冒涜のウマ娘 それは崇高であるとして   作:fenderlemon

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9話:蔭洲升村の影

 

 チェックインしたばかりのホテルの一室に集められたプルガーネット達の前に「さて、」と前置きした河田トレーナーが立つ。

 

「流石にここなら多少の音漏れは無いだろう……」

「村のウマ娘が居なければ、ですけどねぇ」

 

 不安要素が多分に含まれるものの、ようやく手にした安全地帯である。一同は肩からようやく力が抜けると軽く解してみせる中、プルガーネットは相変わらず気だるさを身体に残したままであった。

 

 何せ村の医師が協力してくれなかったのだ。いや、より正確に言えば非常に雑な診療をして行った、が正しいか。「冷たいスポーツ飲料でも飲んでおけば大丈夫ですよ。ウマ娘なんでしょ?」とだけ残されたとて、プルガーネットは熱中症で倒れたばかりの患者である事には変わりないのだが。

 

「にしても怪しい村だな、本当に」

「そうね。色々と突っ込みたい所あるもの」

「せーので言ってみるか?」

「よし、せーの!」

「“老人が居ない”」

「“深き者”」

「“謎の羽音と影”」

 

 先輩三人組の声は全く一致しなかった。それだけこの村に怪しい点があるという事だが──

 

「……待て、老人と深き者は聞いた。だが謎の羽音と影とは何だリーサル」

「……え? トレーナーは聴いてないの?」

「私は何も」

「トレーナーだけならともかく、俺もリム先輩も聴いてない。プルガーネットは?」

「分からないです……」

「あんな大きな羽音だったのに。海辺の方から聴こえててね? そっちを見たら凄い変な形の影が見えたのよぉ」

「蝉とかではなく?」

「確かに蝉もうるさかったけどねぇ、でももっと大きな生き物の羽音だったわぁ」

「じゃあメートル級の蝉だろ」

「だとしたら最悪ねぇ……」

 

 少なくともヒシカワリーサルは嘘をつくウマ娘ではない。嘘を言う時は少なくとも優しさを含んだ誤魔化しが精々だろう。それを知る闇堕歴珠(アンタレス)の面々は更に困難極まる蔭洲升(いんすます)村の事情に辟易とし始めていた。

 

 早くこんな村を出よう。倒木は最悪蹴り飛ばそう。バスを押して走ろう。やや物騒な発想であるものの、全員がその考えを共有する程度に蔭洲升村への疑念は深まっていた。

 

「とりあえず、お弁当食べましょうよ皆さん。お腹すいてたら気が散って仕方ないです。ね、リム先輩」

「プルガーネットくんの言う通りだ。一旦休もう」

「そうだ。無駄に買い込んだんだから食べてしまおうじゃないか」

「無駄って言うけどよトレーナー、本来なら俺達はもう少しいいご飯が沢山食べられたはずなんだが?」

「うぐぅ、」

「そうよぉ。トレーナーがエンジンとアフロの手入れを怠ったからこんな事になってるんですよぉ」

「返す言葉もない……」

「ほ、ほら、食べましょうよ先輩方!」

「……プルガーネットに免じて許してやろう」

 

 手痛い反論を食らったアフロ畜生は全身を縮こませてシクシクと泣いている。唯一の大人がそんな情けない姿を見せないで欲しいと思うプルガーネットをよそに食事が始まろうとして、

 

「あら、割り箸足りてなかったわぁ」

 

 ヒシカワリーサルが声を上げた。

 

「ちょっとコンビニまで走ってくるね」

「おい、もう日が落ちてるぞ」

「いくら変な村だからって変な目に遭わされることはないでしょ。GIウマ娘をどうこうしたら目立ちすぎるわよ」

「むぅ」

「リムは心配し過ぎよ。先に食べてて〜」

 

 パタパタとヒシカワリーサルが宿の階段を降りていく。リムマナケルは何か言いたそうに指を伸ばすものの、プルガーネットに対する過保護を何度も揶揄されている中だと過保護である事を否定できなかったのか、やがて手を下ろした。

 

「リム先輩、優しいですもんね」

「プルガーネット、次同じ事を言ったら小石を口にねじ込むからな」

「酷い! 俺が何をしたと!?」

「リム先輩は褒められるのが得意じゃないんだよプル」

「更に言えば、そう補足する後輩が嫌いだ。お前もリスみたいにしてやろう」

「酷ぇ! 具体的すぎて口の端が痛むぜ!」

「ふん」

 

 やいのやいのと騒ぎながらも食事を済ませた頃。しかし既に二十分は経っているのにヒシカワリーサルは──戻ってこなかった。

 

「おい」

 

 リムマナケルの怒気を孕んだ声がドアを揺らす。不穏な気配が全員を包んでいた。満腹ではないにしろ、ある程度の食事を終えた闇堕歴珠の面々は頭に栄養を回し、もののついでにこの村の異常性も頭に回し直していた。

 

 例えば()()()()()()()()()()()()や、ヒシカワリーサルだけが見たという()()()()()()()。怪しむには十全であり、凡庸な者でもこの状況下で姿を眩ませるのはあからさまな危険信号だと全員が理解していた。

 

 河田トレーナーが手早くリュックをまとめ、懐中電灯のライトの電源を付け確認を始める。それを皮切りに三人も走れるように準備体操を始める。口にせずともヒシカワリーサルを走ってでも探し回る覚悟をした。その覚悟の背中に冷水を垂らすような悪寒が、ジワジワと全員に走っている。ヒシカワリーサルは今どこにいるのか。無事なのか。怪我をしていないだろうか。怖い思いをしていないだろうか。安寧を願う声だけが前のめりに背中を押すのに、押してくる手が異様に冷たいのだ。

 

「ひとまずコンビニへの道を辿るぞ」

「はい」

「……」

「おう」

 

 部屋の扉を開け、夏にしてはやけに冷たい空気が鼻先を叩いて、それでも四人は階段を降りていく。──受付に店員が居ない。書き置きを手早く残してホテルから出ようとして、出ようとして、鍵がかかっている。

 

「……」

「これは……」

 

 ──閉じ込められている。ざらついた悪意を肌で感じ取る。プルガーネットは猛烈な予感が背中に向けて発せられている事を否定できなくなっていた。背後。つまり、宿泊していた部屋。

 

 瞬間、二階から窓ガラスが割れる音が響いた。

 

「ッ!」

「こっちです!」

 

 プルガーネットはほぼ同時に一階のロビーの端にある扉を蹴り飛ばした。それは本能だ。破壊衝動に従う時に近い本能がそうさせた。

 

 大して広くもないホテルの従業員室らしき場所を小走りで進む中、宿泊していた二階から水音を含んだ妙な足音が聞こえてくる。同時に村に来た時から感じていた、魚が腐ったような悪臭を煮詰めたような激臭が全員の鼻腔を焼く。麻痺する嗅覚を考えないようにして、えづきながらもプルガーネットは脚を進め、ホテルの裏口に当たるドアを見つける。

 

「スリーカウントで蹴っ飛ばします。リム先輩、トレーナーを」

 

 突然人が変わったように危機に立ち向かうプルガーネットに少々面食らったリムマナケルであるが、それを悠長に追求していい状態では無い。「悪いリム、頼む」と手短な河田トレーナーに「分かった」と短く返して背中に背負い込む。

 

「スリー、ツー、ワンッ!」

 

 左脚の勢いの良いスイングからの豪音と共に建物が揺れ、ドアが蝶番ごと路地裏に叩きつけられた。二階の足音の主には気づかれただろう。しかし、激臭が背後から追いかけてきている。すぐに駆け出した三人と背の一人は風となった。

 

 外は暗闇。現代日本に存在してはならない闇が村を覆っている。街灯の一つも見えない。文明の絶えた原初の恐怖が全員を包み込む。遠目に聞こえる足音の主はそこまで足が早くないのか、強くあった気配が背中から遠のいていくのを感じる。しかし、そこで更なる安心を得たかったのか、追跡者との距離を測ろうとモットフェイクは振り返った。

 振り返ってしまった。

 

 それは人の形をしていた。なまじ人の形をしているからこそ、嫌悪が、恐怖が、全身に毒のように回るのだ。鱗のように変質した肌。喉仏があるべき場所の左右からエラが覗き、腐臭のような呼気を排泄し、顔は平たく潰れており、黒々とした爛れた瞳が大きく顔面から飛び出ている。脂肪は垂れ下がり皮膚は重量に負けたように伸び、大きくヒレのようになった手足がべたべたと粘性の高い音を叩きだしながらこちらを追っている。深きものども。彼らはそう呼ばれるものであった。

 

「ひ、あ、あああっ!」

 

 モットフェイクが突然姿勢を大きく崩し、路地の交差点でプルガーネット達と違う方向へ走り込んでいく。あまりに急な方向転換だったのか、レンガ作りの壁に身体を叩きつけるような音までもが響いた。

 

「ふ、フェイク先輩ッ!」 

「プルガーネットッ! 奴もダービーウマ娘だッ! 自分で逃げ切れるはずだッ! ならば、我々も逃げ切る他ない!!」

「ッ! 次の角を出れば開けた場所に行けます!」

「応ッ!」

 

 モットフェイクの姿を脳の奥に押し込んでプルガーネットは全力疾走をする。汚らしい液体がこびり付いたアスファルトを蹴り砕き、腐臭の溢れる下水道のマンホールを踏み抜いて尚吹き飛ばし、走りがかった近場の家の洗濯竿や長い廃材を路面に投げ捨てて時間を稼ぐ。

 

 疾く走った。ただ走るだけで脅威の遥か彼方へ行くことが出来る。第二の生を生きてきた中で今ほどウマ娘で良かったと感じた場面は無いだろう。プルガーネットは周囲に気配が無いことを確認してから背中から降りた河田トレーナーに目配せをし、受けた河田トレーナーが懐中電灯のスイッチを入れた。

 

「うわっ、何処ですかここ」

「浜辺……なのか?」

「それにしては物々しい雰囲気だが」

 

 照らされた光景はグロテスクであった。大小様々な魚が腐り落ちたままに山のように積まれている。浜辺の端から端まで一様に。悪臭と形容するだけでは到底足りない、圧殺せんとばかりの不快感。二人は耳と尻尾を逆立て、一人はアフロを器用に逆立てた。河田トレーナーが後ずさりしようものなら靴の踵にべちゃり、と腐り果て原型を想像することも躊躇うようなヘドロを踏み抜いてしまう。

 

 これほどの魚介を積み上げたところで一体何になるというのか。生命を無為に貶める行為に柳眉を逆立てるのならばともかく、浜辺を埋め尽くす規模で生命倫理を貶められると、一回りして壮観だとプルガーネットは思う。麻痺し尽くした感情が現実に追いついてこない。

 

 ヒシカワリーサルはどうしているのだろうか。モットフェイクは追いかけてきた影達を撒けただろうか。今晩は何処で明かせばいいんだろうか。次々と頭の中に考えが浮かんでは腐臭の中に沈んでいく。ひとしきり空転したプルガーネットの脳がカチリと切り替わり、

 

「ここで止まっていても仕方ありません。奴らが私たちに追いつけない以上、固まっている理由はありません。手分けしてリーサル先輩とフェイク先輩を見つけて、バスまで逃げましょう」

 

 頭に浮かんだ内の一つの考えを口に出す。バスが停まっていたのは村を挟んで反対側のようだ。バスに全員を乗せ、走り去ることが出来れば闇堕歴珠の勝ちである。──勝利条件が明確になると同時にプルガーネットの脳は更に加速していく。

 

 流し見た村の光景から考えた村の全景、悪臭を垂れ流す下水道の風切音、昼間に感じた風向き、モットフェイクとはぐれてしまった路地の先、謎の羽音の正体、ヒシカワリーサルの所在──左脚に感じるデジャ・ヴの鳴動。

 

 プルガーネットの脳裏に全員が無事に帰れる計画が成り立っていく。この感覚だけは信じている。ひりつく本能がそうすべきと脳の筋に書き込んでいく、この感覚だけは。

 

「手分けって、どう分ける? 私は逃げ足がないからバスを先に確保しに行くべきだろうが……」

「リム先輩とトレーナーで一旦バスまで戻ってください。トレーナーはそのままバスの周辺の安全確認を。リム先輩はそのまま村の反対からローラーしてもらいます」

「……プルガーネットくん、もしかしなくてもこういう事態に慣れてるのかい?」

 

 異常な事態が次々と起こる中で河田トレーナーはすっかりパニックになりつつあった。そんな中で瞬間的な判断のみで全員を危機から引き上げたプルガーネットの即断能力には目を見張る物がある。躊躇いなく家屋を破壊し、生存するためならなんだって出来る。恐ろしく非日常に慣れた生き物ではないか。それに比べてしまえば自分なんて何も理解せずに逃げ惑うばかりだと河田トレーナーは自嘲した。

 

「情けないぞトレーナー」

「自覚はあるんだよ……。教え子二人が危ないのに何も出来ないのは余りにもあんまりだろう」

「トレーナーには戻るべき場所として機能してもらいます。帰る場所としてしっかりしてください。──二人は必ず連れ戻します」

 

 緊急時のメンタル保全まで出来るらしい。プルガーネットには敵わない。少なくともこういった事態の時には。河田トレーナーは潔く頭を切り替え、頭を下げる。

 

「……分かったさ。プルガーネットくん、リムマナケル。頼んだ」

「任された」

「行きましょう!」 

 

 この場に居ない二人の命運がプルガーネット達に託された。




テンポ戻しますとは何だったのか
主に軽めの熱中症コンボを食らったりコミケでサークル参加してた代償です
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