冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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32話:ウマ娘が落ちている

 

 トレセン学園中にウマ娘が落ちている。全てクラシック級のウマ娘である。

 

 それは何とかオープン戦をくぐり抜けたから優先出走権を求めて重賞に挑む者。GIII、GIIでしのぎを削る強者たち。そしてプルガーネットのように冠を求めて戦う者たちだ。

 

 全部トレセン学園に散乱している。

 その大きな原因は、プルガーネットであった。

 

 チューリップ賞で見せてしまった疑似領域。失策の極みと言われてしまったその行いは、評されただけはあると証明が進んでいた。

 

 アハナギナツメを撫で斬りに出来る領域──それを扱うプルガーネットこそトリプルティアラを狙うウマ娘達の目標となっているのだ。

 

 その速度はあまりに殺人的。上がり3ハロン、32.9である。

 控えめに言って、怪物の領域だ。

 

 自分を持ち上げているのかって?

 違う。プルガーネット自身に課されたハードルの高さに驚いているのだ。

 

 プルガーネットは疑似領域無しでこの速度を出さないといけない。なにせ、初めて行使したときは鼻出血を起こし、次は上手くいったかと思えば擬態魔術が一時的に解けてしまっていた。天外から齎された冒涜的な義肢は一般人には刺激が強すぎる。露呈のリスクが高すぎる疑似領域は必然的に禁止になる他ないのだ。

 

 しかし相手はそんな事を知ったことでは無いと詰めてくる。疑似領域を使うプルガーネットを差し切れるようにトレーニングを重ね、レースに出ようとしている。なんならプルガーネットが持たない、本来のウマ娘としての領域を行使する者だっているだろう。自分だけ縛りプレイを課されて、周りは信じられないくらい強化パッチが入っている。

 

 地獄のようだった。

 

 幸か不幸か、ハードルはあまりに高く、越えようとしたウマ娘たちがトレセン学園中に倒れている。まさに死屍累々といった有様だった。プルガーネットにとっても地獄だが、相対するウマ娘たちにとっても地獄のようなトレーニングが発生している。

 

 赤信号、みんなで渡れば怖くない。

 なお、肉体の疲労は加味しないものとする。

 

 これが、ウマ娘たちがその辺に落ちている理由の全てだった。

 

「起きろ、プルガーネットくん」

「いぃ……トレーナーぁぁぁぁ……もう、限界で……」

「自分のまいた種だろう!?」

「こんなことになるとは……」

「リムマナケルの時よりはマシな光景だ」

「先輩こわ……」

 

 そう、三月末はトレセン学園のそこらかしこにウマ娘が落ちているのだ。別に今年に限った話ではない。毎年毎年、化け物みたいな期待の新星が全てをなぎ倒し、それを倒すべく誰も彼もオーバーワークギリギリまでトレーニングして、そのまま地面でぐったりとしている。恒例行事のようなものだった。

 

 今年はたまたま、台風の目になったウマ娘でさえも自分自身に追い詰められているだけだ。

 酷い話である。

 

「大丈夫か? プル」

フルマラソン(42.195km)を走って大丈夫な生命体は中々いませんよ……フェイク先輩……」

 

 もちろんヒトミミのようなペースではない。ウマ娘のフルマラソンは本当に過酷で、一時間と少しで完走する必要がある。しかも足元はアスファルトなのだ。スピードが必要なくとも消耗はとんでもないものになる。これはスタミナトレーニング以上に根性を要求されるのだ。

 

 なお、同時に走り出したリムマナケルとヒシカワリーサルはさっさとゴールしている。今頃は片手指立てウサギ跳びをしている頃だろう。何を言っているのかと思われそうだが、実際にそんなトレーニングをこなしているのでプルガーネットは理解を諦めた。

 

「というかそもそもフェイク先輩休まなくていいんですか? もう大阪杯じゃないですか。フルマラソンで時間使うより、脚を休めつつコースでタイム詰めた方が……」

「あー……まぁ、気分転換だ」

「なら、しょうがないですね」

「あんまりにもタイム動かないからよ、一旦流しで走って落ち着こうと思ったんだ。一休みしたらコースに戻るさ」

 

 モットフェイクはそう言いつつその場を立った。あまり表情は良くない。何せ阪神大賞典を勝ったばかりだ。中二週でGIに挑むとなると負担はかなりだろう。

 

 戦績だけで見れば前哨戦を踏まずとも十分枠を手にできたとは思うのだが、他ならぬ本人が三千メートルを走りたいと主張して堂々と優勝した。多分今年の有馬記念だってステイヤーズステークスを走ってから行くつもりなんだろう。

 

 プルガーネットはただモットフェイクの爪が心配になった。最も、一度した失敗を河田トレーナーとモットフェイクが踏むかというと、おそらく無い。治療の過程で河田トレーナーに蓄積された知見は相当なはずだ。二度目はないだろう。

 

 人の心配をしている暇があるなら自分の心配をしなければ。

 大阪杯の翌週には桜花賞だ。プルガーネットはいよいよ追い詰まってきたなと緩めたシューズを締め直した。

 

 ◇

 

「プルガーネットっ! 我の名前を呼んでみよ!」

「偉大なる王! 冠を抱く王! スペースミント様!」

「ナハハハハハハ! そうじゃ! 我が名前はスペースミント! クラシック路線の全ての冠を掴む王者! 勝てぬものは居ない!」

 

 嘘である。突然来訪してプルガーネットに讃えることを強制させたスペースミントは、つい先日の弥生賞であのレイントルマリンに先着されている。それでもプルガーネットが讃えたのは、ひとえにクラシック路線を進むウマ娘の中でレイントルマリンに勝てそうな可能性のある子がこの子しかいないからである。

 

 レイントルマリンとスペースミントはクラシックの王道路線を奪い合うライバルである。少なくともスペースミントとそのファン、そして世間はそう見ている。

 

 トレーニング上で隔絶したタイムをたたき出していたレイントルマリンであったが、いざ本番となるとギリギリロールとスペースミントの猛攻により詰められ、公式戦で初めての二の矢を放った。最後こそ1 1/2バ身の差が着いたが、展開さえ違えば掲示板も入れ替わってもおかしくはなかった。

 

 格付け完了にはまだ早い。メディアはそう見ているようだったし、本人はなおさらだった。

 

 そんなスペースミントがプルガーネットの元に来たのは──

 

「走るぞ! プルガーネット! 我の併せウマが出来ることを感謝するがいい!」

 

 並走トレーニングのためだった。これはスペースミントからの提案だったが、プルガーネットからしても渡りに船だった。お互いクラシックとティアラで路線が違うのだ。そして勝ちたい相手は同じ。プルガーネットとレイントルマリンか競うことになる三冠以後までの間に、レイントルマリンをボコボコにしてプライドをズタズタにしておいて欲しい。そんなクラシック級の間の同盟が結ばれてもおかしくはないだろう。元より口調が尊大なだけで中身は普通にいい子なのだ。プルガーネットから嫌う要素は無かった。

 

「二千メートルね」

「うむ!プルガーネットはスタミナがあるから頼みやすいな!」

「じゃあ、トレーナー!」

「オーケー。……スタート!」

 

 今回の並走トレーニングは皐月賞と同じ条件だ。レイントルマリン対策が主目的であるからにプルガーネットは逃げを選び、スペースミントはそれをどうにか差し切るのが勝利条件だ。

 

 プルガーネットからして同年代の差しウマ娘からの逃げ方の勉強になるし、スペースミントはレイントルマリンへの対策になる。ただ一つ足りないものがあるとするならば、プルガーネットにはレイントルマリンのような強烈なパワーが無いため、少しばかり初速が落ちることだろうか。

 

「ふぬっ! 鮮やかなスタートダッシュ……! 見事じゃ!」

「2バ身差も作れないとなると自信無くしそうだけどねっ!」

 

 レイントルマリンは強烈なパワーによるスタートダッシュで大きくバ身差を作り、そのままトップスピードを維持し続けるのが得意だ。後半で落ちるどころか二の矢を放てるほどにスタミナがあるが、それはプルガーネットのようなスタミナ自慢なのではなく、正確なラップタイムの実行による計画的な体力の消費を行っているところにある。──というのが河田トレーナーの見立てだ。

 

 つまり、レイントルマリンのラップタイムが正確でなくなる程に動揺させるか、何らかの妨害をするのが特に有効だろう。

 

 もちろんスペースミントに伝えてある。レイントルマリンという天才を打ち崩すには一人では足りない。有力な候補がいるなら全員に広めてやりたいところだった。

 

 問題は、有力な候補で囲んだところであの天才は崩せる気がしないというところか。なにせ、本人自身が搦手を得意としている上に賢い。ラップ走法は別に唯一の武器ではなく、単に脚への負担が少ないから使っているだけなのだ。

 

 無駄のないやり方。脚の消耗を最小限に。これがレイントルマリンの実行している作戦だ。クラシックのその先まで見据えた走り方を押し付けられていることに、プルガーネットは苛立った。

 

 奴ならここで二の矢を放つ。最終コーナーの終わり際。直線に入った瞬間、プルガーネットの身がググッと沈む。当然、左脚に頼らないプルガーネットのみの力のスパートだ。

 

「っ!」

「ぬううううん!」

 

 しかし、スペースミントだってそんなことは分かっている。プルガーネットが二の矢を放つであろうタイミングを予測し、その時に最大速度になるようにロングスパートを既に放っていた。ここまでプルガーネットに気取られることなく接近出来ているのは凄まじい気の練り方だと言うべきか。

 

 お互いに睨み合ってそのまま二人は加速しながらゴールへともつれ込み──ハナ差でスペースミントが競り勝った。

 

「負けたぁ〜!」

「我が強い! 当然のことよ!」

 

 プルガーネットのスタミナが先に底をついた。

 いや、根性で押し切られたという方が正しいか。

 

 スペースミントの勝負根性は凄まじい。ここだという瞬間に潜伏を辞めて、一気呵成に追い上げて差し切る。理想的な差しウマ娘だ。

 

 対するプルガーネットは逃げが本領でなければラップ走法ができる訳でもない。普通に消耗していき、二の矢で完全にスタミナが切れ、そのまま競りかけられてトドメを刺された形だ。

 

「……やはり本物のレインを追い立てる時とは違ったな」

「そりゃあね。本物は脚を使いすぎないように走ってるし」

「ぐむ……本気を出さなくても勝ててしまう。そんな存在にしかなれんのか我は……」

 

 ここで勘違いしてはいけないのは、プルガーネットは普通の逃げウマ娘の中では上澄みであることだ。領域だとか、特殊な走法だとか、そういった特別を振りかざさないウマ娘の中では、プルガーネットはこの世代のトップクラスの実力がある。逆を言えば特別を持った逃げウマ娘がこの世代には幾つもいるということだ。

 

 その最たる存在がレイントルマリン。脚を使い切らない為、本気を出さないためのラップ走法で全てを後ろに置いていけるのだ。彼女に脚を使わせることが出来たら、そのレースはどんなことになってしまうのか誰にも検討もつかない。

 

 故にこれはウマ娘ではなく、トレーナーが考える事に格上げされるのだ。

 

「今のタイム、結構遅かったねぇ。二人とも意識したか?」

「去年の夏にレインとやってた時って、確かこんな感じかな〜って。ほとんど体感の再現なんであんまり宛にはなりませんが……」

「確かにタイムは全体的に間伸びしとるな」

「……ちょっと本物見てみようかァ」

 

 河田トレーナーがモニターに弥生賞の映像を映した。

 

「ぬぅ……最初からずっと奴がペースメーカーじゃ」

「そうなんです。あの子、()()()()()()()()()()んです」

「……そういえば二の矢を使ったのはここが初めてだな」

「そうなんですか?」

「メイクデビューもホープフルステークスも最初のリードを崩すことなく逃げ切っている。とんでもない早熟なのか、スケールの違う成長曲線を描いているのか、どっちだと思っていたが……分かったことがある」

「なんじゃ! 言うてみよ!」

 

 河田トレーナーは手元のストップウォッチを出す。恐らく今見た映像で測ったのだろう。

 

「……あれ、タイムがめちゃくちゃです」

「はぁ!? 奴はずっと変わらぬリードを作っておったぞ!」

「そうだ。レイントルマリンは常に同じリードを保っていた……。奴は等速ラップではなく、()()()()()()()()で走っている」

「それ、おかしくないですか? だって、このレースのペースメーカーは間違いなくレインですよ。そのレインがバ郡と同じペースって、そもそも彼女は先頭ですよ。どうやって後続のペースを見ているんですか?」

「ここを見ろ」

「最終コーナー……そうじゃ、我はここでスパートを掛け……」

「巻き戻すぞ。画面下のレインの位置表示を見ろ」

()()()()()()()()()()二の矢を放ってるじゃと!?」

「プルガーネット。ウマ娘が目視した情報を判断するのにかかる時間は?」

「へっ!? えっと、一般的には0.08秒です。鍛えた全盛期のウマ娘であっても完全に同時というのは厳しいはずです」

()()()。レイントルマリンというウマ娘の持つ最大の武器はこの異常な知覚能力と思考速度にある。後続集団に『レイントルマリンにペースを握られた』と思わせ、その上で自分は脚を緩めて楽をする。少しでも詰められそうになったら同じだけ加速して、まるで今が攻め時ではないように演出してるんだ」

 

 なんだそれは。ふざけているのか。

 とてもじゃないが人間業ではない。スペースミントもプルガーネットも唖然としている。レース中のウマ娘は走ることに全能力を費やしている。多少の余裕を作っても前後左右一人ずつをチラ見するのが限度だろう。それを後続のウマ娘全てに対して行い、あまつさえコントロールするなど、バケモノの所業である。

 

「……のぉ」

「なんだ、スペースミント」

「これが通じるのは、格下相手だけじゃな?」

「……そうだ」

「はァーっ……すまん。今から淑女らしからぬ言葉を口にする。聞き流してくれ」

 

 一拍。

 

()()()()()()()……」

 

 ぎちり。それはウマ娘の拳から鳴ってはいけない音だ。プルガーネットが慌ててスペースミントの握りつぶされそうな拳を掴んで緩めようとする。

 スペースミントはただ平坦に息を吐こうとして「はぁーっ、」と荒く制御しきれていない音を漏らす。

 

「分かっておった。奴が我を相手したのは最後の直線だけだと。それまでの我はバ郡と同じまとまりでしか見られていなかったとな。だが……だがっ! 許せん! このスペースミントを見てかような態度を取られることを! それを許した我の不足が許せん!」

 

 吹き出す怒り。プルガーネットにはよく分かった。レイントルマリンは押し付けるのが上手い。それはプルガーネットに対するレッテル貼りであり、スペースミントへの舐めた姿勢であった。スペースミントはゆったりと握った拳を解き、河田トレーナーへ誘いの手を向けた。

 

「河田トレーナー! 取引だ! こちらの持つクラシック級のウマ娘のデータを全て渡す! 代わりにレイントルマリンのデータを全て出せ!」

「悪くない。王道路線のやつまでは手が回ってないからな」

「えっ、そういうのってミントのトレーナーを交えて……」

「あやつは我が臣下! 我が意に背くことはあるまい。たとえ我がこの判断で不利になることがあろうが、我を更に鍛えれば良い!」

「うわぁ……独特な関係なんだね……」

「ふん。我と我がトレーナーは、我の心にある王国に忠誠を誓っている。我が国民は尚のこと当然だがな。して河田トレーナー、返答はいかに」

「コンディションに影響がない範囲で並走トレーニングをまた組んでくれ。こちらからの要求は以上だ」

「なんだ、そんなことでいいのか? プルガーネット、幾らでも走ってやる。我らであのクソボケを叩きのめすぞ」

「……まぁ、あの子にどっちが上かを分からせたいのは同じだ。乗った」

 

 恐ろしく迅速果断に同盟が成った。

 スペースミント王国と闇堕歴珠(アンタレス)による対レイントルマリン同盟。単一の怪物への武器は連結を置いて他にないのだ。




まだ今月!!!!
意外と間に合うじゃんよ。
毎回こうでありたいですね。
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