七陰列伝の第17話です。
基本、カゲマス準拠です。
今回は、『イプシロンの社交デビュー』の上下2部構成の上となっています。
本作品では、アルファたちの出会いや年齢などがズレ、みんなの性格や嗜好も変わりました。
気に入らない方は、そっ閉じ願います。
──これはそんな「if」の物語──
その日、イプシロンはどこかうわの空だった、
「イプシロン?」
指先を口に当てて、何か考えているようだ。
「イプシロンどうしたの? ガンマからの報告書に何か不備でもあった?」
「い、いえっ! アルファ様。それでは、『ミツゴシ商会』月報の内容について報告します。」
「まずは服飾事業部門ですが、量販向け紳士服の販売が始まって売れています。」
「現在は、店頭業者候補の身辺調査も完了し、教団の域のかかっていない業者を選定できました。」
「『まぐろなるど』部門についてですが、流行が中流層へと波及し始めていることから、アレクサンドリアの畑作で生産を進めている紅茶を、メニュードリンクの一種類として売り出すことで、中流層以上の潜在顧客を可視化していく予定です。」
「貴族などの上流層への認知も徐々に進んでおり、新規出店のスポンサーを申し出る資産家も現れています。こちらも服飾事業部門と同様に、スポンサー候補の身辺調査を行っております。」
「……本店の開店のときには、バタバタしていたけれど、ガンマの『ミツゴシ商会』は順調のようね。」
また、口に指先を当てて考え込んでいる。
王都の商会株を継承するまでは前途多難で、ガンマが扉を壊さない日はない、というくらいの状況だった。
けど、今では『ミツゴシ商会』の商売は軌道に乗り始めていてガーデンの運営には欠かせない一大部門に成長しつつある。
またマグロナルドの宣伝施策として、新進気鋭の小説家であるナツメ・カフカのォーーッ。」
「イプシロン?」
「はっ、い、いえ、続けます……!」
「…ナツメ・カフカのまぐろなるどをテーマとした掌編小説リーフレットを、複数種類のノベルティとして用意し、本企画に合わせ、『よみにち新聞』の広告面に連動小説を掲載、知識層の読者に対しても広くアピールを行う予定…です。」
「新聞会を、教団の極秘情報の入手だけではなく、情報媒体としても利用し、こちらの商売の種として見せる。これはまさに、ベータの才能あっての施策ね。」
くっ……! まずいこのままではまずいわ。
私は……アルファ様以外で『悪魔憑き』を解除できる唯一の七陰。だけど正直な話、魔力操作以外は、どれもそこそこ止まり。戦闘力だってデルタに比べれば大人しいもの。
ガーデンの経営や、古都アレクサンドリアの内政と管理はカンマとイータの2人がほぼ専業としているし、情報や調査活動にはゼータというスペシャリストがいる。
そして、他の誰でもないベータ。
あの胸だけじゃなくて、いつの間にか立場まで大きくなりつつある!
もし…もしもよ……!?
他のみんなが悪魔憑きを解呪できるようになったら?
わたしの主さまのお姉様として、見本としてのライバルが多すぎる!!…
「イプシロン──」
「はっ! アルファ様、報告は以上となります! 詳しい数値資料はこちらとなります!」
「えっ、ええ……ありがとう。」
「それではっ、失礼いたしますっ」
そう言うと、イプシロンはさっさと部屋を出た。
「…イプシロンらしく、よくまとまっている資料ね。相変わらず几帳面で、手際もいい。」
アルファも右人差し指を咥えて考えていた。
「周りを気にしすぎて、焦る面もあるけれど……。そろそろ大きな仕事を任せる時期のようね。」
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イプシロンは自室で溜息をついていた。
私って、本当の意味で、何ができるんだろう?
魔力操作……スライム育成……お菓子作り……料理……。
なんか……器用貧乏で、決め手がないような。私じゃないとできないことって、何だろう……?
「私じゃないと、できないこと──」
主さまとの会話が頭をよぎっていった。
「考えというものの九割は、すでに自分の中に答えが潜んでいたり、すでに自分の中で実は答えが出ていたりするものだ──」
『まずは一杯の紅茶を飲んで、心を落ち着かせる。飲み終わったら、手を動かす。全てはそれから始まる……』
「主さまが以前に教えてくださった、陰の叡智、まずは一杯の紅茶を飲む──
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「う~ん、素敵な香りで落ち着くわ。古都アレクサンドリアの気候って、飲むのも育てるのも、本当に紅茶向けねぇ~。」
指先を口に当てて考え込む。
「…確かこの陰の叡智を教えてもらった時って、主さまみたいに素敵なピアノが弾けなくて、ピアノが嫌いになりかけてたとき──」
…そう、あのときもこんな具合に、いい香りで落ち着いたら、スッと肩の力が抜けて。
その時、イプシロンの脳裏をなにかが走った。
「…紅茶……服飾事業……ピアノ……!」
これを組み合わせて…、ひらめいた!
「あぁっ、主さまっ! 答えは……私の中にありましたーっ!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なるほどね──」「………」
アルファは、いつものように右人差し指を咥えて考えこんだ。
ガンマも、指先を口元のほくろn当てて、しかめっ面で考え込んでいる。
その雰囲気に少し気圧されながらも、イプシロンは聞いた。
「どう、でしょうか……?」
最初にガンマが答えた。
「提案資料自体は、とてもよくできていると思うわ。」
首を傾げるながら続けた。
「実現のための段取りと、必要な各要素を、余すところなく几帳面に拾い上げている。」
「それじゃあ──」
と喜ぶイプシロンに向かって。顔の横で指を振りながらガンマが言った。
「だけど、あなたの提示したこの事業計画には、そもそも不確定要素が多すぎる。
「そんな! どのあたりが不確定なんです!?」
「先ず。この『オリアナ王国においてピアニストとして社交界デビュー』という、あなたの計画の大前提となっているところね。」
「それは不確定要素なんかじゃありません!」
イプシロンは強く否定した。
「オリアナ王国では、無名でも才能さえあれば、芸術家のパトロン候補となりたい貴族から、引く手あまたです!」
ガンマは少し引きながらも、それについて疑問を呈した。
「その芸術的風土は理解しているけど、あなたの才能が確実に採用されるという根拠は?
「そもそも芸術に確実などありません!」
イプシロンは腰に手を当てて強く言い切った。
「それは困るわ。ガーデンの資金と時間はもちろんのこと、何よりあなたという貴重な人的資源を専任で費やすのよ?」
そう、ガーデンにとって、イプシロンはとても貴重な人材の一人なのだ。
「それに『服飾部門と紅茶部門の周知宣伝』と、計画のシナジー──相乗効果にも触れているけど、現状商会の服飾事業において、オリアナ王国における将来の展開は考慮されていない。」
左手を右ひじに、右手を顎に当てるとガンマはさらに言った。
「その理由は、かの国のファッションセンスは、芸術の国だけに、他の国よりも飛び抜けて洗練されていて、そこに現在のミツゴシ商会が展開しようとしている、安価かつ丈夫、最大公約数的なデザインを考慮した被服が受け入れられる余地は、そう大きくないと考えられるから。」
最後にちょっと小さい声で付け加えた。
「何より、あなた自身が来て宣伝するとしても、女性向けのフォーマルドレス開発に力を割く余裕は現在のミツゴシ商会にはないの。」
「それはわかっています! ですが、将来的には必ず求められます! 商会の服飾事業も、発展すればデザイン重視の芽だって! その時にオリアナ王国で先行者利益を確実に取るためにも!」
イプシロンも必死だった。
「不確実な計画において、後付けで確実を語るのは詭弁よ。」
「うっ……、そ、それは…」
二人の論争を聞いていたアルファは、客観的な判断が必要と判断した。
「ちょっと話は中断よ。オリアナ王国をよく知る
そして、ラムダに通信*1を繋いだ。
………ラムダ。訓練中悪いけど、執務室に来てくれないかしら。
急遽ラムダを呼び出すことにした。
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訓練を切り上げてラムダがやってきた。
「はっ、ここに!」
アルファは、ラムダに聞いた。
「ラムダ、あなたはベガルタ帝国の軍人として、オリアナ王国の情報を集めていた時期があったのよね。そんなあなたは、このイプシロンの計画、どう見る?」
「はっ! 資料を拝見させていただきます!」
ラムダ…? とイプシロンは呟いた。
ラムダがその眼で計画書を読み込んでいく。
ふんふん、おぉっ、なるほど…
「…僭越ながら申し上げます! 自分から見た限りですが、この計画、勝算がございます。」
「ちょっとラムダ!? あなたイプシロンに味方して受けた恩を返そうとしていない?」
「ガンマ様のおっしゃられる通り、自分の解呪をしていただいたのはイプシロン様ですが……、それとこれとは別であります!」
不本意そうにラムダが答えた。
「まず服飾事業との連携ですが、現状では不要と考えます!他事業との相乗効果の狙いについては、アレクサンドリア産の紅茶のみでよろしいかと!」
「あら、どうして?」
アルファが不思議そうに聞いた。
「オリアナ王国……かの国では芸術の才能はもちろんのこと、その芸術家自身を巡る物語も重要視されます。用意されて飾られた才能よりも、飾らぬ才能の原石の方がパトロンとなる貴族の受けは良いものとなります!」
「なるほど、人の心理を踏まえた道理というものね。それに、ガンマも紅茶の宣伝については依存はないのよね?」
ガンマも少し考えてから答えた。
「それはまな……紅茶というものは、芸術家を取り巻く貴族のサロンにつきものの品ですから。ですが、イプシロンが確実に貴族のパトロンを得られるという保証は?」
「恐れながらガンマ様、勝敗は時の運にございます。構成要素を多く含んだ高次元の戦いになればなるほど、保証や確実さといったセーフティの概念は失われてまいります。」
それからイプシロンを一瞥してから言った。
「できることがあるとすれば、イプシロン様に貴族の社交における立ち居振る舞いについて、事前学習で集中的に学んでいただくことですが──」
「あら、その点なら問題ないわよ。わたし『悪魔憑き』になる前は、いいところのお嬢さんだったんだから。」
イプシロンが得意げに答えた。
「そうだったわね。でも、エルフ社会の社交文化と、人間社会の社交文化は異なる。原石として認められるにも、最低限の準備は必要よ。」
「まさかアルファ様、計画を進めるというのですか!?」
ガンマが驚いて聞いてくる。
「イプシロンならやり遂げられると思ってる。すべての責任は、私が取るわ。」
アルファは鷹揚に答えた。
「アルファ様…!」
イプシロンの声に喜色がまじる。
「それに、このイプシロンの提案資料が指摘している通り、中流層以上へのアプローチ手段を積極的に増やさなければ、服飾事業も『まぐろなるど』の今後の拡大路線は望めない。」
アルファはガンマを見て言った。
「それはガンマあなたにも分かっているのではなくて?」
それは…とガンマも考え込んでしまった。
「つまり、今後のミツゴシ商会においても、ラムダの言うところの『高次元の戦い』を始めなければならない、勝負をかけなければならないのは、イプシロンだけではなく、あなたも、ということよ。」
「…それは…!」
ガンマは、結審するとイプシロンを見て告げた。
「…イプシロン。」
「はいっ!」
「この計画……あなたに任せます。必要なものがあれば、可能な範囲で用意するわ。気負いすぎることなく、けれども真剣にやり遂げてみせるのよ……!」
「………、あの、ガンマ、やらせてくれるのなら、もうちょっと笑顔で言ってくれると嬉しいんですけど……」
「…あなたに任せまぁす!」
ガンマはわざとらしい笑顔で答えた。
「ええ! 任せて、ガンマ! 必ずデビューしてみせるわ!」
イプシロンは満面の笑みを湛えて答えた。
「頑張ってね、イプシロン。」
「ありがとうございます、アルファ様!」
「さて、そうと決まれば……ラムダお願いできる?」
「サー・イェッサー! イプシロン様に社交活動を叩き込ませていただきます!」
「ええ、望むところよ!」
「ピアニストに……私はなる!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「というわけで、ピアニストになるために、人間社会の社交文化について、特訓を受けることになりましたっ!」
今日はイプシロンが私の当番の日。
先日のできごとについて、私に報告してくれた。
「社交については、実年齢10歳の私も、お姉ちゃんと学んでいるところだからね…。あまり協力できないかも。」
…そう言えば、昔盗賊狩りをしていたときに、輸送中のグランド・ピアノを襲って運んでいるやつがいて、長らくアイテムボックスの肥やしになっていたけど、アレクサンドリアが拠点になってからは、調律しなおして使っているんだよね。
それまでは、これまた盗賊に襲われて廃墟になった村にあった、アップライト・ピアノを旧拠点においていたんだよなぁ。
指先の繊細さ動きとか身体制御と脳トレになるかもって、“ボク”が覚えている曲をピアノで弾いていたら、イプシロンが気に入って、初歩から色々と教えてあげたんだよね。
バイエル下、ブルグミュラー&ハノン、ツェルニー&ソナチネ、バッハ、と“ボク”が習っていたように教えて上げたんだけど…いつの間に私よりも上手になっていた。
そして、忘れちゃいけないベートーベンの三大ピアノソナタ、悲愴、月光、熱情。特に“ボク”が大好きだった曲が月光だった。
月光はイプシロンも好きになって、今では私よりも情感たっぷりに演奏してくれる。
私も月光にだけは一家言あるけどね。
他にも、色々と記憶、一部はレミーの記録から引っ張り出して弾いてあげたり、楽譜を作ってあげたわけだが、それがこんな形で芽を出すとは…
「じゃあ、今度他にも記録に乗っていないか、レミーと掘り起こしてみるね。」
「ありがとうございますっ! 主さま。」
“ボク”は月光が超好きだったけど、通っていたピアノのレッスンでは色々な曲を習っていたもんね。
楽譜を起こしてあげるくらいしてあげよう。
…あんまり長い曲は大変だけどね。
テンションの高いイプシロンをなだめながら
七陰列伝第17話です。久々の列伝の投稿です。
今回も基本はカゲマス準拠です。
本作品では、アルファたちの出会いや年齢などがズレ、みんなの性格や嗜好も変わりました。
シドと七陰の距離感がまったく違います。
というか、シドは普段から七陰と一緒にいますし。ただ、最近、修行に傾倒気味で…
七陰も、そこから眼を逸らさせようと頑張っています。それにシドの教育も…
この設定が気に入ってくれると嬉しいのですが。
色々と捏造した設定がありますので、読む際は注意願います