■ ■
目を開けば、其処は田舎のお婆ちゃんの家。
外から蝉の鳴き声と、飾られた風鈴の音が鳴り響く。
畳の寝床から起き、扇風機の風を感じれば、
―――今日もアイツはやってくる。
「よう、藤丸。遊びに行こうぜ」
「―――うん」
全身が真っ黒で、でも真ん中に大きく白い文字でサボローと書かれた、友達。
虫採り棒と虫かごを持ったサボローが、「今日は何が採れるかな? やっぱ狙うならカブトムシだよな!」と、採れる虫について考えて、ワクワクしながら待っている。
「えー、クワガタの方が良いよ。カッコいいし」
地面に置いていたサンダルを履き、縁側から降りてサボローと一緒に歩き出す。
サボローはカブトムシの方がカッコいいと言うけれど、自分としてはクワガタの方がカッコいいと思う。
そう言うと、サボローは笑って「じゃあ、捕まえたら勝負しようぜ。どっちが強いのかさ!」と、提案してきた。
「良いよ。絶対に俺が勝つから!」
「言ったなー? よし、まずは俺たちで競走だ、山まで走るぞ!」
そうして、少年達は走り出した。
自分達の夏を満喫する為に、楽しみに溢れる山へと向かって、活き活きとしながら。
心の底から―――楽しそうに。
カルデアのマスター、藤丸立香はカルデアの医療室のベッドに横たわっていた。
まるで死人の様な表情を浮かべたまま、眠りについていた。
サーヴァントとスタッフ達は、そんな彼の姿をガラス越しに見ていた。
ただ、眺める事しか出来ないが故に。
「バイタルは安定しているよ、魔術回路にも異常はない。精神状態も平常…とは、言い難いかな」
「どういう事ですか?」
「異常がある訳じゃないけど…簡単に言えば、高揚してるんだ。まるで友達と遊んでいる時の様な、楽しい感情を覚えてる」
「不思議な事にな。だから色々と調べたんだけど…藤丸はどうやら、微小な特異点にダイブしているらしいんだ」
ややバツが悪そうに、スタッフの一人である男が現状を述べる。
微小な特異点。人理に何か大きな影響を与えるようなものではない、自然消滅してしまう程に小さな特異点。
そんな特異点に、藤丸は居る。
そして―――
「藤丸はそこで…故郷で、夏休みを楽しんでる」
「………はい?」
すっと、張り詰めていた緊張感が一気に全身から抜けていく。
その場に居た殆どが、安堵の息を吐いた。
良かった、と。危険はないんだな、と。
だが、僅かな人物―――オベロン・ヴォーティガーンや千子村正、エミヤ達だけは、悲痛に顔を歪めていた。
「ははは、なんだよ、それ。つまりは、あれか。彼奴はそんな事すら許されなくなった訳か」
「どういう事ですか、オベロン?」
嘲笑うオベロンに、アルトリアが不満そうな顔をしながら問い掛ける。
それは、あまりにも残酷で。あまりにも悲しい、最悪の事実。
「…特異点っていうのは、本来なら存在しなかった筈の過去の事を指すだろ」
「…? えぇ、そうですけど」
「微小とは言え、特異点だ。そしてそれは、此奴が故郷で夏休みを楽しむ事だろ」
「ですから、それの何が…………………あ、え」
「つまり」
「そ、そんな…そんなことが」
「自分の生まれ育った場所で、友人や家族と一緒に夏休みを楽しむ事自体が、“存在しない過去”になってしまったって事だ」