冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

5 / 35
5話:初めてのトレーニング!

 

 

「プルガーネットくん。入部テストの結果を伝える。──合格だ」

「──ありがとうございます」

 

 闇堕歴珠の部室に来て開口一番。河田トレーナーによりプルガーネットは自身がチームに合格した事を告げられた。正直、それなりに驚いている。スタート技術こそあれど駆け引きに弱く、想定外の事に焦り、視野は狭く、必殺の末脚を持っていても出血を伴う。

 

 控えめに言って弱点だらけなのだ。プルガーネットに比類するウマ娘なんて森で木を探すより容易く見つかるだろうし、弱点を矯正していくには多大な労力がかかるだろう。こんなウマ娘を引き取るチームが居るとは。さらに言えば闇堕歴珠は現トレセン学園における最優秀チームである。

 

「プルガーネットくん。合格したキミではあるが、まだ学ばねばならん事が多い! 特に──走行フォームはかなり手を加える必要がある。我が闇堕歴珠を訪れたのは義足の事もあるだろう?」

 

 河田トレーナーの言葉に素直に頷く。義足の事を大っぴらにしたい訳では無いプルガーネットは、忌避感を持たずに上手く扱ってくれそうなトレーナーの事を考えた瞬間、河田トレーナーのアフロの事を思い出したのだ。アフロの容積率が高すぎた故に他の著名なトレーナーやチームが思いつかなかった気もするが、今となってはどうでも良い事である。

 

「キミのフォームの問題点、分かるかァ?」

「左脚と右脚のパワーの差が酷すぎます。結果として体幹が中心から左に大きくズレています」

「自覚があるようで何より。バランスが悪い、という事は全てが悪いと言っても過言では無いぞ。しかし悪いフォームでありながらあの三人に三バ身差まで追い上げた根性を見てキミを合格とした。負けん気はあって困らねェからな」

「そういう理由でしたか。いえ、続けて下さい」

「他にもプルガーネットくんのフォームには問題が多い。これを見ろ」

 

 河田トレーナーは大きなモニターを点け、そこにカメラを接続した。大画面に昨日の模擬レースが映し出される。

 

「体幹がブレている事が全ての始まりだ。まず首が内ラチ側に傾いている。コーナーなら構わんが、ここは向正面だ」

 

 映像をコマ送りしながら河田トレーナーは口を進める。

 

「続いてコーナー。ここでは腕を振り抜ききれていないな。後ろのヒシカワリーサルに萎縮したのは分かるが、それでも腕は振り抜け」

「最終直線では踏ん張りが効いていないな。急加速した時は左脚の何かを使ったようだが……。それは公式戦では使うな。要は禁止だ。」

「最後の追い上げは悪くないが、前傾姿勢が酷すぎる。スパートの速度に怯えるくらいなら基礎トレーニングを積んでレース全体を使って全員撫切りにしろ」

「以上だ」

 

 文句はあるか? とでも良いだけな河田トレーナーの表情を見て思わないところが無いわけでは無いプルガーネットであるが、言われた事は全て正しいと思うだけに返事は「ありがとうございます」の一言に集約された。いや、よく三バ身まで着いていけたなと思うのが正直なところだ。

 

「まずはこれらのフォームを矯正していくのが主目標になる」

「デビュー戦はそれからですか?」

「そうだ。ざっくりと考えたが夏合宿が終わり次第と考えている」

「夏合宿って、ということは九月まで待つ形に?」

「キミの適性はまだ謎が多い。なら焦ってデビューに失敗するよりは距離の選択肢が増える九月以降が望ましいってなァ」

「……分かりました」

 

 六月のデビュー戦を逃せば中距離のデビュー戦は九月まで存在しない。今は六月の半ば。安田記念を終えたはかりの時期から月末のデビュー戦に間に合わせるのは殆ど不可能だ。実戦を知らないままに夏合宿を迎えるのか、と思うプルガーネットの表情に陰りがかかるも、河田トレーナーの案も最もだ。怒涛の電撃戦が飛ぶ短距離では加速しきれない。プルガーネットの適性に繋がる情報なんてこれっぽっちしかないのだ。ならば河田トレーナーの判断が明晰であったと祈る他ない。

 

「そういえば、まだ目標を聞いていなかったな。ウチに来るやつは皆クラシック期のGⅠを狙うと言い張るからキミもそうだと考えてしまっていた。悪い」

 

 確かに、なあなあで闇堕歴珠に駆け込んでおいて、細かい展望は全く話していなかった。

 

 今も胸を焼き焦がす鮮烈なステージの閃光、きらめき。

 あの天光が如きスポットライトを浴びるに相応しい舞台。美しいドレスを輝かせるに相応しいそれは、きっとティアラの形をしている。プルガーネットの口は自然と動いた。

 

「いえ。そうですね……。どうせなら夢は大きく、トリプルティアラ! なんて」

「良い夢だな」

「えっ……。よくすぐ肯定できますね」

 

 ノータイム。コンマ一秒も開けずに河田トレーナーはプルガーネットの夢を肯定した。雷霆もかくや、という速度であった。トリプルティアラ。クラシック限定、一生に一度しか闘えない舞台。選ばれた十八人の中から一人だけが勝ち取れるティアラを、三度戴冠した者だけが名乗る事を許される──至高の舞台。究極のステージだ。

 

 生半可な事では辿り着けない。妥協など一切許されない。血と涙を吐いても届かない。誰もが子供の頃に宇宙飛行士になりたい、世界一のパティシエになりたい、それに続くような夢物語の一つであり、御伽噺の領域に片足を入れた栄光なのだ。子供の戯言だと、吹けば飛ぶように消える夢だと笑う事は簡単で、気安く認めて言葉ばかりの応援を掛けることが普通だろう。

 

 クラシックの夢は簡単に肯定出来るほど軽い物では、ない。

 しかし、河田トレーナーはリムマナケルと共に日本ダービー、菊花賞を勝ち二冠となった最高峰のトレーナーだ。彼の胸に輝くSランクトレーナーのバッジの重みは、トリプルティアラにさえも届くかもしれない。もしかしたら──。

 

「何だ? 普通の感性を持っていて意外か?」

「アフロの人に普通の感性を期待していないだけです」

「担当ウマ娘の夢を笑う奴に勝利などできるものか」

 

 アフロが夏風に揺れる。さざめく木々がプルガーネットの背中を突き飛ばして、河田トレーナーへ一歩進ませた。当たり前の様に放たれた言葉はプルガーネットの足元を固めるには十分すぎた。ずっと異形の脚を抱えて生きてきて、悟られないために常に周りから一歩引いて関わりを減らしてきた。栄光のステージの為に走り続け、すり減らすような想いでトレセン学園に駆け込んだ。でも、今日は一歩前に進む事が出来た。誰かの前に一歩進めたのだ。

 

「……河田さんがアフロでよかったです」

「何だ気色悪いな」

 

 心の底からの声だった。

 

  ◇

 

「それで今日はなにをするんですか?」

 

 熱気が籠る事無く間断の無い風が吹さぶグラウンドの中央。芝コース程では無いにしろ簡単に抑えられる場所ではないんだけどな、とプルガーネットは闇堕歴珠の力を思い知らされ、チームメンバー第一主義にして実績で黙らるこのやり口こそ闇堕歴珠が悪逆非道のチームとされる理由なのだなぁと納得をした。

 

 河田トレーナーが引きずってきたのは長大なロープ二本に金属質な棒を等間隔に挟んだ道具、もとい梯子であった。

  

「これだ」

「ハシゴ……ですか」

「ラダートレーニングだな。一応教官にも使える貸し出し品だが……」

「使ったことないです」

 

 ヒトの陸上競技やスポーツ周りでよく見かけるトレーニング道具ではあるものの、ウマ娘のトレーニングでは多様される事は少ない。踏んだらこの程度のへなちょこな金属は破壊されてしまうからだ。ちょっと踏んだらぐにゃぐにゃになってしまう棒切れでトレーニングを続ける程ウマ娘は暇では無い。

 

 というより、そんな事に時間をかけていたらフラストレーションがマックスになり、学校すら飛び出してしまうだろう。トレーナー側としてもウマ娘の体力に合わせた特製の長大な高級梯子を何度も破壊されてはたまらない。そういった事情からして敬遠されがちな品である。

 

「だろうな。教官では余り使われていないらしい。大方基礎トレーニングで手一杯なんだろう」

「まあトレーナーが根本的に足りてませんからね……」

「仕方ない。というには問題がありそうだがなァ……。ま、先日見たメニューを見る限り道具使ったトレーニングは無かったから試してみたいってのが半分。それで体幹がましになれば上々よ」

 

 河田トレーナーの上げた問題点もそうだろうなとプルガーネットは飲み込みつつ、広げられた梯子の端に立つ。

 

「ひとまずやってみます」

 

正面から一つずつ間を開けずに脚を下ろす。ウマ娘用のピッチで作られているものの、等間隔に置かれた空間を意識して下ろすのは中々難しい。しかし気がついた時にはプルガーネットの足元はただのダートであった。いつの間にか抜けていたらしい。

 

「意外と簡単じゃないですか」

「なら、映像で今のを見てみるか」

「……うわ、脚落とすとこバラバラですね」

「移るときも余計に揺れているな」

「これ、駄目なところ凄い出ますね」

「そうだ。あと四往復腿上げでいった後、シャトルランで区間計測を重ねる。これをセットとして繰り返すぞ」

「はい!」

 

 腿上げで、と言われてあげる位置はおよそへそである。走る時と同じ速度で、それでいて等間隔で脚を下ろすのはかなりの苦痛を伴うものだった。腿を上げるだけでここまで負荷が増えるものなのか。最初のまでは元気にこなせていたプルガーネットだが、 

 

「よし!休憩後、もう一セットだ」

「は、はい」

 

 再度走り始めた時には脚がヘドロに突っ込んだのではないかという程の重みに変わっていた。ヒトとウマ娘の走法には相互性はあれど同じ物では決してない。特に顕著な差として一秒間あたりの歩数がウマ娘はヒトに比べると圧倒的に多いのだ。時速六十キロメートルを基準に、競技ともなれば八十キロメートルすら到達するその圧倒的な歩数を持って──腿上げをしながらラダートレーニングを行う。どれだけ負荷が高くなるかという話である。

 

 負荷が高い状態でラダートレーニングを行う物では無いのはヒトの理屈である。ウマ娘のレースは常に疲労困憊の極みにあり、いかなる状態でも姿勢を崩してはいけない。崩すことはすなわち死亡事故に繋がるからだ。故に負荷が人よりも必然的に高くなるし、高い状態でも絶対に姿勢を崩せない。故に問題点の洗い出しにはうってつけのトレーニングなのである。

 

 都合数百の百メートルシャトルランを越えたプルガーネットの脚は子鹿のように震えてもおかしくない程に強ばっており、とても走れる状態では無い。脚だけはなく、振り続けた腕も、関節部も熱を持っている。心臓は警鐘のように高らかに鳴らされ、あれだけ背中を押してくれた夏風も今となっては穏やかになるほどだった。それを知ってか知らずか河田トレーナーが口を開く。

 

「よし!休憩後──」

「ぁ、あの! もう、脚が……」

「何だ、へこたれるのが早いな」

「う、」

「トリプルティアラがそんな軽いものだと考えたか?」

「いえ! そんなこと」

「ならもう一度行くんだな」

 

 有無を言わせない押し切りによりプルガーネットは脚を上げ続ける。少しでも姿勢を崩せば「右肩を上げろ!」だの「脚が上がりきっていない!」だのの声が飛んでくる。うだるような暑さではないにしろ六月は十二分に夏日で、果たしてプルガーネットの視界は蜃気楼で歪んでいるのか、汗が目に入って歪んでいるのか分からない程だった。

 

「よし!次は」

「ま、また……いえやりま──」

「映像の確認をするぞ」

「え?」

「冷却しながら見ていろ」

 

 途端に打ち切られたトレーニングに困惑しながらもプルガーネットは冷却スプレーを当て、自身の脚の温度に驚いた。熱い。熱いのだが、怪我をする程では無い。河田トレーナーは理解していたのだ。プルガーネットの体力が一般的なウマ娘より多い事を。故障しないギリギリの負荷を。

 

 驚愕するプルガーネットを横目に河田トレーナーがまたカメラから映像を取り出しスクリーンに映し出す。

 

「これが最初のキミの姿だ。そしてこっちが、」

「さっきの私、ですか」

「疲れた状態でも正中線を真っ直ぐに保てている時があった。今日は上々だな」

「ありがとう、ございます」

「これが私、闇堕歴珠のトレーニングだ。どうだ。やっていけそうか?」

 

 目に見えた成果ほど嬉しいものは無い。体幹が直るのはいつになるか分かったものではないが、それでも進歩はあった。これが毎日。毎日かぁ。と達成感を抱えたプルガーネットは今日一番の笑顔で。

 

「はい、これからよろしくお願いします。トレーナー」

 

と答えるのだった。




次は他の子視点を挟む可能性がありよりのありです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。