七陰列伝の第06話です。
今回は、上下2部構成の上となっています。
本作品では、アルファたちの出会いや年齢などがズレ、みんなの性格や嗜好も変わりました。
その変化について書きました。
──これはそんな「if」の物語──
シャドウガーデン 第一席 アルファは、古都アレクサンドリアの執務室の窓を開け、ゆっくりと呼吸を行なった。内息を整えて氣を落ち着かせる。
吸った空気からほのかに木の香りを感じた。
シャドウガーデンが新拠点としてアレクサンドリアに移動したのは先月のことだった。
旧拠点は聖都リンドブルムとカゲノー男爵領の中間くらいやや北側にあった。
そこから聖地リンドブルム東部の霧に覆われた樹海「深淵の森」を抜けた先にある。
一部施設を木材を使って建設中なのか、風と共にほのかな木の香りを運んで来る。
ここは迷いの森と呼ばれている深淵の森の中にあり、更に、そこに住む霧の龍の吐く猛毒の霧による結界が施されており、霧の龍の吐息を受けた──霧の龍に認められたシド──シャドウに連なる者たち以外には猛毒で死に至るようになっているため、秘匿性と安全性が以前よりも高くなっている。
流通の面についても、旧拠点とカゲノー領のアジトとは『陰の叡智』により作られたガーデンメンバー限定のシャドウ・ゲートの術式を刻んだメタルスライムによって繋がっている。
同じくキング・メタルスライムから同時に分裂・株分けをしたメタルスライムの特性を利用したメタルスライム通信と共用アイテムボックス ──シドとイータが『陰の叡智』を元にメタルスライム・コア同士を共振させるという方法?で協力して開発した── を使用することで、辺境にある、という不便を感じることもない。
新拠点アレクサンドリア内部は、まさにシャドウガーデンにとって理想郷そのものであった。
中央の小王国時代の城をシャドウ様の居城、兼ガーデン本部として改装を
西側リンドブルム方面に訓練所を兼ねる防衛施設はイータが既に建築を
それ以外にも、イータの研究・開発室など様々な部署がある他に、小王国時代から栽培されていた、恐らくこの世界では唯一と思われるカカオやコーヒーノキの原木などの広大な農園や畑なども残っていたのだ。
流石に食料は当面持ち込みになるが何れ自給することも考えている。ガンマは『陰の叡智』 ──七陰は『彼の叡智』を『陰の叡智』とガーデン内では呼ぶことにした── により語られた念願のチョコレートが作れると歓喜していた。
後々、構成員が農園を管理してカカオマスを精製し、結果としてミツゴシ商会は異世界で唯一チョコレートを独占販売できる商会になった。さらにシドが『陰の叡智』で語っていたコーヒーも再現する事に成功する。
さらに、組織の象徴としてシャドウの巨大な像を造る計画もあったのだが、本人から泣きが入って、せめて等身大まで!と
元々、旧拠点はシドとレミーが誰にも知られないように『陰の叡智』にある内家戴天流を修行するためだけのものだった。
そこに私、アルファが加入して結成されたシャドウガーデンの仮拠点としたにすぎなかった。元々は小さな物置き小屋しか無かった。
カゲノー領から適度に離れていること、近くに人里や街道からの距離があって人目が無いこと、二人が内家戴天流の修行をするのに十分な広さや巌しさがあること。
それを念頭に置いて捜索 ――シドの魔力粒子を使った特別な魔力探査―― により発見した周囲を山で囲まれた盆地ににある古代の城塞跡のある深い森の中にあった。
あの頃は、いつも暖かい木の香りに包まれていた。
皆で暮らしたあの日々を。懐かしい、木の香りを──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シャドウガーデン最初の1年間、ガーデンのメンバーはシドとアルファ、レミーの 2人だけ 3人だけだった。
日中はシドが新規に建てた小屋で、少し普通じゃない女児のレミー ──当時はそう思っていた── と二人きり。
小屋の中はいつも木の香りで満たされていた。シドが木を切って一から建てた小屋だ。『ツーバイフォー』という建て方を、その時アルファは学んだ。
はじめは見ている事しかできなかったが、少しずつ手伝い、仕上げはほとんど彼女一人で行った。
シドと
質素だったし、少しへたくそだったけれど、木の香りに満ちたその小屋がアルファは大好きだった。
最初シドはレミーと入れ代わる?夜中しかここに来れなかった。だからアルファは毎日夜が来るのを楽しみにしていた。
日中は魔力と戴天流剣術の修行がメインで、時々山菜採りや罠で小動物を狩った。
それ以外の衣食住全てはシドが盗賊退治で得た私財 ──シドは保管・管理していただけだと言っていた── に頼っていた。
夜、シドがパンやお肉を持って来て、アルファがそれを料理する。二人だけで食事しながら、彼はいつもいろんな話を聞かせてくれた。
「内家気功術の呼吸法が生み出す氣には巨大な鉄の塊を斬り落とす力があるんだ」
小屋で暮らし始めて1ヶ月ほど経ったある日、シドはアルファが作ったシチューを食べながらそんなことを言い出した。シチューを丁寧に食べるシドを、アルファはしばらく見ていた。
十代後半の普通の女魔剣士に見えるシドに、そんな大きな力が秘められているとは到底思えない。
だけど今までシドが話してきた知識は、それがどんな途方もない話でも事実だった。この世界が平面ではなく球であることも、太陽がこの世界を回っているのではなくこの世界が太陽の周りを回っていることも、最初はあり得ないと否定したアルファだったが結局シドの話が正しかった。
だからシドのいう呼吸法にも、必ず大きな力が秘められているのだ。
「どうすれば、呼吸からそんな力を引き出すことができるのかしら」
シドはいつだって、何を話すべきで、何を話すべきでないか考えているのだ。
「ボク……私の師匠、
シドは、珍しく少し寂しそうな顔して話し始めた。
「私が学んだ武術には、元々
外家は、型と技法を磨きぬき、筋肉や皮膚など人体外部を鍛えあげて膂力、瞬発力、諸要素を鍛え抜く武術。
内家は、呼吸や血液を律することで経絡をめぐる氣を鍛えて駆使する。
初めて聞く武術名とその分類に目を瞬かせてしまう。
「外家では肉体におのずと限界が訪れるのに対して、
彼女はすべてを語らない。ヒントを与えて、必ずアルファに考えさせるのだ。とはいえ。
「流石にそれだけじゃわからないわ。」
いつもよりずっと難しい。早速明日から呼吸法の研究に取り掛かるにつもりになったが、たったこれだけのヒントでは答えにたどり着くまで時間がかかりすぎる。
「内家は氣を練ることであらゆる人間離れした技を繰り出すことができる。氣を練る時間がいるけどね。」
シチューを食べ終わったシドが、ゆっくりと呼吸してみせた。特に何の変哲も無いように見えた。
「体内の丹田より発する氣が生み出すエネルギー“内勁”を駆使することにより、軽く触れただけで相手を跳ね飛ばしたり、武器の鋭利さを増したり、五感を極限まで研ぎ澄ましたりといった超人的な技を発揮するほか、掌法と呼ばれる手技により、掌から発散する内勁によって敵にダメージを与えたり治癒能力を発揮したりもできるんだよ。」
そう言って意味深に微笑む。
しかし、シドが語ったのはヒントではなく氣の利用法だった。
本当に巨大な鉄の塊を斬り落としたり、癒したりできるのなら、それはとんでもないことだ。そしてシドができると言うのであれば、それは必ずできるのだ。
「つまり、内家の呼吸法にはそれだけの時間を使う価値があるということね……。」
シドはいつだってアルファに考えさせる。
今までそうやって、彼女に知識を授け、考える力と問題を解決する能力を鍛えるのだ。
そしてそれは、飛躍的に彼女の能力を向上させ、国で英才教育を受けていた頃より何倍もの知識を彼女に与えた。
武力は、大きな力だ。しかしそれ以上に知力は、大切な力なのだ。
だが、それでもシド──6ー7歳年上の彼女はアルファの遥か高みにいた。
上には上がいる。
アルファは眩しそうに、彼の横顔を見つめた。
はたして追い付くことができるだろうか………なお、後に、当時5歳だと判明したときに曝した醜態は忘れて欲しい、切実に……
そして今回、シドは意味深に微笑むだけ……では無かった。
逆手に持ったフォークで無造作にテーブルを
「えっ!」
フォークの取っ手の部分まで埋まっている。
思わずテーブルの下を見ると、フォークの先端が見えた。先端は曲がってはいない。
改めて自分のフォークを見るが鉄製の普通のフォークに見える。
「魔力強化……じゃ無いわね。フォークにしても無理よね……?」
すると、シドはちょっと慌てて、
「いやいや、魔力強化でもできるよ。」
といってスプーンに繊細で緻密な魔力が集中するのが見えた。濃い青紫色の光がわずかに漏れた。
…シドの魔力の色だ。私を救ってくれた命の色……
逆手に持ったスプーンが音を立ててテーブルを
再びテーブルの下を見ると、スプーンの先端が見えた。もちろん先端は曲がっても潰れてもいない。
フォークとスプーンとテーブルの貫かれた所を注意深く覗き込んだ。破壊痕は無かった、まるでそこから生えているようにしか見えなかった。
「後は……、両手を出して。」
つられて差し出すとシドに握られた。その感触に思わず赤面してしまう。
「ん? どうしたの?」
「……なんでもない。」
シドは自分の容姿が与える影響に無頓着だ。後に七陰全員で洗のぅ……調きょ……教育を施したのもいい思い出ね。
「今から氣を通すよ。」
言葉と同時に左手から暖かい
それは悪魔憑きから治療されているときに全身から流された暖かな生命力そのものだった。あまりの心地よさに涙が溢れそうになる。
「ちょっと疲れていたみたいね。巡りがちょっと悪いわよ。」
──これはいいものだ──
まるで私の
あぁ、私は本当に救われたんだ……
「……助けてくれてありがとう、シド……」
「どういたしまして。」
私が泣き止むまでずっと手を繋いで氣を流してくれたわ。
なお、そのテーブル刺さったスプーンフォークは、はみ出した部分をシドが指先に
こうして私はシドの内家戴天流の最初の弟子になった。
それからシドに氣と剣と魔法の指導をしてもらうことになった。
体内の氣が生み出すエネルギー内勁と、内包する膨大な魔力の制御の修行を同時平行して教えてくれた。
そして日が昇る前にシドを物置き小屋のシャドウ・ゲートまで見送る。
彼女は毎日、彼の姿が扉に消えていくまで見送りにいった。
彼女は幸せだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれはシャドウガーデンを結成して半年くらいした頃だった。あの時の衝撃は今でも覚えている。
その頃シドは、夜だけでなく週の半分をレミーと入れ代わる?ようになった。
夜だけでなく昼間もいて一緒に修行も勉強も研究もできる。
私は浮かれていたのだろう。朝まで一緒のベットで眠って欲しい、とシドに頼み込んだ。上目使いにして目を潤ませて、伯母におねだりしたときのように。
もちろん、あっさりと成功して同じベットで眠ることができたわ。
至福の一時だったわ……シドに抱きつき癖があったので、む、胸の間に押し付けられて……顔が近くて耳元で寝息がして……
ごほんごほん、とにかく最高だったのだけど……
朝目覚めると、
私は思わず
「…お姉ちゃん、痛いよう……」
寝ぼけた声まで
私はパニックになって、泣き出してしまったわ。
シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シド、シドーーーー。
抱きしめられて感じたシドの素肌の感触と体温と心臓の音となだめる声。
そこで初めて、レミーのこと、入れ代わりのこと、変身のこと、それに転生のこと──“ボク”のこと──まで教えてくれたの。
シドも“人”なんだって、等身大のシドを認識した瞬間だったわ。
…正直今でもよくわからないの。17歳まで生きた男の子の記憶──感情つきの記録──。それも高度に発展した科学技術を持つ文明……それも異世界のモノなんて。
──それにあんなにヤバいモノだったなんて──
テコ入れを兼ねて、早くに仕上がったので、投稿します。
七陰列伝第06話です。上下2部構成の上です。
基本はカゲマスですが、今回はちょっと違います。
本作品では、アルファたちの性格や嗜好も変わっています。
結果、シャドウガーデンの始まりも変わっています。
この設定が気に入ってくれると嬉しいのですが。
色々と捏造した設定がありますので、読む際は注意願います