舞台は甲子園。タグに野球と付けていますが、野球が好きかどうかはあまり関係無い作品です。アンチヘイトのタグは……ナルシストの話ですので一応付けてます。
ちょっと長いし、起承転結もオチも微妙ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
天高く上った太陽と球児達の情熱でむせかえる、暑く熱いグラウンドに、独特なウグイス嬢の声が響き渡る。
『――4番、ファースト、伊藤君』
その声を聞いて、おや、と俺は思った。いつもは電子音のように無機質で正確なその声が、少し上擦って聞こえたからだ。
だが、まぁ、無理もないか。そう思い直した俺の口元が、意志に反して気障ったらしく歪む。
甲子園大会決勝。9回裏、2アウト満塁。3点差のビハインドを追う状況で、一打同点のチャンス、一発が出れば逆転サヨナラの場面。そして打席に入るのは、高校通算本塁打記録を更新し、プロの注目どころかメジャーからの誘いもあるという平成の怪物。
まるで神様が意図したかのようなこの舞台に上がるのは、誰もが羨望の眼差しを送ってしまう千両役者。いわゆる一つの、スーパースター。
地震どころか空まで揺れそうなアルプススタンドからの大歓声に、ウグイス嬢が怯むのも仕方が無いことだろう。それとも、この神が作り上げた大舞台に上がる俺の姿に興奮して、つい自分の仕事を忘れたという可能性もあるかもしれない。
口元の歪みはもう止められなかった。ウグイス嬢だけでなく、アルプススタンドの観客も、そしてテレビの前で見ている人間達も、この俺を見ているのだろう。そして目撃するのだ、この俺が高校野球の歴史に名を刻む瞬間を。
そう思った俺が口元に三日月を描きそうになった時、足元でひざまずいていたキャッチャーが立ち上がってマスクを取った。
「タ、タイム!」
焦りの滲む言葉を言い捨て、慌ててピッチャーの元へと駆け寄るその後ろ姿を、俺は悠然と見送った。
滑稽だ、あまりにも滑稽だ。マウンドに上がっているピッチャーの汗だくで真っ青な顔色もよく見えた俺は、あまりにもおかしくて声に出してしまいそうだった。だが、日本中の人間に見られているのだから悪印象を与えてはならないと思い、顔を伏せていつものルーチンワークをこなす。
右手を回し、首を回す。筋肉と関節をほぐしながら思うのは、グラウンドに居る球児達だけではなく、涙と共に散っていった全ての球児達への
――悪いな。主役は結局、俺なんだよ。
18メートル44センチ。
マウンドのプレートからホームベースまでのその距離を、コンマの世界で駆け抜ける白球。俺の目が、それを正確に捉える。
カキィンッ!
「ファール!」
ベンチに飛び込んだ鋭い打球が何かを倒したのか、ガシャンと音を立てる。と同時に上がったのは、腹の底に響くような重低音。アルプススタンドの人間達から上がった派手な溜息を耳に入れながら、俺は舌打ちをした。
腕が少し痺れた。どうやら、力を込めすぎたらしい。
思ったより気が逸っていた自分に苦笑し、俺はいつものルーチンワークを無意識にこなしながら、ポケットに手を入れた。
手に触れるその感触が、これまでの月日を思い起こさせる。
去年の今、この時。俺はここに立つことが出来なかった。実力も足りず実績も無い俺では、経験で上回る先輩達を押し退けて、この甲子園に立つことは許されなかった。
だが、今。俺はここに居る。
実力のある先輩達ではなく、それを上回ると認められた俺が、ここに立っている。そこに至るまでどれほどの苦しみに耐えてきただろう。どれほどの時間を、自らの成長へと費やしたことだろう。
それも全ては、この時の為だったんだ。
そんな柄にもない感傷に浸っている自分がおかしくて、俺はますます苦笑を深めた。
仕切り直し、とばかりに右腕を思いっきり振る。余計な感情を投げ捨て、真っ白になる頭。高まる集中力。
カウントは、2ストライク3ボール。
勝負は、次の一球。そのたった一球で、全てが決まる。
――押し出しの
新たなボールを受け取ったピッチャーを見ながら、俺は最後にそう思った。
後はただひたすらに、その白球の行方を追うだけだ。
そして、ピッチャーが強く首を縦に振る。
バシンッ!
ピッチャーを勇気づけるように、キャッチャーが強くミットを殴りつけた音が、アルプススタンドの大歓声に掻き消されずに響いた。
迷いを振り払い、その瞳に炎を宿したピッチャーが大きく振りかぶる。それを見て、膝と手にグッと力を込める。
そして、獣のような雄叫びを上げながら、ピッチャーが腕を振り下ろした。
――ストレート、ど真ん中。
投げた瞬間に分かった。いや、今もはっきりと見えている。
ボールが、止まって見える。
偉大な野球選手、そして打撃の神様と
今の俺は、そんな境地まで登りつめてしまったのか。打撃の神様と謳われる人達と肩を並べてしまったのか。
――いや、違う。俺が、俺こそが、
ホームプレートの真上で止まっていた白球が、動き出す。
(神だっ!)
――ズバァンッ!
ミットに収まる剛速球。空を切ったバット。
声を失ったスタンドと、静まりかえるベンチ。そして、呆ける球児達。
誰もが俺の出番を待っていた。
――さぁ、やるか。
俺は体に溜めていた力を爆発させ、大きな身振りと共に声を張り上げた。
「ストラァァッ! バッタァァァァァァイッ!! ゲーム、セェェーーット!!」
――甲子園のサイレンが、俺を祝福していた。
ザ・ベタオチィィっ! ……とにもかくにも、初めて最後まで書き上げることの出来た作品に大満足(作者の自己満)。短いし、最初からオチがばれてそうだけど……。
何かご感想など頂けたら嬉しいです。
ちなみに、「4番ファースト伊藤君」はこれを思いついた時にテレビに映ってた選手。審判さんにモデルはいませんので、悪しからず。