軽いのはお互い様らしい。少なくとも企業案件は貰えないだろう。気を良くしたプルガーネットは早速声をかける。

 

「うん。是非とも協力して欲しい」

「いきなり不法侵入してくるウマ娘に話すかよ!」

「その言葉、そのまま君と豊間に返すけど、大丈夫?」

「……」

 

 レスバトル検定五級以下である。犯罪者ならもう少し粘って欲しい。プルガーネットは呑気にそんな事を考えていた。

 

「別に協力してくれなくてもいいよ。豊間が見つかるかは知らないけど」

「……もう豊間は死んだよ」

「ああ、やっぱり」

「やっぱり!?」

 

 プルガーネットは深刻に人並み外れた情感をしている。誰かがこの場にいればそんなモノローグが差し込まれたが、困ったことにこの場には幼い頃から冒涜的な事件に関わったプルガーネットと、つい先日友人を殺された犯罪者しか居なかった。

 

 日本の未来はおおよそ暗かった。




いよいよ告知すら間に合いませんでした。

3/30(日)つまり今日のウマ娘オンリー即売会、URC02にて頒布されたウマ娘文芸誌、彗星 9号に小説を寄稿させていただきました。

https://x.com/fenderlemon/status/1902680869049192957?t=U_8xFt78sZy2_V_vUcLv7A&s=19

時は宝永二年(1705年)、江戸幕府により生類憐れみの令が敷かれたご時世の中、お伊勢さん参りをするべく走り出した村ウマ娘、ハヤユメの旅路のお話です。

完全に架空のウマ娘かつウマ娘偽史という、中々な物が誕生しましたが、頑張って書いたので良かったらリンク先のサンプルを読んでみてください。

近日中に通販委託の案内が出ると思います。こちらの後書きに追記する他、活動報告にも載せさせていただきます。

あと6月のシャカファイオンリーに申し込もうとしています。よろしくお願いします。

更新分の話ですけどまた変な脱線を始めました。この世界、冒涜的な存在の勢力が強すぎるだろ。次の更新分でいい感じに着地する予定です。予定なのでどうなるかは未定です。

追記:参加させていただいた彗星9号の通販が始まりました。
良かったら手に取ってみてください。
https://x.com/hosinoumibunko/status/1906640627150057711?t=VEhDfeRJIjwy-41GEY9Inw&s=19

再追記:メロンブックスさんでも始まったっぽいです
メロンブックス
https://x.com/hosinoumibunko/status/1907000846468223015?t=rH5RA6O2zDxKOgwMbqsusQ&s=19
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