冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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6話:スイートパッション

 

 ずるい(ウマ娘)というものは往々にして現れてしまう。新入生の中で一際そう見られているウマ娘といえば──プルガーネットだろう。

 

 きっと本人は先輩から見目がいいから名前が広まっている事を知らない。名家の中でも格式高いアハナギ家の令嬢に声をかけられてからというものの、プルガーネットの名前と噂は子犬もかくやと学園の中を走り回っているのだ。「一際美しい鹿毛の新入生」「優等生に見えて粗暴でワイルドな走り」「あのアンタレスの新参」などなど、名前が独り歩きするには十分な材料がある。

 

 でも、噂以上にプルガーネット自身が人たらしである事が噂の足元に拍車をかけている。自分の事に無頓着な癖に人の事は細やかに覚えていて、何かあればすかさず相談に乗ってくれて、教官の元にいるウマ娘でプルガーネットに世話を焼かされていないウマ娘なんて居ないのではないだろうか。

 

 何より、天然だ。天然物で本当に予想外の言葉を投げかけてくる。大抵投げかけられる言葉はウマ娘達の心を鷲掴みにするような言葉ばかりで──勘違いしそうになる子は数知れず。

 

 つまるところ、プルガーネットはずるいウマ娘なのだ。

 

 しかしながらチグハグな不思議な子というのが私、スイートパッションから見たプルガーネットというウマ娘だった。

 

 皆が「眠い〜」「勉強だるい」と言う頻度と同じくらいに「可愛くなりたい」と口ずさみ、それでいてヘアアレンジの一つも満足に出来ず、メイクをしてみても不格好。途方もなく不器用で、全部侍従に任せてたのかなと思えば実家はどちらかと言えば貧乏な方。

 

 近くで着替えると慌てて肌を隠すように言い、にも関わらず覗き見るように視線を上げてくる。お返しに綺麗な肌だからと触ると毎回「わひゃあ!?」と愉快な悲鳴を上げている。全身が擽りに弱いのはなんだか人に触られ慣れていない様だった。

 

 艶やかなポニーテールを腰に届く程に伸ばしているのに「暑くて切りたい」なんてすぐに言い出すし、「バッサリしてみる?」とハサミをチラつかせるとすぐに「嘘だから!」と否定する。

 

 妙に達観していて敬語が染み付いている姿は大人の疲れた人みたいなのに、オムライスで大喜びしてトレーニングの時間になると一目散にグラウンド目指していく感性が子どもみたいで、バランスが悪い。

 

 走り出すと凄い速いのに、何故だか風圧に負けて萎縮しちゃうからレースの結果が良くないし、 それなのに毎回いい所までは食らいついてる。

 

 普段は一人称が「私」なのに慌てると「俺」になる。しかもそれを取り繕うのがやたら下手。

 

  もちろんそういうウマ娘も居るだろうけど──ずっと女の子に憧れていた男の子みたい、と思った。

 

 不思議な感覚だった。春から数えて二ヶ月もずっと一緒の部屋で暮らしていてこんなにも気づく点があるから、もっと時が過ぎれば不思議に思うところは増えていくかもしれない。

 

 チグハグで、バラバラで、イマイチ読めなくて。

 アイデンティティがある様で、ありがちな“答え”を積み重ねただけにも見えて。芯がある様で妙な所は弱い。まるで優等生のモノマネをしているような生き方をしていながら、不良グループ同然のチーム・アンタレスに入る不思議な子。

 

 私は、少なくともこんなに羅列出来るくらいにはプルちゃんの事を考えている。ちょっとだけずるい、と思うのだ。

 

 悪夢に魘される夜に優しく抱きしめてくれる相手が私じゃなくても、プルちゃんは喜んでいそう。それがたまらなく嫌だった。

 

 妙に大きな荷物とか、部屋にたまに残る異臭とか、左足の怪我の事とか。沢山の秘密を抱えているのに、私に分けてくれないのが気に入らなかった。

 

 一緒に人参焼きとかを買い食いした時に見せる、ビジュアルレッスンでは見れない柔らかい笑顔の向ける相手が見えないのが、どうしても辛かった。

 

 ずるいじゃない。ずるいでしょう。こんな事を考えても、プルちゃんは何も話してくれない。だから、今日も私はスイートパッションとして振る舞うのだ。

 

 ──プルちゃんが憧れる、可愛い女の子として振る舞うのだ。

 

「……ふふ、今日も私、カワイイ!」

「ただいま──どしたの」

「わひゃあ!?」

 

 ドアが突然空いて異様に足音の少ない住人、プルちゃんが帰ってきた。あまりに気配が薄かったので喉の奥がひっくり返るように驚いてしまう。プルちゃんは「なんだコイツ」とでも言いたげな目で「変な悲鳴上げないでよトパ」と言い放ってくる。

 

「変じゃないよぅ! プルちゃんがずっとこれだから移っただけだかんね」

「移るほど悲鳴上げてないが」

「言ったな〜! 今日は擽りパーティだよ!」

「ちょ、手をワキワキさせるな気持ち悪ぅ!」

「へへ、私の指先の器用さ、とくと味わえ〜」

「待って待って! 手を洗ってないから!」

「へぇ……。洗った後なら擽られても良いんだ」

「いや違うって!?」

「ほら早く洗えー! 雑菌を部屋に持ち込むなぁ〜!」

「はーい……」

 

 洗面台を後ろから覗き込んでみる。プルちゃんはいやに丁寧に手を泡石鹸で擦り落としてくれている。やや潔癖の気がある私としては衛生を保ってくれる事は嬉しいことこの上ないけど、それにしても丁寧だ。まるで飲食店で働く人や医療従事者のような入念な洗い方。

 

「感心感心〜!」

「何さ」

「プルちゃんがとても丁寧に菌を抹殺してくれてるからぁ!」

「抹殺て。癖でやってるだけだから」

 

 癖。手癖でそこまで入念に洗うのは珍しいような、そうでも無いのかもしれない。妙な気がかりを残しながらも今日のメインイベントを立ち上げるべく私はプルちゃんにとびきりの笑顔を──とまではいかなかった少々ぎこちない笑顔を向けて。

 

「プルちゃん、この後空いてる?」

 

 あざといポーズを取る。果たして今の私はプルちゃんの目に可愛く映っただろうか。ベッドの大きなクマのぬいぐるみは黙ったままだし、時計の針は相変わらずカチコチと言うだけだ。ちょっと遊びに誘うだけ。ちょっと同じ時間を過ごすだけ。ちょっと小さな思い出が欲しいだけ。それだけなのだから。頷いて欲しいな。

 

「お、なんか食べるの? それとも買い物?」

 

 ──やった。大きな歓声を小さく飲み込んだ。土曜午後の昼下がりを下るばかりの自転車道。二人でそれを駆け抜ける権利を手にしたのだ。

 

「映画、観たいのがあるんだぁ!」

「ん、映画か。ラブコメ以外なら喜んで」

「なんとアクション!」

「最高!」

 

  ◇

 

 早速私たちは駅前の映画館まで駆け抜けて行った。私が疲れて途中でへたりこんでもプルちゃんは平然としていて、初夏の鬱陶しい空気もものともしない様で、きっとクラシック戦線を走れるんだろうな、とか。短距離には来てくれないんだろうな、とか。色々考え込んでしまうけど、プルちゃんは毎度毎度立ち止まって息が整うのを待ってくれる。今はそれだけで十分だった。

 

「駅着いたァ……」

「時間は大丈夫そうだね!」

「どの建物?」

「南口出て左の建物の上!」

 

 映画チケットを持っていると割引! と書かれたレストラン街の誘惑に耐えながら長いエスカレーターを上り詰める。ここまで建物の奥に来ると空調はしっかり効いていて、尻尾とか背中が蒸れる心配は無さそうだった。 黒い装飾に統一された映画館内に足を入れる。ちょうど入れ替えの時間があったのか販売コーナーでパンフレットが盛んに買われていく。私はそれとなくプルちゃんを連れて店内に行き、お目当ての映画のパンフレットを購入した。

 

「それが今日見るやつ?」

「そう!『魏伝・官渡(かんと)』ってやつ!」

「あー……あれ? 三国志? 赤兎(せきと)ファンだから?」

「赤兎が表舞台にもう一度出てくるのはもうちょっと後だよプルちゃん! これは絶影(ぜつえい)が出てくる方の話!」

「絶影って、ええと……」

「曹操の愛バだよ! 世界史でこの間やったでしょ? 次の小テストの範囲だよ?」

「歴史、苦手でさー……」

 

 たはは、と笑うプルちゃんを見ているだけで不思議と肌の裏が暑くなるような感覚を覚えて、肌から熱が逃げる時のゾワゾワするアレが全身を駆け巡るものだから私は思わず声を出してしまいそうになる。何時だって声が大きい私の事だから、声を上げてしまえば全部、全部気づかれてしまうに違いない。だから噛み殺す様に嚥下する。飲み下す。自分に優しくなんてしていられない。もっともっと沈めて、最後の直線まで息を潜めないといけない。

 

 映画は静かに始まった。

 

 ◇

 

「凄かった!」

「ね! ね! 良かったでしょ?」

「殺陣エグいって。当たり前のように槍に乗って櫓まで飛んでいくんだもん」

「やーアクションもだけど一途な絶影がまた良いんだってばぁ! あそこまでアタックされても結ばれるのは魏王になってからだからもっと後なんだよ!?」

 

 正気の沙汰とは思えない大河のような兵士をぶつける合戦のシーンはプルちゃんの心を掴んだようだった。この映画を選んで良かったと思う私は、指導者たる曹操を思って駆ける絶影を演じる女優の名演に心を持っていかれてしまったようで、足元が指先一つ分は浮いてしまっているような気分だった。けれど浮かれてしまった気持ちは足元が疎かで、

 

「トパは一途な方が好き?」

「へっ!? そ、そうかな」

「良かった。覚えとくね」

 

 急な不意打ちに大きな声を浴びせてしまう始末。危なかった。いや、いや、何が「良かった」のだろう。急に鋭角からアイスピックのような言葉をわっ、とかけるのはやめてほしい。私が一途な人を好んでいる事を、何を良しとするんだと思えば「今度映画誘う時に参考にするから」と言い放つプルちゃん。

 

「プルちゃん、口と背中には気をつけた方がいいよ」

「……? 分かったけど……」

「納得してなさそうな顔するね! だから危ないんだよぉ!」

 

  ◇

 

「いやフワフワすぎるでしょこれは」

「フリルが多いくらいで突っ込まないの! デニムしか持ってないなんて思わなかったんだからぁ」

 

 映画館を離れた私たちは二人でウィンドウショッピングをしていくつもりが、「そういえば夏服買わなきゃだ。ひとつも無い」という衝撃の一言により予定が緊急夏服購入前線に変わってしまった。──開戦。

 

 ひとつも無い。とは。と問い詰めたところで多分本当に持っていないんだろう。プルちゃんは本当に嘘が下手なのでそもそも誤魔化すということを知らない。ただ詳しく聞く中でブラウスとデニムくらいしか持ち合わせが無いとは思わなかったのだ。

 

 今までどうしていたのかと聞くと曖昧に微笑まれ、不意にプルちゃんの私服の一つであるクタクタになった黒いジャージを思い出す。まさかアレだけで乗り切ったとでも言うのか。流石にそうであって欲しくない。これだけ整った美少女が黒ジャージとデニムとブラウスだけで四季を乗り切ってきたなんて到底あってはならないことで、世界の損失そのものだと私は怒るのだった。

 

「とにかく! 今日は数揃えなきゃなのでマネキン買いでいこう!」

「えっマネキン買うの?」

「違うよぉ! マネキンのコーデをそのまま買うの! プルちゃんみたいなオシャレ初心者は自分で選ぶよりプロが作ったコーデから始めるのがオススメなの!」

「えー」

「えー、も何もありません! ジャージしかないでしょ!」

「トパのチョイスの方が良かったかもしれない」

 

 またも不意打ち。競走ウマ娘に同じ技は二度と効かないなんて迷信もあるけど私にはバッチリ効いてしまっている。

 

「プルちゃん」

「うん?」

「今度は池袋と原宿行こうね!」

「トパとならどこでも着いてくよ」

「〜っ!」

 

 三度目の正直ならず。一々悶絶していては話が進まないので私はプルちゃんの手を容赦なく鷲掴みにして引きずることにした。「あれ!? ねぇ! 何か怒ってるよな!? 俺なんかしたか!?」という悲鳴で店内を均してズリズリと進んでいく。ひとまず三体分の服を籠に入れレジへ向かう。

 

「ねぇトパ。今更だけどさ、ここまで沢山は買えな──」

「あ、クレジットカードで。はい、一括で」

「待って!? なんか黒いカード出てきたんだけど!? 流石に悪いってば!」

「えっ」

「二桁万円行ってるけど流石に──」

「これ今月のお小遣いの四分の一だよ?」

「──??」

「あ、言ってなかったけ? これでも私、お嬢様なのだよぉ!」

「嘘でしょ……」

 

 特に隠していた訳では無いけど、プルちゃんには確かに言っていなかった気がする。スイート家。特段大きい一族じゃないけど、母はGIIウマ娘だし、親戚にも重賞ウマ娘がゴロゴロと居る、いわゆる()()()()()()()()。別にレースで稼ぐのが家業という訳でもないし、普通にアスリートが連続で出ているだけ、なんだけど気がつけば家財が膨らんで成金お嬢様になってしまったという、何とも自慢しにくい家である。

 

 周りからはいつかGIに届く名門とか優秀な血統だとか色々と言われたい放題なのだけど、多分突然変異が定着しちゃったタイプなので特別な血も何も無い。うっかりレースで勝ってしまったタイプなのだ。

 

「まぁお財布は心配しないでね?」

「いやでも──」

「悪いと思うなら、出世払い! ──メイクデビュー、待ってるからね」

「……分かったよ」

 

 そんな楽しい休日はプルちゃんの着せ替え人形化で幕を閉じたのだった。プルちゃんの可愛らしいフリルたっぷりのドレス姿は、暫くは私だけの秘密にしちゃう。

 

  ◇

 

 楽しかったなぁと昨日を思い返す。こんな幸せを持っていると、緊張が溶けてしまいそうだ。ドロドロに溶けて、床に垂らして、それでもなお胸から滴る様で、()()()()()()()()()()()()()()鏡に映る余りにゆるい己の顔つきを見て、思わずほっぺをペちりと叩いてしまう。

 

「はは、スイートパッション! 口元がゆるいぞ?」

「トレーナーさん! 乙女の失態を覗くなぁ!」

 

 休日を調整してくれたトレーナーさんに見られたくない所を指摘されてムッとなる。乙女がしちゃいけない顔をしていたのは事実だけど、少しくらい余韻に浸らせてほしいのに。

 

「ハイハイ。さぁ時間だ。行くぞ──」

「──メイクデビューの時間だぁ!」

 

 ドアを開け放つ。私だけの道が始まる。電撃煌めく短距離戦が、全てを踏み砕く私の脚で蹂躙されるのだ。

 

 さあ、さあ、走らせて。

 全てを撫で切ってあげるから。

 

『三番スイートパッション! スイートパッションがアタマ一つ抜けている! 最後方からのごぼう抜き! あまりのパワーに芝が砕かれていく! 2番手との距離が開いて二バ身、三バ身! ゴールイン! スイートパッションがメイクデビューを制しました! 強烈な末脚がレースレコードを叩き出した! 来年のスプリント戦線が楽しみになってまいりました! 二着は──』

 

「──プルちゃん。先に待ってるよ」

 

 




梅雨で身体を壊し、そのまま夏コミ当選を告げられて原稿作業でワタワタしてました
自律神経終わり人
7月終わるまでかなり頻度が落ちます
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